生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『ヒヅチィ……会いたいさネ……』

『なぁ、酒臭いんだけど』

『ヒヅチィ……カエデェ……』

『酒臭いって……聞こえてないのかよ』

『何処行ったさネェ……』

『なあ、離してくれよ。酒臭くて堪んないんだけど』

『……おとうさん』

『アタシはアンタのお父さんじゃ……はぁ……』


『会談』

 器の昇格(ランクアップ)対象者一覧。

 

 最短器の昇格(ランクアップ)記録 更新

 

 所属:【ロキ・ファミリア】

 二つ名:【生命の唄(ビースト・ロア)

 名前:カエデ・ハバリ

 種族:狼人

 性別:女性

 年齢:9歳

 所要期間:三週間

 備考①:インファントドラゴン単独(ソロ)討伐

 備考②:『早熟する』と言う成長系スキル保有

 備考③:初期更新400オーバー

 

 

 

 

 数多の冒険者が手続きの為に集まる『冒険者ギルド』、万神殿(パンテオン)の内部。

 

 掲示板に張り出された神会(デナトゥス)によって二つ名の命名が行われた器の昇格(ランクアップ)した冒険者リストを見て、各ファミリアの眷属達はあからさまに困惑した様な反応を見せた。

 

 今まで、最短器の昇格(ランクアップ)記録を持つのは【ロキ・ファミリア】の【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインであり、同時に最年少器の昇格(ランクアップ)記録も持っていたが。

 

 今回の神会(デナトゥス)によって二つ名を命名された一覧の中でも異常に注目を集めている一人の眷属。

 

 その眷属がたたき出した最短記録(レコードホルダー)更新の一文。

 

 大々的に一覧の目立つ場所に書かれた備考などを見た冒険者達が口々にその件の冒険者、カエデ・ハバリについて考察を述べている。

 

「マジかよ」「成長系スキル……ずりぃよなぁ」「また【ロキ・ファミリア】か……」「【剣姫】超えるって……」

 

 他にも複数の器の昇格(ランクアップ)報告や、二つ名の張り出しが行われているが、そんな物が目に入らない程に一人の冒険者に注目が集まっている。

 

 そんなギルドの掲示板の前に集う冒険者の後ろ姿を見て、恵比寿は軽く溜息を吐いた。

 

「いやぁ、人気だねぇ……」

「騒がしくなるだろうね」

「ねぇ、君の『幸福のお呪い』って奴のおかげであんなスキルが出たの?」

 

 恵比寿の横で肩を竦めたのは灰毛をキャスケット帽に納めて隠し、ぴっしりと茶色のコートを着込んだ小柄な猫人(キャットピープル)の女性。

 右目が金、左目が蒼と言うオッドアイで恵比寿を見上げてから肩を竦めた。

 

「そんな訳無いでしょ。ちょっと()()()が起きるだけのスキルだよ? 『成長系スキル』なんて発現する訳無いって」

「だよねぇ」

 

 【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】モール・フェーレース。

 希少(レア)スキルにて運気を操る冒険者。

 

「僕があげたのはほんのちょびっとの幸運だよ? それに効力は【ロキ・ファミリア】の入団試験会場に辿り着いた時点で切れてるはずだしね。無論だけどファミリアに入れたのもあの子の実力だよ」

 

 肩を竦めたモールに、恵比寿は溜息を零す。

 

「僕さ、ロキに目をつけられちゃったみたいなんだよね」

「……ふぅん」

「ちなみに、君ももれなく探し回られてるけどね」

「知ってるよ。だからこんな恰好してるんじゃないか」

 

 【ロキ・ファミリア】の主神に目をつけられた。

 割と冗談では無い情報だが、どうにも今までの()()()()()()()が一気に回ってきたらしく、最近は碌な目に遭わない。まあ、【ロキ・ファミリア】の団員からそれとなく逃げ果せて来たので、まだ()()()()()訳では無い様子なのだが。

 

 偽装としてコートを着込んでキャスケット帽で耳を押さえつけて、自分が【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】である事をひた隠しにしている。

 

 と言うか見つかったら割とヤバイ。それは恵比寿も同じなはずなのだが……。

 

「ねぇ、何で逃げも隠れもせずにこんな所に?」

「なんでって……ロキに呼び出されちゃったし」

「…………え?」

 

 モールは朝目が覚めて直ぐに店番の人に声をかけて、別の店舗に向かう途中で恵比寿に声をかけられたので、此処まで足を運んだだけである。

 そも、【ロキ・ファミリア】から逃げているのは自身の自業自得と言えばそうだが、別に害意があっての事じゃない。むしろ……

 

「手出ししなきゃよかった、なんて思ってる?」

「恵比寿、僕の事知ってるだろ?」

 

 恵比寿の唐突な言葉に不満気に返す。

 其れなりに付き合いのある福の神は、にかぁっと喜色の悪い笑みを浮かべて腕を肩に回してくる。

 

「僕と君の付き合いじゃないか」

 

 恵比寿の指を掴んで腕を引っぺがしてから、手を振ってその場を後にする。

 気安く触らないで欲しい。触り方が厭らしい訳じゃないのに背筋がゾクッとするのだ。

 

「僕は付き合う気は無いよ。一人で会えば?」

「えぇ……僕一人でロキに会えって? 僕殺されちゃうかもよ?」

「無いね」

 

 【恵比寿・ファミリア】の規模と影響力を知っているのなら、決して手出しはしないだろう。

 

「あの子に会わなくて良いの?」

 

 モールは足を止めて恵比寿を肩越しに振り返って呟く。

 

「来ないよ」

 

 確かに()()()()()()()()()()

 

 だが、今回の恵比寿の呼び出しにわざわざ連れてくるなんてしないだろう。

 

 と言うか、相手はこっちを探しているのだ。其れに対し逃げ回ると言う行動をとっている時点で【ロキ・ファミリア】からどう思われているのかは察しが付く。

 

 割と命が危うくなりそうなのだから、巻き込まないで欲しい。と言うか巻き込むな。

 

「じゃあ僕はこれ――「ちょい待ちぃや」……」

 

 恵比寿に手を振って離れようとしたモールの肩をガシッと掴む手。既に手遅れな様子だ。

 

「これも()()()()ってね」

「恵比寿、後で君の髪の毛全部引っぺがしてやる」

「うわぁ怖い」

 

「なんや、ウチを無視するんか?」

 

 肩を掴まれたまま恵比寿に恨み言を呟けば、後ろから威圧感と共に声をかけられてモールは溜息を零した。

 

「本当に運が尽きちゃったみたいだね。まだ()()()()と思ったんだけど」

「久しぶりやな二人とも、めっちゃ()()()()()()()

 

 肩越しに振り返ればにっこり笑みを浮かべた神ロキと目があった。恵比寿に嵌められたらしい。

 

 

 

 

 

 ロキは捕まえた恵比寿と【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】モール・フェーレースと共に街中を歩いていく。

 ロキは一人きり……に見えるが、よくよく周囲の気配を探れば何人も【ロキ・ファミリア】の眷属の気配を感じる。中には【勇者(ブレイバー)】や【重傑(エルガルム)】まで出張っている。近くに居ないのは単にそっちの方が口を割らせやすいから。

 もう逃がす積りは微塵も無い。

 

「んで、恵比寿は何で協力する気になったん?」

 

 聞きたい事は色々あるが、神会(デナトゥス)では結局最後まで答える気は無い様子で煙に巻かれたので、どうにか質問しようと手紙を送りつけてやったのだ。

 

 『店を片っ端から襲撃して欲しく無かったらウチと会えや』

 

 【恵比寿・ファミリア】の影響力は知っている。如何に【ロキ・ファミリア】と言えども敵対すればじわじわ絞殺されるのが落ちだろう。

 だが、完全に死滅する前に【恵比寿・ファミリア】に壊滅的な被害を齎す事は出来る。

 

 恵比寿は『会わなかったら絶対やるよコレぇ……』と観念して今回の面会に応じたと言う訳だ。

 

 【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】の方については期待してなかったが、どうやらちゃんと連れて来たらしい。まぁ、目の前で逃げ出そうとしていた様子だが。

 

「恵比寿の馬鹿。僕まで巻き込んで……君は福の神じゃないよ。貧乏神だ」

「あははは……ごめん、今回は謝るよ」

 

 後ろの二人のやり取りを聞き流しつつも、近場の喫茶店に入る。

 

 良く利用するその喫茶店の二階に上がり、ロキは対面に座った二人を睨む。

 

「んで、説明してくれるんやろ?」

 

 暗に説明しなかったら潰すと威圧しつつそう言えば、恵比寿は苦笑い、モールはあからさまな溜息。

 

「前に質問に来てた顔上半分を隠す仮面にフードのお酒臭い商人の事なんだけど。僕の眷属じゃないね。少なくとも僕の知ってる()()()()()()じゃないよ」

 

 前に【恵比寿・ファミリア】に送った質問状の返答にロキの額がヒクつく。

 

「えー、何を説明すればいいの?」

 

 恵比寿が冷や汗を流して言葉を紡げば、ロキは鋭い眼光で恵比寿を睨み口を開いた。

 

「カエデたんについて。なんや関わってきとったやろ。知っとる事全部や」

「知ってる事……ねぇ」

 

 恵比寿は口に手を当ててから、溜息を零した。

 

「知らないよ。何も、ね」

「はぁ? 知らんやと?」

「僕は、って言う但し書きはつくけどね。モールが知ってる」

 

 恵比寿の言葉に、不貞腐れたようにストローで飲み物をぶくぶくと泡立てていたモールの方に視線をやれば、モールが横目でロキを見てからストローから口を離す。

 

「僕の知ってる事は少ないよ」

 

 モールの言葉に嘘は無い。その様子にロキは恵比寿を一睨みしてからモールの方を見た。

 

「えぇから全部吐いてくれへん?」

「はぁ……だから嫌だったのに」

 

 もう渋々と言った様子でキャスケット帽をとって胸に抱えてから、モールは右目を閉じてから口を開いた。

 

 

 

 

 

「要するに、行商中に出会って気になったから手助けしたと?」

「そうだよ、それ以外に理由は無いね」

 

 モールの言葉にロキは眉根を寄せた。嘘は何一つ言っていなかった。

 

 内容は非常に単純。

 

 恵比寿と一緒に行動を行っていた行商のさ中、とある村で行商の交渉を行っていた所に幼い狼人の少女が旅糧となる干し肉や乾燥野菜等を求めて声をかけてきたのだ。

 だが、その際にその幼い狼人の少女が白毛で『禍憑き』であるのを知った村人の何人かの狼人がその幼い狼人を鍬や熊手等で追い払ってしまったのだ。

 

 その際、その幼い狼人はヴァリスの詰った袋をそのまま恵比寿に押し付け、干し肉の束を行商馬車から奪って行ってしまったらしい。

 

 干し肉の束一つが大体300ヴァリスなのだが、その幼い狼人が置いて行った金額は1000ヴァリス。

 

 商売をする上で強引に商品を奪われたとなれば間違いなく強盗として締め上げるのが普通なのだが、状況が状況であった事もありその幼い狼人を責める積りも無ければ、捕まえてどうこうなんて気は無かった。

 

 忌み子として追い立てられる姿に思う所のあった【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】が多すぎた支払に対して乾燥野菜や干し肉等の旅糧を届ける為に別行動し幼い狼人を追った。

 

 冒険者としてそこそこの身体能力もあって直ぐに追いついたが、その幼い狼人の周囲にごろつきに似た雰囲気の集団を見つけた為、襲われたら可哀想だと撃退してから、干し肉や乾燥野菜等を渡したのだと言う。

 

 ただ、ここで疑問に思った事は、そのごろつきの様な集団は間違いなく『神の恩恵(ファルナ)』を授かった冒険者だったのだと言う事。

 

 そして中には三級(レベル2)クラスの強さの者も混じっていたのだが、二つ名を聞きだす前に逃亡されてしまい断念。口振りから幼い狼人を捕縛しようとしていたらしい事もあり、幼い狼人の周囲で本人にバレない程度にその襲撃者を撃退しつつ正体を探ろうとしたが失敗。

 

 何人か捕まえたが口を割る前に自殺されたり、何らかの呪いで捕まった瞬間に頭が爆発して死んだり等、まともに情報を吐かせられなかったのだ。

 

 幼い狼人にこっそりと『幸運のお呪い』を付与してから、オラリオの入口を入って行くのを見送ってからは、密かに周囲に張り込んで襲撃者の正体を割り出そうとしていたら【ハデス・ファミリア】が同じく動いていたので声をかけようと思ったら、唐突に敵対してしまい話が出来ずに戦闘に……仕方なく撃退してからは襲撃者は【ハデス・ファミリア】だったのでは? と【ハデス・ファミリア】を張り込みつつ調査していたらしい。

 

「ほぅ……謎の襲撃者に【ハデス・ファミリア】なぁ……なんかわかったんか?」

「なーんにも。ここで言わせてもらうけどあの集団、かなり手練れだったよ。僕もかなり()()()()()()()()()し」

 

 モールももう一度相手なんてしたくないと口にして、またストローで飲み物を泡立て始めたのを見てロキは恵比寿の方を見た。

 

「んで? 恵比寿は?」

「ん? 決まってるじゃん。デメテル様が敵対を望むなら僕はそれに媚びるだけだよ」

 

 …………。

 

 蓋を空けてみれば、カエデの現状を憐れんだ【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】の先走りなだけだったらしい……。で、納得できる訳も無い。

 

「あんた他にもなんや知っとるやろ」

 

 神の勘、恵比寿(こいつ)は何か知っている。

 

 ロキの言葉に恵比寿はにっこり笑みを浮かべて口を開いた。

 

「知らないよ、僕は()()()ね?」

 

 要するに、口を割る積りは微塵も、これっぽっちも持ち合わせていないと言う宣言。

 

 その宣言にロキの額に青筋が浮かぶ。

 

「わかっとるんか?」

「君こそ、分ってる?」

 

 同時に、恵比寿の額にも青筋が浮かんだ。

 

「君が人質にとった子らは、まっとうな商人だよ?」

 

 神と神、悪神と福の神、種類は違えど神である。その二人の神の睨み合いで店の中の雰囲気が一瞬で凍りついた。

 

 ロキの怒りの原因は、カエデの事で何かしら掴んでいる癖に黙っている事。

 

 恵比寿の怒りの原因は、商人たちを人質にとる様な真似をした事。

 

 二人の壮絶な睨み合いの横で、モールがケーキにフォークを突き立てて呟いた。

 

「恵比寿、店に迷惑だよ」

 

 ロキと恵比寿の睨み合い、神々の睨み合いの所為で周りの客が脅え、支払うモノだけ支払ってさっと出て行ってしまった。本来なら稼ぎ時である昼食時だと言うのに、ロキと恵比寿の所為で客は消え失せ、新たに客が入ってくる事も無い。店員の女性もテーブルに出しっぱなしになっている食べかけの軽食の乗ったプレートを片付けるに片付けられずに縮こまっているし、料理を出したシェフは俯いたまま視線を逸らしている。

 

 商売の神として、店に多大な迷惑をかけたと言う事実を恵比寿が理解した。

 

「……っ!」

 

 その瞬間、恵比寿の怒りの雰囲気が消え失せ、ロキの怒気だけが残る。

 

「ロキ、矛を収めてくんない?」

「嫌や。教えるまでこのままやで」

 

 恵比寿はロキをじぃーっと見てから、口を開いた。

 

「ごめん、教えられない」

「は? 何ふざけた事言うとるん?」

 

 教えろ、今すぐ、知ってる事、全部、洗いざらい吐け。

 そんな雰囲気のロキに対し、恵比寿は頭を下げた。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉を聞いた瞬間、ロキは怒気を引っ込めて顎に手を当てて考え込む。

 

 『ウラノスとの契約』とはなんだ?

 

 元々、『冒険者ギルド』の管轄を行う【ウラノス・ファミリア】と、『商業ギルド』を管轄している【恵比寿・ファミリア】は密接な関係がある。

 無論、其処には複雑な契約もなされている事だろう。

 

 だが、その契約に『カエデ・ハバリ』が関わっている?

 

「その契約の内容は?」

「……言えたら苦労しないよね」

 

 誤魔化す様な笑みを見て、ロキは溜息を零した。

 

 これはどれだけ押そうが意味がない。それ所か恵比寿はファミリアを壊滅させられようと吐く事は無いだろう。

 

 商売の神として、契約は絶対のモノだ。ロキは約束や契約も容赦なく破ったりするが、恵比寿は絶対に守るだろう。そう易々と契約を破っていたら商売人としての信用を失う結果にしかならないのだから。

 

「はぁ、んで? どこまでなら話せるん? カエデたんはどのぐらい関わっとるん?」

 

 ロキの質問に恵比寿が目を鋭くして顎に手を当てて考え込み始める。

 

「詳細は言えない……そうだね。大雑把に言えばカエデちゃんは割とヤバめな()起爆剤かなぁ」

()起爆剤?」

「まぁ、こっちにも色々あるんだよ。ただねぇ……もう導火線に火が着いちゃってるんだよね」

 

 本当に困った様に笑う恵比寿にロキは眉を顰めた。

 

 元、と言う事は元々はカエデは何らかの()()()になる予定だったのか?

 

「あぁ、勘違いしないでね。カエデちゃん本人が起爆剤ではあるけど、僕らが()()()()()()()()()()()()()()だけなんだ」

「……うん?」

 

 詳しくは話せない、カエデは元起爆剤、神が手出ししなければ問題無かった?

 

「ウチが眷属にしたんが間違いやった言うんか?」

 

 【ロキ・ファミリア】の眷属にした事が間違いだったのか? そんなふざけた事を言うのなら八つ裂きにしてやろうかと思っていれば、恵比寿は首を横に振った。

 

「馬鹿が……正確には馬鹿の眷属かな。その子らがやらかしてね。導火線に火を着けたんだよ」

 

 導火線、やらかした。

 

 ロキの知っている事は余り多くは無い。と言うかカエデについては下手に踏み込んで聞くのも憚られるほどなのだ。少しずつカエデから情報は引っ張り出しているが……

 

 カエデの口から語られるのは基本的に師であるヒヅチとの生活ばかり。村はどんな村だったのか等は口にしていない。カエデからすれば差別してきた村の話などしたくもないだろうし無暗に聞けないと言うのも大きいのだが。

 

「まあ、信用できないのは分るよ……と言う訳で、コレで信用して欲しいなぁって。袖の下とか山吹色のお菓子って好きじゃないんだけど……今回はそうも言ってられないんだよね」

 

 恵比寿がすっと差し出してきた本に一瞬目を奪われてから、ロキは恵比寿を見据える。

 

「どういう積りなん?」

「どういう? だから袖の下だよ」

 

 笑みを浮かべた恵比寿。

 

 怪しすぎるが、一応その本を受けとってから眺めてみる。

 

「これなんや?」

魔道書(グリモア)だよ。それもとびっきりの最上級品」

「は?」

 

 魔道書(グリモア)にも等級(ランク)が存在する。

 

 最も価値が低い魔道書(グリモア)でも数千万ヴァリスはする。

 

 下級の魔道書(グリモア)習得枠(スロット)に空きがある場合に魔法を習得できる()()()()()()と言うモノ。

 

 中級が習得枠(スロット)に空きがある場合に確実に魔法を習得できるモノ。

 

 上級が習得枠(スロット)を発現させる可能性を秘めており、確実に魔法が発現するモノ。

 

 最上級のモノにもなれば、確実に習得枠(スロット)を開口させ、魔法を習得させると言う効果を持つ。

 

 最上級の魔道書(グリモア)なんて、数百億ヴァリスを積み上げても尚、絶対数の少なさから確実に手に入るなんて言えない品である。

 

 気軽に差し出されたその魔道書(グリモア)をちら見して、少し中身を覗く。

 

 本来なら開いた対象を引き込み、読ませ。夢と言う形で本人の心の内に存在する魔法の()()()()()()()()()()代物であるが、神の身であるロキにその強制力が引っ張られる事は無い。

 

 中身をほんの一頁捲っただけで、ソレが本物だと察したロキは溜息を零した。

 

「恵比寿、これ、どういう積りや?」

「何度言えば解るんだい? 袖の下、山吹色のお菓子、まいない……もうぶっちゃけるね。賄賂だよ」

 

 賄賂? 恵比寿が? と言うか……

 

「これ、手に入れるんにどんぐらいかかったん?」

「ロキが気にするのは其処かぁ……えっとー……魔法関係が盛んな国あるじゃん? あそこと取引でようやく手に入れたんだよねぇ……嘘だけど」

「はぁ?」

「ごめん、僕の袖の下を渡す積りなのは間違いないけど。それはほんとはこっち」

 

 ロキが恵比寿の言葉に首を傾げると、恵比寿がもう一冊本を取り出してきた。

 

「はい、()()()()()()()()()。当然、最高品質じゃないよ。中級の魔道書(グリモア)ね」

 

 手渡されたもう一冊の本……恵比寿の言う通り、中級の魔道書(グリモア)である其れを見て恵比寿を睨む。

 

「んじゃ最上級(こっち)は何やねん」

「……はぁ、美神に渡せって言われてね。僕はフレイヤの使い走りじゃないんだけどね……魅了(チャーム)にやられちゃったんだよね」

 

 たははと笑みを零す恵比寿に、ロキは盛大に舌打ちをかます。

 

 あのフレイヤはどうやら恵比寿を使って、カエデに魔道書(グリモア)を贈り付けようとしていたらしい。ふざけた事を……。

 

「それで、どうする? 僕としては両方受け取って欲しいんだよね。まぁ、返してくれるなら中級の方は受け取るよ。最上級? そっちはもう僕とは無関係だ、押し付けないでくれないかな」

 

 恵比寿は最上級の方は触りたくも無いと両手を上げて拒否してきた。

 

 理由はわかるが……

 

「くっそ、フレイヤめ……掌かいな」

「もうこれでいいかい? あ、ウラノスとの契約を探るのはやめてね?」

「はっ、分ったわ。もう何処にでも行けばええやん」

 

 ロキがこれ以上情報は吐かせられないだろうと追い払う仕草をした瞬間、【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】モール・フェーレースはぴょんっと立ち上がると、恵比寿の顔を尻尾でぺしっと叩いてから店の出口に向かう。

 

「恵比寿のバーカッ!!」

 

 それだけ言うと扉を開けて出て行ったのを見て、恵比寿が苦笑を漏らす。

 

「怒らせちゃったみたいだねぇ」

「知らんわ……でも尻尾で叩かれるの羨ましいなぁ……カエデたんに頼んだらやってもらえんやろか」

「……はぁ、支払いは僕が払うよ」

「は? 当然やろ」

 

 何を言っているんだコイツはとロキが恵比寿を半眼で睨む。

 

 恵比寿の方は「魔道書(グリモア)を袖の下してあげたのに」と呟くがロキは知った事かと立ち上がる。

 

「あぁ、せや。これだけは聞いとかなあかんかったわ……カエデたんをどうする積りや?」

「どうって? ……ごめん、謝るよ」

 

 誤魔化す様に笑みを浮かべた瞬間、ロキの瞳から光が消え、純粋な怒気が恵比寿に突き刺さる。

 慌てて謝ってから恵比寿は一呼吸おいて口を開いた。

 

「カエデちゃんに何かする積りは無いよ。これは嘘偽り無い本心だ。むしろ成功を願ってる」




 胡散臭い恵比寿の山吹色のお菓子。

 喜色満面のフレイヤの善意百%の贈り物。

 受け取るならどっち?


 ちなみに片方は返品は出来ません(断言)





 名前『【幸運の招き猫(ハッピーキャット)】モール・フェーレース』
 得意技『幸福のお呪い』

 【恵比寿・ファミリア】の二枚看板の片割れ。双子の妹の方。
 灰毛に、右目が金、左目が蒼と言うオッドアイ。
 普段は太織無地紋付の冬小袖を身に纏う小柄な猫人。

 『幸運を操る』と言う希少(レア)スキルを覚えているが、使い過ぎると本人曰く『ツケが回ってくる』らしく、使い過ぎた結果不幸な目にあったりしているので、周囲が思う程幸運に塗れている訳では無い様子。
 と言うか何もない所でずっこけたり。鳥の糞が直撃したりと割と不運な目に遭う事も……



 名前『【金運の招き猫(ラッキーキャット)】カッツェ・フェーレース』
 得意技『ギャンブル』

 【恵比寿・ファミリア】の二枚看板の片割れ。双子の兄の方。
 灰毛に、右目が蒼、左目が金と言うオッドアイ。
 普段は冬小袖に黒紬紋を身に纏う小柄な猫人。

 金運を操る希少(レア)スキルを――覚えている訳では無い。
 商才に満ち溢れ、若き商売人として振る舞う男性。
 得意な事がギャンブル……と言うかイカサマであり、賭博場(カジノ)で荒稼ぎしたりして出入り禁止を言い渡されている。
 がめつい訳ではないが、金の臭いに非常に敏感。

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