生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『ぴぎゃぁっ!?』

『わぁ……ヒヅチさん、そんな可愛らしい声も出せるんですね』

『なっ……なっ……何をするかっ!! いきなり尻尾を掴みおってからにっ!!』

『えへへ、ごめんなさい』

『……はぁ……オヌシが理由も無く尻尾を掴む事は無いと知っておっても、心臓に悪かろう……それで? 何じゃキキョウ。何か言いたい事でもあるのか?』

『えぇっと……なんか、危ない予感がしたんで……思わず掴んじゃいました……えへっ』

『危ない予感を感じる度にワシの尻尾を掴むなと言うておろうに……まぁ良い。オヌシの勘は良く当たるからな……一応気を付けて怪物退治に行ってくるとするかのう』

『あっはい。気を付けてくださいね~それではワタシはこれで~』

『…………キキョウは毎度、気楽な奴じゃのう』


『予感』

 【ロキ・ファミリア】本拠、一室の中でカエデはじーっと羊人(ムートン)の女性と睨み合いを展開していた。

 

「…………」

「…………」

 

 相手の羊人、ペコラ・カルネイロは若干青褪めながらも壁際から反対の壁際の椅子に大人しく座っているカエデに震える足で近づいていく。

 カエデは出来うる限り動かない様にペコラと目を合わせてただ待つのだ。

 不意に、震えていたペコラのブーツが床に擦れて音を鳴らした。

 ぴくりと、音に反応してカエデの耳が動いた瞬間にペコラは悲鳴を上げて後ろに飛び退いてそのまま壁にべたりと張り付いて悲痛な声をあげた。

 

「ひゃっ!? ちょっ、ちょっとびっくりさせないでくださいっ!!」

 

「ごめんなさい……」

 

「今のはカエデは悪くないでしょう……」

 

 狼人の耳が小刻みに動いているのは、周囲の音をより精確に認識する為であり、特に集中せずとも無意識にかなりの頻度でぴくぴく動いているのだ。

 耳の良い特性を持つ獣人は皆同じ特徴を持つ。

 種族柄仕方のない事であり、カエデが意識的に行った事ではないのでカエデを責めるべきではない。

 

「でもっ!!」

 

「ペコラ、付き合ってくれているカエデの身にもなってあげて欲しいのですが」

 

 横から、本の頁を捲りつつペコラを嗜めるジョゼットが本から顔を上げて呆れ顔で溜息を吐いた。

 

 ペコラの狼人に対するトラウマの克服と銘打たれた作戦。

 単純にカエデが大人しく椅子に座って、ペコラがカエデに近づく。シンプルで解りやすい作戦だが、カエデが身じろぎしただけでペコラは大きく驚いて飛び退くと言うのを何度も繰り返しており、椅子に座っているだけとはいえ、カエデも出来うるならば他の事をやりたいのだが……

 

 ペコラの二つ名【甘い子守唄(スィート・ララバイ)】の由来とも言えるペコラの『旋律スキル』を利用した『子守唄』の効力は『疲労回復』と言うモノがある。ソレが利用できれば二日に一回ダンジョンに潜っても良いとミアハが許可していたらしいのだ。

 三日に一回の探索が二日に一回になればそれだけ『経験値(エクセリア)』を得られる時間が増え、『偉業の欠片』の入手の機会も訪れやすくなる。

 

 と言うより『基礎アビリティD以上』を達成している以上、早期に『偉業の証』だけでも入手しておきたい。

 

 カエデは既に『偉業の欠片』を一つ保有しており、『偉業の欠片』をもう一つ手に入れれば即時器の昇格(ランクアップ)可能と言う状態なのだ。

 

 まだ三回目の探索を終えた次の日。冒険者になって十日目である。焦る必要はありはしない……

 

 そんな考えをするカエデを余所に、ペコラが壁にへばり付いたまま動かなくなったのをジョゼットが見かねて引き剥がしにかかる。

 

「ふぇー嫌なのですー離せー」

「何時まで壁に張り付いているのですか、ほら、もう少し頑張って」

「いやー、ペコラさんは十分に頑張ったのです。今日はもうやめましょう。そうですよ」

 

 腐ってもレベル4のペコラ、レベル3のジョゼット程度の力ではびくともしない。

 

「……カエデさん、ちょっとこちらに「やめるですよっ!? ペコラさんが動かないからってカエデちゃん動かすのは卑怯過ぎですからねっ!?」カエデさんが近づいてくるか、ペコラが近づくか、どちらが良いですか?」

「うー……うーうー」

「唸っても意味は無いですよ?」

「……ジョゼットの鬼畜、だからそんなにおっぱい小さいんですよ」

 

 カエデの耳がブチリと何かが引きちぎれる音を捉えてぴくりと反応した。

 

「………………」

「はんっ、ジョゼットさんはいっつもそうですよ。お菓子をつまみ食いした時も「ペコラ?」はい?」

 

 にっこりと笑みを浮かべたジョゼットが、鏃が吸盤になった矢を指に三本挟み、もう片方の手に弓を持ってペコラから距離をとっていた。

 

「良いですか? 私はエルフなんですよ? 種族がら、小柄である事はどうしようもありません……どうしようが、何をしようが、胸が小さいのはどうにもならないんです」

「何を言ってるですか。おっぱい大きい()()()だって居るってロキが言ってましたし」

「そうなんですか?」

 

 ドヤ顔で言い切ったペコラの言葉にカエデが反応してエルフには、王族の『ハイエルフ』と通常の『エルフ』それから『ダークエルフ』の他に『エロフ』なるエルフも存在するのかと感心したように「ほぅ」と呟いた。

 

「空想の産物と言うモノです。そんなモノはいませんので……」

「ひぎゃっ!?」

「覚悟は良いですか?」

 

 ソレをジョゼットが一刀両断し瞬く間にペコラの脳天に矢が突き立った。

 カエデが『エロフ』なるエルフは居ないのかと首を傾げ、後でリヴェリア様に確認しようと心に誓った。

 

「ちょっ、覚悟の前に矢が飛んできてるんですがっ!? ジョゼットさんはやりすぎぃっ!? 痛いですよっ!!」

 

 ペコラが文句を言うも、無視したジョゼットは次々に吸盤付きの矢をペコラに射る。気が付けば既に5本目の矢がペコラの頭に引っ付いている。

 

「痛い痛いですって!! ちょっと貧相なおっぱいだって口にしただけでこれはひぎぃっ!? お尻は無いと思うのですがっ!?」

 

 頭を隠すようにジョゼットに背を向けたペコラのお尻に次々と矢を放っていくジョゼット。何処からそんなに矢を取り出しているのか疑問を覚えたカエデがジョゼットの立っている足元に矢束が三つ程転がっているのが見えた。

 何時の間に……

 

「これはさっき二人がわいわいしてる時に用意しました。なんとなくこうなる予想はついてましたし」

「酷くないですかっ!? ペコラさん苦手な物を克服するために頑張ってるのにっ!?」

「人が指摘されたくない事をずけずけと口にした貴女が悪いのでしょう?」

「ひぎゃっ!? 待つのですっ!! これ以上やられるとペコラさん新しい扉が開けてしまいますよっ!!」

「カエデの教育に悪い事を口にしないでもらえますか?」

「ひぎっ!?」

 

 自分の教育? はて、ペコラが口にした事で何か不味い事でもあったのだろうか? カエデが首を傾げながらも二人の様子を見続けていれば、ペコラがずるずるっと地面に崩れ落ちた。

 

「もうペコラさんの負けで良いですよ……」

「これに懲りたら二度と口にしないでください」

「……おっぱいの大きさでは負けてませんがねぎっ!?」

「…………ペコラ?」

 

 威圧感を伴いながら、ジョゼットが吸盤矢をペコラの角に射る。ペコラは慌てて角から吸盤を引っぺがして立ち上がった。

 

「ちょっと!! 角はやめるですよっ!! 角はとっても大事で……すか……ら?」

「次は脳天にいきますか?」

 

 立ち上がったペコラが見た光景は、鋭い螺旋を描く対甲殻用貫通矢と呼ばれる矢を弓に番え、引き絞った状態で鏃の先端をペコラに向けて笑顔を浮かべたジョゼットの姿だった。

 ペコラの耐久は異常なので命中した所でかすり傷で済むだろうが、本気で怒っているのを察してペコラは直ぐに頭を下げた。

 

「ごめんなさい……」

「よろしい。……さて、遊ぶのもこの辺りにして……カエデ、今日はこの辺で終わりにしましょう。ペコラのやる気が続かないみたいですし」

 

 矢を腰の矢筒に戻したジョゼットは残りの矢束を拾い上げてバッグに納めていく。

 ペコラがぐったりと床に倒れ伏して呟いた。

 

「お願いです。心配してくれるのはありがたいですがカエデちゃんは近づかないでください。死んでしまいます」

「あ、はい」

「あ、別にカエデちゃんの事、嫌いじゃないですよ? ほんとですよ? ただやっぱり狼人は怖いのですので」

 

 一人でぶつぶつと呟きだしたペコラ。

 カエデはペコラに近づかない様に部屋の壁沿いに出入り口に向かい、扉を開けてペコラに振り返った。

 

「その……大丈夫ですか?」

「大丈夫です。初日に比べたら大分進みました。えぇ、初日に比べれば」

 

 初日、カエデとペコラは目線が合っただけでペコラが硬直して動けなくなった。だが二日目、三日目と繰り返す内に、目線が合っただけでは硬直する程では無くなったし。心構えをせずともカエデと目を合わせた程度で気絶する事は無くなった……

 

 とはいえ、やはり近づく事は厳しいらしい。

 

「カエデちゃん、明日ダンジョンでしたよね? 頑張ってください……ペコラさんもがんばりますので」

「はい」

 

 体中に玩具の矢が突き立ったまま床にべったりとうつ伏せに転がるペコラの声援にカエデは頷く。ちょうどそのころになってジョゼットが矢を納め終えてバッグを背負って立ち上がった。

 

「では、行きましょうか」

「あの、ジョゼットさんは私に何か言う事は無いのですか?」

「そうですね、その矢は全部回収して私の部屋に置いておいてください」

「…………」

 

 ペコラの体中に刺さった玩具の矢を指差して言い切ったジョゼットはそのままカエデと共に部屋を出て行った。

 

「……ペコラさん、泣き虫だったり……するんですが……いや、自業自得ですが。わかってますよ。ペコラさんもジョゼットさんの胸の事を口にしたのが悪いんだって……でもですね、ペコラさんにも言い分が……ぐすん」

 

 

 

 

 

 オラリオのバベルへと続く北のメインストリート。

 

 四度目の迷宮探索となる今日。

 フィン、ラウル、ジョゼット、カエデの四人でダンジョンに潜る為にメインストリートを歩いている。

 

「どうするんスか? 七階層辺りだと毒が辛いッスよね?」

「はい……」

「小柄な分、カエデは毒の回りが速い……にしても限度があると思うんだけどね」

 

 ダンジョン七階層より出現する『パープルモス』の毒鱗粉。

 

 本来の冒険者なら多少は無視できるぐらいの危険度で、窮地で毒状態に陥るなんて事にならなければ問題にならないはずの毒鱗粉だが、カエデは他の冒険者なら問題ない程度の量であっても毒状態に陥ってしまう為、パープルモスは非常に致命的な敵としてカエデに立ち塞がっていた。

 

「どうしましょう」

「私が見つけ次第撃ち落とす……ぐらいなら、そもそも潜る階層をより下にしてしまいますか? 十階層辺りであればパープルモスを見かける事はありませんが」

「十階層……ですか」

 

 ダンジョン十階層。

 

 朝霧程度の濃度の薄い霧が階層全体に発生しており視界は悪い。

 十一、十二階層に比べれば問題ない程度だが奇襲率も非常に高い上、バットパットの厄介な集中力を乱す怪音波等にも注意が必要であるのだが……

 

「まぁ、一度ダンジョンに潜って七階層で暫くエクセリア集めしていけそうなら下に降りる形で良いと思うよ……今回はラウルも居るしね」

 

 フィンの言葉にジョゼットも頷いて、ラウルが肩を竦める。

 

「ただの荷物持ち(サポーター)ッスけどね」

「その荷物持ち(サポーター)も重要な役割だけどね」

 

 冒険者は基本的に戦う事をメインにするが、ダンジョンでは魔石やドロップ品を回収する必要がある。そうしなければ稼ぎが無いからだ。

 基本的に武具の整備やポーション等の各種消耗品の事を考えると冒険者が一人で持ち歩けるポーチに収まる魔石程度では赤字にしかならない。

 

 かといって大型のバッグ等を背負ってモンスターと戦うのは自殺行為に等しい。

 

 戦いの度にバッグを地面に置いておいてと言うのも可能と言えば可能だが、通りすがりの冒険者に奪われたり、モンスターとの戦いのさ中に紛失したり、モンスターの攻撃でバッグ自体が破壊されたりして確実性に欠ける。

 

 ソレを防ぐ為に荷物持ちをメインに行う荷物持ち(サポーター)等が居るが、無所属(フリー)であったり他のファミリアに所属するサポーターは荷物の持ち逃げを行う可能性が高いので基本的に同一ファミリア内部でサポーターを立てる事が多い。

 

 そんな中でラウルは進んで荷物持ち(サポーター)に名乗り出る事も多く、荷物持ち以外にも事細かなサポートも出来る上、普通に冒険者としてもそれなりの実力を持つ万能な人物である。

 

 最初の際にはジョゼットが荷物持ちをしていたが、ソレだと対応が遅れる可能性があると言う事で二回目はラウルが荷物持ちをして、ジョゼットがカエデの援護を集中的に行う事で隙を無くした完璧な布陣を整えたのだ。

 

 ちなみにフィンは完全に他ファミリアに対しての牽制目的での同行であり、カエデの補助も行う事はあるがソレがメインではないらしい。

 

「相変わらず、バベルは人が一杯ッスね」

 

 ラウルの呟きにカエデが中央広場(セントラルパーク)を見回せば、

 

 小人のサポーターが冒険者に自分を売り込んでいたり、犬人の冒険者が猫人の冒険者と痴話喧嘩していたり。二人のアマゾネスに両腕をとられて左右に引っ張られ情けない悲鳴を上げるヒューマンの男の人が居たり。じゃが丸くんの屋台の前でじゃが丸くんを買っているアイズさんが居たり。

 

「あ、アイズさん」

「ん? ほんとだね」

 

 カエデがぽつりと呟けば、フィンも同じく気付いたのか同じ方向を見て頷いていた。

 

「あぁ、本当ですね」

「何処ッスか?」

「あのじゃが丸くんの幟の所です」

「あー、居たッスね。相変わらずッス」

 

 そんな風に四人でアイズを見ていると、さっと素早く振り返ったアイズがきょろきょろと辺りを見回し始め、直ぐにカエデ達と目があった。

 

「あ、こっちに気付きましたよ」

 

 カエデが手を振れば、アイズがあからさまに挙動不審になり、おろおろした後、店員の差し出してきたじゃが丸くんの入った袋を受け取ろうとしてから、首を振って断って全力で走りだした。カエデ達とは全く別方向に向かって。

 

「あれ?」

 

 アイズのおかしな行動に首を傾げるカエデを余所に、フィンが呟く。

 

「ふぅん……リヴェリアに報告かな」

「団長?」

 

 フィンの呟きに反応したラウルが首を傾げると、顎に手を当てて考え込んでいたジョゼットが「成る程」と呟いて口を開いた。

 

「じゃが丸くん禁止令出てましたよね。アイズさん」

「あっ……」

 

 そう言えばアイズはここ一週間で『偉業の欠片』を立て続けに二つ入手していた。

 だが、その方法が余りにも無茶を重ねるやり方であり、ロキがソレを止める為にアイズに『無茶し過ぎたらじゃが丸くん禁止やで?』と注意したが、その後も無茶を重ねて『偉業の欠片』を手に入れて『偉業の証』にしたらしい。後は『基礎アビリティ』を上げれる所まで上げて『器の昇格(ランクアップ)』する所まできているらしい……が、その無茶がバレて『一か月間じゃが丸くん禁止令』が出されていたのだった。

 

 後でリヴェリアにこってり絞られるアイズに若干同情してから、カエデは首を振ってその考えを振るい落した。

 

「行きましょうか」

 

 呟きと共に、フィンが居る影響で勝手に割れていく人混みを真っ直ぐダンジョンに向かって歩く。

 

 門を潜り、バベルの地下一階のフロア。迷宮の入口についた所でラウルが口を開いた。

 

「俺……帰ったらお腹一杯肉食べるッス……いたっ」

「……?」

 

 唐突な宣言にカエデが首を傾げてラウルを振り返ると、ジョゼットがラウルの後頭部を引っ叩いていた。

 

「帰ったら(なになに)とかそう言った願望を口にするのは神々が言うには『死亡フラグ』って言うらしいッス」

「しぼうふらぐ?」

「逆に立てまくると『生存フラグ』になるって聞いたッス」

「…………??」

 

 よく分らない事を言っているラウルに首を傾げていると、ジョゼットがラウルの後頭部を再度引っ叩く。

 

「ラウル、ソレが通じるのは『主人公』だけらしいのでやめてください」

「僕は帰ったら書類整理かなぁ……はぁ」

 

 ジョゼットの注意を余所に、フィンが帰ったら何をやるか口にしてどんよりしている。

 

「団長のソレは完全に生存フラグッスね」

「はぁ……カエデさんは気にしなくて良いですよ。言わせておけばいいです」

「……? 分かりました」

 

 ロキの余計な入れ知恵でどうでも良い事を呟くラウルにジョゼットが溜息を吐いてから注意をしてきたのでカエデは一つ頷いてダンジョンの入口、直径十メドルの穴の淵に彫り抜かれたダンジョンに続く階段の一段目に足をかけて――

 

  ――尻尾の先を掴まれた気がした――

 

 カエデは慌てて後ろを振り返って自分の尻尾を見る。

 誰かに掴まれているなんて事は無く、ともすれば尻尾が掴まれていたのはただの気のせいだったのではと自分ですらわからない様な有様でカエデは自分の尻尾の先を見て首を傾げた。

 

 その様子にフィンが目を細め、ジョゼットとラウルが首を傾げた。

 

「どうしたッスか?」

「大丈夫ですか? 何かありましたか?」

「いえ……なんでもないです」

 

 カエデの言葉にフィンが首を傾げてから、呟く。

 

「カエデ、何か感じたのかい?」

「……尻尾を掴まれた気がしました」

 

 カエデの言葉にラウルとジョゼットがカエデの尻尾を見るが。大き目で真っ白な尻尾は触れば直ぐに解るだろうが、誰かが触った形跡は見当たらず。二人で首を傾げた。

 

「誰も触ってないと思うッスよ? 気のせいじゃないッスか?」

「私もそう思いますが……」

 

 二人の言葉に、気のせいだったのかなと納得してから、カエデは二段目に足をかけた。

 

 

 フィンが自身の親指をじーっと眺めてからダンジョンに下りて行く三人の後を追う。

 

 カエデは何かを感じ取った様子だったが、フィンの親指はぴくりとも言わない。

 

 何事も無い……はずだ。

 

 自身の勘とカエデの勘、どちらを信じるべきかは解り切っている。

 

「……一応、気を付けておこうかな」

 

 それでも、カエデの勘は時折恐ろしいぐらい冴える事がある。

 

 ここ一週間、カエデの鍛錬として模擬戦を何度か行ったガレスが言っていた。

 

『初見殺しと言える攻撃にも勘付く時がある。まるでフィン、お前みたいだったぞ』

 

 その言葉からカエデもフィンの親指に似た何かがあるのではないかと考えていたが……

 

「……あぁ、当たってるみたいだね」

 

 人混みの中、不自然にフィンに視線を投げるいくつかの人影。

 

 どれもこれも好奇の視線では無く観察と言う様な視線。

 

 その中の一つ。幾度か顔を合わせた事のある『最強』の視線と同じ視線にフィンは肩を竦めた。

 

 様子見、だろう。

 

 もしくは何らかの警告か……

 

 どちらにせよ早い所片付けるのが良い。

 

 とはいえトラブルを起こせば困るのはどちらも同じ。

 

 故に人の目のあるこの場で手出しして来る事は無いだろう。

 

 来るとすればダンジョンの中……さて、何処でどうでてくるか。




 カエデちゃんの私服をどうするかまだ決めて無いんよなぁ……
 シャツにジーパン。ジャケットのラフなスタイル?
 フィッシュテールスカートの清楚なお嬢様系?

 ……紺色で厚手の全身タイツに【ロキ・ファミリア】のエンブレムを背負った藍染の羽織と言う痴女っぽいスタイルが浮かんだ。

 元ネタの子、大刀持ってたしね。イメージ的にそんなんだよ。あっちは金髪だったし尻尾無かったけど……でもオラリオの冒険者ってすっげぇキメた格好してる人多いしなぁ……まぁ、キャラを濃くする為だと思うが……




 『ヒューマン』
 もっともごくありふれた種族であり、特徴と呼べる特徴はどの種族とも子を成せると言う点から繁殖能力に優れ、人間全体の半数がヒューマンであると言える程に数が多い事。
 能力は平凡その物、個体差はあるが総じてなんでもできるがどの事柄でも大成する事は無いと言える器用貧乏。

 英雄譚において『英雄の始まりを紡ぐ種族』とも言われている。
 数多の英雄が存在するが、どの英雄に置いても始まりは『ヒューマン』である。

 『ヒューマン』の少年の夢から始まった『迷宮聖譚章(ダンジョン・オラトリオ)』を初めとし、数多くの英雄譚に置いて大小の差はあれど『英雄譚の始まり』はヒューマンによって齎されている。

 魔法に優れた『エルフ』の英雄が居た。
 技巧に優れた『ドワーフ』の英雄が居た。
 戦いに優れた『獣人』の英雄が居た。
 奇跡を起こした『精霊』の英雄が居た。

 そんな英雄の始まりは何処においても『ヒューマン』が齎したモノである。

 『ヒューマン』が連れ出さねば『エルフ』は故郷()を出ようと思わなかった。
 故郷()を出なければ、英雄に成れなかった。

 『ヒューマン』が声をかけねば『ドワーフ』は酒に溺れるだけだった。
 酒に溺れ続けていれば、英雄に成れなかった。

 『ヒューマン』が偉業を成す戦場を用意しなければ『獣人』はただ力を振り翳す獣でしかなかった。
 ただ力を振り翳すだけでは、英雄に成れなかった。

 『ヒューマン』が寄り添わねば『精霊』は只有るだけだった。
 寄り添い、互いに力を高めあわねば、英雄に成れなかった。

 『始まりの英雄の種族』それこそが『ヒューマン』と言う種族の本質であろう。

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