生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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 ワタシは吼える

「今一度、生きる(足掻く)のに必要な神の奇跡を!!!!」


『入団試験』《下》

 【ロキ・ファミリア】の主神、団長、副団長、重役の四人は、顔をつきあわせて会議を行っていた。

 

「ボクとしては入団させても良いと思うんだけどね」

「ウチとしちゃなぁ……良い子やと思うんやで? でもなぁ」

「私は何もない。ロキの判断に任せる」

「良いと思うがなぁ」

 

 賛成2、反対1、中立1。結果的には賛成優位だが、最終決定権を持っている主神のロキは反対と声を大にするわけではないが、それでも賛成はしかねると言った様子である。

 

「フィン、あの子すぐ死ぬで?」

「ボクはそうは思わないけど」

「……どうしてそう思うん?」

 

 主神のロキの疑問にどう答えるか悩みながらも、フィンは顎に手を当てて口を開いた。

 

「勘、だけどね」

「あー……勘かぁ、フィンも()()思うんかぁ」

「僕()?」

「ウチもなぁ……いけるんちゃうかなって思ったんよ。勘やけど」

 

 試験者達に入団試験の結果をまとめるので一時待機を言い渡し。

 即席で開かれた会議の中、リヴェリアは額に手を当て、ガレスは唸る。

 

 片や神の勘、人のそれとは隔絶した的中率を誇る勘。

 片や英雄の勘、数々の苦難を乗り越え培われた確かな勘。

 

 どちらも無視出来るモノではないが、彼女を入団させる際に発生するもろもろの問題を考えればやはりロキとしては賛同しかねるのだが、団長であるフィン・ディムナが賛成しているのでどうするか迷っている。

 

 発生する問題は複数あるが、どう考えてもカエデ・ハバリにファルナを授けた場合、彼女はそのままダンジョンに入り浸るだろう。

 アイズ・ヴァレンシュタインもそうだったが、ロキのお気に入りと言う事で一部の団員の文句等を封殺していたのだ、それと同じ事をしないといけなくなる。

 

 その上、彼女に他の団員と同じ集金ノルマを課すのも難しい。

 武具の手入れ、ポーション等の消耗品の事も考えれば彼女にはむしろファミリアから出資してでも援助しなければならない可能性が高い。

 明らかな団員の格差となるだろう。

 

 ロキは少し考えてからぽんと手を打って口を開く。

 

「よし、面接しよか」

「面接? また最初からかい?」

「いや? 今度は逆順でいくって適当に理由つけてカエデたんだけ面接や」

「わかった、説明はボクからした方が良いかな?」

「頼むわ」

「あの恰好で客間に招き入れるのは難しいと思うけど」

「……その場でやるわ」

 

 フィンは頷き、他の二人に視線を向ける。

 リヴェリアとガレスが頷いたのを確認してから、フィンが纏める。

 

「とりあえずカエデ・ハバリ一人に対してのみ面接試験を行い、それ以外の入団志望者は帰って貰うって事でいいかな」

「えぇで」「わかった」「うむ」

 

 

 

 

 

 失敗した。

 

 師がワタシに教えた剣閃を、ワタシは今だ放つ事ができなかった。

 

『例え、枯れ枝でも鉄剣を切り捨ててみせよう。ワシが教えるのはそんな剣技じゃ』

 

 師はワタシにそう言うと、落ちていた枝木を拾い上げ、無造作に一閃した。

 

 試し切り用の植物を束にした巻藁が、師の放った一閃ですっとずれ、斜めに断ち切られていたのを見たワタシは、綺麗な断面を見せるそれを触ったり匂いを嗅いだりして本当に枯れ枝で断ち斬ったのかを確認したが、断面から金属の匂いが感じられなかった。

 

 信じられなかったが、師は確かに神業と言えるそれを成して見せた。

 

『まぁ、こんなもん曲芸師がやる事じゃ。オヌシが覚えるべきは剣をうまく扱う事じゃ。今のオヌシはこんな芸当覚える必要もない』

 

 カラカラと笑う師は、ワタシが斬ろうとして失敗し、半ばで剣が止まってしまった巻藁を差しながら言った。

 

『まずは剣で上手く斬れ、話はそれからじゃ』

 

 師の教えの通り、ワタシは剣を振るい続けた。

 

 そして、今日、入団試験として行われたフィン・ディムナという人物との模擬戦。

 

 使っていたのは刃を潰してある模擬剣。

 

 師なら、例え模擬剣であろうがきっと相手の模擬剣を斬り捨てていたはずだ。

 

 ワタシにはできなかった。

 

 それ所か初歩として教えられた基礎の一つ「剣を折らぬ事」ができなかった。

 

 他の入団志望者は、フィン・ディムナを見事打ち破って見せていたというのに、

 

 正眼の構えをとり、様子見も含め反撃を警戒しながらの首を絶つ一閃目は普通に反応され、とっさに剣を流し速度を殺す事無く翻した脳天を狙った二閃目はあっけなく受け止められた。

 

 師なら、一閃目を放ち、二閃目を放とうと翻した瞬間に、ワタシの胴が断ち切られていたはずだ。

 

 二閃目が防がれたと解った瞬間に、ワタシは直ぐに距離を置いた。

 

 追ってきたならば、反撃として目を狙う一閃を放とうと思っていたが、追ってこなかった。

 

 気を取り直し、上段の構えをとり、

 

 兜割りを見舞おうと、

 

 相手の持つ模擬剣も含め、脳天から股座を一閃に断ち切らんと振るった剣閃は、

 

 剣が折れるという結果に終わった。

 

 あんな無様を晒し、他の入団志望者に嗤われながら、ワタシは俯き、目を瞑り瞑想を続けた。

 

 瞑想とは名ばかり、頭の中は嵐が吹き荒れ、心は波風立ち、平常心は何処かへといってしまった。

 

「師なら斬れた、師なら一閃で、師なら」

 

 師なら、師なら、そんな事ばかり考えるワタシは、一つ息をつき心を落ち着けようとする。

 

 師の言葉の一つ。

 

『ワシはワシで、オヌシはオヌシだ』

 

 そう、ワタシはワタシだ。

 

 師は師で

 

 ワタシは師じゃない

 

 師はワタシじゃない

 

『カエデ、オヌシはオヌシ以外の何者でもない。ワシならどうこう言い訳しとる暇があるなら、最高の剣閃とは何かを考えよ』

 

 師の剣閃は、ワタシにとっての憧れだから、最高の剣閃だと思った。

 

『うむ? ワシの剣閃は最高の剣閃だと? 何を阿呆な事を、ワシにとってワシの振るう剣閃は最高じゃろう。じゃがオヌシの最高の剣閃とは別ものじゃ、頭を使え』

 

 コブが出来る程の力で頭に拳骨が振ってきた。あれは痛かった。

 

 …………落ち着いた。ワタシはワタシ、さっきの無様はワタシが未熟故に発生した無様。

 

 故に、『ワタシはもっと剣閃を極めたい』

 

 他にも、やりたい事はいろいろある。

 

 其の為にまずすべきは、ファルナを手に入れ、ランクアップする事。

 

「うっしゃ、みんな待ったか~?」

 

 声が聞こえ、ワタシは顔を上げた。

 

 真っ赤な髪をした神様がひらひらと手を振って歩いてくる。

 

 先程戦ったフィン・ディムナと、治療の魔法を使ってくれたエルフの女性、受付に居たドワーフの男も歩いてきた。

 

 入団試験の結果が発表されるのだろう。ワタシはしっかりと顔を上げ、結果を受け止める為に姿勢を正す。

 

「だいぶ待たせてしまって申し訳ない。幾人か素晴らしい子が居て会議が長引いてしまってね」

 

 フィン・ディムナが前に出て口を開いた。幾人かの素晴らしい子……居ただろうか?

 

 ワタシは論外、剣を折ったのだ。

 

 他に居た者達はいずれもそれなりだが、素晴らしいと言う程ではない。

 

 もしかしたら私には分らない判断基準があるのだろうか?

 

「それで、急にで申し訳ないけれど、面談も行う事になったんだ」

 

「面談?」「なんだそれ?」「はぁ? 聞いてねぇぞそんなの」

 

「本当に申し訳ないんだけどね、神の決定だから文句があるなら帰って貰っても構わないよ」

 

 フィン・ディムナの言い草に、苛立ったような者達も居たが、カエデは息を吸い、心を落ち着ける。

 

 どの道、あんな無様を晒した私が入団できる事はない。故に次のファミリア探しをしたいが、途中で抜けるのは良くない行為だ。師も『一度始めたら最後までやり遂げよ』と言っていた。

 

「それじゃ、面談を始めるんだけど、面談に関しては順番を変えようと思うんだ。と言うわけで83番、カエデ・ハバリくんから前に出てくれるかな? この場で面談をするから」

 

 名を呼ばれ、前に出る。

 

 他の入団志望者の視線が刺さる。

 

「うっし、カエデたんやな? ウチは【ロキ・ファミリア】の主神のロキや。気軽にロキたんって呼んでえぇで」

 

「ロキ()()()、よろしくお願いします」

 

 深々と頭を下げると、妙な沈黙が流れる。 何かしでかしてしまったのだろうか?

 

「あ~、まあええわ。んでカエデたん。オラリオに何しに来たのか教えてもらってええか?」

 

 質問一、オラリオに何をしに来たのか?

 

「ファルナを得て、ランクアップするために来ました」

 

 

 

「次の質問や、何のためにランクアップ目指すん? 名声とかか?」

 

 質問二、ランクアップを目指す理由は?

 

「ワタシの少ない残りの命を延ばす為です」

 

 聞こえる笑い声、嘲笑う声、心を抉る笑い声が響く、聞こえる。

 

 それがどうした。ワタシは生きる為に来たのだ。ただのうのうと生きているオマエ達に笑われる謂れはない。

 

 

 

「慈悲の女神がやっとるファミリアがあるんやけど、そっちに行けば死ぬまで面倒見て貰えるで? なんもせずにゆっくり余生過ごせる所や。ファルナもちゃんと貰えるし、そっち行かへんのか?」

 

 質問三……

 

 

 

 

 

 三つ目の質問を問うた途端、カエデ・ハバリの雰囲気が変わった。

 

 非常に落ち着いた態度で返答していた先程の雰囲気が消え失せ、鋭い刃の様な殺気にも似たモノを滾らせてロキを真っ直ぐ見つめ、ゆっくりと、口を開いた。

 

「ロキたん様、一つ、質問よろしいでしょうか」

 

 これは、怒ってるんか?

 

「ロキたんでええでー質問は何や」

 

「……神は、人が死ぬのは何時だと思いますか?」

 

 人が死ぬのは何時か? 強い思いを抱く少女の質問だ、生命活動が停止した時という答えでは満足しないだろう。

 

「カエデたんはどう思っとるん?」

 

「……師は言いました」

 

 一つ、息を吸い、カエデ・ハバリはロキを見据えたまま口を開いた。

 

 

 

 

 戦場で、仲間と共に駆けた戦場で、負け戦である戦場で

 

 一人、片腕を失って尚、闘気滾らせ戦おうとする者が居た

 

 一人、無傷ではあるものの、怖気づき、剣を手放した者が居た

 

 一人、息絶え、戦場に転がる屍があった

 

 生きた者は幾人居る?

 

 

 ワタシはこう答えた「二人ではないか?」と

 

 師はこう言った「()()()()()()()」と

 

 何故か?

 

 

 為すがままに踏みつけられる屍と、為すがままに切り殺される者に差などは無かった

 

 剣を手に、抗おうとした者のみが生きているのだ

 

 生きるとはなにか? 心の臓が音を奏で続ける事か?

 

 否じゃ、それはただ生きているだけに過ぎない。

 

 『()()()()()とは、()()()()である』

 

 生きる事をしない生を、生きている等と言わん。それは生ける屍と言う。

 

 

 生きろ(足掻け)、ただ漠然と生きるのではない

 

 生きろ(足掻け)、それは生きる為に

 

 死ぬな(諦めるな)

 

 

 師は言った。

 

 『死ぬな(諦めるな)生きろ(足掻け)、心の臓が音を止めるその瞬間まで』

 

 

 

 

 

「ワタシにとって、死とは諦める事、生きるとは足掻く事」

 

 カエデ・ハバリはただロキを見据えて言葉を重ねる。強い意志を持ち、ただ口を開いた。

 

「人が死ぬ時、それは諦めた時」

 

 ゆっくりと、自らが噛み締める様に、カエデ・ハバリは続ける。

 

「ワタシは一年と少しで死ぬ。何かがなければ、一年と少しで死ぬ」

 

 強い思いは、言葉として紡がれ、力強く響く。

 

「けれど、()()があった!!」

 

神の奇跡(ファルナ)があった!!」

 

「神の奇跡を手に入れ!! ランクアップすればまだ生きていられる!!」

 

「神の奇跡を手に入れ!! ランクアップする!! ワタシはソレを成すんだ!!」

 

 自らの胸に手をあて、カエデ・ハバリは遠吠えの如くロキに吼える。

 

「ワタシの心臓はまだ音を奏でている!! ワタシはまだ動ける!!」

 

「師は言った!! 『生きろ(足掻け)』と!!」

 

「師は言った!! 『死ぬな(諦めるな)』と!!」

 

「ワタシは絶対に死なない(諦めない)!!」

 

「ワタシは生きる(足掻く)のだ!!」

 

 より力強く、もっと、もっとと、喉が張り裂けるのではないかと言う程の声量を以て、小さき獣は吼える。

 

「だから、ワタシに神の奇跡(ファルナ)を!!!!」

 

「今一度、生きる(足掻く)のに必要な神の奇跡を!!!!」

 

 

 

 

 

 喉がびりびりと痺れている。

 

 意思を、想いを咆哮した。

 

 後悔した。

 

 やってしまった。

 

 平常心で語っていたはずなのに。神に対し、吼える様に思いの丈を吐き出した。

 

 慌てて、言葉をつなげる。

 

「武具は自ら用意する、ファミリアへの納金もちゃんと行う。ファミリアには迷惑をかけない。だから「ダメや」だから……わ……た……」

 

 目を瞑り腕を組んだ神ロキを見て、遮られた言葉の意味を理解して、尻すぼみに言葉が潰えた。

 

 

 口を開こうと、何とか言葉を紡ごうとするのに

 

 唇は震えるだけで開かない

 

 喉は震えるだけで声を発さない

 

 頭の中は真っ白で、『ダメや』と言う言葉がぐるぐるまわる

 

 

 

 

 

 

 

 カエデ・ハバリの吼えた言葉を聞き、ロキは腕を組んだ。

 

 続く言葉を遮り、ロキはゆっくり目を開いた。

 

「ぁ……ぇ……」

 

 拳を握りしめ、それでもロキから目を離さないカエデ・ハバリを見て、ロキは考える。

 

『ワタシは生きる(足掻く)のだ!!』

 

 吼えた、その言葉に、ロキは震えた。

 

『ワタシは絶対に死なない(諦めない)!!』

 

 吼えた、その目に宿る意思に、ロキは震えた。

 

「武器とか防具の用意はいらん?」

「納金もちゃんとする?」

「迷惑をかけない?」

「何を言うとるん?」

 

「……ッ!?」

 

 カエデ・ハバリはより強く拳を握りしめ血が流れ出る、それでもやはりロキから視線を逸らさない。

 

「あんた、他のファミリア行ってそれで通用するって思っとるん?」

「…………」

 

 震え、歯を食いしばる、手から零れる血が滴となり地に染みを作る。

 それでも、カエデ・ハバリはロキから視線を逸らさなかった。

 

 他のファミリアに連れて行くか? 他の神に、この子を眷属としてやるのか?

 

 

 ありえない。この子を他の神に? 何を馬鹿な、奪ってでも自分の眷属にするに決まってる。

 

 

 

 こんな()()()()が目の前に居るのだ。

 

 

 ならば、神ロキが出す答えは?

 

 決まっている。

 

 

 

 手を大きく打ち鳴らす。

 

「気に入ったわッ!!」

 

 カエデの体がびくりとはね、表情が驚きに染まる。

 

「あんたの武具は【ロキ・ファミリア(ウチ)】が用意したるッ!!」

 

 必要な武具、ポーション、その他いろいろ。すべて【ロキ・ファミリア】で揃えよう。

 

 

「あんたの納金は必要ないわ神ロキ(ウチ)がなんとかしたるッ!!」

 

 他の団員が文句を言うだろう。主神の権限を使ってでも黙らせる。

 

 

「あんたがかける迷惑なんてすべて受け止めたるわッ!!」

 

 オラリオを二分するファミリアの片割れとしてその程度の些事はどうとでもして見せよう。

 

 

「ウチの眷属に、いや、もうウチの眷属やッ!!」

 

 こんな面白い子供が居るのだ、命少ない? 関係ない。

 

 

 泥に沈んだ宝石を見つけ、ロキは手を差し出す。

 

 

 驚きで目を見開いたカエデ・ハバリに対し、ロキはにんまり笑って見せる。

 

「逃げようなんて思うんやないで? 何処にも行かせへんからな」

 


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