生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『んぉ? おぉーホオヅキたん久しぶりやなー』
『……ロキが書類整理してるさネッ!? 明日は槍が降るさネ……世界の終りさネ』
『言い過ぎやろホオヅキたん……まぁ、仕事せえへんとほったらかしにしとったんは否定せんけども……んな事より、前言っとった子どうしたん? なんやファルナが欲しいから入団試験受けさせて欲しいって言ってた子。今度連れてくる言っとったけど、何処に居るん?』
『あー……ソレさネ、ちょっと問題が発生して行方不明になったさネ』
『問題? どないしたん?』
『あー、村人が皆殺しにされてたさネ。連れてくる予定だった子とその師匠は行方不明。死体は無かったから生きてるはずさネ……最悪。ヤッた奴見つけて八つ裂きにしてやろうと思ってるさネ。と言う訳で情報くれー』
『……いや、いきなり情報くれ言われても困るんやけど……と言うか皆殺して、穏やかやないなぁ……』
『バベル』の地下一階、ダンジョンに通じる大広間には、数多の冒険者がダンジョンからの生還を喜んだり、生還した冒険者が今回の稼ぎで何をするのか友と談笑したり、これからダンジョンに潜る前の意気込みを呟きながらダンジョンに通じる階段を下りて行く姿があった。
そのざわめきが、一瞬止まる。
迷宮都市『オラリオ』に於いて探索系ファミリアの最上位を競い合う最大ファミリアの【ロキ・ファミリア】の団長【
あの【
しかも新人らしき幼い白毛の狼人の子供を連れていれば注目度は更に上がるだろう。
あの【
そして白毛の狼人。
ウェアウルフと言う種族は毛色でその特性が分れている種族だ。
灰毛は草原や高地に住まい、平地での俊敏性は随一、長距離移動にも適し高いスタミナを持っている。
茶毛は森林や荒れ地に住まい、障害物を避けながらの俊敏性は随一、動体視力に長け、反応速度が非常に高い。
赤毛は激しく攻撃的な性格である代わりにその身体能力は非常に高く、拳に蹴りとどの攻撃も恐ろしい程の威力を持つ。
蒼毛は常に冷静に冷徹に獲物を追い詰め、敵を屠る知能の高さを持つ。
他に珍しい毛色として
銀毛や黒毛も存在する。
銀毛は少ないが見かける事はある。ただし黒毛は今現在のオラリオに於いては【ソーマ・ファミリア】に所属していた【
白毛は殆ど見ない為、特性は全くの不明。
正確には生まれても、出生と同時に親によって殺されてしまうか、群れの中で寿命が尽きて死ぬかのどちらかで、オラリオまで出てくる事がなく、ファルナを得る事自体が稀な事もあり、神々もどういった特性を持つ狼人なのかわかっていないのだ。
其の為、白毛の狼人は非常に珍しい。そういう意味ではその幼い狼人は
『オラリオ』に於いては
そんな珍しい毛色の少女がわき目も振らず、ただ『ダンジョンの入口』の階段に足を向けており、その少女の後ろに【
【ロキ・ファミリア】期待の新人
そんな肩書きを意識して少女の姿を見れば、新品の皮鎧を身に纏い、新品の身の丈に余る大剣を背に背負ったその姿は、他の冒険者の嫉妬を煽るのには十二分に過ぎるだろう。
『オラリオ』の『冒険者ギルド』から支給される装備品は鋳型方式で安価に量産され、各冒険者用に形状を調整しただけの『ブレストプレート』と、こちらも鋳型で量産された安価な『短剣』と言うありきたりな入門用装備に各種ポーチや取得物を入れる腰袋、『ギルド』と直接契約している医療系ファミリアから卸されている『初心者用ポーション』のみ。
鎧下のインナーは自前で用意するのは当たり前、最悪、普段着のシャツにズボンの上から防具とポーチ、剣を吊るすだけと言う姿になる。
殆どの中規模ファミリアでは、ダンジョンに関する教育は行われても武装までは用意して貰えず、新米冒険者は上記の普段着に『ブレストプレート』に『短剣』となけなしの『初心者用ポーション』のセットで初めてのダンジョン探索に挑む。
無論、探索系ファミリア最大規模を誇る【ロキ・ファミリア】ならば新人にある程度の装備品を用意するのは当たり前なのだが……
『オラリオ』に来る前に冒険者の真似事をして金を稼いである程度マシな装備品を自前で用意して各ファミリアへ自分を売り込む者も居る為、全員が全員ではない。
しかし 殆どのファミリアの団員は初めてのダンジョン探索の際の装備品は高が知れたモノでしかない。
そう言った者からすれば、今の完璧なフル装備で、なおかつかなり上質な大剣を背負う少女は羨ましいと言うよりは単純に目障りだ。
だからと言って、あの【ロキ・ファミリア】の新人らしき少女にいちゃもんをつけに行く愚かな冒険者はこの場に存在しない。
「相変わらず、鬱陶しい視線ですね」
「まあ、ジョゼットは有名だからね」
「団長に言われると嫌味にしか聞こえませんね」
そんな冒険者たちの視線を一切気にも留めずに、戸惑う事もせずに『ダンジョンの入口』に足をかけて進んでいくカエデ・ハバリの後ろをついていく二人。
視線の鬱陶しさに半眼で辺りを睨むジョゼットに、茶化す様な事を口にしながらも、周辺索敵を一切怠る事のないフィン。
そんな二人の事を一切意に介さずに姿勢を若干低くし、剣の柄に手をかけたまま下りて行くカエデは、徐々に見えてくる階段の終わりを見て、呟く。
「思ったより、明るいんですね」
「あー……それはカエデが狼人だからですね」
「狼人だから……?」
呟いた言葉を拾ったジョゼットの言葉に反応して呟けば、ジョゼットは軽く肩を竦めて説明しはじめた。
「知っているとは思いますけど、貴女は狼人、獣人系の種族の一つです。特徴は獣人種特有の力強さと類稀なる俊敏性、猫人程でないにしろある程度の器用さも持ち合わせている反面、耐久は獣人種の中では低め。打たれ弱さでは犬人に劣っていたりする種ね。それでここからが重要なんだけど、獣人系は総じて五感が鋭いのよ、狼人は嗅覚と聴覚に秀でているけど、他の五感も全てヒューマン以上なのです」
つまり、カエデ・ハバリの視界に映る景色は地下と言う部分、入口であると言う事を差し引いてもおつりがくる程に明るいその場は、他のヒューマンやエルフ、ドワーフ等からすれば若干の薄暗さを感じる程度なのだろう。それでも『ダンジョン』が地下の迷宮である事を思えば十二分に明るすぎるのだが……
「魔石灯いらずとはこういう意味なのですね」
「あー……上層では灯りが必要になる事は殆どないかな。十八階層の『
「必要な所……?」
「カエデはまだ学んで無いかもしれないけど、下層以下の階層では時々『
気が付けば、階段を下りて直ぐの所、道幅が広くなっている通路、冒険者の間では『はじまりの道』と言われるその場所で一度足を止めて、カエデはスンスンと鼻を鳴らして臭いを嗅いでから首を傾げた。
「空気が淀んでいませんね、凄く不思議な感じがします」
普通の洞窟であるのなら、何処かに別の出入り口があって風が吹き込んだりしていない限りは空気が淀んでいる事が多い。その上、その洞窟を住処にした魔物や動物の臭いが溜まりに溜まって、鼻がねじ曲がるのではないかと言う程の悪臭となっている事がある。
そして、風の流れがあれば洞窟の中に居る生物の臭いを感じ取る事が出来るはずなのだが、ソレが無い。
特に風の流れがある訳でも無いのに、空気は淀む事も無く存在している。
それだけで此処が異質な場所であると言う事が感じられ、若干耳を澄まして奥の方から聞こえてくるはずの他の冒険者の足音を聞いてみようとすれば、通路の先から冒険者らしき足音が聞こえ、追加で複数の乱れた足音が聞こえた。
足音の大きさは大分不揃いで、音の質から靴を装備していない動物系の脚だと判断できる。
「……コボルトでしょうか。先に進んだ冒険者と戦闘になっているみたいですね」
「少しタイミングが悪かったみたいですね」
「まぁそうだね。確かにあの足音はコボルト……ん? 怪我人が出たみたいだね」
フィンも耳を澄ましてから、先に進んだ冒険者と事を構えているらしいモンスターの声を聞きながら、腕を組む。
上層、それも最弱級の敵相手に不覚をとったらしい冒険者の男性の声が響き、複数のコボルトの叫び声が響き、他の冒険者の怒号等が響いている。
ダンジョン入口直ぐと言う所でも先に進んだ冒険者達の様に不意打ちを受ける事もあるのだろう。
暫くすればコボルトの声が途絶え、慌ただしく走ってくる足音が聞こえてきた。
通路の先から走ってきた集団は、先程カエデ達がバベルの地下に足を踏み入れたとほぼ同時にダンジョンの階段を下りて行ったパーティーらしい集団だった。
怪我人らしい人物を担いで三人の男女が駆けて来たのを見て、フィンとジョゼット、カエデは揃って通路の横によって道を空けた。
担がれていたのは少年で『ブレストアーマー』とそのインナーらしい普通のシャツにズボン、腰の鞘も新品のようだったのだがどれも血に塗れていた。
「畜生、ポーションケチるんじゃなかった」「だから言ったのに!」「うるせぇテメェらさっさと運べッ!! こんな入口で新人死なせましたなんて神様に言えるかッ!!」
騒がしく走ってきたその三人と怪我人の少年の内、先頭を走っていた若い男性が此方に気が付いて駆け寄ってくる。
「そこのあんた、悪いんだがポーションを分けてくれ、新人がへまして怪我しやがってよ」
「…………」
ヒューマンの若い、二十代の男性は駆け寄って直ぐに交渉の積もりなのか三人の中でジョゼットに声をかけた。
確かに、カエデは見るからに子供、フィンも
「おい、聞いてんのか?」
「ちょッ!? あんたなんて口利いてるのよッ!! 【ロキ・ファミリア】の【
「は? 誰だソイツ」
「馬鹿かコイツ!?」「あぁヤバイ、これ死んだわ」「うぐっ……」「いやまだ死んでねえだろ、今治療すりゃ十分間に合う」「そういう意味じゃ「五月蠅いですね」……ヒィッ!?」
ドスの利いた声を放ったのは、声をかけられても一切反応せずに無視したジョゼットだった。
一睨みで、犬人らしい女性を怯ませ、怪我人の少年を担いだドワーフもたじろぐ。
だが、若いヒューマンの男性だけは怯まずに逆に睨み返した。
「んだよ、こっちは怪我人抱えてんだぞ、少しぐらい「黙れ、あんたとにかく黙れッ!! ほら行くわよっ!!」「すまんかった、この事は出来れば水に流して欲しい、重ね重ね申し訳なかった」おい、おまえら」
犬人の女性が、ヒューマンの男性の腕を掴み引き摺って行き、ドワーフの男性が頭を下げてから来た道を引き返して行った。
その様子を見ながらずっと黙っていたカエデが呟いた。
「あの傷でも、冒険者って死なないんですね、結構深々と首を抉られていた様に見えましたが」
血塗れの姿に怯む訳でも無く、冷静に傷口を観察していたらしいカエデにジョゼットが若干呆れ顔で答えた。
「当たり前ですが、あの傷は致命傷です。
「そうだね、
致命傷でも易々と死なない。ある意味では心強く。ある意味では背筋が凍る情報だろう。
「……行きましょうか」
カエデは呟きと共に血の滴が垂れている道の先を見据えた。
「アレを見て一切動揺しないのは凄いと言うか末恐ろしいですね。団長」
「慣れてるみたいだったね。何処かで似た様な経験でもしたのかな?」
血に塗れた道の先、少年に不意打ちを食らわせたらしいコボルトは、その後すぐにドワーフの持っていたバトルハンマーか何かで頭を砕かれたのだろう。頭の潰れたコボルトが倒れている場には少年の体から流れていた血と同じ臭いが漂っていた。
他にもコボルトが二匹居たらしいが、どれも倒すだけ倒して剥ぎ取りをせずに放置したのだろう。死体だけが残っている。
その死体を見て、カエデはスンスンと臭いを嗅いでから、一つ頷くとそのまま無視して素通りしてしまった。
他の冒険者が仕留めた獲物を横取りするのはルール違反ではあるが、今回の場合は別に剥ぎ取っても文句は言われないだろう。だが、カエデはそれをする気は無い様子だった。
「……あの怪我をした少年、助かると良いですね」
「気になるのかい?」
ジョゼットの呟きに対してフィンが問いかけを投げると、ジョゼットは眉を顰めた。
「目の前であの大怪我、死なれれば寝覚めが悪い事この上ないです」
心底、嫌そうに呟いたジョゼットは軽く目を細めてからカエデが唐突に姿勢を低く、腰を落として通路の脇に寄っているのを見て、一言。
「敵を見つけたみたいですね」
「みたいだね」
通路の先、ゴブリンが三匹、第一階層に於いて三匹はそこそこの数である。
運の良い事に、ある程度見通しが利く通路でありながら、あのゴブリンの集団は全員が此方に背を向けている。
『丹田の呼氣』を乱さぬ様に慎重に身を沈めて剣の柄に手をかけて、背負っていた剣を腰に吊るし直す。
手早く襲撃の準備を終えてから、後ろのフィンとジョゼットを確認すれば、フィンは頷き、ジョゼットは弓を片手に持って矢をくるくると回していた。不覚をとれば援護はすると言う事だろうか。できれば失敗はしたくない。
姿勢は低く、腰を落として、一気に疾駆出来る構えをとって、腰の『ウィンドパイプ』の鞘を左手で握る。
ゴブリンはどれも動き自体はシンプルで、進行方向、ちょうどこちらとは反対の方向に向かってゆったりとした速度で進行して行っている。後方警戒と言う言葉を教えてあげたくなるほどに後ろに対して無防備な姿を晒している。しかし、その一匹、右手に錆び付いた何か、ナイフの様なモノを所持している。最優先討伐対象に指定。
位置をしっかりと確認してから落ちていた小石を拾い上げて投擲。
モンスター退治の基礎の一つ『注意を逸らす』
馬鹿正直に真正面から戦う必要は無い。
例え人相手だろうがモンスター相手だろうが、生死を賭けた戦いをする以上、ソコに卑怯だの狡いだの批判の言葉が入り込む余地は有りはしない。
狙う位置はゴブリン右手側の壁。
投擲すると同時にウィンドパイプの柄に右手を添えて一気に走り出す。
狙いはただ一つ、錆びたナイフを手にしたゴブリンのみ
ゴブリン達の右側の壁に石ころが当たり、軽い音が発生する。音につられてゴブリンの視線が三匹とも其方に向かう。
視線が逸れ、此方に未だに気付かないゴブリンに向かって走り寄り、一気に足を止める。
加速は十二分、加速からの急停止によって『ウィンドパイプ』が鞘走り、鯉口が独りでに切られ、鞘から疾駆した勢いをそのままに乗せた強靭な刃が抜き放たれる。
その抜き放たれた刃の行先を右手一つで操り、瞬く間の抜刀の紡ぎによって最優先討伐対象に指定されたゴブリンの首を皮一枚残して斬り捨てる。
残った勢いのまま、軸足をしっかりと地面に固定し、踏み込みつつ首を半分以上失って膝から力の抜けたゴブリンの体を押して三匹目のゴブリンの動きを阻害してから、二匹目のゴブリンの胴を横凪ぎで斬り捨て、斬り捨てた勢いを大きく上に逸らして流れた剣を翻し、三匹目のゴブリンの脳天から胸までを一閃。胸の半場で剣を抜き放って地面に向かって突き刺さりそうな剣を返して横なぎに変化させてから血や油を振るい落して、その勢いを緩めながら鞘に剣を納める。
ガチンと大き目の音を響かせて剣を納めた頃になってから、二匹目の上半身が地面にボトリと落ちた。
周囲の音や気配を探っても特に新手が居る様子は無い。警戒を解かない様に腰の『ウィンドパイプ』から手を離して小石を拾い上げて倒れたゴブリンの死体に投げつけてみる。
一匹目は首を飛ばし、二匹目は上半身と下半身で泣き別れ、三匹目は脳天から胸元までがパックリ二つに割れている。
どう見ても死んでいるのだが、『ダンジョン』では何が起こるかわからない。もしかしたら下層に存在する凶悪な『
殺したと思ったのに『
「……よし」
仕留めたのを確認後、周辺警戒を再度行うがモンスターの気配は無い。直ぐに戦利品を獲る為に腰の剥ぎ取り用のナイフを手に取って
「あ……」
「あー……」
新米では無く、元々狩人や無所属の冒険者として経験を積んで『オラリオ』を訪れる冒険者は、ゴブリン程度怯まずに倒せる。
それはカエデも例外では無かった。
だが、対モンスター戦においてしっかりと戦えるかと言うのはまた別問題と考えていたのだが、全く以て問題は無い様子だった。と言うか妙に手馴れている。わざわざゴブリンの気を逸らしてから不意を突いて戦闘に入ると言う事をする冒険者なんて今まで見た事が無い。
大体の冒険者は『ファルナ』によって強化され。上がった身体能力で真正面から叩き潰す戦い方をする。
『ファルナ』を得る以前から無所属の冒険者として動き、戦い慣れた者も例外なく『ファルナ』によって強化された身体能力を使いたがる。
その為か、カエデの様に奇襲戦法をとる新米冒険者は居ない。のだが……
まぁ、それは別に構わない。
嬉しそうに尻尾を振りながらゴブリンの右耳を剥ぎ取るカエデを見ながら、ジョゼットが一言。
「あー、
「……多分、カエデも緊張してるんだと思うよ」
カエデは右耳三つを剥ぎ取ってから、収集品入れにその右耳を入れようとして一瞬動きを止めてから、慌てて右耳を放り捨ててもう一度剥ぎ取りナイフを取り出してゴブリンの胸に突き立てて魔石の剥ぎ取りを始めている。
「自分で気付けるだけマシだね」
「まぁ、そうですね」
新米冒険者には二種類居る。
片方は『ファルナ』を得る事で戦える様になった『一般人』
片方は『
『経験者』の中でも『オラリオ』の外でゴブリンやコボルト等の小物を狩って生計を立てていた者達程やらかすのだ。
外での換金品は『ゴブリンの右耳』『コボルトの右耳』、『オラリオ』での換金品は『モンスターの魔石』である。
もう一度言おう。よく
袋一杯にゴブリンとコボルトの右耳、ダンジョンリザードの右目を抉ってきて換金所に持ち込むと言う間抜けなミスを……
魔石をポーチに納めて、ほっと一息ついているカエデも、自分で気付かなければ同じ事をしていたかもしれない。
最悪フィンかジョゼットが指摘する所だったが、指摘する前に気付いてくれてよかった。まぁ、ロキに伝える笑い話が出来たと思えば悪くは無い。
現在階層は第五階層。
ダンジョンの第三階層からは、ゴブリンとコボルトが共闘して来る。
その特色の例に洩れる事無く、ダンジョン第五階層にて白毛の狼人の少女の前に立ち塞がるのはゴブリンが六匹、コボルトが四匹の計十体のモンスター。
既に幼い少女、カエデ・ハバリを敵として認め、威嚇の声をあげている。
対するカエデは腰を落とした姿勢のまま一気に駆けだす。
連携をとる訳ではないが、囲んで叩こうと動くコボルトと、そのコボルトの穴を埋める様に布陣するゴブリンは新米冒険者であれば逃亡を選択するのが当然だが、カエデは一番先頭を走ってきたコボルトと、そのすぐ後ろのゴブリンをすれ違い様に斬り付け、共に左足を斬り飛ばし、そのままちょうど目の前に来たコボルトを逆袈裟掛けの形で斬り捨てる。
袈裟懸けから振り上げられた剣を素早く斬り返すと同時に左に寄ってきたゴブリンを斬り捨てる。
残りゴブリン六匹、コボルト三匹。片足を失って尚戦意を失わずに吠えかかってくるゴブリンとコボルトは無視して残りを仕留める。
まず手始めに袈裟懸けしたコボルトの胴体を蹴り上げて正面に回ろうとするモンスターを牽制、直ぐに剣で右側に寄ってきたコボルトを斬り捨ててから、後ろに下がってコボルトのとびかかり攻撃を避ける。
回避しながら剣を突き出してコボルト自らが突っ込んでくる勢いでコボルトを突き殺し、コボルトの体が刺さったままの剣を振るい、その死体を投げ飛ばしてゴブリンに当てて動きを牽制、最初に蹴り上げたコボルトの死体も蹴って他のゴブリンに当てて動きを牽制し、仲間があっけなく突き殺された事で怯んでいた最後のコボルトの首を軽く刎ねて仕留める。
残り、ゴブリン四匹。武装無し
突き殺されたコボルトの死体を押しのけて起き上がろうとしているモノと、コボルトの下半身が当たって体勢を崩した二匹を無視。
残りの二匹はそこそこ距離がある為、一匹に素早く詰め寄って斬り捨て、そのままの勢いで真後ろまで剣で薙ぎ払う。読み通り、もう一匹が後ろに走り寄ってきていた為、軌道上に身を晒しておりそのまま薙ぎ払われた剣によって胸から上と胸から下で真っ二つになる。
残り、ゴブリン二匹。武装無し
残った二匹がようやく立ち上がって構えをとる頃には、十匹近く居た集団はその二匹だけになっていた。
一瞬、一匹が視線を周囲に巡らせて仲間の死体に怯んだ瞬間に、カエデが踏み込んで隙を見せたその一匹を真っ二つに斬り捨て、残りの一匹が慌てて殴りかかってきた一撃を剣の柄で受けて流してから、すれ違い様に胴を一閃。
二、三歩前に歩いてから腹の中身をボタボタと零して慌ててその内臓を抑えて膝を着いたゴブリンの、丁度斬りやすい高さに落ち着いた首を刎ねる。
ゴロゴロとゴブリンの首が転がったのを確認してから、カエデは周辺警戒をしようとして、一気に勢いをつけて剣を真上に振り上げた。瞬間、上から奇襲をしかけてきたダンジョンリザードを真上で真っ二つにしてカエデは再度剣を返して、血を跳ね飛ばす。
ドシャリと、カエデの左右に綺麗に真っ二つにされて開かれたダンジョンリザードが転がる。
それを確認してから、最初に左足を切り落としたまま放置していたコボルトとゴブリンの首をはねて仕留める。
そこまできて、一息ついて剣に付いた血と油を振り払って鞘に納めた。
「ふぅ……ゴブリン六匹、コボルト四匹、ダンジョンリザード一匹、討伐完了です」
「……いやぁ、本当に凄いね」
「慣れてるとかそういう動きじゃないわね……完全に読んでたわ」
これまでの撃破数、ゴブリンが百十八匹、コボルト九十四匹、ダンジョンリザード七十三匹。
昼過ぎに潜り、今はちょうどおやつ時ぐらいの時間だろう。
フィンが懐中時計を取り出して時間を確認すれば大体その程度の時間である。
「出てくる間隔、かなり短いですね、息切れしそうです」
カエデの言う通り。時間にして一時頃から潜り三時に差し掛かる時間。
大体二時間の間に三百近いモンスターを討伐している。
少し多い気もするが、第五階層まで足を運べばそんなぐらいだろう。
休み無くモンスターを斬り続けているカエデと、ソレを援護するでもなく突っ立ってぼーっとしているフィンとジョゼット、と言うかフィンもジョゼットも特に援護せずともカエデ一人でガンガンモンスターの群れを殲滅している。
現に今のモンスターの群れも最後のダンジョンリザードの奇襲攻撃に対して反応したジョゼットが『妖精弓の打ち手』と言う魔法で作り出した『妖精弓』の弦を引いた所でカエデ自身が気付いて剣で天井から奇襲を仕掛けたダンジョンリザードは剣を真上に振り抜くと言う力技ともいえる方法で真っ二つである。
「カエデ、貴女は休んでいてください。剥ぎ取りは私が行っておきます」
「はい、すいません」
「カエデ、水飲むかい?」
「ありがとうございます」
ジョゼットは自ら魔石の剥ぎ取り作業を行う事を言って出た。何故新米のサポーターを二級の自分がやっているのかと言えば、ロキやフィンにお願いされた事はカエデの援護や補助だったのに援護も補助も必要とせずにカエデが一人で事を片付けている為、完全に後ろを付いて回るだけで取得物袋が一杯になったらジョゼットの背負うバックパックに移してーと言った形だけでしか役に立っておらず、仕方なく補助は補助でも完全に荷物持ちだけに徹するのも嫌だなと思い剥ぎ取りを申し出たのだ。
手早く魔石を抉り取って行けば、モンスターの骸は色を失い、灰となる。そのモンスターの灰すら虚空に解ける様に消えてゆく。
「いつみても、不思議で仕方ないですね……」
地上のモンスターは魔石を持たない。稀に魔石を持つモンスターも地上に居るが、ダンジョン程ではないし、地上に馴染んだモンスターは魔石を抉られても死体は残る。
だが、ダンジョンのモンスターはその核である魔石を抉り取られるとその体が消滅してしまう。
「コボルトの爪に……ダンジョンリザードの皮……ですが綺麗に真っ二つですね」
そして、今の様にモンスターの体の一部が灰にならずに残る事がある。
一説にはその部位には特殊な力が宿り、核である魔石を抉られてなお灰にならずに原型を保てるだけの
またその部位は、『オラリオ』の鍛冶師達の手によって数多の武装に変化を遂げる。
カエデの身に着けている『
ただ、ダンジョンリザードは頭から真っ二つにしてしまったため、ドロップアイテムの皮も綺麗に真っ二つにされてしまっている。
これでは胴鎧としては使えない。ガントレットやアームガード、レッグガードに使う分には問題無さそうだが、売値はかなり落ちるだろう。
「これでも上質な方ですね……」
「そうだね、ボクやガレスが初めて手に入れたダンジョンリザードの皮は……穴だらけだったり、裂けてたりで使い物にならなかったし」
一突きで倒せずに何度も槍で突き刺す等すれば、その分革はボロボロになる。
斧で殺してもずたずたになる事が多いし、リヴェリアの魔法なんて革も魔石も残さずに焼き尽くす為、最終兵器扱いしていた頃もあったのだから……
それを考えれば頭から綺麗に真っ二つで即死させて得た革は上質な部類だろう。
「回収完了しました」
「あ、はい、ありがとうございます」
「礼には及びません、リヴェリア様からの指示ですから」
バックパックを背負い、ジョゼットは弓の弦を使って器用に即興曲を響かせ、呟く。
「行きましょう。残り一時間半程ですが、しっかりと
「はい。あ、水」
「ん? その水はあげるよ」
「ありがとうございます」
「次からは自分でちゃんと持ってきてね?」
「はい」
フィンが持ってきていた水袋をカエデは腰のポーチの横に吊り下げてから、剣の位置を確認して頷く。
「行きます」
「了解」「わかったよ」