生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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 やっと、オラリオに到着した

 ギルドの依頼を片付けていたらやけに時間がかかった

 もっと早くに着くはずだったのに、依頼者が虚偽情報で依頼を出していて、ただの『ゴブリン討伐』として受託していたのに『ゴブリンだと勘違いしていた』等とのたまいやがって……つい手足を捥ぎ取って串刺しにしてソイツの屋敷の前に飾ってしまったじゃないか。おかげで報酬はおじゃんだ。最悪。ギルドにもうだうだ言われるだろう。本当に面倒だ、そんな時間なんて無いのに

 早く、はやくあの神の所に行って情報を聞こう

 ……あぁ、今日は『ガネーシャ様の日』なのか


『冒険者ギルド』

 群青色のキルト地の鎧下の服の上から鋲打ち(スタッド)()革鎧(レザーアーマー)を装備し、脚部には動きを阻害しない様に精密に組み上げられた金属靴(アイアンブーツ)

 背中に背負う形で刃先に行くほどに剣幅は広くなり、分厚くなっている『ウィンドパイプ』を背負い、腕、腰、腿の三か所に小分けにしてポーションを入れたベルトを締め、取得品を納める腰のポーチを引っ提げ、剥ぎ取り用のナイフもポーチの横に鞘をかけて置く。

 その上から新しく渡された淡い茶色の外套を纏ってから、各種装備の取り出しや収納等、取り回しに不都合は無いか何度かの確認を行ってから、カエデはロキに向きなおった。

 

「準備、終わりました」

 

 【ロキ・ファミリア】本拠、エントランスホールにてカエデが初めてダンジョンに向かうと言う事でロキは装備の最終確認を行っている様を眺めていた。

 

 主武装は大剣、主防具は革鎧、膝から下だけはリヴェリアの指摘でアイアンブーツに変更されている。

 主な理由はカエデが狼人であり、狼人特有の咄嗟に()()()()事があるので、足を守る為にと言う理由である。

 

 狼人は基本的に剣より足の方が早いと蹴りをメインで使う事が多い。

 理由としてはその優れた俊敏性を誇っている狼人はその脚力もずば抜けて高い。其の為か蹴りの力は他の力を誇る種族と同等かそれ以上になる為である。

 

 狼人と喧嘩をする時は拳ではなく蹴りに注意しろと言われる程である。

 他には兎人も恐ろしい程の蹴りを出すが、あちらは狼人程気性が荒く無く、冒険者として活動しているモノは殆ど居ないので気にする必要はない。ちなみに蹴りの威力は兎人の方が上だったりする。

 

 ただ、カエデ自身はそのアイアンブーツに対して『下半身の重量増加で剣筋の安定感を出す為でしょうか?』と若干ずれた事を言っていた為、蹴りより剣の方が主武装として刷り込みが入っているらしい。これにはアイアンブーツを用意したガレスが苦笑していた。

 ドワーフらしく、鍛冶の発展アビリティこそ無いものの、装備の修繕も出来るガレスはある程度の調整も出来るらしく、カエデのアイアンブーツの用意も担当していた。

 

 準備を終えたカエデを見て、ロキは大きく頷いた。

 

「うっし、んじゃ門の所まで見送るわ」

「わかりました。団長、ジョゼットさん、よろしくお願いします」

 

 なんでもないかの様に手を振って言えば、カエデはしかと頷き、フィンとジョゼットに頭を下げる。

 

 フィンは活動範囲が上層のみと言う想定ではあるが、武装自体は割と本気である。流石に深層攻略時に使用する攻略用装備こそ装備してはいないが、下層でも十二分に通用する武装で固めている。

 対するジョゼットは革の胸当て以外には左手にアームガードを装備しているだけで背に弓を背負い、腰に大き目の矢筒やポーチを引っ提げているだけの軽装である。

 

「ああ、よろしく」

「リヴェリア様のご指示ですから、最善を尽くします」

 

 フィンはにこやかに、ジョゼットは伸びた背筋はそのままにエルフ流儀の敬礼を返すのみ。

 

 固さと言うよりは真面目が人の形になったともとれるジョゼットだが、【ロキ・ファミリア】入団時に比べれば遥かにマシである。ベート並の狂犬状態だったと言えば通じるか……

 

 とはいえ、ベートと違い、今では真面目な軍人気質ともとれる上下関係を絶対のモノと意識して動いているので問題を起こす事は殆どない。今回のダンジョンの同行についてもジョゼット程の射手が共にいればモンスター相手にカエデが不覚をとっても問題は無いだろう。上層のモンスター相手にカエデが不覚を取るとは思えないが……

 

 ロキとしては、眷属を見送る際にはありとあらゆる言葉を尽くして心配して居る事を伝えたいのだが、それは眷属の重しとなってしまう。

 それに、ダンジョンに行く以上、眷属が死ぬ危険性は常にある。

 もし、死んでほしくないのなら眷属にダンジョンに潜らせる事なんてありはしないのだ。

 それでもダンジョンに行く眷属をそのまま見送るのは帰ってくる事を信じている……なんて臭い事を言う積りはないが、ロキ自身も眷属がどんな道をゆくのか、どんな成長をして帰ってくるのを楽しみにしているからだ。

 

 挨拶もそこそこに、エントランスを抜け、【ロキ・ファミリア】が誇る手入れの行き届いた庭園を抜け、【黄昏の館】の正面門へ

 

 門は昼間という事で開け放たれており、門番が左右に控えてロキが来たのを確認して姿勢を正す。

 欠伸をしていたのを見逃さなかったフィンが意味あり気に門番の一人に微笑みかければ、その門番は顔を引き攣らせて小声で「ごめんなさい」と言っていた。最近は『闇派閥(イヴィルス)』の影響が抜け始め、比較的安全になってきているため、事件直後は気を引き締めていたが、時間が経って気が緩んでいたのだろう。安全面を考えれば気の緩みは許せるモノではない。

 

 まあ、ソレを指摘する気は無い。フィンからリヴェリアに報告が上がって説教を受ける事になるのだろう。可哀想に……

 

「んじゃ、カエデたん、見送りはここまでや……ウチから言える事はあんまないけど……せやなー、気を付けてなー」

 

 ひらひらと手を振って、にこにこと笑顔を浮かべて迷宮に挑む眷属を見送る。

 

「はい、いってきます」

 

 軽く頭を下げると、カエデはそのままロキに背を向けて歩き出した。振り返る気配は微塵も無く、フィンが肩を竦めて軽く片手をあげてそれに続く。

 

「それじゃあ、いってくるよ」

「ロキ、私も行きます。それでは、失礼」

 

 続いてジョゼットも早歩きでフィンの後ろに付いていく。

 

 結局、カエデは一度も振り返る事無くロキの視界の届く範囲から消えてしまった。

 

「あー……なんやちょっと悲しいなぁ」

 

 アイズが初めてダンジョンに潜った日も、同じ様に振り返る事は無かった。

 

 と、言うよりは【ロキ・ファミリア】に入団した団員の殆どは振り返る事は無いのだが……

 

 後ろ姿を見送って、記憶に焼き付けて置く。

 

 ソレが最期の姿になる可能性もあるから。

 

 

 

 

 

 迷宮に潜る前にやる事は一つ。

 

 冒険者登録である。

 

 と言っても、冒険者登録でやる事はそう無い。

 

 まず『冒険者ギルド』と冒険者や神々の間で呼ばれる施設に向かい、そこで『所属ファミリア』と『名前』『年齢』『身体的特徴』『使用武装』を登録して、ギルドの用意した『認識票』を受け取る。

 他にはギルドの支給品が必要なら発注と受け取りを行うぐらい。

 

 『認識票』は冒険者である事を示すモノであり、『冒険者ギルド』が定める『冒険者法』に同意したと言う意味があり、他には各種ギルドが用意した冒険者向けのサービスを受けられたりする。

 サービスとしては『バベルの塔』内部の冒険者向け施設や『ギルドの迷宮取得品の換金所』の利用が主立っており、特に『換金所』で多額の金額を稼ぐ冒険者は『ヴァリス』をじゃらじゃらと引っ提げて帰るのがだるいと言う場合等はギルドに預けておく事が出来たりするらしい。

 

 『冒険者法』は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()等に罰則が与えられる以外には冒険者同士の衝突等には関与しないモノで、冒険者が横暴な態度で一般人に恐喝行為を行わない様に等、どちらかと言えば冒険者よりは一般人を守る方向に特化した法律の様なモノだ。守らなかった場合は主にその冒険者本人に対して『罰金』が課せられ、所属ギルドから本人に対して注意喚起が行われる。再犯等の重度な犯罪行為だと判別された場合はファミリアへの厳重注意およびに『罰金』もしくは『冒険者登録の抹消』等、冒険者として『バベルの塔』内部に用意された各種冒険者用施設が使用できなくなったり、迷宮への侵入を制限されたりする。

 

 他には、迷宮内で冒険者が死亡した場合、大抵の場合はモンスターによって執拗に攻撃されて死体の原型を留めている事が少ない為、冒険者の死体から剥ぎ取られ、ギルドへと提出される事で『死亡した冒険者リスト』に名前を記載する為に利用される。

 

 初期の頃は『認識票』を回収してきた冒険者に恩賞金を支給していたらしいが、恩賞金目当てに新米冒険者殺しが流行した為、急きょ取りやめになり、恩賞金はファミリア側が任意支給する形に落ち着いたと言う話もある。

 

 神相手に嘘は吐けないので、『認識票』を回収してきた場合は神が直接回収した本人に詰問する場合が多いため、冒険者達は仲間のモノでも無い限りは回収しない事もあり、見つけても無視する場合が多いらしい。

 

 ほとんどの冒険者は首から下げたり防具に縫い付けたり髪飾りや装飾品に改造して装備している。

 

 フィンは首から細い鎖で下げており、ジョゼットは髪飾りに改造して装備している。

 

 登録を終え、受け取った『認識票』に記載された自分の情報を見ながら、吐息を漏らした。

 記載されているのは『所属』『名前』『レベル』『識別番号』『種族』『特徴』で、『二つ名』があればそれも追加される。

 

 

 所属【ロキ・ファミリア】

 名前『カエデ・ハバリ』

 レベル『1』

 番号『1929510』

 種族『ウェアウルフ』

 特徴『白毛・赤目・大剣使い・革鎧装備・女性』

 

 

 その中で、目についた『白毛』『赤目』の二つに目を細めてから、指示された通りにとりあえず首から下げようかと首にかけてから、激しい動きでチェーンが首に絡まる可能性を考えて手首に巻くタイプのモノに変更して貰う。

 

 ギルド職員にファミリアで予習してきた事を伝えて説明は省いてもらう。

 大体の新米冒険者に行われるギルドからのダンジョン講義は希望者に対して無料で執り行われるモノだが、希望者は殆ど居ないらしい。

 【ロキ・ファミリア】の様な大手ともいえるファミリアの場合は自分のファミリア内で新人教育を終わらせておくので問題ないが、小規模等の場合、新人教育すら行わずにダンジョンに潜らせる事があるらしい。

 

 

 

 『認識票』を見ていて思った事は、頭から丸呑みにされたらどうするのだろうと言う疑問

 

 迷宮の中層十三階層に出現する『ダンジョン・ワーム』の強化種等が巨大化して冒険者を丸呑みにしてしまう事が過去にあったらしく、その際に数多くの冒険者が生死不明に陥った事件等で冒険者もろとも『識別票』が飲み込まれたらしく、結局意味が無かったらしい。

 

 あくまでも地上でサービスを受ける為の道具と割り切るのが良いらしい。

 

 迷宮で死んだ冒険者は()()()()()()()。それと共に識別票も呑まれてしまうらしく、意味が無い事が多い。あくまでも死亡確認の方はついでな為、期待されていないらしい。

 

「よし、登録は終わったね、それじゃ行こうか」

「はい……ジョゼットさんは何をしているのですか?」

「……ん? あぁ……今日はアレの日だったなと……」

 

 ジョゼットさんは窓際から外に視線を向けて眉を顰めていた。どうしたんだろうと声をかけると、窓の外を指差す。

 

 気になって視線を向けて、思わず目を見開いた。

 

 巨人が居た。しかもゆっくりとした動きで『オラリオ』を囲む市壁の向こう側を滑る様に移動している。

 

「え? あえ? な、なんか巨人が居ますよ!?」

「……あぁ、カエデはアレを見たのは初めてになるのか、アレは……うん、まぁ【ガネーシャ・ファミリア】の『フライングガネーシャ』だよ」

「え? ふらいんぐ……え?」

 

 よく見れば、市壁の向こう側に見える巨人は見覚えのある仮面を身に着けていた。

 『オラリオ』最大規模のファミリア。その所属人数は軽く千を超え、群集の神に恥じぬ程に素晴らしく団員を纏め上げる【ガネーシャ・ファミリア】の主神、ガネーシャの身に着けている仮面とそっくりである。

 神ガネーシャの実物は見た事が無いが、精密な絵で見たソレと全く見た目が同じで思わず二度見してしまった。

 

「【恵比寿・ファミリア】が使ってる『宝船』を改造して作られた……『オラリオ』が誇る無駄にお金がかかってて、無駄に壮大な設備を利用した、無駄なモノとして有名だね」

「流石、『オラリオ』最大ファミリア、保有する資金も最大で無駄に使われる資金も最大ですね」

 

 フィンが苦笑して、ジョゼットは呆れ返りながら肩を竦めていた。

 

 リヴェリア様に学んだ【ガネーシャ・ファミリア】とは

 

 群集の神ガネーシャの率いる所属人数千人超えの超々超大規模ファミリアで、普通ならそんなに眷属を持てば管理しきれなくなるはずなのに、一切ファミリア内部で荒れる事も無くカリスマをもってして眷属を率いるオラリオ最大規模のファミリアである。

 『オラリオ』に於いて唯一『モンスターの調教(テイム)』の技術を持つファミリアで、『特殊系ファミリア』として『オラリオ』の治安を守る為に団員に指示を出したりしているらしい。前の『治安系ファミリア』が軒並み『闇派閥(イヴィルス)』の引き起こした『27階層の悲劇』によって壊滅して以降は【ガネーシャ・ファミリア】が治安維持を務めているらしい。とはいえ冒険者同士のいがみ合いには一切口出しせず、一般人に被害があると判断された場合のみ鎮圧行動に移るので冒険者同士のいがみ合いは絶えないらしい。

 後は本拠が『アイアムガネーシャ』という自身の姿を象った形で作られており、入口が股間部分にあるらしいと言う話を聞いたぐらいである。

 

 あの『フライングガネーシャ』とは商業系ファミリア【恵比寿・ファミリア】が作り出した『空飛ぶ船』の『宝船』と言う輸送船を改造して作り出された『オラリオ』が誇る最も無駄で壮絶な道具だと言う。

 驚くべき事に、あの空飛ぶガネーシャ様像は中身が空洞で、数多の眷属によって飛行しているらしい。

 

 一か月に一度『オラリオ』の市壁の外側を一日かけてぐるりと一周回るのと、近隣の神が率いる国家系ファミリア、【アレス・ファミリア】の統治しているラキア王国との戦線に投入されて神アレスに対する挑発に使用されたりしているらしい。

 

 ちなみに今空を飛んでいるアレは二代目らしく、一代目はぶちぎれた神アレスが何としてでも落とせと眷属達の魔法攻撃の集中砲火を受けて撃沈されたらしい。近々三代目の『アイアムフライングガネーシャ』の建造が予定されているらしく、北東のメインストリートの先にある『飛行船の船着き場』とその付近の『造船所』で建造が開始されているらしい。

 

「空飛ぶ船……船?」

「飛行船ね、魔石を使って空を飛ぶ馬鹿げた船よ……神様が作ったのではなく、魔石を使った道具の製造を主に行ってるファミリアが共同で作った飛行装置を盛大に使った船ですね……ただし、理論だけしかできていなかったソレを完成まで持って行ったのは【恵比寿・ファミリア】なのであの船は【恵比寿・ファミリア】以外は保有してません」

「と言うか、他のファミリアには必要ないからね」

 

 『空飛ぶ船』とは、阿呆みたいに大量の魔石を使用して空を飛び、多量の物資の輸送を可能としており、『オラリオ』では世界中のありとあらゆる物が手に入ると言われる要因の一つとなっているモノである。

 【恵比寿・ファミリア】が保有しており名称は『宝船』で今は『船着き場』には存在せず、『オラリオ』の外、極東とのやり取りや、その他国家との定期便としても稼働しているらしい。とはいえ主に運ぶのは輸出入品であり、人を運ぶ場合はかなりの金額を請求されるらしい。

 

 戦争直前などに『通商破壊』等と称してラキア王国によって撃墜されているらしく、今空を飛んでいるモノは十代目を軽く超えており、【ガネーシャ・ファミリア】に提供された元『宝船』は改良が進む前の、今よりももっと魔石が必要で、輸送できる物資から得られる利益よりも飛行させる為に消費させる魔石の金額が嵩む赤字待ったなしの未改良の装置を使用したモノであり、アレを一度飛ばす為に数億ヴァリスが消費されている。

 

 そう、飛ばすだけで数億ヴァリス。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の規模からしても手痛い出費のはずだが、眷属達は汗水たらしてあの船を動かす為の魔石をダンジョンで手に入れてくる為、実質整備費だけを賄う事で済んでいるらしい。

 

 ……ちなみに、整備費だけで数億ヴァリスが吹き飛んでいるらしい。馬鹿馬鹿しいと神々は笑うが、それを維持し続け、なおかつ一か月に一度と言う高頻度で飛ばし続けているその【ガネーシャ・ファミリア】が誇る財政は凄まじいの一言で、【ガネーシャ・ファミリア】がファミリア全体を通して最大規模を維持し続けている証明とも言われている。

 

 なんとも……言いようが無い。

 

「……目立ちたがり……なんですよね?」

「えぇ、その通りですよ、度が過ぎる気もしますがその通りですね」

「……まぁ、アレもその内見慣れるからね」

 

 フィンの言葉に周りを見回せば、驚いたのはワタシと同じ様に最近オラリオに来た数人だけで、他の人たちは「またか」みたいな呆れ顔をしていたり、そもそも視界に映っても反応すらしていない。

 

「さてと、それじゃダンジョンに向か……ん?」

「団長?」「……?」

 

 フィンが唐突に言葉を止めて、ギルドの入口から入ってきた人物の方へ視線を向けた。

 すたすたと歩く小柄な少女……いや、女性だろうか?

 見た目は幼い黒髪黒目に巻き角が特徴の羊人の少女なのだが、浮かべられた表情は大人びていて、とても見た目通りの少女とは思えない。

 

 フィンがじっと見つめているのに気が付いたのか、その女性は首を傾げてからにこやかな笑みを浮かべて近づいてきた。

 

 草臥れ、よれよれになったローブに首から冒険者の識別票を下げているので、冒険者なのだろう。

 ちらりと見えた識別票に刻まれた名は『アレイスター・クロウリー』だった。

 

「やあ、こんにちは、フィン・ディムナ、今日は良いガネーシャ日和だね。風も無く、安定してガネーシャが飛行しているくどくて良い日だ」

「こんにちは」

 

 何とも言い難い雰囲気を纏ったその女性を見て、フィンはにこやかに返事を返す。

 

「すまないが、私の主神を見ていないかい? あの鳥頭はまた何処かに行ってしまってね」

「見ていないよ……それよりも何か用かい?」

「ん? 神様を探していたら見覚えのある顔が此方を見ていたから話をしに来ただけだが? それとも、勇者様は占い師が話しかけてきたらすげなく小銭を投げて追い払うのかい?」

 

 くすくすと笑みを浮かべながらフィンを見据える黒髪黒目の女性は、見ているとゾワゾワとする不気味さを感じさせる。

 苦笑を浮かべたフィンから、唐突に視線を外したその女性、アレイスターはカエデを見据えた。

 

「こんにちは」

「えっと……こんにちは」

「なかなか面白そうな子じゃないか、なるほど、出会いと言うのは君の事だったのか」

 

 なにやら唐突に納得したような表情を浮かべると、唐突に待合席の一つを示した。

 

「キミ、そこに座りたまえ」

「え?」

 

 唐突の指示に戸惑っているとフィンが溜息を吐いて、ジョゼットが天井を仰いだ。

 

「カエデ、特に何かされる事は無いから席に座ると良い……すぐに終わるよ」

「え? でもダンジョンに」

「えぇ、団長の言う通りにした方が良いわ。こいつかなりヤバイ奴よ」

「あぁ、料金はいらないよ。私がやりたくてやる事だからね」

 

 ダンジョンに行くのだから、できれば早く行きたいのだが……

 

 アレイスターは既にカエデに座る様に指示した席の対面に腰かけて何やら紙切れを取り出していた。

 

「カエデは占いとか信じるタイプ? まぁ、この人の占いは恐ろしい位に当たるからダンジョンに行く前に占うのもありね」

「……占い?」

 

 【占い師】アレイスター・クロウリー

 所属は情報系ファミリア【トート・ファミリア】の団長で、レベルは『3』らしい。

 上がったのは最近らしく、次の神会(デナトゥス)にて二つ名の更新が行われるらしい。

 二つ名【占い師】の名に恥じぬ程に占いに通じていると言うよりは、アレイスターの行う占いは外れる事が無いと言われるほどで、神々曰く、特殊な電波を受信するクッソ怪しい女。神恵比寿が女になって占い上手になったらコイツになるんじゃね? 等と言われているらしい。

 

 気になったのは外れる事のない占いと言う部分。

 人の心の内や運勢や未来など、直接観察することのできないものについて判断することや、その方法の事を占いと言うらしい。

 

 要するに『先読み』みたいなモノなのだろう。

 

 ダンジョンに行く前に占いと言うモノで占っておくのは悪い事ではない……らしい?

 

 大人しく腰かけようとして、背に背負った『ウィンドパイプ』が邪魔だったのでフィンに預かってもらい、再度腰掛ければ、アレイスターは紙切れの束をテーブルに置いた。

 

「さてと……これはタロットと言うモノでね、裏返しのまま、キミが思った順番で引いてくれればいい」

「はあ……えっと、引く?」

「あぁ、このカードの一枚を手に取って、私の指示通りに並べてくれればいいよ」

「はい」

 

 指示通りに紙切れの一枚を手に取って指示された場所に置いていく事十回。

 

「よし、さてと……それじゃあ、まず君の現状からだ」

 

 そう前置きをすると、アレイスターは十字に重ねられた紙切れ、タロットカードと言うそれを裏返した。

 

 

 

 

「あんまり、気落ちする必要は無いよ。あくまで占いだからね」

「そうね……あくまで占いですし」

「はい」

 

 ダンジョンの入口、『バベルの塔』の中央広場(セントラルパーク)にある噴水の前で、天まで届くのではないかと言う程の高さを誇る白亜の塔『バベルの塔』の天辺を見据えて目を細める。

 

 アレイスターの占いは的確だった、らしい。

 

 少なくともアレイスター自身は「当たるも八卦、当たらぬも八卦と言う言葉が極東にあるらしいよ? 当たらない事でも願えば良いんじゃないかな?」と胡散臭く笑ってから、大アルカナのタロットの一つを手渡した。

 

 アレイスターには別名『タロットの魔術師』と言うモノがある。

 アレイスターだけが作れる『タロット』と言う魔法道具(マジックアイテム)が存在し、ソレは発動するとその図式に応じた効果が発動するモノで、アレイスターの気に入った人物に手渡されるのみで販売されていないモノで、かなり珍しいモノらしい。

 

 今まで【ロキ・ファミリア】の団員はそこそこの割合でアレイスターから『タロット』を手渡されている。

 

 フィンに渡されたのは『タロット【節制】』

 アレイスター曰く『強すぎる願望など、何事も行き過ぎてしまえばバランスが崩れ良い結果は得られないよ。少し考えなおすと良い』

 効力は『武装の耐久状態を回復させる』

 

 ガレスには『タロット【力】』

 アレイスター曰く『望む方向へ物事が進まず憤りを感じた時、力任せに行動するのではなく、目の前の事態を冷静に眺め、時に相手を包容する思いやりを持つ方が良いね』

 効力は『一時的に基礎アビリティ『力』を向上させる』

 

 リヴェリアは『タロット【隠者】』

 アレイスター曰く『本当にやりたいことが出来ているか、正しい道へと進んでいるか、深く考察すべき時期だよ、一度静かな場所で胸に手を当ててしっかり考えてみると良いよ』

 効果は『詠唱魔法効果向上』

 

 ラウルは『タロット【愚者】』

 アレイスター曰く『人生は予期しないことに満ちており、可能性も自分で制限しない限り無限にあると言って良いのだから、君はもう少し制限を解くと言い。まぁ難しいからこそ君は愚者な訳だがね』

 効果は『一時的に発展アビリティ《予兆》付与』

 

  『タロット』を手渡す際の言葉は人それぞれ違うのだが、ほとんどの冒険者が受け取るのは『タロット【愚者】』らしい。

 

 カエデ・ハバリが手渡されたのは『タロット【月】』

 言葉は『予期せぬ危険や不運を暗示しているね……まぁ、これはついでだろうね。君は幻影に踊らされることのないようにもう一度後ろを振り返るべきだよ……手遅れになる、前にね』

 効果は『不明』で、他に受け取った人物は居ても使用する前に居なくなってしまったらしい。

 

 よく分らない。 幻影に踊らされるとは何の事だろうか?

 ……気にしない方が良いのだろうか?

 

 顔を下げて、カエデはバベルを、正確には『バベル』の真下に存在する『迷宮(ダンジョン)』の入口を見据えた。

 冒険者ギルドで余計な時間を使ったが、これから始まるのは冒険者が迎える洗礼の一つ。

 

 

 『初めての迷宮探索(ファーストダンジョンアタック)』である。

 

 

 ただ見据えた先にあるのは、数多くの冒険者を迎え入れ、数多くの冒険者を呑んだ魔物の楽園、原初のモンスターが生まれる穴。

 

 もっとも効率よく経験値(エクセリア)を集められる場所として其処に歩みゆく。

 その姿からは戸惑いは消え去り、真っ直ぐと見据えて剣の柄に手をかけて鯉口を切り、直ぐに納め直す。

 

「行きます」

 

 誰に聞かせるでもない、只の宣言。フィンとジョゼットは頷いてカエデに続く。

 

 自ら先頭に立ち

 

 先導される事無く

 

 真っ直ぐ、真っ直ぐ歩む姿は

 

 幼くとも、覚悟を決め迷宮に挑む者達と同じである。




 読者様から頂いたキャラを重要人物枠っぽく登場させてますが、元は別のキャラ(作者のオリキャラの一人)が担当していた役割を挿げ替えただけなので、ストーリー自体に変更はありませんゾ。ご安心ください。

 元のオリキャラはどうなったのかって? この作品では顔を見せないんではないですかね。

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