生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『何があろうがオヌシの傍に居よう。心配等せずとも、な』
師は言った
『安心せえ、ヌシを一人に何ぞせぬわ。一人にしたら心配で堪らぬからな』
ヒヅチは言った
『名を呼べば何時でも、何処にでも駆けつけよう。約束じゃ』
名前を呼んだ。 ヒヅチは来なかった。
【ロキ・ファミリア】の主神ロキの私室は、揺らめく炎の様にも見える複数の尖塔から形成される本拠『黄昏の館』の最も高い尖塔の先に存在する。
螺旋階段で登り、向かうその場所、部屋の前でカエデは深呼吸を行い部屋の扉をノックした。
「ロキ様、カエデです。ファルナを授かりに来ました」
【ロキ・ファミリア】を訪れて一週間。
リヴェリアが【ダンジョン】の知識について必要な分の習熟が終了したとお墨付きを貰って、ようやく訪れたこの瞬間に緊張と共に待っていれば、部屋の中からロキの声が聞こえてくる。
「入ってええでー」
「失礼します」
扉を開け、部屋に入ったカエデの目に飛び込んできたのは雑多に転がる様々な物の数々だった。
一番多いのは酒瓶だろうか? 中身の詰った物、中身の無い空き瓶も含め大小様々な酒瓶が転がっている。
不思議と、酒の臭いは漂っておらず、部屋の中は清浄な空気で満たされている。
他には何も乗せられていないのに傾いた天秤、綺麗な硝子で作られた鎖、姿が映らない鏡、話に聞く【魔術的
その雑多な物と言うモノが転がり、散らばっているソレらは部屋は神ロキの『移ろい易い気質』を示している。
そんな部屋の中心、大きなベッドに腰掛けたロキは手をひらひらと振ってカエデを出迎えた。
「カエデたん久しぶりやなー、そこの椅子に座ってな。あ、本来なら色々と注意を説明すんのやけど、
「はい、上着を脱いで座ればいいのでしょうか?」
「ええでー、こっちに背中向けてなー」
ロキの指示の通り上着を脱いで手に持ち、ロキに背を向けて用意されていた椅子に腰かける。
ベッドに腰掛けたロキの前に置かれた椅子に腰かけたカエデの背中を見て、ロキは針を取り出す。
「んじゃじっとしててなー……綺麗な背中やなぁ」
「はい」
ロキは人差し指の先を刺す。針を抜けば血があふれてきて、指の上に滴を形成する。
『ファルナ』を授ける際に使用する物。それは神々の血である。『
ロキは溢れ出た血をカエデの背中に押し当てて縦に一線、引かれた『
その光は徐々に形をとり始め、笑う道化の形へと変化し、カエデの背にふわりと染みつく。
光が失われた時にはカエデの背には刺繍にも見える【ロキ・ファミリア】の主神ロキの眷属である事を示す【エンブレム】が刻まれていた。
これで、晴れてカエデ・ハバリは神ロキの眷属となった。
「うっし、ファルナはちゃんと付与されたわ」
「ステイタスはどうなっているのでしょうか?」
「あー、ちょい待ってな。今のはファルナ与えただけで、まだ更新しとらんからなーもう少し待ってなー」
「はい」
『ファルナ』を授ける事と更新は別の事である。
『ファルナ』を授かった際、『最初の更新』と呼ばれる授かった直後に行う更新を経て『ファルナ』を授ける儀式は完了すると言っていい。
『最初の更新』、それは今まで眷属が生きてきた中で得てきた【
普通に村人として過ごしてきたのなら力と耐久、器用が『10~20』程度、俊敏は『5~10』あれば良い方だろう。魔力は『エルフ』や『
訓練された軍人が授かった場合は平均が『50前後』になる。
無論、個人差が存在する為、一概には言えないが、優れた才能を持つ眷属等は『最初の更新』の時点で熟練度がHに届く眷属も存在する。
ロキはもう一度カエデの背中に『
背に刻まれた『ステイタス』が変化していき、ロキは息を吐いた。
薄命である事を除けば才能の塊……か。
名前、所属、種族、レベル。この辺りは基本的な情報だけだ。特に変わった所は無い。カエデ自身が認識する名前が『カエデ・ハバリ』であり『アイリス・シャクヤク』となっていない為、カエデは自身の事を『カエデ・ハバリ』だと認識して居る事になる。『ツツジ・シャクヤク』については別口で調べているので今は無視で構わない。
問題は『基礎アビリティ』の方である。
初期更新で500オーバー、百万人に一人の確率だっただろうか?
【ロキ・ファミリア】に於いてはリヴェリアとフィン、意外だがラウルも400オーバーだったが……
『最初の更新』で500オーバーは珍しい。才能に満ち溢れた素晴らしい眷属だ。
魔力が『I0』であるのは、『ウェアウルフ』であり、魔法種の『エルフ』『ルナール』でないので当然であるのだが……
若干ステイタスが歪なのが気になる所だろうか?
『ウェアウルフ』は力と俊敏の才能を持って生まれる。其の為力と俊敏は高めになるのだが逆に耐久はあまり伸びが良くない。器用が高いのはカエデ自身が持って生まれた才能なのだろう。
普通であれば力の方が耐久よりも伸びるはずだが……器用の高さに頼った戦いの弊害ともいえるだろう。
器用が『最初の更新』でGに届くのは珍しいが、基礎アビリティに偏りが酷い。
「カエデたん、器用がGやで、めっちゃ高いわー」
「そうなんですか? G……熟練度200~299でしたか、高い……? 話に聞くよりも凄く高いですね、50前後あれば良い方と聞きました」
「あー、せやね。普通はそうなんやけどそんだけカエデたんが頑張ってきたって事やろ」
尻尾が起き上がったのを見て、ロキは尻尾の先を摘まむ。
「カエデたん悪いんやけど尻尾下げててなー」
「あ、ごめんなさい」
嬉しさのあまり尻尾が動いてしまったのだろう。
しかし、頑張ってきた。その一言で済ませるにはカエデの『器用』は高過ぎる。どんな環境に身を置けば……いや、日常生活から鍛錬、モンスター討伐、狩猟を毎日の様に行っていればそうなるのか? 才能と合わさって凄まじい伸びだと言える。
次の発展アビリティは、まだレベル1では発現しないのでなくて当然
『スキル』の欄を見てロキは目を見開く。
言葉を失った
三つも発現している
一つはロキも知っているモノだ
【ミューズ・ファミリア】と言う九姉妹の神々が集まってできた複合ファミリアの誰かにでも聞けば詳しく教えてもらえるスキルだ。
そして、残りの二つは確実に『レアスキル』だろう
なにせ『早熟する』と『取得【
だが……一つは良い。『早熟する』の方のスキルは良いのだが……
『取得【
二つ目のスキルはカエデには伏せておくべきだ。
そして、最後の一つ。
カエデの背に刻まれた【ステイタス】の中の一つのスキルの効果の一文に刻まれた文を見て、ほぼ確信した。
――ヒヅチ・ハバリは生きている可能性がある――
このスキルが存在している以上、ヒヅチ・ハバリは生きている。
……だが、何故カエデは師が死んだと口にしたのだろう?
少なくとも、カエデは嘘を……吐いた事は…………待て
カエデ・ハバリは『ヒヅチは死んだ』と一度でも口にしたか?
勝手に、自分が『ヒヅチは死んだ』と思い込んでいただけではないか?
傷を抉る行為かもしれない。だが、聞くべきだろう。
更新が、まだまだかかりそうだった。
『初めての更新』で時間がかかるのはそれだけ『良いステイタス』だったと言う事だろう。
器用が『G200~299』だったのだ、他にも色々あるのかもしれない。
「カエデたん……」
神妙そうな神様の声が聞こえた。何か問題でもあったのだろうか?
「はい? なんでしょうか? 更新、終わりましたか?」
「いやー、それとは別の話なんやけどな……カエデたんの、師……ヒヅチ・ハバリは何処に居るんかなって……」
震えた、俯いて、ぎゅっと手を握った。
聞いてほしく、無かった。
「師は……ヒヅチは……雨の日に……」
雨が降っていた
とても、激しい雨が
嫌な予感がしていた
何の事は無い、師が頭を撫でてくれれば、何時だって安心していた。
ほっとして、尻尾が下がる。それが日常だったように思う。
なのに、その日は違った
土砂降りの雨が降っていた。
朝目覚めた瞬間から尻尾が湿り気を帯びていて不愉快だった。
珍しく師がワタシよりも早く起きて朝食の準備をしていた。
急いで剣の手入れをし始めると、ヒヅチが頭を撫でてくれた。
それから慌ただしく外套を纏って村に行くと言って出て行った。
何時もと様子が違った なんだろう? そう思っていた。
ヒヅチが戻ってきたのは、剣の手入れを終えて戻ってくるのが遅いな、迎えに行こうかなと不安感からソワソワしていた時だった。
雨水が染み込んで重くなった外套を脱いだヒヅチは不機嫌さを一切隠さずに吐き捨てる様に言った。
『あの阿呆め、今日は土砂降りの雨じゃと言うのに……モンスター退治に行かねばならんくなった』
雨の日に森に入る事は殆ど無い。
獣も雨の日は姿を消す事が多い。
普通のモンスターも雨の日は活動が減る。
しかし、元々水辺で過ごすモンスター等は雨の日は活動範囲を広げる。
そのモンスターからの被害を恐れて直ぐにでも討伐すべきだとスイセンが騒ぎ立てたらしい。
『モンスター退治はお前の仕事だろうヒヅチ、あの
そう騒ぎ立て、他の村の重鎮も同様にヒヅチに討伐を求めた。
村長は危険ではないかと最後まで渋っていたが我慢の限界を迎えたヒヅチが引き受けたらしい。
『カエデを禍憑きなんぞと同じ様に呼びおってからに……あ奴らめ……』
そんな風に呟きながらヒヅチは手早く武装を整えていく。
軽装とも呼べる胸当てに腰当、腰巻に打刀を一本と解体用ナイフ。背負い袋を肩にかけて毛皮で作った外套ですっぽりと体を覆い、弓に手をかけて、それから呟いた。
『カエデ、弓はいらん。置いていけ』
ワタシは何故かを問うた。
『雨霧が酷く狙いをつけれん。そもそも矢が飛ぶかどうかも怪しいぐらい雨が酷いからな……余計な荷物にしかならん』
ワタシは背に背負った小弓と矢筒を棚に戻した。
ヒヅチは同じように準備していたワタシに声をかけてきた。
『オヌシ、本当に付いてくる気か?』
雨の日の森が危険なのは百も承知だった。
普段と違うモンスターが出るだけじゃない。
雨音で耳が潰され
雨霧で視界が利かず
臭いは雨で洗い流されて鼻は利かない
耳、目、鼻、五感の内三つが潰された状態でモンスター退治なんて危険なんてモノじゃない。
それでも、一人で行かせてはいけない。そんな風に感じた。
ワタシも行く。真っ直ぐ見据えて言い放てば師は肩を竦めた。
『危ないが、まあいい……』
それだけ言うと師は背を向けて小屋を出た。
その姿に不安感が増した。
慌てて追いかける。
外に出た瞬間、雨は凄まじい勢いでワタシの外套を濡らした。
瞬く間に濡れそぼり、水を吸って毛皮の外套は重くなって外套だけでなく内側のキルト服にすら染み始めて眉を顰めた。
師の言う通り、この雨の中では弓矢は何の役にも立たないだろう。
『よし、行くか……聞こえるか?』
ザーザーと、雨の音で全てが掻き消されていた。
小屋は頑丈な造りでそうやすやすと壊れるモノではないし、音に関してもあまり気にならなかったが、扉を開け、外に出てみれば師の声も聞き逃しそうな程に激しい雨が降っていた。
雨音は酷い、すぐ近くに立つ師の声すらも雨音にかき消されてしまいそうな程だ。
ぎりぎり聞こえた声に反応すれば、ヒヅチは眉根を寄せた。
『声では不安じゃ……ふむ、会話に大声を出していてはモンスターに気付かれる。合図で指示を出す。見失うなよ?』
そういうと、師は唐突に自分の毛皮の外套をナイフで裂いて尻尾を外に露出させた。
師の金の尻尾は目立つ。そんな風に露出させていては危ないのでは? そう思った。
ヒヅチは自分の尻尾を摘まんで見せて手で『これ』『見失うな』『ついて来い』そう合図を行ってきた。
それからヒヅチは雨霧に遮られた森の方へ足を向けた。
不安感が増した
心配で、心配で、思わずヒヅチの尻尾を掴んだ
何だと言わんばかりに振り向いてから、肩を竦めてワタシの耳に聞こえる様に近づいてヒヅチは言った。
『不安か? ワシもじゃ。どうにも嫌な予感がして堪らん。もしも不安なら小屋で待っていても構わん』
小屋で待っていたら、ヒヅチが戻ってこない。そんな気がした。
だから首を横に振った。一緒に行く。ワタシはそう言った。
『そうか……気を付け……いや、良い。雨の怖さは十二分に知っておるじゃろうしな……』
そう言うとヒヅチは頭を一撫でして森の方へ視線を向けた。
頭を撫でて貰えれば、普段のモンスター退治の時は不安感は消し飛んで大丈夫だと思えたのに、その日だけは不安感が増すだけで何の意味も無かった。
『行くぞ』『付いて来い』その合図を見て、歩き出したヒヅチの尻尾を追った。
雨音が酷く、二
森の木々に阻まれて滴は地まで届かない、なんてことは無く、枝木で作られた森の天井を突き破っているのではないかと言う程の雨量で地面を盛大に打ち鳴らしている。
雨霧も酷い。五
師の金の尻尾が雨霧の中、うすぼんやりと見えており、師が目立つように尻尾を振りながら歩いてくれるおかげで逸れずに済んでいるが、灰色の毛皮の外套であったのならとっくの昔に見失っていたと思う。
臭いが分らない。直ぐ近くに居るはずの師の臭いも感じ取れない。これではモンスターに気付けない。
唯一の救いは風が強くない事だろうか?
横殴りの雨でないおかげで真っ直ぐ歩けている。
そんな風に考えていたら唐突に師が振り返ってワタシを押し倒して低木へと引き摺り込んだ。
引き摺り込まれた際に水溜りに盛大に倒れた為か、下着までぐっしょりと濡れて不愉快だったが、師が真剣な表情で耳打ちしてきた言葉に体を硬直させた。
『囲まれておる、静かに、気付かれておらん』
その言葉が信じられなかった。
警戒は厳重に行っていたはずなのに、雨の所為で気付かずにモンスターに取り囲まれる事態になるなんて……
そう思っていたら低木の下の空間に身を伏せて隠れるワタシと師の視線の先にうすぼんやりと影が見えたのに気付いた。
ずるずると体を引き摺りながら体長3Mにも届く様な巨大な蜥蜴の様なモンスターがワタシ達の前を歩いて横切って行った。
しかも一匹だけではない。確認できただけで五匹の蜥蜴の様なモンスターが低木を避けて何処かへと向かっていった。
『……気付かれずに済んだか……カエデ、奇襲を仕掛ける』
ヒヅチが立ち上がり『付いて来い』と指示をしてきたため、直ぐに立ち上がり、後を追う。
後を追った先で、ヒヅチが『姿勢を低く』『息を殺せ』と指示をしてきたので、ヒヅチと同じ様に姿勢を低くしてヒヅチの直ぐ横に近づいた。
『数は七じゃ、外周五匹はワシが何とかする。二匹はオヌシが仕留めよ』
ヒヅチが示した先、雨霧にぎりぎり消されない範囲に二匹の蜥蜴のモンスターが居た。
他のモンスターの位置がさっぱりわからなかった。
『あそこ、そこ、そっちの草場、そこの沼地に二匹、あの草場のモノだけは気を付けよ』
ヒヅチの指差す方向を見ても、ワタシの目には白くぼやけや雨霧しか映らない。
『……良い、合図と共に仕掛けよ、ワシが先に仕掛ける』
師はそう言うと止める間も無く雨霧の中に消えて行った。
不安感に押し潰されそうだった。
そんな風に思ったのもつかの間、背中に石ころが当たった。合図だった。
腰の『大鉈』を引き抜いて木の根を足場に一気に駆け寄り、もっさりとした動きで木の皮を剥いでいたモンスターの首を狩り、勢いを殺さずに次のモンスターの背中に剣を突き立てて引き抜く。
一匹目のモンスターの首が落ちて水溜りが真っ赤に染まって行き、剣を突き刺した方も少し暴れたが動かなくなった。
血の臭いは一切感じなかった。恐ろしいぐらい、雨の臭いで他の臭いが消されていた。これではヒヅチが何処に居るのかわからない。
それからヒヅチが何処に居るのか確認しようとしたら、肩を叩かれた。
『良くやった』
頭を撫でて貰えて、そう言われた。
飛び跳ねるぐらい嬉しい事のはずなのに、なんでか嬉しくなかった。
モンスターの討伐証を剥ぎ取って腰の袋に入れてから、次のモンスターを探す為に森の中を移動していた。
突然、ヒヅチが『姿勢を低く』『静かに』の指示を出して尻尾を外套の内側に仕舞いこんで低木の傍でしゃがみ込んだ。
雨は少し緩んだと思う。雨霧はまだ立ち込めているし、雨で臭いは洗い流されてしまっているけど、音が聞こえた。
雨音とは違う轟音ともとれる水流の音。カエデの土地勘が間違っていなければ川の近く。
『カエルか……ツツジが厄介だと言っていた奴じゃな』
師は近づいてきて轟々と水の流れる音が響く方向を指差して言った。
川の音で何も聞こえないけれど、薄れ始めていた雨霧の中に微かに蠢くモンスターの姿を見た。
そのモンスターの奥、普段からは考えられない程に増水して濁流と化した川が見えた。嫌な予感が増した。
『……カエデ、あそこの一匹を仕留めよ、ワシは残りの三匹を仕留める』
ダメだ、行っちゃだめだ
尻尾をギュッと掴まれたような、そんな嫌な予感が駆け抜けて師の腕を掴んで止めた。
師はワタシを見ると頭を撫でた。
『安心せえ、大丈夫じゃ』
安心させてくれる笑みを浮かべて、安心させる様に頭を撫でてくれる。
なのに、何故か、ちっとも、これっぽっちも、安心なんてできなかった。
ダメなのだ、この先に進んではいけない。戻らなくちゃいけない。
何故か? 分らない。でも行っちゃいけない。お願いだから行かないで。ワタシは師を止める為に言葉を重ねた。
『……その不安感を忘れるな、勘を勘と笑うな、それはきっとオヌシを助ける一助となろう』
そう言うと、ヒヅチはさっと低木から飛び出していき、そのまま一匹の背中に剣を突き立てると二匹目のモンスターの放った舌を伸ばす攻撃を斬り捨てながら駆け寄って行った。
ダメなのに、ワタシは遅れない様に飛び出してまさに師に攻撃を繰り出そうとしたカエルの様なモンスターの背中に斬りかかった。
ヌルり、嫌な感触が手に走った。
斬れなかった。
驚愕しながら、足を踏み込んで剣を翻す。
雨で泥水になった足場は非常に不安定だった。
けれども斬り返しは上手くいった。
二閃目は上手くモンスターの目を斬り裂く事に成功した。
驚いたように飛び跳ねたモンスターはそのまま濁流と化した川に飛び込んで流されていった。
周りを見回そうとして、背中を打たれた
何が起きたのか解らなかった。
手から大鉈が離れ、反射的に大鉈を追って一歩踏み出した瞬間、ドシャリと何かが伸し掛かってきた。
一瞬で体を押し潰され、息が口から全て零れて行った。
叩き付けられ、朦朧とした視界の中、自分に伸し掛かった何かの顔が目の前にあった。
カエルのモンスターの顎が見えた。
だらりと垂れた舌がワタシの頬を撫でた。
伸し掛かられた位置が良かったのだろう。柔らかそうなお腹だったおかげでワタシはぺしゃんこにならずにすんでいた。
しかし、動けなかった。
慌てて腰のナイフを引き抜こうとした。
お腹から下と左手がモンスターの下敷きになっていてナイフを抜く事が出来なかった。
大鉈を探した、とても手が届かない位置に転がっていた。
そして、大鉈の直ぐ横、ベつのカエルのモンスターがずりずりと近づいてくるのが見えた。
口を開き、何をしようとしているのか一目瞭然と言うモノだった。
頭から食べる気だ。
――あ、これは死んだな――
助けて、師、助けて、助けて、ヒヅチ
ワタシは有らん限りの力を振り絞って助けを求めようとした。
肺の中には空気が残って無くて、ほんの少しヒューと喉が鳴っただけだった。
――嫌だ、死にたくない――
モンスターに頭から齧られて死ぬなんて……いや、その前に意識が薄れ始めた。
腹に伸し掛かってきているモンスターの所為で呼吸もままならない。
師の言葉が脳裏を過った
『
目の前に迫った死に対し、ワタシが出来たのは拳を握りしめて全力で伸し掛かっているカエルを殴る事だけ。
殴った手は滑ってしまい、威力は分散されてダメージになっていない。
死にたくない。必死に、全力で、でも弱弱しく拳をモンスターに押し当てる事しかできなくて……
『カエデッ!!』
師の叫びと共に、伸し掛かっていたモンスターの顎から刀の切っ先が生えてきた。師が脳天に刀を突きたてたんだと思う。
刀は直ぐに引き抜かれ、師は今まさにワタシの頭を丸齧りにしようと近づいていたカエルを横一線で真っ二つにするとワタシに伸し掛かったままだったモンスターの死体を蹴り退けて叫んだ。
『生きとるかッ!!』
ワタシは返事が出来なかった。荒い息を吐きながら手を少し上げるので手一杯で……
師の背中に攻撃を繰り出すモンスターの姿が見えていたのに、声をかけられなかった……
師は攻撃に気付いて振り向き様にそのモンスターを斬り捨てた。
切り捨てる為に師は足をしっかりと地につけて踏ん張った。
切り捨てる事に成功した。
良かった。そう思った。
斬り捨てられてなお、勢いのままにモンスターの屍が師にぶつかった。
――師の足が
慌てて師に手を伸ばそうとした。
師は姿勢を崩し、今まさに濁流と化した川に落ちそうになりながら、大きく振り被って刀を投擲した。
――刀を地面に突き立てていれば、落ちる事は無かったのに――
投擲された刀は奇襲せんとワタシの背後に忍び寄っていたモンスターに突き刺さってモンスターの動きを封じた。
ヒヅチの体はもう既に濁流の上だった、もう間に合わない。
それでもヒヅチは叫んだ。
『
その言葉に、ワタシは反射的に『大鉈』に手を伸ばしてまさに背後から奇襲しようとしていたモンスターを突き殺した。
師の刀が刺さったままのそのモンスターが川にずり落ちていくのを見て、師の刀を回収しなきゃと思ったが直ぐに意識を切り替える。
『
残っていたモンスターは三匹だった。危なげなく倒して、死体の数を確認すれば二十以上居た。川に落とした分を考えても二十五匹だろうか?
周りにモンスターが居ない事を確認してから、討伐が完了した事をヒヅチに伝えようとして
――ヒヅチの姿が無い事に気付いた――
ぞっと、嫌な予感がした。いや、ずっと、朝、目を覚ましてからずっと嫌な予感はしていたのだった。
それが、確実なモノになった。
ワタシは叫んだ。
『師』と
ワタシは叫んだ
『ヒヅチ』と
返事は無く
いつの間にか、雨は止んでいた。
只々、濁流と化した川から聞こえる轟音だけが響いていた。
「死んだ、か?」
「…………」
ヒヅチは死んだのだろうか? 死体は見つからなかった。
村人は皆、口々に言った。
『ヒヅチは死んだのか』『惜しい人を亡くした』『何故白き禍憑きが』『とうとう白いのに殺されたのか』『だからアレほど処分しろと』『ヒヅチが死んだ? 嘘だろ……』
皆、みんな、ミンナ、みんな、死んだって、死んだ。
「……死んだ、んだと……思います……」
震える声で、そう呟いた。 肩が震えていた。
その言葉の真意を探る。その必要すらない。
「カエデたんは
「わからないです……師はワタシに言いました、『
泣きそうな、そんな雰囲気だ。
カエデが振り向いて、目を見据えてきた。
真っ直ぐ、只、愚直なまでに真っ直ぐな
色を……生きとし生けるモノ全てがその身に宿す生命を表す色
真っ赤な血の色を宿したその瞳で、ロキを見据えた。
「師は最期まで
真っ直ぐ 只、真っ直ぐに……師を、ヒヅチを信じるその瞳にロキは思わず笑みを浮かべた。
「カエデたん、これはまだ確定やない情報や……もしかしたら……ヒヅチ・ハバリは生きとるかもしらん」
ロキの言葉に、カエデは目を見開いた。
「……本当に?」
「カエデたんにスキルが発現しとった。その内の一つや……」
名前:『カエデ・ハバリ』
所属:【ロキ・ファミリア】
種族:『ウェアウルフ』
レベル:『1』
力:I0 → I64
耐久:I0 → I89
魔力:I0 → I0
敏捷:I0 → H106
器用:I0 → G259
『スキル』
【
・早熟する
・
・
【■■■■】
・取得【
・『■』■■■■■■■■■
・『■■』■■■■■■■■■■■
【
・『邪声』効果向上
・『旋律』に効果付与
・
『魔法』
【
『偉業の証』☆
『偉業の欠片』☆☆
【ミューズ・ファミリア】については読者からいただいた意見を参考に魔改造ファミリアとして登場させてます。団員の方もちゃんと登場しますゾ! 魔改造しましたが(震え声)
【ナイアル・ファミリア】も登場予定。猟犬さんも居ますヨ!
意見をくれた二方には感謝感激です。特に【ミューズ・ファミリア】の方。
色々と面白可笑しく設定を弄繰り回せたので凄く満足です。
その他、モブ系ファミリアがあれば是非に是非に……作者に案をください。
詳しくは活動報告『『生命の唄』ファミリアについて』の方をご覧ください。