生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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 急ぎ到着した彼女たちの小屋には誰も居なかった。夜になっても戻ってこなかった。

 朝日が昇ったので村に行ってみた。村には誰も居なかった。皆、死んでいた。

 父親が死んでいた。頭を斧で頭をかち割られていた。まだ何も言えて無かったのに

 叔父が死んでいた。槍で串刺しになっていた。ざまぁみろ、死体に唾を吐きかけてやった

 義弟が死んでいた。剣を手にしたまま真っ二つにされていた。オマエが死んでどうする

 師と弟子の死体が見つからなかった。槌で潰されたぐちゃぐちゃの挽肉の中も探した。二人の死体は無かった。


『防具(フルプレートアーマー)』

 【ヘファイストス・ファミリア】の本拠、武器の試し切りを行う為の大部屋にずらりと並べられた武器を一本一本素振りして試し、自らにあった物を選ぼうとしているカエデの背を見ながら、ロキはヘファイストスと雑談に興じていた。

 

「んで、ファイたん。マジでタダでええん?」

「ええ、良いわよ」

「防具もええん?」

「防具? 何を使うのかしら?」

「んー、武器は片刃の剣やと思うんやけど、防具なあ」

 

 カエデが【ロキ・ファミリア】を訪れた時、其れと言った防具は装備していなかった。

 

「チェーンメイルが無難じゃないかな。カエデは剣技で相手を圧倒するからね、変に鎧を着せると剣技の邪魔をしかねないと思うよ」

「まぁ、本人に聞かなわからんわな」

 

 フィンの言葉に頷きながらも、ロキはカエデを見る。

 

 

 

 

 

 ショートソード、ロングソード、グラディウス、バゼラートと言った基本的な片手剣

 レイピア、エストック、サーベルと言った直剣

 ツヴァイヘンダー、トゥハンド・ソード、クレイモアと言った大型の両手剣

 バスタードソードと言った片手半剣

 極東の方で使用される刀等

 

 用意されたのはどれもパルゥム用に調整された小さ目の物である。

 

 どれもこれも手に取ってはこれは違うと台に戻してを繰り返す。

 

 ファルシオンが最も求めている形に近いのだが、どうにもしっくりこない。

 

 ファルカタの方が合う気がするが、違和感が残る。

 

「カエデちゃん、凄いッスね」

「……? そうですか?」

「いや、凄いッスよ。ファルナ無いんスよね? 剣そんだけ振り回しても平然としてるなんて凄いッスよ」

 

 カエデの様子を見る様に言われ、怪我をしない様に武器を手に取り素振りしていたカエデの様子をずっと見続けたラウルがカエデに声をかける。

 

 カエデが最初に手にとったのは典型的なショートソードで、カエデは片手で構えをとり、一振りして直ぐに台に戻して別の剣を戻した。

 そこから休憩を挟まずに二十以上の武器を手に取って構えて素振りすると言う動作を繰り返し続けている。

 幼い見た目からは想像出来ないが、体力やスタミナがズバ抜けて高い。

 

「剣を振るうだけなら、何度でもできますよ。斬るってなると難しいですけど」

「何度でも? 斬るのとなんか違うんスか?」

「斬る時は刃の軌道を考えないといけないので」

「そこまで考えるんスか?」

「……? 考えないですか?」

「いや、カエデちゃんみたいな子が考えるのは凄いなと思ったッスよ」

 

 ファルナを得た冒険者にありがちな事ではあるが、力任せに相手を叩き斬る様な冒険者は多い。

 ラウルの感覚としては、ファルナを貰いたての駆け出しは特にそう言った傾向が強い。

 それに比べてカエデは最初からそこら辺の基礎が出来ている。

 

 見た目は幼い少女で、武器を振るう姿よりは、窓際のベッドの上から外を眺めている儚げな姿の方がしっくりくるカエデが、目の前で平然と武器を振るっている姿は違和感がある。

 

「……しっくり来る剣は無かったッスか?」

「一応、この、ファルカタを……」

 

 カエデはファルカタを手にしているが、微妙そうな表情をしている。

 

「んー、ファルシオンもよかったんすよね? 一応そっちも持ってヘファイストス様に他に同種の剣は無いか聞いてみたらどうッスか?」

 

 並べられた武器は、近くの【ヘファイストス・ファミリア】の店舗から急ぎで持ってきて貰った物で、他にも良い武器があればそれに近い物を複数用意してくれるらしいので、とりあえずラウルはファルシオンとファルカタの二本を手に取る。

 

「んじゃロキの所に戻るッスよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

「いやいや、別に良いッスよ。剣、結構重いし、素振りで疲れてるだろうし」

 

 武器を試で素振りし続けたカエデを気遣い、ラウルは朗らかに笑う。

 

 

 

 

 

「ロキ、選んできたッスよ」

「選べたんか?」

「一応……」

「一応? 何か問題でもあったのかしら?」

 

 ロキとヘファイストスが隅っこで木箱に腰かけており、一回り大きな木箱に板を乗せてその上に茶器が置いてある。神が居る環境では無い様に思うが、鍛冶場を主な生活圏としているヘファイストスは気にしないし、ロキもその辺りに関してわざわざ口に出して文句なんぞ言わない。

 

 カエデの芳しくない反応に、ヘファイストスは一つ頷く。

 

「別の武器を持ってこさせるわ。パルゥム用じゃないから、少し大きいかもしれないけど……貴女の使っている『大鉈』と同じ製作者の作った剣が何本かあるから」

 

 ヘファイストスが残った武器を仕舞う様に【ヘファイストス・ファミリア】の団員に指示をだし、同時に倉庫から剣を持ってくる様に指示してから、ラウルの持っていた二本の剣を受け取り、確かめる。

 

「癖の強い剣を好むのね」

「……? 癖が強いですか?」

「どちらも重心が切っ先に傾いてるでしょう? 重心が手元に近い方が扱いやすく、重心が手元から遠い程扱いづらくなるのよ」

 

 ヘファイストスの言葉を聞いて、なるほどと頷くカエデ。

 

「まあ、重心が手元に近いと剣を振った時の威力が出しにくいと言うのもあるけれどね、本来ならその人にあった重心を割り出すのが普通だけど、貴女の場合は技術の高さで全てを補ってる感じね、恩恵無しでそこまで極めているなんて凄いわね」

「ありがとうございます」

 

 素直な反応ににこやかな笑みを浮かべ、ヘファイストスは口を開く。

 

「それで、この『大鉈』と、刀は手入れをすればいいのね?」

「はい」

 

 カエデの持ってきていた『大鉈』と『形見の刀』を受け取り、ヘファイストスは目を細める。

 

「『大鉈』を研ぎ直せば十二分に使えると言いたかったのだけれどね、いくら頑丈とはいえこれ以上酷使すれば折れてしまうわね。こっちの刀はナマクラと言っても良いぐらい酷いわね。研ぎ直しはするけど……使うのは無理よ。ゴブリンとかコボルト相手なら良いけど、キラーアント相手にするのは無理ね……形見だから使う事は無いんでしょうけど」

 

 カエデに頼まれた『大鉈』と『形見の刀』の手入れ。

 

 『形見の刀』、誰の形見なのかを問いかけた際に全てにおいての師『ヒヅチ・ハバリ』と言う剣士の女性の形見だと聞いて、ヘファイストスは空を仰いだ。

 

 ツツジがアイリスを託した人物が死んでいたとは……

 

 本来ならその師と共にオラリオに来る予定だったのだろうと予想したが、全く違う理由だった。

 

 カエデの寿命についてヒヅチはカエデ自身に何も教えていなかったらしい。

 そして、死ぬまで見送る事を誓っていた事……違和感が残る。しかし追及する相手は居ないし、カエデは何も知らない。

 

 もし、ツツジと会う事が出来たのなら、聞きたい。どうして私を頼ってくれなかったのかを……

 

 

 

 

 

 へファイストスが隠し事をしている。

 武具を無料で用意してくれると言う言葉を受け、迷わず其方に飛びついたのにはちゃんと訳がある。

 

 カエデの持っていた『大鉈』、もしくは『アイ・ラブ・アイリス』と言う剣。

 

 元眷属の作った剣だと言っていたが……

 

「フィン、どう思う?」

「……元眷属の子供、つまりツツジ・シャクヤクの娘がカエデ・ハバリって事になるのかな?」

 

 カエデは、ヘファイストスが持ってきた剣を素振りしており、ヘファイストスがカエデの感じた違和感に対し剣を調整している。

 持ってきた剣は『ウィンドパイプ』に『ハーボルニル』と言う二本の剣。どちらも『ツツジ・シャクヤク』の作品らしい。倉庫に眠っていたと言っていた。

 どちらもカエデの使っていた『大鉈』と同じ様な感じの剣ではあるが、カエデの手に馴染んでいた『大鉈』よりも大きく、カエデの手に若干余る節があるが、神の恩恵を授かれば問題なく振るえるだろう。

 

「つまりカエデたんはほんまはアイリスたんっちゅー事になるんか」

「……子供を捨てた理由ははっきりしてるね」

「まぁ……カエデたんは今さらアイリスや言われても困るやろうし、黙っとこうか」

「それが良いね、出生について知った所で何が出来る訳でもないし……」

 

 ロキとフィンは軽く頷く。

 

「この事は」

「ガレスとリヴェリアにはボクからそれとなく説明しとくよ……あくまでも可能性だけどね」

「頼むわ」

 

 上位メンバーだけの秘密にしておくのが賢明だろう。

 

 カエデがどういった反応を示すのか分らない為、これ以上精神的に追い詰める可能性の高い情報を与える訳にはいかない。

 

「難儀な事だよ」

「せやな」

 

 カエデが努力し、もしランクアップを果たしたとして、幸せは其処にあるのか?

 少なくとも、ヒヅチを失い、親も居ないカエデはそのままでは幸せとは言えないだろう。

 

「ウチらが居るし大丈夫やろ」

「まあね、目的は変わらないけど、皆の幸せも願ってるのは本当だからね」

「ベートとくっつけるんが一番かなぁ」

「ロキが楽しみたいだけじゃないのかい?」

「それもあるで? でもベートはカエデたんに興味あるみたいやし?」

「……その前に、ラウルと仲良くなってるみたいだけど?」

「…………」

 

 視線の先、カエデとラウルが笑い合っていた。

 ラウルがカエデと話すときは常に笑顔で対応していた為、カエデが少しずつ心開いている様子だ。

 

 カエデは嫌悪的な視線に敏感で、害意が宿っていると解ると直ぐに逃げようとする。【ヘファイストス・ファミリア】への道中でカエデが唐突にロキにピタリと身を寄せた事があった。フィンが不埒な視線をカエデに向けていた人に気付き、それとなく睨んで追っ払ったと言う事もあった。

 

 これまでカエデに笑顔を向けるのはヒヅチだけであり、害意や悪意が宿っていない笑顔を向ける者が限られた環境に居た為か、害意や悪意のない笑顔で接しられるとカエデは直ぐにとは言わずとも、少しずつ心開いていく。

 ロキも最初から笑顔でカエデに対応していた為にカエデに直ぐになつかれたが、ラウルも同様だろう。

 

 出会った直後はどう接していいか分らずにロキの傍に寄り添っていたカエデだったが、ラウルは安心させるように笑みを浮かべてカエデに接した。

 子供嫌いでは無いラウルはただ妹に接する様に微笑みかけ、気にかけていただけだが、カエデの心を少しずつ開かせていた様子だ。

 

「いやーすごいッスよ。リヴェリア様のあの勉強会真面目にやってるなんて」

「必要な事ですし」

「あぁ、ロキの所の【九魔姫(ナインヘル)】だったかしら? その子の勉強、本当に辛いらしいわね。私の所の眷属()からロキの所の眷属()が勉強が辛いって愚痴を零してるのを聞いたって言ってたわ」

「他のファミリアでも噂になってるッスか……まあ、当然ッスよね。だってあんなに覚えられるわけないッスもん」

「……? そうですか? 記憶するだけですよね?」

「記憶する()()って……そこが凄いんスよ。俺なんて何回やってもどこか穴抜けが出るッスから」

「調整できたわよ。これでどうかしら? 『ウィンドパイプ』の方が使いやすいみたいだからそっちだけだけど、振ってみてくれる?」

「はい」

 

 なるほど、見ていればわかるが、カエデは既にラウルと仲良しである。

 

「……ベートェ」

「いや……まあ、そうだね。うん」

 

 素直になれない上に、ラウルの様に朗らかな笑みを浮かべてカエデと接する事の出来ないベートでは、ああは行かないだろう。

 ロキとしてはベートを押したいが……

 

 今日もそうだ、ベートを連れて行こうと思ってたのに朝から探していたが見つからなかった。と言うか全力でロキを避けていた。

 フィンに探してもらおうかと思ったが、午後から出掛けるので午前中の内は書類整理で動けないと言われてベートを連れて行くのを諦めたのだ。

 結果的に昼頃に欠伸交じりに雑貨を買いに街に出ようとしていたラウルを捕まえたのだが……

 

 ラウルとカエデが急接近、どうなるベート

 

「いやぁ……なんちゅーか予想以上やな」

「なんとなく相性は悪く無いと思ってたけど、ラウルは仲良くなるの早いね」

 

 そこら辺の相性を考慮してカエデの近くに人員を配置したのだから当然だが……

 

 ロキは笑顔でカエデに対応するので真っ先にカエデに構い倒して心開かせ、リヴェリアは話に聞くヒヅチと同タイプ(出来たら褒め、失敗したら失敗を淡々と指摘する)なので仲良くなれる。

 フィンも基本的には余裕を持った笑みを浮かべている事が多いし、ガレスもラウル同様朗らかな笑みを浮かべている事が多い。

 とはいえ、カエデは年上の男性、それも相当歳が離れている男性に対し若干の壁を作っている様子だった。

 原因が何かは分らないが、ガレスに対して若干距離を置いた態度をとっていたし、フィンに対しては普通だったが、フィンがもう直ぐアラフォーである事を指摘すると、カエデはフィンからも若干距離をとった。

 それもフィンの場合は直ぐに解消されたが、ガレスに対する態度は少し硬いままだ。

 何らかの苦手意識があると判断して無理をさせない様に近い年で同じウェアウルフのベートも視野に入れたが、ベートがロキをあからさまに避け始めたので仕方なく笑顔で接する事のできるラウルが抜擢された。

 

 結果は上々、カエデは褒められて嬉しそうにしてるし、ラウルはべた褒めしている。

 と言うかラウル自身が劣等感を抱いている関係で誰それ構わず凄い凄いと褒めているだけだが……

 

「ボクとしてはラウルにはもっと自信を持って貰わないと困るんだけどね」

 

 フィンの言う通りだ、ラウルは才能が無い訳でもない、努力が出来ない訳でもない。ただ比べる相手が悪いだけだ。

 上だけを見て下に居る自分に嘆いている。下を見ればラウル以下なんて文字通り腐っている者が腐るほど居るのだから……

 

「まあ、そこら辺はおいおいやな……なんやカエデたんの顔色悪くなっとるけど大丈夫なんか」

「……? どうしたんだろうね」

 

 視線の先、剣の調整も終わり、後は防具をどうするか聞かれているらしいカエデの前にはハーフプレートやプレートメイル等の防具が複数並べられているが、カエデの顔色が余り良くない。

 

 

 

 

 

「カエデちゃん大丈夫ッスか?」

 

 ラウルの気遣いに頷いて見せる。

 

「大丈夫です」

「嘘ね」

「!」

 

 嘘だとヘファイストスが断じた。

 

「防具を見てから顔色が悪くなったわ、体調が優れないのならすぐに休みましょう。武器を何度も振るっていたから疲れがでたんでしょう」

「カエデちゃん、とりあえずこの木箱に座ると良いッスよ」

 

 ラウルに示された木箱に腰かけてから、もう一度防具を見る。

 

 胸の急所だけを守るハーフプレートに、腹も含めた胴回りを完全に守るプレートメイル。金属片を縫い合わせたラメラーアーマー、凹凸をつける事で使用する金属の量を減らしながらも強度の高いフリューテッドアーマー、極東で使われる胴丸や腹当、大鎧。

 さまざまな鎧が目白押しである。

 

 そんな中、目に留まったのは『フルプレートメイル』である。

 

 ワンコさんがその鎧を「アチキは棺桶って呼ぶさネ。アチキは絶対に着たく無いさネ」と言っていた。

 意味を知ったのはその直ぐ後だったが……

 

 

 

 

 

 その日、村にはギラギラとしたフルプレートアーマーを着こんだ騎士達がやってきていた。

 

 同じ頃に取引にやってきたワンコさんが師が取引の為のお金を小屋に取りに行っている間に、珍しい一団に興味を持ったワタシの為に一緒に見に行こうと誘ってくれたのだ。

 

 村にやってきた騎士の一団をこっそり見ていると、ワンコさんは唐突に呟いた。

 

「知ってるさネ?」

「……何をでしょうか?」

「あの鎧、アチキは棺桶って呼ぶさネ。アチキは絶対に着たく無いさネ」

「……? でも凄く強そうですよ?」

「あんなもん来てカエデは走る気さネ? 正気を疑うさネ」

「うっ……」

 

 ワンコさんの言う通りで、あのフルプレートアーマーを着込んだら最後、カエデは自ら身動きが取れなくなるだろう。

 

「オヌシらは何をしとるんじゃ……ほれワンコ、金じゃ。さっさと商品を渡せ」

「ヒヅチはアチキの扱いが酷いさネ。改善をヨーキューするさネ」

「では今回は酒は無しじゃな」

「それはヤメるさネッ!? お酒無しなんてアチキは絶命してしまうさネッ!!」

 

 こっそりともう一度、騎士を見た。

 

 格好良かったし、腰に佩いた剣も、着込んだ鎧も、どれも凄かった。

 

 

 

 

 

「あやつ等は森にオーガが逃げ込んだとほざいておったそうじゃ」

「おーがですか?」

「そう(オーガ)じゃ」

 

 オーガ、ここら辺では滅多に見ない種類のモンスターで、カエデ自身は見た事はない。

 

「そうじゃのう……筋肉でできた大きなゴブリンじゃな」

「……?」

「まあよい。とにかく、見知らぬモンスターを見たら逃げろ。相手取ろう等と思うでないぞ?」

 

 騎士団が村にやってきた理由は、騎士団が逃したオーガを狩る為らしい。

 

 オーガが森の中に潜んでいるらしいが、カエデとヒヅチは森に入らなければならない。狩猟をして村に納めなければまた文句を言われてしまう。

 

 だから普段以上に警戒しながらも、ヒヅチと森に入った。

 

 

 

 

 

「ふむ、獲物が居らん」

「匂いもしないです……」

 

 森に入って二時間、獣が一匹も居なかった。

 当然だ、オーガに襲われない様に逃げてしまったのだろう。

 

「いかんな、またスイセンが五月蠅く騒ぐやもしらん……しかし……うぅむ」

 

 一緒に行動すれば範囲は狭まる……手分けして探さないとまずいかもしれない。

 

「手分けして探しましょう」

「……ダメじゃと言いたいが、そうする他あるまい……良いか? オーガを見たら逃げよ。戦おう等と思うなよ?」

「はい、知らぬ痕跡があったらすぐに場を離れます」

「…………では、ワシはあっちの方から回る。ヌシは其方の方から回れ、墓場の辺りで合流じゃ。緊急時は狼煙をあげよ。遠吠えはやめておけ、オーガに気付かれる」

 

 師は少し迷い、直ぐに示した。

 

 師が回るのはオーガの様な大型のモンスターでも平気で歩き回れる木々の密集が薄目な所。

 逆にワタシが回る所は木々が酷く密集し、動き辛い代わりに隠れる場所も多々あり、オーガの様な大き目のモンスターが立ち入らない場所が複数あり、隠れ進む事に適した所。

 師は危なくないのか? そう思ったが、師は軽く鼻で笑った。

 

「ワシの心配なぞしとらんと、今日の獲物の事でも考えておれ……またスイセンにどやされては堪らんわ」

「わかりました、ではまた後ほど」

 

 小弓に弦を張り、腰の矢筒を確認してから毛皮のフードを深く被って森に潜む。

 

 カエデの毛色は森で酷く目立つ。それは師も同一であり、動物の毛皮を丸々使った外套を使って目立たない様にした物を使っていた。

 

 その時、ワタシが装備していたのはなんの変哲もない厚手のキルト地の服に毛皮の外套。

 武装は狩猟用の小弓に解体用のナイフ、剣は持っていなかった。

 

 獲物が見つかりますように、そんな事を考えていた。


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