生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『あー、オラリオが動き出したみたいだね』

『遅スぎるンだよ。無能ばッかリダね』

『仕方ないでしょう。彼らは一枚岩ではない』

『足ノ引っ張リ合いしテるノカ?』

『つけ入る隙塗れでつまらないんですけどねぇ』

『所でヒヅチ・ハバリを狂わせたのは良いのかい?』

『狂ったのが()()()()知りませんが別に構いませんよ』

『どっちが……? ヒヅチ・ハバリは多重人格だったのかい?』



『危機』

 オラリオ中心にそびえ立つ神々の巨塔。『バベル』の三十階層。

 現在オラリオ内に存在する第三級(レベル2)冒険者一名以上が所属しているという最低条件を満たしたファミリアのみが参加する事を許される神々の会合。『神会(デナトゥス)』。

 今回は神恵比寿がもたらした緊急事態を知らせる為の会合であり、集まった神々は普段の様な和気藹々とした適当な雰囲気ではなく、ピリリッと引き締まった表情を浮かべた神が多い。

 特にオラリオ外の依頼を受けた自所属の眷属が未帰還または死亡したファミリア程、今何が起きているのかを気にしている者は多い。

 誰もが無駄口をたたかずに真剣な表情を浮かべている中、一人の女神が手元の拡声器を手に取って口を開いた。

 

「あーあー、テステスー。皆さんお集り頂きありがとうございます。今回の緊急の神会における司会進行を務めさせていただきます。エラトーよ……あれ、なんで私また司会進行やってるんだっけ……」

 

 神会では二度と司会進行等やるものかと心に誓い、そして今なぜか司会進行役に抜擢されて立たされている女神は一際大きく首を傾げ、ニヤニヤと笑っていた神々に向かって無言で拡声器を投げつけた。

 

「あー、拡声器が壊れちゃったみたいだから静かにお願い。っと、さてまずは通常の報告から」

 

 エラトーの進行により主に商業系や探索系を中心に今回の報告を上げていく。

 しかし内容はどれもこれも『前より悪い』という報告ばかり。

 特にオラリオ外からの輸入関係に関しては完全に殲滅。【デメテル・ファミリア】の農業村もいくつか潰滅したという報告を受け、神々の顔色が若干悪くなる。

 困った様に頬に手を添えて発言したデメテルに続き、農業村の護衛を担当していたファミリアの主神も立ち上がって各々が報告していくが、生存者はゼロ。情報もゼロ。

 老若男女問わず処か、家畜の一匹も残さずに皆殺し。それも全員が一太刀で絶命させられているという不可思議な事件。これも恵比寿の件と関係しているのかと神々が恵比寿を伺う。

 肝心の恵比寿は若干こけてくぼんだ頬に黒い隈を眼の下に拵えて疲労困憊の様子で俯いて話を聞いていた。

 

「さて次はこの俺、ガネーシャから発表しよう」

 

 暑苦しくも立ち上がり、明朗な声で宣言した神ガネーシャを見た神々の内、神ロキは彼をじっと見つめて目を細めた。

 

「【ハデス・ファミリア】潰滅の一件についてだ。ついでに女神イシュタル、何か言いたい事はあるか?」

「……(わらわ)は特に無い」

 

 【ハデス・ファミリア】の起こした一件。そしてそれに付随した【イシュタル・ファミリア】による【剣姫】に対する襲撃。

 イシュタルの一件については既に謝罪を終え()()()()話である。故に今回その件に触れる積りはないと宣言した彼女は視線を美しい銀髪に向けて眉を顰める。

 視線を向けられた神フレイヤは一瞬だけ視線を巡らせ、恵比寿を見てから興味を失った様に微笑みを浮かべて視線を逸らす。あからさまに無視されたイシュタルがグギギと表情を歪ませるのを見たエラトーが深い溜息を零してガネーシャを促す。

 

「イシュタルはダメっぽいわね。とりあえずガネーシャ、地下水路の状況報告をお願い。ギルドから依頼されてたわよね?」

「ああ、それも含めてこの俺、ガネーシャが発表しよう」

 

 彼のファミリアが起こした事件。

 【ロキ・ファミリア】に所属していた現在オラリオにおいてかなりの注目を集めている眷属。【生命の唄(ビースト・ロア)】カエデ・ハバリを襲撃した一件について。

 彼のファミリアは地下水路内に罠を張り巡らせた事による混乱、及びに罠の作動によって発生した崩落の修繕等。

 現在急ピッチで作業を進めているが、ガネーシャの眷属は調教(テイム)能力は高くとも罠類に関する知識は他に劣る。いくつかのファミリアから増援として罠師を何人も借り受けているもののそれでも作業の進みは悪い。

 一番大きいのは罠師としては稀有な能力を持っていた【ロキ・ファミリア】の【猫の手】が命を落とした事も大きい。彼の猫人の相方ともいわれていたウェンガルの方は地下水路に足を踏み入れる事を拒む程に心に傷を負ったらしく、協力を得られなかった。

 その事が大きく響いているのか作業は進まず、未だに全体の2割も修繕が完了していない。その2割も比較的容易に修復可能な部分のみであって、完全に崩落して塞がった隧道等の修繕はまだ先になりそうである。

 

「他に、ハデスに関する情報なのだが……」

 

 肝心の事を起こしたファミリアの主神である神ハデスについて分かった事は一つ。

 彼は既に天界へ送還された(死んだ)あとであるという事。

 そして所属していた眷属は()()()()()()()()()()事。

 

「まず【処刑人(ディミオス)】については【生命の唄(ビースト・ロア)】の手によって死亡。【縛鎖(ばくさ)】は【魔弓の射手】によって致命傷を負い死亡。次いで【監視者】についてだが、半年前に死亡したらしく損壊の激しい死体が地下水路の隧道内に────」

「待つんや」

 

 ガネーシャの言葉を聞いたロキが手を上げて進行を止めた。

 その姿に神々が首を傾げる中、ロキは立ち上がってガネーシャを見据える。

 

「【監視者】が半年前に死んでた? それは本当なん?」

「……あぁ、保存状態の悪い死体だった為に確認に手間取られたが神トートの協力の元、所属ファミリアを判明させたのだ。【監視者】は半年前に死亡していた」

「そうか……」

 

 彼の言葉を聞いたロキは小さく呟き席に座る。

 それを見届けたガネーシャは大きく両手を広げて語りだす。

 彼の語りを聞くでもなく考え込むロキ。その肩をちょんちょんと突いたのは神友の神ヘファイストスであった。

 

「どうしたのよ」

「【監視者】な、ウチの眷属が会っとるんよ」

 

 オラリオは広しと言えど、有名な眷属であれば一度は顔を見る事もある。ともすれば声を掛け合う事もあるだろう。会った事があるという事で驚く様な事ではない。

 では何故ロキがその事を気にするのかとヘファイストスが考えるもわからずに聞き返した。

 

「…………それがどうしたのよ?」

「つい最近、カエデの襲撃の日にな、襲撃者たちの中に居った」

 

 彼女の言葉にヘファイストスは目を見開き、ぽつりとつぶやいた。

 

「すり替わってた……?」

「やろうなぁ。ハデス本人は完全に前後不覚になっとったみたいやし」

 

 自身の眷属がすり替わった事にも気付かない程に、否。自身の眷属が殺された事にすら気付けない程に狂わされていた神ハデス。

 彼の神は邪神に踊り狂わされ、利用されて命を落とした。十中八九【監視者】になりすましていた眷属の手によって屠られたのだろう。

 

「それではこの俺、ガネーシャの話を終わらせていただこう」

 

 神ガネーシャの長々としたハデスに関する現状で把握した事及びに考察の語りが終わりを迎える。

 最初から通して暗い表情を隠さない恵比寿に皆の視線が集まる。だが本人はそれに気づかないのか深い溜息を零していた。

 

「あぁ、どうして……」

「えっと、恵比寿? 貴方の番よ? 皆に報告事があるんでしょう?」

「え? あぁうん、ごめんぼーっとしてた」

 

 司会進行役のエラトーに声をかけられてようやく立ち上がった恵比寿は皆の前に立ち、静かに語りだした。

 神ロキは既にその話は聞き終えているし、どうするかも既に決めている。

 

 オラリオの外で起きている惨事、惨劇、その全てを裏で手を引いて火付けを行うだけ行って後は観戦に洒落込む邪神の話。

 古代の時代を生き抜いた英雄の一人が敵方の主軸である事。

 そして古代の時代より時を超えてこの神代で目覚めた一人の英雄。その人物が敵方に操られている事。 

 二人の邪神が引き起こしている現在の状況。

 

 邪神ナイアルラトテプと邪神クトゥグア。

 この二柱の邪神は天界に居た頃から碌な事はせず、周囲を引っ掻き回しては滅茶苦茶に破壊しつくして終わったら『リセット』等といって去っていく邪神達であった。

 この二柱に共通するのは互いが互いを嫌っている事。それも周囲がドン引きするレベルで、である。

 ナイアルが破壊活動にいそしめば、もう片方のクトゥグアはその破壊活動を妨害して神々を救う。

 片やクトゥグアが神々を片っ端から狂わせて遊び始めれば、ナイアルがそれを妨害し神々を救う。

 互いがやる事の正反対の行動をとり、相手の妨害をする。今までもずっと、そしてこれからも永遠に同じ関係を崩さず、互いが互いを妨害し合う関係を続けていく。そう決めているらしき二柱。

 

 彼らはほぼ同時に地上に降り立った。互いのやる事は一つ、面白おかしく引っ掻き回し、狂わせようとすること。そして序にクトゥグアはナイアルを、ナイアルはクトゥグアをぶっ殺してやると意気込んでいた。

 始まった直後に彼らがやった事は他の神となんら変わりない行動である。眷属を見つけファミリアを結成し、目的の為に邁進する。

 出来上がったファミリアは互いに互いを定期的に攻撃し合いながらも持ち得る魅力(カリスマ)を用いる事ですさまじい速度でファミリアの規模を大きくしていき、片方が崩壊するまで激しく鍔迫り合いを続けていた。

 他のファミリアの介入等ものともせず、ただひたすらに互いに潰し合うのみ。周囲は『仲が良いなぁ』と生暖かい目で見ていたあの頃。

 僅差で【ナイアル・ファミリア】が潰滅しかけ、眷属の殆どを失い再起するにも【クトゥグア・ファミリア】の妨害で再起すら妨害されて何も出来なくなった事が始まりだ。

 此処まで至った所でクトゥグアは動き出した。今まで邪魔だったナイアルの力を削ぎ落とした事で好き勝手出来る様になった彼は壮大な計画を立てた。

 

 神々皆殺し計画である。それも地上の人間(こども)達による神々皆殺し計画だ。容易に進むはずもないその計画。

 しかし彼の神は様々なモノを利用し、神々の殲滅を狙った。

 

 最初にしでかしたのは、黒毛の狼人を利用する事。彼らの集落を襲撃し、子を奪い去り、洗脳して戦士に仕立て上げる。そしてその行動の全てをオラリオの神々の所為だと黒毛の狼人達に教え込み、狂気を埋め込んでオラリオを襲撃させた。

 迎撃する神々や眷属達にも当然の様に狂気を刷り込み、無残にも殺されていく黒毛の狼人達。

 当然、凄まじい能力があれどたかが一種族の一部族の反乱程度で神々が揺らぐはずもなく、黒毛の狼人達はあっけなく潰滅。

 

 次にクトゥグアが取った行動。それはその黒毛の狼人達が潰滅したのは神々の所為だと、決別し神々から隠れて住んでいた英雄の血族達に教え込んだ。当然の様に狂気を刷り込みながら。

 だが、英雄の血族は狂気に耐えた。彼の者らは狂気を埋め込まれながらもクトゥグアに抗い切ったのだ。けれども恨む事は止められなかった。かつて大穴を塞ぐ為に轡並べた同胞が神々によって潰滅させられたという情報は、彼らにとって喜ばしいモノではない。

 その恨みを抱いた英雄の血族に更に恨みを抱かせる為、クトゥグアは次の手を打った。

 

 『闇派閥(イヴィルス)』と呼ばれる初期の頃から存在する『悪役ロールプレイ』に勤しむ神々に接触し、彼らを利用して地上の人々を苦しめた。

 欲しい人間(こども)が居れば半ば強引に攫い、金が必要だからと一般人を脅して奪い去る。むかついたからと一家皆殺しにさせてみたり、親を殺したり、子供を攫ったり。

 地上の人々に恨みを植え付けていく。種を撒き、水と栄養を与え、日の光を与える。少しずつ、少しずつ地上に蔓延していく不平と不満。

 神に認められた者と認められぬ者。

 神に気に入られた者と気に入られぬ者。

 恩恵に与かる者と与かれぬ者。

 格差が、ズレが、想いが、恨みが、妬みが、地上の人々の中に神に対する不信感の芽を咲かせていく。

 

 【ロキ・ファミリア】の【勇者(ブレイバー)】の活躍によって『闇派閥(イヴィルス)』が潰えた事で、一時的に止まったと思ったクトゥグアの壮大な計画。けれども問題はクトゥグア本人を捕まえられなかった事。

 それを妨害したのは他の誰でもないナイアルであった。

 

「はぁ? クトゥグアぶっ殺すって言っといてクトゥグアを庇った訳?」

「なんだそりゃ……」「あー、なんとなく気持ちわかるわ」「どう言う事だ?」「自分の手で殺したいんじゃね?」

 

 彼のナイアルはクトゥグアが掴まりそうになる度にそれとなく妨害したり、クトゥグアの勢力を削がせてはくれても、クトゥグアそのものを潰す事だけは徹底的に妨害してくる。

 其の所為で対応は遅れに遅れ、気が付けばクトゥグアの計画は始まっていた。

 

「もうすぐ、オラリオにクトゥグアが扇動した者達がやってくるだろう」

「止めれば良くね?」「ラキアよりマシだろ」「まあ、第二級までしか居ないだろうしなぁ」

 

 一部神々の言葉を聞き、恵比寿が深い溜息を零して呟く。

 

「第二級までしか居ないんだったら今までデメテルの所の防衛が上手く行かないのはなんでかなぁ」

『………………』

 

 護衛を多く雇っていた商隊ですらあっけなく全滅の憂き目にあうのだ。

 どうやってかは不明だと恵比寿は苦笑を浮かべ、小さく呟いた。

 

「暫くしたら防衛戦をすると思う。各々のファミリアは最大戦力を集結して戦争に備えてくれ……」

 

 恵比寿は疲れ切った表情を隠しもせずに深い溜息を零した。

 

 

 

 

 

 【トート・ファミリア】本拠、『金字塔(ピラミッド)』。

 砂岩を積み上げて作り上げられた四角錘型の建造物。わざわざ主神自ら眷属に設計図を手渡して形作らせた本拠である。わざわざオラリオの外から加工された砂岩を買い集めただけはあり、規模自体は中規模程度の大きさの本拠でありながら、周辺のファミリアの本拠とはくらべものにならない程のヴァリスをかけて作られている建造物だ。

 其の建造物の地下。魔石灯の明りに照らされた小部屋、まるで生贄に捧げる為の祭壇にも見える台座の上にのせられた二人の人物を前に、【幸運の招き猫】モール・フェーレースは小さく深呼吸を繰り返していた。

 

「大丈夫、上手くいくさ……」

 

 彼女の手にあるのはヒヅチ・ハバリが村に残した『ヒヒイロカネ』の使われた剣。極東由来の片刃の刀身が特徴的なその剣の外鉄を引っぺがし、心金のみとなった鉄の棒だ。

 彼女は柄だった部分をぎゅっと握り、切っ先だった部位を寝ている人物の一人に近づけていく。

 その様子をけだるげに眺めているのは【占い師】アレイスター・クロウリーであった。

 死んでいてもおかしくはない重傷を負っていた彼女は運良く船に回収されて一命をとりとめた。とはいえ傷は深く、自力で歩く事が出来ない為いまは車椅子に腰かけているが。

 そんな彼女は胡乱気な視線をモールに向け、呟いた。

 

「おい、早くしてくれないか? 私は待ちくたびれたぞ」

「っ! うるさいなぁ、ボクは真剣にだな」

「それが噂の狐人(ルナール)の生み出した至高の金属なら一発だろ。偽物なら無意味、パッと試すべきではないか?」

 

 恐る恐ると言った様子だったモールの尻を叩く要領で発破をかけたアレイスターは深い溜息を零して台座の上の二人を見つめた。

 

「【酒乱群狼(スォームアジテイター)】ホオヅキに【呪言使い】キーラ・カルネイロ……」

 

 170Cにとどきうる長身。片耳が千切れて半端となっている他、尻尾が根本の辺りから千切れて無くなっている。染料が落ちて地毛である白毛が微かに覗く全身傷だらけの女性。身に着けているのは動きやすい革製のベストにハーフパンツ。

 カエデにとっては先代の『白牙』であり、カエデと血の繋がりのある人物。ホオヅキだ。

 もう一人は妹のペコラ・カルネイロと遜色ない背丈、黒っぽい毛並み。身に着けているのはラフなワイシャツにジーンズ。左右で大きさの違うねじれた角が特徴的なキーラの姿。

 

 二人に共通しているのは生きているにも拘わらず、目を覚まさない事。胸に刺さった封印の楔刀が原因で目を覚ませなくなっている二人。

 今まさにその封印を解く鍵である『ヒヒイロカネ』を持参したモールの手によって封印が解かれるはずが、彼女は怖気づいたのかこの部屋に到着してからたっぷり30分程時間をかけて迷っている。

 本音を言うなればアレイスターは今すぐにでも彼女の尻を蹴り飛ばして本拠から追い出したくなってきたが、彼女の手にしている『ヒヒイロカネ』には興味がある。それに封印が解かれればより多くの情報が手に入るのだ。

 仲間の仇討の為にも情報は欲しいと力強い視線をモールに向けるアレイスター。

 肝心のモールはへっぴり腰でゆっくりと慎重に封印の楔刀に向けて『ヒヒイロカネ』を差し向ける。

 

「いつまでグダグダする積りなんだ、いい加減にしてくれないか」

「……封印を解いたらどうなるか、キミは知っているのかい?」

「知らんな」

 

 むしろそれを知る為に此処に居るのだとアレイスターが鼻を鳴らす。

 困った様に尻尾を揺らしたモールは溜息を吐くと同時にホオヅキの胸に刺さっていた楔刀に『ヒヒイロカネ』を押し当てた。

 バリッという弾ける音と共に彼女の胸に刺さっていた楔刀が独りでに抜け、浮き上がった。

 無数の文字の様なモノが飛び交う中、ホオヅキがぱっと目を見開くと同時に目の前の楔刀を蹴り抜いた。ズゴンッという轟音と共に楔刀が粉々に砕け散り、砂岩製の天井に無数の金属片が突き立つ。

 パラパラと零れ落ちてくる砂を浴びたホオヅキがせき込みながら祭壇から降り立とうとして、力が入らずにそのまま床に倒れ伏した。

 

「ゲホゲホッ、此処は、何処さネ!」

 

 つい先ほどまで封印されていたとは思えない程の速度でガバリと身を起こしたホオヅキが近くに居た猫人、モールの首を掴んで持ち上げた。

 

「ぐぅぁっ……」

「お前、ヒヅチに何を────って、モールさネ? こんな所で何を……此処、何処さネ?」

「ぐはっ……いきなり首をへし折りに来るなんてひどいじゃないか……ゲホッ」

 

 咽込みながらもなんとか立ち上がったモールが文句を言いたげな瞳でホオヅキを射貫き、序に後ろに視線を向けて車椅子に腰かけて悠々とした態度をとっているアレイスターも睨んだ。

 

「こうなるからボクは嫌だったのに」

「ははは、面白い事だ……で、ホオヅキ。君は話せそう、ではなさそうだな。今すぐ医術師を呼ぼう」

 

 ホオヅキの様子を見た瞬間、アレイスターは頬を引き攣らせて大声で仲間の団員を呼び寄せて医術師を呼ぶように指示を出し、応急処置が行える団員を呼び付け始めた。その様子にモールが首を傾げ、すぐ横に立っていたホオヅキを見て顔を引きつらせた。

 

「ちょっ!? ホオヅキ、キミ、その怪我は……」

「ん……あれ? なんでアチキ血が……?」

 

 腹部を中心に服に滲みだす血を見て首を傾げるホオヅキ。その様子にモールは一つ思い出した事があった。

 封印された状態というのは変化が起きない。例えば怪我をした状態で封印された場合、負傷度合いはそのまま維持されてしまう。

 つまり彼女は封印される直前に重傷を負っていた事になるのだ。

 急激な動きで傷が開いたというよりは、元から開いていた傷がさらに重症化した形であろう。

 ホオヅキが抑えているお腹からは内臓がはみ出していた。

 

「あー、パックリ割れて……うわ、ヤバいさネ。結構出てきちゃって……ちょっとこれ戻すの、手伝って、くれ……さネ」

 

 膝を突き青褪めて震え出したホオヅキを見たモールが慌てて『ヒヒイロカネ』を手放し、ホオヅキの腹に飛び出た内臓を押し込み始める。

 

「今、幸運を使ってなんとかしてるからもう少し耐えてくれ、というか封印状態時の負傷度合いの確認ぐらいしといてくれよアレイスターッ!」

「馬鹿を言え、むしろ怪我をしているなんて気付ける訳ないだろう! もうすぐ応急処置出来る奴が来る、耐えろホオヅキっ!」

「……ゲホッ、いや、酒くれ……酒さえ、あれば……」

 

 ホオヅキの言葉にモールが目を見開くが、アレイスターは首を横に振った。

 

「馬鹿を言え、今のお前は()()()()()()()()()()()()使()()()()んだぞ。一度完全に死んでいた所為で神との繋がりも消えている。つまりお前の装備魔法は使えん、大人しく治療を受けろ」

「ゲホゲホッ……お酒、飲めな…………カエデは何処さネ?」

「あぁ動かないでっ! 出てるっ! 超出てるからっ! 待って待ってっ!?」

 

 何かに気付いた様にホオヅキが立ち上がろうと腹に力を込めた瞬間、中身が一気に溢れだしかけモールが慌てて押しとどめる。ホオヅキが血走った目をアレイスターに向け、叫んだ。

 

「カエデが狙われてるさネ! ヒヅチと会わない様に伝えろさネ!」

 

 叫び、暴れ出そうとした所でモールが手刀でホオヅキの意識を途絶えさせた。

 寝転がらせ、飛び出した内臓を押し戻しているさ中に【トート・ファミリア】の団員が慌てた様子で走ってきて応急処置をし始める。

 酒精の強い酒で消毒し、丁重に内臓を元の位置に戻した後、傷口を針と糸で縫合していく。

 その様子を見ながらモールは申し訳なさそうに気絶したホオヅキに向けて呟いた。

 

「ごめん、遅かったよ。もう、会っちゃった」

 

 既にカエデはヒヅチと出会い、殺されかけている。

 その本人はオラリオに帰還後、そのまま迷宮に駆け込んで数日間の間姿をくらませている。

 

「……はぁ」

 

 深い溜息を零したモールの目の前に棒状の物が突き出され、大きくのけぞる。

 目の前に突き出されたのは先程落とした『ヒヒイロカネ』であり、突き出していたのはアレイスターである。

 

「医術師ももうすぐ到着する。応急処置出来る奴も居る。もう一人の方もさっさと起こすべきだと思うがね」

「……彼女、最後にナイアルと会話して()()()()()()可能性高いんだけど」

 

 もし彼女が狂気に陥っているのなら、間違いなく暴れるだろう。それは面倒だとモールが胡乱気な視線をむければアレイスターは肩を竦めた。

 

「お前の運なら問題ないだろう。むしろ運気操作でなんとでもなるお前の方が適任だと思うがね」

 

 彼女の言い草に反論を返そうと口を開き掛けるも、モールは結局反論を返す事無く『ヒヒイロカネ』を受け取った。

 

「やればいいんだろう、やれば」

「それでいいさ」

 

 ケラケラと乾いた笑いを零すアレイスターを睨み、モールはもう一人の封印された人物に『ヒヒイロカネ』の切っ先を向けた。

 

 

 

 

 

 ダンジョン入り口に腕組して立つ灰色の髪を揺らすヒューマンの女。グレースは頭をバリバリと掻きながら横に立つ褐色の肌のアマゾネスと金髪のヒューマンの方を見て口を開いた。

 

「あー、なんというか先輩方には申し訳ないんですけどー」

「無理に敬語じゃなくていいよ。というか大分怪しくない?」

「……気にしなくていい。フィンにも頼まれたから」

 

 怪しい敬語でなんとか敬おうとしていたグレースはバツが悪そうにバリバリと頭を掻きむしった後、顔を上げた。

 

「カエデの馬鹿が帰ってすぐにダンジョン行って帰ってきてないから、その……」

「見つけるの手伝って欲しいんだよね? カエデが行く階層っていえば中層下部、下手すると下層まで一人で行きかねないし」

「下層……」

「アイズはソロ厳禁って怒られたばっかだしね。いや、カエデもそうといえばそうなんだけどさぁ」

 

 ボロボロの【恵比寿・ファミリア】の飛行船からほうほうの体で降り立ったカエデ達。

 フィンの説明を聞き、何が起きたのかはある程度把握している。

 

 カエデの妹との遭遇。彼女とホオヅキの関係。カエデと妹の関係。他にも様々。

 『白牙』の宿命と『頭脳』の危険性。

 妹であるヒイラギの命令には何をしようが逆らえないという恐怖。

 そして、その妹が敵方の手におちた可能性が高い事。

 もしヒイラギ・シャクヤクが敵方に洗脳されてカエデを利用されれば危険度が増す。其の事を話し合っている間に、カエデは一人で探索の準備を進め、気が付けば一人で迷宮に潜っていた。

 

 正確に言うなら、ダンジョン入り口でカエデ・ハバリが一人で迷宮に潜っていったという噂が流れていた。

 本人の不在に気が付いたフィンが情報収集した結果、カエデが迷宮に潜ったかもしれないという話が出てから数日が経っている。迷宮の中で自給自足出来なくはないが武装の損耗で帰還するのが一般的だ。

 しかしカエデが持つ『百花繚乱』は自己修復機能を持った剣。耐久力もすさまじくまず壊れる事はない。

 其の為、カエデの気力が持つ限り潜ろうと思えば一年でも潜れてしまう。

 いくらなんでも帰還が遅いと判断したフィンが団員達に余裕があれば捜索する様に指示を出し、グレースが真っ先に向かおうとして────中層中間地点以降の中層下部にたどり着いた所で撤退に追い込まれたのだ。

 本人が非常に悔しがったが彼女は何処まで行っても戦闘特化。迷宮の罠に瞬く間に追い詰められてギリギリで中層中間地点まで生還を果たしたのだ。一人でカエデを探すには力量不足としかいえない。

 そこで彼女は先輩団員でもありアイズの力を借りてカエデの探索をしようと声をかけたのだ。

 それに快く答えたのはアイズだけでなく共に行動していたティオナもであった。

 二人の助力があれば見つけられると拳を握り締めたグレースは地下に居るカエデの姿を瞼の裏に描いてから呟いた。

 

「一緒に飲みに行くって約束したでしょ、まぁ半ば強引だったけど……さっさと連れ戻して酒場に繰り出さなきゃ」

 

 何より彼女が焦っているのは一つ。カエデまで死んでしまえば、本当に残っているのが自分一人になってしまう。それだけは避けなくてはと、グレースは片刃槍(グレイブ)湾曲剣(ケペシュ)を手に入り口をくぐった。


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