生命の唄~Beast Roar~   作:一本歯下駄

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『見つけた。一隻を火達磨にしてやったぞ!』

『おぉ、木造船は良く燃えるなぁ。海の上と違って簡単に消せやしねぇし、いい感じだ。あぁ、綺麗だなぁ』

『……おい、カエデがあの船に乗っていたらどうするのだ貴様っ!』

『黙れアマネ、貴様は私の言う事に従っていれば良いのだ』

『約束と違うだろうっ!!』

『貴様こそ、私との約束を守っていないだろう────あの【占い師】は確実に始末しろと言ったはずだ。何故逃がした』

『ワシが知るかっ、気が付いたら逃げられとったんじゃぞ!?』



『雲上戦場』《上》

 セオロの密林の街路。集団となって進む【恵比寿・ファミリア】の団員と【ロキ・ファミリア】の護衛。

 途中、半人半鳥(ハーピィ)の襲撃があったものの道中はとりわけ問題らしい問題は出ていない。

 それでも、彼らの雰囲気は悪かった。

 

「はぁ……」

「どうしましたか?」

「え、あぁ、なんでもねぇ……」

 

 深い溜息を零した黒毛の狼人の少女にふわふわした雰囲気の羊人が問いかければ、誤魔化されてしまう。

 元は狼人が大の苦手であった羊人の女性、ペコラは困った様に頬を掻きながら前列を歩くカエデの後姿を見てこっそりと黒毛の狼人の少女、ヒイラギに耳打ちした。

 

「カエデちゃんはヒイラギちゃんが嫌いな訳じゃないですよ」

 

 その言葉にヒイラギは再度深い溜息を零し、呟く。

 

「知ってる。アタシじゃなくて『頭脳』に怯えてんのはわかるって」

 

 察しの良いヒイラギの態度にペコラは眉を落とした。

 

 カエデとヒイラギの関係を聞き、【恵比寿・ファミリア】の目的も達成された事で帰還する事に決まり、船団が止められている密林の外へ進んでいる一団。

 その中でカエデとヒイラギにはかなりの距離があった。そも戦闘能力が低いヒイラギと戦闘能力の高いカエデが同じ場所に居る事はまずないが、それでもカエデはかなりの距離をとっている。

 進む集団の前衛より更に先、突出したカエデとベートが匂いで周囲を警戒し、怪物を発見し次第撃破を繰り返しているのだ。

 ヒイラギの言葉一つで自己同一性(アイデンティティ)を破壊されてしまうという事を危惧し、フィンはカエデとヒイラギの距離を置く事にした。それは悪い選択ではなく、むしろ当然の選択であると言える。

 ヒイラギの不用意な一言がカエデの生死にかかわる処か、下手をすれば周囲に居る仲間にすら牙を剥きかねない状態なのだ。其の上で【恵比寿・ファミリア】に対しても警戒している為、現在ヒイラギの傍にはペコラとジョゼットが控えている。

 護衛対象であり警戒対象ともなった【恵比寿・ファミリア】はそれに文句の一つも零さずに苦笑を浮かべながら守られているが、それがより不気味さを際立たせる。何か良からぬことを企んでいるのではと警戒心を強める中、ヒイラギは何度目か数える事をやめた溜息を零した。

 

「はぁ……」

「ヒイラギちゃん?」

「あぁ、あー……」

 

 なんでもない。そう誤魔化そうとして流石に無理があるかと考えこみ、前を進むカエデの背をチラチラと見ながら、聞こえない様に声量を落として口を開いた。

 

「怖がられちまってんのが、なぁ」

 

 お礼を言いたい。密林の中、窪地で襲われて死を覚悟する程の危機的状況から救ってもらっておいて、何のお礼も言えていない事が未だなおヒイラギの中でしこりとして残っている。

 しかし、下手な声掛けは危険だと判断されておりお礼を言う事もできない。それがとても喉に引っかかる。

 そう口にしたヒイラギの声を聞いたジョゼットは頷いて口を開いた。

 

「それなら私が代弁し感謝を伝えましょうか」

「……いや、そういうのは自分の口で言うもんだろ。誰かに言ってもらっちゃいけねぇ奴だ。死んでて言えないとかならまだしもさ」

 

 感謝を伝える言葉は本人が必ず伝える事。彼女の父が決めた信念の様なモノであるが同時に『その通りだ』と頷ける正しい事だ。それを守りたくて守れないヒイラギが歯痒い思いをしながら前の方に見えるカエデの背を見て悔しそうに呟く。

 

「アタシがちゃんと()()出来る様になれば……」

 

 ヒイラギの『頭脳』としての能力。それはもともとシャクヤクの血筋に流れる族長の血によってもたらされるものであり、彼女が得る以前は父であるツツジが、叔父であるスイセン、そして祖父であるヤナギが持っていた能力である。

 一度に顕現する『頭脳』は一つのみ。いままでは祖父であるヤナギがその能力を持ち────カエデを好きにできたはずだ。しかし、ヒイラギの祖父は幾度かカエデを顔を合わせて言葉も交わしてるにも関わらず、彼女の暴走を招いていない。

 その理由は至ってシンプルだ。ヒイラギの祖父は正しく能力の制御ができていた。必要な時以外は『命令』を出さず、『白牙』と言葉を交わせるだけの制御能力があった。しかし、ヒイラギにはできない。

 能力の急な発現。本来なら知識と制御できるだけの訓練を行ってから族長としての責務と共に授けられるはずの能力。しかし祖父の死によって能力の引継ぎが発生し、叔父へと能力が譲渡され────更に叔父が殺されてツツジへと能力の譲渡が発生。其処からツツジが死んだ事でヒイラギにまで一気に能力の譲渡が行われた。

 本来なら、先祖代々が積み上げてきた知識と記憶も含め、次代の長である『頭脳』に引き継がれるはずのモノの大半は短期間で連続して起きた能力の譲渡によって欠けてしまい、ヒイラギの中にあるのはうっすらと残る数千年前の記憶と、微かに残る先代達の想いのみ。

 群れを守れ、皆を守れ、家族を、大切な者を守れ。其の為に『白牙』を使え、振るえ、その無垢な命を生贄と捧げ、群れの安寧を守れ。強く染みついたその執念にも似たモノがヒイラギの中に根付き始めた。────しかし。

 

「もう守るモノなんかねぇよ……」

 

 既に守るべき群れも、家族も居ない。いや、家族は居るだろう。

 守るべき家族は────生贄と捧げろと囁かれる『白牙』のみだ。

 

「なんで……普通じゃなかったんだろうなぁ」

 

 もし普通の家族なら、今頃お礼なんてさっと言い放って久々に会ったという事でどんなことがあったのか、神はどんな奴なのか、ファミリアはどんなところなのか、そんな話題で花を咲かせていたかもしれないというのに。

 ヒイラギの深い溜息が密林の中に消えて行った。

 

 

 

 

 

 船団の止まる小高い丘。

 風に揺れる【恵比寿・ファミリア】のエンブレムである宝船が描かれた旗を見上げたカエデは静かに後ろを振り返る。

 距離を置き、ヒイラギがペコラとジョゼットに挟まれて立っているのが見え、俯いた。

 妹を怖がる事、それがなんとなく申し訳なく、やるせない気分にさせられる。

 

「あー、ちょっといいかい?」

「なんだい?」

「いやね、ヒイラギちゃんとカエデちゃんを同じ船に乗せるの怖いから別々の船に乗せたいんだけど、いいかな?」

 

 モールの言葉にフィンは顎に手を当ててカエデとヒイラギを見てから頷く。

 

「条件はあるけれど、それで構わないよ」

「ああ、【ロキ・ファミリア】の人員もヒイラギちゃんの傍に着けるっていう話ね、別に構わないよ」

 

 ニコニコとした笑顔で言い切るモールは追加で色々と条件を加えてできうる限り【ロキ・ファミリア】の警戒を薄めようと最大限の努力をしている。それを見ながらもフィンは小さな勘を頼りに警戒心を引き上げる。

 

「という訳でヒイラギちゃんが乗る船には非戦闘員の恩恵無しの団員しかのせない。そっちは【スウィート・ララバイ】と【魔弓の射手】の二人を護衛として乗せる。カエデちゃんの方は君と【ヴァナルガンド】が乗る。其れで構わないかな?」

 

 ヒイラギを強引に攫う真似をしない為、ヒイラギの乗る船に【ハッピー・キャット】は搭乗せず、非戦闘員である神の恩恵を授かっていない者だけで固める。そうする事で彼らがヒイラギを攫わないとアピールする事が目的なのだと知りつつもフィンは笑みを浮かべて頷いた。

 

「それで構わないよ」

「よし、じゃあヒイラギちゃんにあっちの船に乗る様に指示をお願い。君たちはこっちの船に……はぁ、帰りはとりあえず僕たちの船が寄港して【トート・ファミリア】の人たちを回収するからよろしく」

「わかったよ。ベート、ジョゼットに伝えてくれ」

「……なんで俺が」

 

 面倒くさそうにバリバリと頭を掻きながら歩いていくのを見送ったカエデは静かにモールに近寄って質問を投げかけた。

 

「あの、大丈夫なんでしょうか」

「何がだい?」

「……戦闘員無しだと、危ないんじゃ」

 

 戦力を偏らせることを危惧するカエデに対しモールはヘラヘラと笑いながら答えた。

 

「いや、もともと僕達って戦力的に大差ない人多いから気にしなくていいよ。駆け出し(レベル1)が4、5人いるぐらいだし」

 

 数十人単位の【恵比寿・ファミリア】の構成員が居る中。彼らの中で戦闘が行える第三級(レベル2)に達している者は2人。残りの者も8割が恩恵を授かってすらいない非戦闘員。

 つまるところ偏る処か元からまともな戦力なんて居る訳も無い。代わりに【ロキ・ファミリア】が護衛についているのだ。

 

「だから気にしなくていいよ」

 

 その言葉を聞いたカエデは尻尾を鷲掴みにされる感覚を覚え、フィンに小さく呟いた。

 

「あの、全員一緒の船の方が……」

「カエデ?」

「なんとなく、()()()()()()()()です」

 

 勘が囁く。尻尾を鷲掴みにし、勘がカエデに知らせるのだ。全員同じ船に固めるべきだと。

 彼女の言い分にフィンは静かに考えこみ、頸を横に振った。

 

「流石にそれは危険過ぎる。確かに戦力の分散は避けるべきだけど、空を行く船が攻撃されるとは思えない」

「でも……」

「何話してんだよ」

「ベート、伝えてきてくれたのかい?」

「ああ、あっちの船に乗り込むんだとよ……それよりも、なんかおかしくねぇか?」

 

 ベートの言葉にカエデが首を傾げ、フィンは親指をちらりと見てから返した。

 

「何処がだい?」

「……なんつうか、風がおかしい」

 

 ベートの言葉に二人が周囲を見回し、気付いた。

 

「風向きが変わってる?」

「こんな風、初めてです」

 

 密林から吹き降ろす風。周囲が密林特有の湿り気を帯びた空気に染まっている。

 季節的に不自然な風向きの風にフィンが静かに考えこんだ所でモールの声が響き渡った。

 

「おーい、早く乗り込んでくれよ。もう出港準備は出来たよー」

 

 急ぎ乗り込むさ中、カエデは別の船の甲板から悲し気に自身を見つめているヒイラギの視線に気付き、顔を伏せて視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 船に乗り込み、出航する為に船を上昇させ始めた所で風向きに異常があるとフィンがモールに伝えた所、彼女は驚きの表情を浮かべたのち、納得したようにポンと手を打って苦笑した。

 

「いや、ごめん。言ってなかったね。この風向きは僕が操ってるんだ」

「……風向きを操る?」

「あー、まぁいいか。恵比寿からは教えても良いって言われてるし」

 

 モールは静かにうんうんと頷いてからカエデに微笑みかけて口を開いた。

 

「古代の力を引き継ぐ人の事を僕らは古代の欠片(フラグメント)って呼んでるんだ。『黒毛の巨狼』の一族の持ち合わせる『思考共有』や『頭脳』『白牙』なんかだね」

 

 唐突な話題にカエデが首を傾げる中、モールはクスクスと笑いながら自身を指さした。

 

「実は僕も古代の欠片(フラグメント)なのさ」

「……つまりどういう事だ」

 

 ベートの急かす言葉に彼女は肩を竦めながら口を開く。

 

「んー、僕の『幸運を操る能力』っていうのは実は神の恩恵(ファルナ)によるモノじゃないんだよ」

「つまり君のソレは元から持っていたモノだと?」

 

 【幸運の招き猫(ラッキーキャット)】モール・フェーレースの二つ名の元となった幸運を操る能力。それは神の恩恵を授かった事で発現したスキルではなく彼女が生れ落ちたその瞬間から持ち合わせていた異能そのものだという。

 それはカエデ・ハバリが持ち合わせている『白牙』や、『頭脳』の血筋によるものと同じ。かつて精霊と契約を交わし、血を授かった事で得られた能力。現代では薄れてほぼ顕現する事の無くなった異能。

 『魔剣のクロッゾ』の様に神の恩恵によって発露する事もあれば、先祖返りによって突然発露する事があるのだ。

 そして彼女はそんな先祖返りによってかつて彼女の血筋が得た精霊の力の一部『運命操作』の異能が発露した。してしまった。

 

「そうだね。この異能を認識したころは酷かったよ。だって()()()なんて言われてたからね」

 

 無意識に彼女は周囲の幸運を奪い去る。村に飢饉が訪れても彼女だけはなぜか飢えない。村に疫病が蔓延してもなぜか彼女だけは疫病に犯されない。なぜか彼女の起こす行動は全て上手くいく。なぜか彼女の周囲に居ると不幸な出来事が起きる。

 最初はささいな事から、能力を自覚したころには人死にが出る程に。彼女の周囲は悪運に苛まれ、彼女一人だけが幸運に見舞われた。

 それが原因でモール・フェーレースという少女は村八分となったのだ。

 見かければ石を投げて追い払おうとされる。けれども石は決して彼女に当たらない。下手をすれば投げた者に跳ね返る。中には彼女を殺そうと短剣を片手に彼女に迫った者もいた。なぜかその短剣はその人物の眉間に深々と突き刺さり、襲撃した側が死亡するという謎の現象も起きた。

 それは全て彼女が持ち合わせていた『運命操作』の異能によるモノで。

 

「結果として僕の双子の兄、カッツェ以外は僕に近づかなくなっちゃったのさ」

 

 村八分。唯一自分の傍に居るのは兄一人。父母ですら怯えて近づかなくなったモールにただ一人向き合ってくれた血の繋がった兄。

 妹が不当な扱いを受けていると声高らかに叫び、結果として妹共々村から追放されるという結果になったが。

 

「最初にカエデちゃんを見たとき咄嗟に助けようとしたのもそういうのがあったからなんだけど。まぁソレはどうでも良い事かな」

 

 重要なのは今のモールは()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

「……異能は制御できるのかい?」

「出来るよ。もちろん、ヒイラギちゃんの『頭脳』も制御可能さ、彼女の場合は突然の発露の所為で制御で来てないだけでしっかりと訓練すれば大丈夫だよ。知識は少しは引き継いでるみたいだし」

 

 彼女曰く。ヒイラギの能力制御をモールが教えることで気兼ねなく会話を交わせるようにしてあげるつもりだったらしい。

 かつて先祖が持っていた精霊との繋がりによる異能。それが原因で振り回されて家族と引き剥がされるという経験をしたのはカエデやヒイラギだけではない。

 

「実は知られていないだけで結構いるんだよ? あ、そうそう。僕って実は結構凄い血筋だったりするしね」

 

 神々が熱狂した彼の大穴の蓋建造に関わった者の殆どは精霊の血を授かり、異能を手にしていた。

 唯一完全に異能を手にしていなかったのは狐人ぐらいであり、ヒューマンの英雄ですら精霊との契約を交わしていたのだ。

 

「僕の血筋は『運命操作』と『天候操作』を可能にする精霊の力を得た猫人なんだよ」

 

 遠い昔から続く血脈。先祖返りによって突然発露した能力。それによってフェーレースの家系はかつてあの建造劇に参戦した一族の末裔であると発覚した。

 だからと言って良い事があったとは言い難いが。

 

「その天候操作っていうのはどの程度のモノなんだい?」

「あー、勘違いしないで欲しいんだけど。運命操作の方は結構精度が高いんだけど天候操作はせいぜい曇りにするとか風向きを変えるので限界だよ。いきなり大嵐を呼び出して『神風』染みた真似はできないのさ」

 

 それに加え、一週間に一度、必死に集中してようやく出来るか出来ないか五分五分といった程度。さらに付け加えると天候変更に成功しても意図した形になるかはさらに五分五分。この成否は運命操作による成功率の上昇の影響を受けない。其の為、彼女もうまく使いこなせてはいない様だ。

 

「要するにうまくいくように願いはしたけど、ちょっと失敗したね」

 

 彼女の意図はあくまでも地上から船団の姿を隠せる雲を大量に呼び出そうとしたのであって、風向きを変更したい訳ではなかったのだ。

 

「まあ、山脈方面から雲が流れてきてくれてるし、あの雲に隠れてオラリオまで行こうか」

 

 ある意味では幸運だったねと笑うモールの姿にフィンは深い溜息を零した。

 能力の秘匿は各々のファミリアでは当然である。中には仲間にもステイタスを見せない程のファミリアも珍しくない。そして他のファミリアに能力を教えるなんて事は普通はしないのだ。

 彼女が能力についてペラペラと喋るのは警戒を強める【ロキ・ファミリア】に対し【恵比寿・ファミリア】の信頼を取り戻そうとしているからだろう。

 その言葉に嘘が無いと判断したフィンはモールに笑みを向けた。

 

「教えてくれて感謝するよ。それで、ヒイラギの能力制御にはどれぐらい時間がかかるんだい?」

「んー? コツさえ掴めれば今すぐだよ。僕も恵比寿がちょいちょいっと教えてくれただけで不思議と制御できたし。天候操作は血が薄いのかそっち方面は全然だけどね」

 

 モールの言葉にカエデが顔を上げて彼女を見つめる。

 

「あの、もし、もしもその制御が上手くいけば……」

「勘違いしちゃダメだよ。あくまでも現状は全ての言葉がキミにとっての命令になっちゃってるだけで、制御できたらその能力が消える訳じゃない。何時でもどこでも、彼女は()()()()()キミを壊せるって事は忘れない方が良い」

 

 異能に苦しめられた事のある先達の言葉にカエデは静かに俯いた。

 モールは申し訳なさそうに両手を合わせて謝る。

 

「ごめんね。脅す様な事を言っちゃって。でもキミの為でもあるし、同時にヒイラギちゃんの為でもある。僕だって能力の制御はできてるけど、やっぱり感情が高ぶると時々暴走気味になっちゃうし」

 

 運命操作が暴走すれば被害は絶大になる。それこそ親しい家族ですらその能力の餌食となって幸運を吸い上げられて命を落とすなんて珍しい事ではない。

 かつて古代の時代に精霊が人々に授けた異能の数々。それはどれもこれも一癖も二癖もある強力なモノばかりだ。

 

「『魔剣のクロッゾ』『幸運のフェーレース』『巨狼のシャクヤク』、他にも僕の知る限りではやっぱり碌な事になってないのは多いよ。まあ『魔剣のクロッゾ』は自業自得だけど」

 

 精霊から力を授かっておきながら精霊を蔑ろにする行動をとったのだからむしろ呪い殺されないだけはるかにマシである。

 

「他には……まぁ、知ってるかは知らないけど『聖唱のカルネイロ』も実は精霊の加護を受けてたりね」

「……ペコラもなのかい?」

「知らなかったかい? 『射手のミザンナ』もそうなんだけど、神ロキは其処ら辺わかってて彼女を眷属にしたものだと思ってたんだけどね」

 

 『聖唱のカルネイロ』。ペコラとキーラの祖先は過去に歌声を司る精霊と契約を交わし、その血を授かった。

 『射手のミザンナ』も同様。精霊の契約によって特殊な力を授かっている。

 もっとも彼女達の場合は血が薄れており恩恵を通じ、なおかつその異能の一端でしかない部分しか振るえないのだが。モールの様に先祖返りをして能力を十全に扱える訳ではなく。カエデやヒイラギの様に血筋を守り続けた事で今なお強力な異能を残すわけでもない。

 

「って事は【剣姫】についても知らないのかい?」

「アイズも、精霊の血を?」

「あれ……恵比寿は神ロキが血族集めしてるって言ってたけど、もしかして無意識?」

 

 いつの間にか雲の上にまで上昇した船団をちらりと見てから、モールは顎に手を当てて考えこもうとし、【恵比寿・ファミリア】の団員に声をかけられて話をやめた。

 

「団長、いつでも移動可能です」

「あー、じゃあ進路を近場の街に、寄港するのはこの船だけで他の二隻はとりあえず上空待機で」

「了解。機関起動、帆を張れっ!」

 

 ゴウンゴウンと独特の震動が強まり、風を受け止める帆が張られて船が静かに動き始める。

 街の方面に進路を向けた船団が進み始めた所でモールは再度フィンの方を向いて口を開いた。

 

「ともかく、今この場で話しても仕方ないね。とりあえず君の所の主神が『精霊の血筋』集めしてる訳じゃないのはわかったよ……にしては結構ピンポイントで集めてる気がするんだけどね」

 

 彼女の言葉にフィンは苦笑した。

 ロキが意図してか無意識にかはわからないが、主神の集めた眷属の中にはそれなりに『異能』を持つ、または発露させる可能性のある者が居ると知って肩を竦めた。

 

「そういえば【凶狼(ヴァナルガンド)】も異能持ちの可能性はあるけど……その様子だと発露には至ってないみたいだね」

「どう言う事だよ」

「キミの一族。『平原のローガ』ってそこそこ有名な血筋、だったんだけどねぇ」

 

 流石に全員が全員異能を発露させている訳ではない。

 異能の発露には相当な運が必要であり、カエデやヒイラギの様に血筋を頑なに守り続けていたのならまだしも、モールの様に突然先祖返りが起きて発露するなんて天文学的数字の確率になるだろう。

 神の恩恵を通じての異能の発露もやはり確率は非常に低いと言わざるを得ない。

 

「ハイエルフも実は精霊の血を授かったって言ってもわかんないかな」

「……一つ訪ねたいんだけど、もしかして【恵比寿・ファミリア】は【トート・ファミリア】よりも情報を持っているんじゃないかい?」

 

 情報収集と情報を広める事を主軸とした【トート・ファミリア】ですら知らない知識の数々をもちわせている【恵比寿・ファミリア】にフィンが警戒心を強める中、モールは頬を掻きながらつぶやいた。

 

「そりゃ恵比寿は()()()だしね」

 

 千年前、神々が最初に地上に降り立ったその日。神恵比寿もまた神々に交じって地上に降り立った。

 天界では相手にされなかった『商売』が地上で成り立つと知り、彼は地上で精力的に活動を続け、商売系ファミリアの中では最大規模となるまでに至ったのだ。

 その過程で様々な情報を手にするのは当然。むしろその情報すらも取引していた時期すらある。

 

「まぁ今は絶対に売らないけどね? 信用できる君たちだからこそ話すのさ」

 

 過去、恵比寿は情報を売り続けた。希少(レア)なスキルや魔法を発現させた冒険者の情報。

 英雄の血族と言われた者達の所在。珍しいモンスターの出現位置。ダンジョン内で得られるアイテムから作れる道具や武器について。

 様々な情報を得ては売る。積み上がるヴァリス硬貨を前に興奮を抑えきれなかった彼は最大級の失態を犯した。

 

「『闇派閥(イヴィルス)』に情報を売っちゃったのさ」

 

 神々を毛嫌いし、隠遁生活を送る英雄の血族。彼らの情報を『闇派閥(イヴィルス)』に売ってしまった。

 それが原因で英雄の血族は襲撃を受ける事となり、その数を激減させた挙句、その中には『黒毛の巨狼』の一族すら混じっていた。

 商売に目が眩み、本来なら秘匿すべき情報すら軽い気持ちで売り払った事が原因で『黒毛の巨狼』の一族が神々への襲撃事件を起こす事となった。

 

「あの事件は裏から闇派閥(イヴィルス)が手引きしていた。その原因は、【恵比寿・ファミリア】にあるのさ」

 

 だからこそ、今では『情報』は決して売らない。売り物として扱わない。

 恵比寿がかつて行った軽率な行動が、英雄の血族の大半を滅ぼすという最悪の結果に繋がり、ばらばらになった彼らが市井に紛れて姿を消す原因ともなったのだ。だからこそ、恵比寿はファミリアの団員に固く誓わせる。

 情報は武器であり、決して安易に売ってはならない。そも売り物として扱ってはいけない。情報を与えるのは本当に信頼した相手と、信頼してほしい相手だけにするべきだ。と。

 

「……つまりテメェらが原因で滅んだって事じゃねえか」

「四、五百年前の事で僕らが責められるのはちょっとお門違いって言いたいけど主神の所為と言えばそうだしね」

 

 苦笑したモールの言葉にベートが不機嫌さを隠さずに言い捨てた。

 

「はん、テメェらの失態を隠すためにあんな森の中に隠れ里なんかを作った癖に、あっけなく滅ぼされてんじゃねぇか」

「あはは、いや、笑い事ではないんだけど。僕らもしっかり警戒はしていたはずなんだけどね……」

 

 困った様に頬を掻くモールはカエデに視線を向けて真剣な表情で呟いた。

 

「怒ったかい?」

 

 かつて存在した『黒毛の巨狼』。彼らが『白牙』を嫌う原因となったのも恵比寿の軽率な行動が原因で、カエデが群れの中で爪弾きにされていたのも、やはり根本は恵比寿の軽率な行動が原因である。

 彼らは確かに群れを守ろうとはしてくれた。けれどもそれは恵比寿の贖罪としての行動である。

 それを今、この場で聞かされてどうすればいいのかカエデにはわからずに首を横に振った。

 

「わからないです」

「……そっか。族長の弟さんは凄く怒ってたんだけどね」

 

 スイセンという人物。いつも何かに怒っていてヒヅチにも当たり散らしていたあの人も、彼らに怒っていたのだと聞かされてカエデは困った様にフィンとベートを見た。

 今、この場でそれを聞かされてどうしろというのか。あの人が怒っていた、自分は怒りを抱けない。正確にはよくわからない。話が大きすぎて、過去とか、先祖とか、祖先とか、そんな事を聞かされても今が変わる訳じゃない。だからこそカエデは何も言えずに口を閉ざした。

 

「そっか。ごめんね、変な話を聞かせてしまって」

 

 モールが困った様に眉尻を下げて呟いた。

 ────その直後、爆音が響き渡った。

 船体が大きく揺れて帆柱(マスト)が大きく軋みを上げる。

 揺れる船体にしがみ付き、モールが大きく声を上げた。

 

「総員警戒っ! 何が起きたか報告を────なっ!?」

 

 彼女の命令が響く中、カエデが目にしたのは船団の内の一隻の船が火達磨になってもう一隻の船の前部(フォア)帆柱(マスト)中央(メイン)帆柱(マスト)にぶつかる光景であった。

 船体がぶつかった事で一瞬で二本の帆柱(マスト)がへしゃげおれ、船体が大きく傾いて人が投げ出されているのが目に入る。

 悲鳴を上げて堕ちていくのは【恵比寿・ファミリア】の非戦闘員。

 火達磨になっている船から引火した炎が後部(ミズン)帆柱(マスト)の帆を焼き始め、火達磨になった一隻はそのまま進路を変えて航路から外れ────暫くしてから地上から突き上げる様な炎がその船体を貫き、爆音を立てて粉々に砕け散った。

 

「嘘でしょ……此処、雲の上なんだけどっ!?」

 

 モールの悲鳴の様な叫びが響く中、カエデは慌ててヒイラギの姿を探す。

 炎上し操舵不能に陥った残った一隻。傾いていた船体が徐々に元に戻っていくさ中、その甲板でペコラに抱かれたヒイラギの姿を見て安堵の吐息を零した。

 

「不味い、地上から狙い打ちにされ────はぁ?」

 

 分厚い雲の上を飛ぶ船団。地上の様子は見えないが的確に狙撃された事で現状が非常に危険だと判断し速度を上げる指示を出そうとした次の瞬間、分厚い雲を突き破って無数の鳥が現れた。

 巨大な鳥、けれどもその姿は違和感を覚えるモノだった。

 まるで極東で使われる『墨』というインクで描かれた様な鳥が、まるで生きているかのように羽ばたいて空を舞っている。

 

「あれは、浮世絵? いや、違う。式だっ!? 不味いっ、総員戦闘態勢っ! 連装大型弩(バリスタ)用意っ!!」

 

 極東で使われる式。その背には人が乗っていた。

 皆一応に深紅の外套を纏った不気味な者達。彼らは【恵比寿・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の乗る残った二隻に狙いを定め、一斉に突撃してきた。


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