生命の唄~Beast Roar~ 作:一本歯下駄
『ヘファイストス様、俺が最初に出会った女性がヘファイストス様だったら、俺はヘファイストス様を愛したと思う。それぐらいヘファイストス様は素敵な女性だ。
でも、そうじゃなかった。俺がオラリオに来たのは愛した女の為で、そうじゃなければオラリオに来ようなんて思わなかった、オラリオに来なければ、ヘファイストス様と出会わなかった』
珍しく、似合わない困ったような笑顔を浮かべた眷属を見た。
『オラリオ』で冒険者が使う武具は、他の都市で手に入る物とは一線を画す。
神々が与える『
『発展アビリティ』とは、『基本アビリティ』とは毛色が異なり
『発展アビリティ』が発現するか否かは、積み重ねてきた【
剣を使い敵を倒し続ければ【剣士】の発展アビリティが、武具を使わず殴打等で敵を倒し続ければ【拳打】の発展アビリティが発現する
無論だが、発現するか否かは、やはり才能にも左右されるらしい。
正確には才能があれば少量の【
他には発現条件が決まっているモノもある。
有名な所で言えば《狩人》と言う発展アビリティがあるが。レベル2へのランクアップの時にしか得る事が出来ず、その条件は『短期間で同じモンスターを多数倒す事』である。
言うは易く行うは難し
才能次第であるともいえるが、才能が低ければ短期間に数千と言うモンスターを倒す必要がある。
才能が有ればそれこそ数十体倒すだけでも発現するが、そこまで才ある者はそれこそ神々が地に降り立った頃に数人居たぐらいで、以後はまったく出てこない。もしくは出て来た事に気付いていないだけか。
そして、どの『発展アビリティ』にも言える事だが、どれもこれも『基礎アビリティ』の上昇だけでは得られない程の効力を持つ。
その『発展アビリティ』の中には、《鍛冶》と言った発展アビリティが存在する。
そして《鍛冶》の発展アビリティを習得した者達が作成した武具は、神の恩恵を授かっただけの鍛冶師に比べ、数段優れている。
それこそ、レベル3の《鍛冶》の発展アビリティを持たぬ鍛冶師と、レベル2の《鍛冶》を持つ鍛冶師では、後者の方が数段優れた武具を打つ。
そんな《鍛冶》の発展アビリティを持つ眷属を数多く保有し『オラリオ』で、冒険者の武具を一手に引き受けている【ファミリア】が存在する。
【ヘファイストス・ファミリア】
天界では炎と鍛冶の神として知られ、鍛冶の神としては他の追随を許さないほどの技術を持っており、神々の武具も数多手がけてきたヘファイストスが主神を務める【ファミリア】が【ヘファイストス・ファミリア】である。
冒険者の武具と言えば? と問われればほぼ間違いなく名前があがるのが【ヘファイストス・ファミリア】であり、複数ある鍛冶系ファミリアの中において断トツで最上位に位置している。
探索系ファミリアで言えば【ロキ・ファミリア】ともう一つのファミリアが最上位を競い合い、
鍛冶系ファミリアで言えば【ヘファイストス・ファミリア】が最上位であるとされる。
ついでに言えば神の性格は良くないが【ディアンケヒト・ファミリア】も医療系ファミリアの中では最上位である。
性格の悪さ、と言う意味なら探索系ファミリアの上位二つのファミリアも負けてない所か、断言しても良いが、探索系ファミリアの主神の方が数億倍、悪い。
それは置いておくとして、【ヘファイストス・ファミリア】の武具はブランド武器としても知られ、主神ヘファイストスが認めた鍛冶師は己が作成した武具に主神の名を刻む事が許される。
そんなヘファイストス・ブランドは冒険者の間で最も信頼が厚い。
無論、他の鍛冶系ファミリアの信頼が無い訳ではない。【ヘファイストス・ファミリア】が圧倒的過ぎるだけだ。
【ヘファイストス・ファミリア】は『オラリオ』各地に分店を持ち、主神が居る本拠はファミリアの規模に対してかなり小さい。
鍛冶場を確保する関係もあるし、鍛冶場以外にも完成品の武具の販売も行わなくてはならない。バベルの塔の一部階層を貸し切って販売もしているのだが、各分店でも販売は行っている。
そんな【ヘファイストス・ファミリア】の本拠にあるヘファイストスの私室にて、ヘファイストスは大きなため息を吐いていた。
最後に手紙が届いてから約九年もの時が経った。
幾度と無く読み直し、擦り切れたその手紙は、過去に【ヘファイストス・ファミリア】に所属していたとある元眷属の青年がヘファイストスに自らの近況を伝えていた手紙である。
やれ村に着いただ、五年も待たせた恋人とようやく番になれたとか、村に腕の立つ剣士が住み着いていただの、とにもかくにも色々な事が羅列されていた手紙を、毎月の如く送ってきていた元眷属の青年から一か月に一通届いていた手紙は、ある時を境に手紙は来なくなった。
もう一度、最後に届いた手紙を読み返す。
俺が彼女の次に愛した神ヘファイストス様へ
もう直ぐ子供が生まれます。名前を何にするか決まりました。
男の子なら辛抱強さの意味を持たせてアジサイ、女の子なら優しい心の意味を持たせてアイリスと名付けようと思います。
村外れに住む居候には『オヌシの様な騒がしい男が、女々しい名付け方とは……奇想天外とはこの事じゃろうな』なんて言われました。凄く失礼な奴ですよねヘファイストス様。嫁は『とても良い名前ね』って一緒に喜んでくれたんですが。
それとは別に、俺も鍛冶師として子供に剣を作ってあげようかと思うんですよ。
それで剣に何て名前をつけようか考えて『アジサイ☆スペシャルソード』とか『アイ・ラブ・アイリス☆ブレード』って名前にしようと思ったんですよ。
それで居候の奴にこんな名前はどうだ? って聞いたら
『なんじゃそんな持っていて恥ずかしい名前の剣は……
なんて適当に言うんですよ! 子供に持たせる父親からのプレゼント、もっと良い名前にしたいじゃないですか! ヘファイストス様だって俺の名付けには『センスが光ってるわね』って褒めてくれましたよね!
もう一か月もしない内に子供が生まれますし、子供が生まれたらオラリオに遊びに行こうかと思ってたんですが、嫁と居候にめちゃくちゃ怒られました。
生まれたばかりの赤ん坊がオラリオまでの旅路に耐えれる訳無いと、もし病に倒れたらどうするって怒られました。反省します。
それで、俺の子供が10歳になったら一緒にオラリオに遊びに行きますんで、歓迎してください!
俺の子供なんで絶対可愛いですよ!
元ヘファイストス様の眷属:ツツジ・シャクヤクより
手紙を閉じる。
色々と言いたい事はあった。
花言葉に重きを置いて名づける等、あの元眷属にはまったく似合っていない。その居候と言う人物の言葉には迷わず同意してしまう。まさに奇想天外だ。
そもそもがツツジ自身の名も意味は『慎み』を意味していたと聞いた事がある。
あの眷属が慎み? 騒がしく、自分勝手で、やりたい放題を尽くしたあの眷属が?
名は体を表すと言うが、それが似合わないのもあの男の特徴とも言えるのだが……
それに、剣につける名前にしても
なんというか、腕の優れた鍛冶師は自分の武具に
良い名前をつけてあげたいと言うのは解るのだが……もしかして私にも責任はあるのだろうか?
最期の最後まで『センスが光ってるわね』なんて名づけのぶっ飛んだセンスについて誤魔化し続けた所為でもあるのだろうが……キラキラした目で「『スラッシュ☆ブレード』って名前付けました! かっこいいですよね!」と尻尾を振りながら部屋に飛び込んでくる眷属に、ヘファイストスは「酷い名前ね」なんて声はかけられなかったのだ。
そして生まれたばかりの赤ん坊を連れてオラリオに来ようとした事、嫁も居候も言っている事は正しい。ヘファイストスだって怒るだろう。
生まれたばかりの赤ん坊を見てみたい気もするが、旅路のさ中に病に倒れられでもすればヘファイストスも気分が悪い。
その子が10歳になり、オラリオに訪れたのならそれこそ歓迎会を開いても良いと思っていた。
あの騒がしくも愛おしい元眷属の子供の姿はまったく想像がつかないし、常々「愛してるぞおおおおおお」と叫んでいた元眷属の妻の姿を知らないのも相まって想像がつかない。
それでも、間違いなく可愛い子を連れてくるのだろうと、その手紙が届いた日の夜に思っていた。
一か月後、子供が生まれて余計騒がしさが増す事を予想していた手紙は届かなかった。
子供が生まれ、手紙の存在を忘れてしまったのだろうか?
ありそうと言うか、普通にその可能性が高すぎて笑ってしまった。
半年後、手紙は届かなかった。
子供にかかりきりになっていて忙しいのだろう。
あの騒がしい男の子供、いったいどんな子が生まれたのだろう? そんなわくわくした様な気持ちのままだった。
一年後、手紙は届かない。
生まれてから一年、まだ手がかかるのだろう。手紙を書く暇は無いのかもしれない。
もしかしたら私の事を忘れてしまったのだろうか? あの眷属は約束を破らない。
『ヘファイストス様の事は忘れない』と口にしていた以上それはないか。
二年、手紙は届かない。
そろそろ手紙を思い出しても良い頃合いだろうと、その場に居ない元眷属に苦言を呈したくなった。
五年、手紙は届かない。
ヘファイストスから手紙を送る事は無かった。オラリオを訪れる行商人を通じて手紙を送ってきている眷属の事だ、どこかでトラブルでもあって手紙が届いていないだけなのだろう。
九年、未だに手紙は届いていない。
子供はどうなったのか? そもそもが無事なのだろうか?
オラリオの外に住んでいる以上、ヘファイストスから直接出向いて伺う事は難しい。
ヘファイストスはオラリオ最大の鍛冶系ファミリアの主神だ。
おいそれとオラリオの外に出る事が出来ない。
高い壁に囲まれ、凄腕の冒険者がオラリオ周辺のモンスターを駆逐して安全が約束されたオラリオと違い、オラリオの外に住んでいる元眷属の村は常にモンスターの危険に晒されていると言っても良い。ダンジョンの中のモンスターよりは弱いとは言え、モンスターによって滅ぼされる村は珍しくない。
モンスターに襲われたのだろうか?
村に住みついて居た居候と言う女性は腕の立つ剣士だったらしく、村に近づくモンスターを片っ端から追っ払っていたそうだが……
それに、あの青年も元とは言え眷属でしかも
それとも流行病にでもやられたのだろうか? たしか3年程前に一部地域で流行病で大勢の人が死んだと言う風の噂を聞いた気がする。
元眷属の青年は大丈夫だろう。だが嫁や子供が流行病に倒れた可能性は十二分にある。
心配で仕方が無い。
ヘファイストスは受け取るばかりで手紙を眷属に送った事は無かった。
此方から手紙を送ってみようか? ……いや、やめよう。
あの青年が、目的を達成したからファミリアを抜けたいと申し出た時、ヘファイストスは引き留めようとした。
来る者拒まず、去る者追わずの姿勢だったヘファイストスにしては珍しく、言葉だけでなく行動で、引き留めようとした。青年は迷う事無く拒んだ。毎月手紙書くから、行かせてくれ。と
【ヘファイストス・ファミリア】に入団希望者が現れた時、ヘファイストスはある剣をその希望者に見せる。
ヘファイストスが下界に下りてきて、
ヘファイストス自身でも、最高の出来であると断言できるその剣は、数多くの人の鍛冶師を魅了し、神の領域に少しでも近づきたいと駆り立てた。
そんなヘファイストスの鍛冶の技術に惹かれ集まり、出来たのが【ヘファイストス・ファミリア】である。
その剣を入団希望者に見せて反応を見るのだ。鍛冶師であるのなら、何かしらの反応を示すし、その剣に何かしらを抱く。それを見て入団させるか否かを決めるのだ。
そして、その剣に、数多くの鍛冶師が挑戦してきた。
挑戦法は野蛮にして簡素、ヘファイストスが作り上げた剣に、鍛冶師が作り上げた最高の剣を振り下す。只それだけ。
数多くの鍛冶師の作り上げた最高傑作と打ち合い続けてきた。
折れる所か、欠ける事も無く。幾数万本以上、人の子の鍛冶師が作り上げた最高傑作を砕き、へし折ってきた。
最初は良かった。
剣が折れればより良い剣を、そうやって眷属達は頂に立つヘファイストスを目指し、剣を打ち続けてきた。
そんな風に努力を続ける子供達がとても愛おしかった。
だが、長くは続かなかった。
ヘファイストスの剣に追いつけない。自分ではその鍛冶の頂に辿り着けない。
最初に集まった眷属達の剣を折り続けた剣は、何時しか眷属の心すら圧し折ってしまっていた。
入団直後は、やってやると意気込んでいた。
中にはもし打ち勝てたらヘファイストスと結ばれたいと望む眷属も居た。
ヘファイストスも、もし剣に打ち勝った眷属が居て、それを望むのならば構わない。そう答えた。
そんなやる気に満ち溢れた眷属達のやる気が徐々に焦りに変わり、最後には言うのだ。
「自分には出来なかった」「やはり神様に追いつくなんて無理だったんですね」と、
泣きながら、自分には無理だと言い。ヘファイストスの元を去った眷属はどれぐらい居ただろうか?
ヘファイストスはそんな風に心折られ去っていく背中の一つ一つを余す所無く思い出せる。
人の身に落ちて打った剣だから、貴方達でも到達できる。 そんな風に子供に声をかける事は出来なかった。
結成直後からずっと、眷属に頂を抱かせ、頂を目指す眷属達の剣を、心を圧し折ってきたその剣を、折った鍛冶師が居た。
その鍛冶師が作る作品はいずれも耐久力、ただその一点のみに特化した剣を生み出す鍛冶師だった。
刃が毀れても、欠けようとも、折れる事だけは決してない剣。
使い手を置いて剣が折れる事だけは無い。そんな思想の元に剣を打ち続けた鍛冶師で、神々が認め、ヘファイストス自身も認めた。
二つ名も
最終レベル4『
その鍛冶師が打った剣は、切れ味や威力は他の準一級鍛冶師の生み出す剣には劣るが、耐久力、ただその一点だけは一級鍛冶師ですら超える事が出来ないと言われている。
【ヘファイストス・ファミリア】に入団し、ヘファイストスの作り出した儀式の剣を圧し折った張本人。
剣を折った後は、故郷にて待つ恋人の元に帰ると足早にヘファイストス・ファミリアを去った男。
ヘファイストスは【ロキ・ファミリア】から届いた「明日、お気に入りの子を連れて行くでー」と書かれたロキからの手紙を見てから、もう一度溜息を吐く。
眷属が手紙を届けに来る度に、ヘファイストスはツツジの手紙かと期待して、違うと理解して溜息を吐く。
明日、ロキが訪ねてくると言う予定を頭に入れて、ヘファイストスは手紙を入れた箱を撫でて夕暮れに彩られた町並みに視線を落とす。
「手紙、遅いわね」