ビスマルクと甘くて苦い日々   作:あーふぁ

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幼馴染ビスマルクと過ごす昼休み

 休み時間より授業中のほうが心が落ち着くという変な時間が終わり、昼休みになった。

 解放感に満ちた教室はすぐに話し声で賑やかになり、それぞれ持ってきた弁当を広げたり購買や食堂へ走っていく姿が見られる。

 いつも弁当を持ってきてない俺はカバンから財布を取り出して立ち上がり、ズボンのポケットへとねじりこむ。

 その時にいつもは女友達と一緒に弁当を食べる摩耶が珍しく俺のところへやってきた。

 胸元でぶんぶんと手を振りながら気分よさげにやってきた摩耶は俺の手首をつかむと、そのまま教室へ出ていこうとする。

 

「購買に行こうぜ」

「なんだ、おごってくれるのか」

「ユウがな」

 

 すぐに言い返そうとしたが、授業前にビスマルクで怖がらせてしまった礼に買ってやってもいいかと考える。

 掴んできた摩耶の手を振りほどくと、摩耶の横に並んで雑談しながら急がずに歩いて購買へと行く。

 購買は混んでいて、人が密集しているなかで俺はパン2つとお茶を買うことができた。それに加えて自分と摩耶用である宮城県名物な笹かまぼこを1個ずつ買った。

 一緒に笹かまぼこを食べながら教室へと戻る途中、廊下のスピーカーから放送の声が聞こえてくる。

 放送の内容は教師が俺を生徒指導室へと呼んでいるとのことだった。

 にんまりと楽しそうなものを見つけたとばかりに笑みを浮かべた摩耶は俺の脇腹をつつくと、ずいぶん楽しそうにいってくる。

 

「お前、なんかやったのか?」

「普段から品行方正な俺が呼び出されるようなことをするとでも?」

「あー、お前なら見えないようにやるもんな」

 

 見えても見えなくても裏表のない俺はそんなことは滅多にしないし、ちょっと考えても心当たりはまったくない。

 自分の無実を確信した俺は、ふざけて摩耶の背中を軽く叩くと、摩耶へと背中を向けて生徒指導室へと向かおうとする。

 

「……なぁ、あたしもついていこうか?」

 

 先ほどまでの楽しそうな声ではなく、摩耶の心配する声が耳に届く。

 いい友達を持ったな、と静かな嬉しさが心に満ちていく。でも俺は手を振っていらないというしぐさをし、1人で生徒指導室へと行く。

 

 

 

 本校舎から人が少ない別の校舎へと行き、生徒指導室前に行くと、そこにはなぜかビスマルクが冷たい目を俺に向けて待っていた。

 手には購買で売っている和食弁当をと笹かまぼこをふたつ持っていて、俺はクールな雰囲気を持っているビスマルクの様子に落ち着かないまま、前までやってきて止まる。

 普段から家で見るダメ姉な様子とは違って緊張してしまう。

 一瞬だけ俺とビスマルクは見つめあうが、ビスマルクの不満を感じられる視線に耐えられず、横を通り抜けて生徒指導室の扉へと手をかける。

 

「そっちじゃないわ」

 

 ビスマルクの横へ来た途端、言葉がすぐ耳元で響く。

 背筋に寒気がくるも、悪いことをしていない俺はおびえないように気を強く持つ。

 

「呼び出されたんだが」

「あれは私が先生に頼んだのよ。別に脅迫や無理を言ったわけじゃなくて、個人的な貸しを返してもらっただけで合法的にね。それじゃ、ついてきて」

 

 そう言ってから俺に背を向け、颯爽と歩きだす。その背中は俺が当たり前についてくるものだとの自信が感じられる。

 困惑する俺はそっと生徒指導室の扉を開けようとするが鍵がかかっていた。

 だからビスマルクの言っていることが本当だと思い、俺にウソをつく必要性も感じられなかったことから、何も言わずに後ろをついていった。

 少し歩き続けると、そこは空き教室がある場所。

 ビスマルクはポケットから鍵を取り出し、慣れた感じで開けると俺へと目を向け『入れ』と無言の圧力を感じる。

 からかう隙もないまま、俺は空き教室へと入った。

 そこは空気が少しばかり止まった場所で、部屋の中央あたりに机と椅子がそれぞれ4つずつ置いてあった。

 人が時々やってきているのか、もう使われいないはずなのに汚れている感じはしない。

 

「ユウ、ここに座りなさい」

 

 教室を見回していた俺に、ビスマルクは机を前向きに向かい合わせて、ふたつくっつけた場所へ来いと目で指し示してくる。

 その目で指し示した指示に従い、机の前にある椅子に座ると、持っていたパンとお茶を机へと置く。

 同じようにビスマルクも向かい側に座って弁当とお茶を置くと、笹かまぼこをひとつ俺の前へと置く。

 

「食べましょうか」

「あぁ」

 

 だが俺はかまぼこには手をつけず、今に限ってはビスマルクに警戒し自分の持ってきたパンだけを食べ始める。

 ビスマルクは俺が最初にかまぼこを食べなかったことに不満のため息をもらすが、俺はなんだ怖いビスマルクには視線を合わせずに教室の窓の外へと視線を向ける。

 朝から降り続けた雨が今では小雨になったのを見ていたが、ビスマルクが俺を見ている強い気配を感じた。

 だからビスマルクへと顔を向け、用件を聞こうとした。

 その時に見たビスマルクは今までと違って、なんだかゆるんだ感じになっている気がする。

 箸を持ち、なんでもないように弁当を食べ続けていたが、口へと持っていくごはんや野菜炒めをこぼす回数が多い。

 それを見ていると、食事を進める手を止めたビスマルクは箸を置くと、じっと見つめてくる。

 これは久々に怒られるかな、と深呼吸をして心構えをする。

 

「お姉ちゃんのこと、かっこいいと思えたかしら?」

「……なんだって?」

 

 今までのクールな様子とは変わり、上目遣いで不安そうに見てくる様子はかわいすぎてヤバい。

 これがいわゆるギャップ萌えというやつなのだろうか。

 かわいかった、と言わないように理性で感情を抑え、変なことを言わないように努力する

 

「だって、ほら。あの摩耶って子を『摩耶ねーちゃん』って呼んでたじゃない。だからユウには姉である私のかっこいいところを見せなきゃと思って。毎朝ユウに見せている、ゆるんだ私だけじゃないってとこをね」

「それでわざわざ呼び出したのか」

「また私が直接行ったらユウの迷惑になるでしょ? 1年生の教室に3年生が行くだけでも注目があるのに、生徒会長である私がわざわざ行くだなんて。それにあの子と比べられるかと思うと……」

 

 俺を心配して教室へと様子を見に来たというのに、いまさら迷惑かと悩むだなんて。

 それに比べたとしても、ビスマルクはビスマルクであり、それ以外の何物でもない。ただ1人の姉だ。そんなことでビスマルクが悩んでいるのは、腹が立ってしまう。

 1個目のパンを食べ終えた俺はあきれたため息をつくと、ビスマルクの顔へと軽くデコピンをする。

 

「あいたっ」

「どうやっても迷惑になるんだから、お前の好きなようにすればいいじゃないか」

「それってどういうことよ」

「今まで学校での接点がなかったのに今日から話をするようになれば、まわりが驚いてあたりまえだろ。それに今さら迷惑がちょっとくらい増えたって問題ないさ」

「そういわれると姉としての威厳が―――」

 

 俺は笹かまぼこの包装された袋を開けると、ビスマルクの喋ろうとした口へと突っ込んだ。

 

「お前の好きなようにやればいい。迷惑だったら俺ははっきり言うからな。姉の威厳は別なところでやってくれ。朝は1人で起きるとか、そういうのでいいんだ」

 

 不満そうな表情になるビスマルクだが、静かに口へと入れられた笹かまぼこを食べていく。

 はじっこまで食べていくと俺は手を離そうとしたが、ビスマルクはそれを手で上から強く押さえつけてくる。

 ビスマルクの手から逃げられないままでいると、食べ終わったビスマルクが今度は俺の人差し指の指先を口に含み、舌先で丁寧に舐めてくる。

 その瞬間に感じたものは快感だった。背中にゾワゾワとする感じは頭のてっぺんからつま先まで行き、体が動けなくなる。

 静かな教室にはビスマルクが指を舐める音だけが聞こえ、俺はされるがままに。

 でも長く感じたそれも10秒ぐらいで終わった。

 ビスマルクが俺の指先から口を離すと、指と口のあいだに粘りを持った唾液が糸を引いた。

 それを見て、ビスマルクはハンカチで俺の指を拭いてきて、次に自分の口を拭く。

 

「ユウの言うとおりね。今のように姉が好きなようにやることに弟は反対しないのが当たり前と決まっているのよね」

「いや、これは違うだろ……」

 

 お互いに顔が赤くなり、俺の心臓はバクバクと大きな音を感じる。

 今のビスマルクはとても色っぽく見えてしまって仕方がない。

 学校ではクールな騎士姫さま、なのに自分の前だけこんな姿だということに興奮しないわけがない。

 色っぽく見えるビスマルクから理性を持ってして視線を離し、すぐに2個目のパンを食べ始めて精神を落ち着かせようとする。

 弟として扱われているのだから、男らしい変な部分を見せると信頼を裏切るような気がして。

 

「で、ここまで連れてきた用件はなんだ」

 

 パンを食べ終わる頃には興奮も落ち着き、冷静になった頭で聞く。

 ビスマルクはまだ弁当を食べていて、首を傾げて何を考えたかと思った瞬間には、箸でごはんを持って俺の口へと差し出してくる。

 

「さっきも言ったけど、学校で姉らしいところをユウに見てもらうためよ。ほら、口を開けなさいよ」

 

 指を舐めたり、食べさせるのが姉らしくなるのかと疑問に思う。でもこの真面目に考えたビスマルクの考えを断るわけにはいかない。

 なぜなら、俺は弟だから。

 言われるままに口を開け、ごはんを食べていくとビスマルクはすごく嬉しそうになる。

 そのまま残り全部も食べさせられ、予定より膨れたお腹になって食事が終わった。

 満足そうなビスマルクだが俺は思うことがある。今までは姉らしくあろうとしても、行動にはなかなか移さなかった。

 それが今日、学校で普通に接するようにし、摩耶と出会ってしまったがゆえに不安にさせたんじゃないかと思う。

 俺だって目の前でビスマルクが弟のような人と一緒にいたら、今の状況と同じようなのをやるかもしれない。

 だからビスマルクを不安にさせてしまったお返しとして、ちょっとだけ甘やかしてしまおうと思う。

 

「今日は一緒に帰ろうか」

「……かわいい弟の頼みなら仕方がないわね! 生徒会の仕事なんて放り投げ―――」

「終わるまで待つ」

「最後まで言わせなさいよ」

「俺を大事に思ってくれるのは嬉しいが、仕事もきちんとやって欲しいんだ。それに生徒会長をやっているビスマルクはすごくかっこいいからな」

 

 ビスマルクのことを、素直にけ褒めるとポカンと口を開けて驚いていた。

 今までストレートに褒めることなんて多くはなかったが、そこまで驚かれると褒めていない俺がダメ弟かもしれないという気分になってくる。

 

「そうね、お姉ちゃんとはかっこよくあるべきよね!」

 

 感激したビスマルクは席を立ちあがって俺の隣までくると髪や頬まで頭全部を撫でまわしてくる。

 俺はされるがまま、好意の嵐が過ぎ去るのを待ったが、それは昼休みが終わりそうになるまで近づいた。

 

「嫌われたんじゃないかと思ってたけど、本当によかったわ」

 

 頭のなでなでに満足したビスマルクは席へと戻ると、幸せそうにゆるんだ笑みを向けてくる。

 

「俺が嫌うわけないじゃないか。でもこんな積極的に動くなんて珍しいな」

 

 中学の頃は俺と仲が悪くなったときはお互いに顔すらも見ようともせず、学校が終わって家に戻ってから何日かの時間をかけて仲直りをしていた。

 それが今ではすぐに行動をするようになった。

 

「イギリス生まれの友達に言われたのよ。『成功とは、意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである』って。だから家まで待ちきれなくて、行動にあきれられたとしてもすぐにやりたかったのよ」

「それが今にいたる理由か?」

「そうよ。……ああ、本当にすぐ動いて正解だったわ。いつもみたいに家まで我慢するのなんて辛くてかなわないんだから」

「いい友達だな」

「ええ。それと今の言葉はウィンストン・チャーチルって人の言葉らしいわ。どこかで聞いたことあるんだけど、どんな人か知ってる?」

 

 その人の名前は確かにどこかで聞いたことがある。でもよくは思い出せない。そんなに昔の人じゃなかったぐらいしかわからない。

 ふと教室の壁にかけられた時計を見ると、時間は昼休み終了間際だった。

 俺は席を立ちあがると、やってきた扉のところへと行く。ビスマルクも時間に気づいて、俺のあとをついてきた。

 

「また放課後。下駄箱あたりで待っている」

「できるだけ早く終わらせるわ!」

 

 空き教室を出ると、ここに来たときとは違って一緒に並んで歩く。そうして高校で初めてのことに心が暖かくなるのを感じる。

 授業前に思っていた、姉離れを早くしなきゃという考えは遠ざかった。今の状態がもっとも心が落ち着くのだから。

 それに本当の弟でない俺が姉離れをしてしまったら、もう2度とあたたかい関係はできないのだろうと思う。




短いけれど、連載へ。

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