なにもみえない   作:百花 蓮

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つかのま

 私がどうして家に帰されなかったかは、言うまでもないだろう。()()()の中では、ひとり親の私の母を気遣って、引っ越しをするまでの間、フガクさんが私を預かってくれているということになった。

 

 どうやら聞いた話によると、フガクさんと私の父が親しい仲だったらしい。だからそれほど、おかしなことでもないのだと、周りは納得してくれている。正直なところ私は驚いていた。

 

 それでそうだ。引っ越しの話をしよう。

 この度、里の方々に散っていた、うちは一族は一箇所へと。一つの集落としてまとめられて、そこに納められるらしい。

 

 九尾事件の復興事業。区画整備によって、うちは一族は里の隅に追いやられる。

 南賀ノ神社のある、うちは一族に(ゆかり)ある地。自然の豊かな場所だ。それに私は不満なんてない。

 けれども、この迫害にも近い所業に憤りを覚える者が現れないわけがない。

 

 どこかから噂が流れてくる。九尾事件は()()()の差し金だと。

 だれかが言った。端に新しく()()()の区画ができたのは、その証明だと。

 

 木ノ葉の里は見事に民衆を煽り、私たち、うちは一族を悪者に仕立て上げた。

 これでは対立もやむなしだ。里はどうにかして、うちは一族を排斥しようとしているのだと、そう思われて当然だ。

 

 ただ、そんなことはどうだっていい。問題なのはそこじゃない。

 私がいちばん気にする点。それは、これから育つ世代が、迫害に喘ぎながら里に恨みを抱えて、報復や待遇改善に一生を費やさなければならなくなるのか。それに尽きる。

 

 例えば今、私の伸びっぱなしの髪の毛を、興味深々にいじっている赤ん坊。この子がそんな人生を送ってしまうなんて、私は耐えられない。

 

「あ、痛い。ちょっと、痛い……」

 

 グイグイと引っ張られると、さすがに辛い。私は涙目になるが、それに対してこの子はキャハキャハと笑う。

 サディストの資質をこんなに幼い時点で感じられてしまうとは。末恐ろしいやつめ。

 

「なに、してる……?」

 

 そう問いかけて来たのはイタチだ。痛いと言いながらも赤ん坊の行動を止めようとしない私に、疑問を持ってのことだろう。

 

 おそらくだが、私の一番の理解者はイタチだ。なにせ一年近く、あの森で的の奪い合いをしたのだから。それでも互いに知らない部分はかなり多い。当たり前だけど。

 

 まあ、この家に来て今日で四日目。もう、かなり慣れてきた。

 

 イタチは、相変わらず修行漬け。年中無休、夢に向かってひた走ってる最中だ。私も付いていって、ちょっかいかけてる。

 新しく覚えたチャクラコントロールで、的をギュルンギュルン空を駆け巡らせることができるようになった。それでもイタチはクリーンヒットさせてくる。無念。

 

 この一家の長――フガクさんとは、毎日、一言二言の会話を交わす程度。普通なら冷たいと感じてしまうくらいでしか言葉がない。けれど、家族への対応を見ればわかる。こういう人なんだと。

 

 ミコトさんとは、良好な仲が築けていると思う。家事の手伝いをしたりして、なるべく私の存在が負担にならないよう、気をつけているつもりだ。

 そうそう、一つ喜ばしいこととして、台所に私用の足場が設置された。これで晴れて一人でも皿洗いができるようになった。

 ミコトさんは微笑ましく見守ってくれている。

 

 これがこの家の住民と、私との関係である。

 

「あのね、イタチ。動くものを捕らえようとするのは、狩猟本能の現れなの」

 

 胡乱げな目でこちらを見つめる。いったいこいつはなにが言いたい。そんな声が、視線を通じて伝わってきた。

 

 構わずに私は髪の毛を揺らす。すると赤ん坊は、眼球を機敏に動かし、その動きを完璧に追う。そして、手で鷲掴みにして引っ張ってきた。

 

「自分の見知らぬ場所に押し込められても、大人しくなるしかできない」

 

 私のその言葉の真意を、イタチはまだ計りかねていた。この支離滅裂な文脈で、さすがにわかるわけはないのか。もしかしたら、わかりはするが、確信を持てないだけかもしれない。

 

 あ、やっぱり強く引っ張られると、けっこう痛い。遊んであげてもいいけれど、髪の毛をその度に犠牲にするのはやっぱり、いやかも。

 

「猫じゃらしが欲しいなあ、って思っただけ」

 

「サスケは猫じゃ―( )―いや、オレたちは猫じゃない……人間だ……」

 

 イタチの台詞(せりふ)には力がなかった。どうやら私の言わんとすることを見事に察してくれたようだ。

 

「ふふ、にゃおん」

 

 ご褒美に、手をグーにして、手首を曲げる仕草をしながら、猫の真似をしてあげる。

 そしたらイタチは神妙な顔をしてつぶやいた。

 

「だが、いち早く、オレたち()()()はあの惨状から住む家を与えられた。それで良かったとは思えないのか?」

 

「にゃーあ」

 

 そう、答えを残して、私はこの部屋を去ろうとする。ミコトさんの手伝いをしなきゃな時間になったからだ。

 

 もうちょっと、サスケくんと遊んでいたかったが、やっかいになっている身だ。最低限のことはしておかなければならない。

 

 私が動くと、ブチブチと髪の毛の引きちぎられる音がする。仕方がないと割り切ってしまおう。そうすれば、もう気にならない。

 

 猫じゃらし、どうしようかな。本当に買ってしまおうかな。でもそうだ、お金を持ってないんだ。お小遣いもない。私にとってはとても難しい問題だ。

 

 

 ***

 

 

 どんなことにも終わりは来る。どんなに楽しいことにだって終わりは来る。

 私の体験していた非日常は終わり、また、あの日常が戻ってくる。残念だが、それも世の定め、運命というやつだ。

 

「ここが噂の、うちは一族の区画?」

 

 ミコトさんの提案で、私の引っ越し先の確認のためにやってきていた。

 

「ええ、そう。ここに新しい家があるのよ」

 

 そう言うのはミコトさん。サスケくんを抱っこしながら、私をここに連れてきてくれた。

 ただ、イタチはいない。日課の修業に出かけている。

 フガクさんはもちろん仕事だ。木ノ葉警務部隊でいろいろと忙しいらしい。隊長は大変だね。

 

 今日でお世話になるのは最後。だからこうして、下調べにやって来たというわけなのだが、躊躇ってしまった。

 

「……? 入らないの?」

 

 訝しげにミコトさんは私の表情を覗いてくる。

 私が立っているのは門の手前。ここから先には入りたくない。なんだか嫌な感じがした。

 

「あ……、え……」

 

「どうしたの? 具合悪いの?」

 

 ここで私が仮病を訴えれば、即座にこの事前調査は中止され、帰ることになるだろう。私の気分次第で、簡単にやめることができる。

 

 けれど、これ以上に迷惑をかけることができなかった。いいや、違う。もっと根本的なものはそうじゃない。私はこれ以上に面倒なやつだと思われたくなかったんだ。嫌われたくなかったんだ。

 

「そ、そんなことはないです」

 

 一歩踏み出した。そこでわかった。嫌な感じの正体が。急いで私は駆け抜ける。

 

「えっ!?」

 

 急ぎ過ぎたせいで、ミコトさんたちを置いてきてしまった。でも、ようやく、安全地帯に辿り着くことができた。

 

 一息そこでついていると、ミコトさんが―( )―サスケくんを抱えているからだろう―( )―そこまで速くはないペースで、やや小走りに私に追いついた。

 

「はぁ、はぁ、そんなに急いで……どうしたのよ?」

 

 若干ながらに息を切らして、ミコトさんは尋ねてくる。

 まずい、やってしまった。なにか言い訳をしなければ。

 

「え……ええと」

 

 うまく言葉が見つからない。どうにかして、今回のことは誤魔化しておきたかった。でも、私の力では上手く言いくるめられない。

 

「ほら、話してごらん?」

 

 そうだと一つ思いついた。

 口に私は両手を当てる。絶対に喋らない構えをとった。それを見て、ミコトさんは困ったような表情をする。私は思えば困らせてばかりだった。

 

「どうしても、言いたくないの?」

 

 その質問に全力で相槌をうつ。

 私のその姿勢に、ミコトさんは呆れたような笑顔を見せる。

 嫌われたくない私だが、これだけは絶対に譲れなかった。

 

「はあ……わかった。きかないであげるわ」

 

 ため息を一つ。私の態度にミコトさんは根負けをする。

 とてもありがたい。私にとってはもう聖母のような存在にみえてしまう。

 

 これでようやく、口から両手を外せる。とりあえず、お礼を言っておこう。

 

「ありがとうごさいま……ひゃ」

 

 ミコトさんによって、私のほっぺたが引き伸ばされた。痛くない。痛くないように優しくしてくれているのだろう。

 

「そ・の・か・わ・り、他人行儀なのはなしね。イタチに話すみたいでいいのよ?」

 

 実にいい笑顔だった。心なしか、抱えられたサスケくんも喜んでいるように思えた。

 背に腹は変えられない。渋々とその要求を飲むことにする。

 

「わかりました。ミコトさん」

 

「わかってないじゃない……」

 

「そんなすぐには変えられないからぁ……」

 

 そう文句を言った私にミコトさんはクスクスと笑う。そしたらなんだか面白くなって、私も笑ってしまった。するとサスケもご機嫌に笑う。

 

 なんだかいいなぁ、と思ってしまった。その瞬間に、私の気分はどん底にまで沈んでいく。

 今は悪い夢だ。覚めてほしくはない。ああ、心はどんどん弱っていく。

 

「じゃあ、行こっか?」

 

 そう言って、進もうとするミコトさん。最短ルートで私の新しい家にまで進もうとする。

 つい、堪えられずに、私は彼女の裾を引いた。

 

「こっちから、行こ?」

 

 私は脇道の方を指差し提案した。

 ミコトさんは訝しげに私を見るが、すぐに納得したように頷くと、笑顔を浮かべる。

 

「わかったわ」

 

 こんなにすんなり受け入れてもらえるとは、思ってもみなかった。だって、遠回りになる。最悪は道に迷うことにだってなるのかもしれないのに。

 

 もちろん、事前に私は地図を覚えておいた。迷うことなく、私の思う道筋で、二人を先導することが可能だ。

 だから私は、分かれ道に着くたびに声を出して快適な方へと進んでいた。

 

 もうずいぶんと回り道をしたはずなのに、ミコトさんは文句一つ言わなかった。

 もしかしたら、勘付かれているのかもしれない。でも、言及する様子もないし。うーん。

 

「ふふ、時間かかっちゃったわね」

 

 そう言いながらも、ミコトさんは私の頭をなでてくれる。振り払うなんて失態はもうしない。ただ、なんでなでてくれるかはわからなかった。

 

 そこから、私は家を見て回り、同じ道を辿って帰ろうとしたのだが、あまりの遅さに心配したのかイタチが迎えに来るなんて一幕もあった。

 

 そうして、次の日、早朝。私はここに戻ってきたのだ。




 書き溜めが尽きた。無念。

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