なにもみえない   作:百花 蓮

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二人で、思い出、終わり

「ねえ、イタチ。また今日が来たね……」

 

 私たちは順調に年を重ねていた。

 そして、私たちの愛は変わらずに続いている。

 

「一年……か」

 

 察しの良いイタチは、私の口ぶりから、言いたいことを先取りしてくれる。

 そうだ。あの二人の()()()()から、一年が経ったのだ。

 

「うーん。結局、御墓参りにはいかなかったけど……。まあ、またハメを外してお祝いしましょ? 早く帰って来てね……」

 

 最近、私はイタチの部屋でしか寝てなかった。なかなかに乱れた生活だと思う。

 だけど、もう、なにが悪いのか、私は完全に麻痺していた。イタチをギュッとすることで、私の中で全てが正当化された。幸せなのはいいことだ。

 

「お前は……オレ以外を考えたことはあるか?」

 

 不意に来た質問に戸惑った。

 よく意味がわからなかった。

 

「アナタ以外って、なぁに?」

 

 こうして、温もりを分け合っているときは、決まって私の思考は鈍化している。頭にあるのはイタチのことだけだった。

 

「いや……」

 

 なにか、その態度が引っかかる。

 ちょっと私は頭を捻った。

 

「イタチ……浮気してる? 捨てられるの……私」

 

 イタチが私以外と……。考えるだけでも恐ろしかった。捨てられたくなかった。

 

「そんなことはない。こんな気持ちになれるのも、お前とだけなんだ……」

 

 なぜかイタチは苦しそうな表情だった。

 癒してあげたい。私はイタチの頭をナデナデした。

 

「イタチ……私は嬉しいよ?」

 

「ミズナ……お前はオレでもいいのか……?」

 

「アナタじゃなきゃイヤよ……」

 

 ペタペタとイタチの身体を触る。

 イタチの身体はそんなに筋肉質じゃない。必要最低限、といったところだ。チャクラコントロールで筋力の増幅はできるし、あんまり質量を増やすのはよくないからだろう。

 

「オレも――」

 

 言いかけて、イタチはやめた。

 代わりに私を抱き寄せて、私の髪を()いている。

 言いたいことも、言いたくない理由もだいたいわかった。

 

「ねぇ、イタチ……。一つ、私にやってほしいことを決めて?」

 

「お前にか……?」

 

「そう、私は、イタチにやってほしいことを決めるから……。今日はそういう日にしたいの……」

 

 そうやって、私はこの幸せだった一年を振り返りたい。

 本当に夢みたいな日々で、これがこれからも続いていく。そう思うと、私は言葉にならないほど嬉しかった。

 

「もう決めてあるのか?」

 

「ナイショ……」

 

 ふふ、と私は笑った。

 心の底から楽しい日だった。どんな反応をイタチがするのか、楽しみでならなかった。

 

 そういえば、今日は満月らしい。

 

 

 ***

 

 

「ねぇ、兄さん……」

 

 玄関。ちょうど、今日の任務に出るところだった。

 

「どうした、サスケ?」

 

「聞いたよ? 姉さんから。今日、早く帰って来るって……。だから、久しぶりに修行を見てほしいって、思ったんだ……」

 

 早期の帰宅がミズナによって、決定事項のように扱われていることから苦笑いがこぼれた。

 

 思えば、父と母がいなくなり、サスケはおとなしくなっていた。兄と姉の関係を気遣っているのか、こうして修行をねだることも久しぶりになる。

 

「サスケ……。最近、オレたちに遠慮してるんじゃないか?」

 

「だって、兄さんと姉さん……イチャイチャしてるし……」

 

「……そうか?」

 

 夜を除いて、ミズナとのスキンシップの多さは変わっていないはずだった。サスケの前で、二人の進歩した関係を連想させるような触れ合いは極力避けていたはずだった。

 

「いやさ、笑い合ったり、抱き合ったり、昔からオレの前でもお構いなしでしょ……?」

 

「……そうか」

 

 変わっていないことが問題だった。

 思えば、サスケが遠慮しだしたときは、ミズナとの関係を持つ前だった。

 

「まあ、それはいいけど……。修行は見てくれるの?」

 

 ミズナから早く帰って来ると聞いたということは、彼女もサスケのことが気になり、こうなるようサスケを導いたのだろう。

 

「ああ、もちろんだ。それと、姉さんも、連れて行って構わないか?」

 

「兄さんは……本当に姉さんが好きなんだね……」

 

 呆れたようにサスケにはそう言われるが、動機が違う。

 己の独力では決して敵わない部分が彼女にはある。自身に欠けたものを彼女に補ってもらうという意味で、彼女の同行を求めたわけだった。

 そちらの方が、サスケの修行も効率よくみられる。

 

「サスケ、オレたちとの修行はいいが、最近、忍者学校(アカデミー)はどうなんだ?」

 

「別に……。退屈だよ……? オレはいつも一番だし……」

 

「退屈か……。オレが忍者学校(アカデミー)の頃は、よく姉さんと競いあっていたものだ。お前にそういう相手はいないのか……?」

 

 そんな言葉に、サスケは首を捻った。

 

「言っただろ、一番だって。いいよ、そういう惚気話は……。兄さんは良いよね、姉さんがいて」

 

 少し羨ましげにサスケは見つめてくる。

 そんな姿に微笑ましさを感じながら、ふと、あの公園で出会ってしまった少年を思い出した。

 もし、あのとき出会わなければ、今は……。いや、考えていても仕方がない。

 

「ナルトは、どうだ?」

 

 サスケは気の抜けたような表情をした。

 

「兄さん。ナルトは女の子じゃ、ないよ?」

 

「ああ、そうだな……」

 

 ライバルがいるか、という意味できいたのだが、サスケは違った意味で受け取ってしまったらしい。

 こうしておかしな食い違いが生じてしまった。

 

「でも、聞いてよ兄さん。あいつ、ことあるごとに突っかかって来くるんだ……大した実力もないのに」

 

 公園では、あの少年を確かミズナが焚きつけていた。

 サスケの修行をする姿を見せたことで、あの少年にも変化が起きたかもしれない。

 

「サスケ。案外、早く、追いつかれるかもしれないな……」

 

「えー……。でも、あの、ナルトだよ?」

 

 ライバルができるというのはサスケにとってもプラスに働く。ミズナは、あの少年に手を差し伸べると共に、この効果を狙っていたのかもしれない。

 

「そうやって、うかうかしてると、もう、すぐに追い抜かれるぞ……?」

 

 サスケへと微笑みかける。

 

「わかった。オレ、頑張るよ」

 

「ああ、そうするんだ」

 

 それが、サスケが退屈だと言った忍者学校(アカデミー)生活の励みになってくれたらいい。

 

 靴を履き、立ち上がった。ちょうど話の区切りがよかった。

 

「そうだ、兄さん……」

 

 なにかを思い出したのか、サスケは言った。

 

「今度はどうした……?」

 

「姉さん、兄さんがちゃんと愛してくれてないんじゃないかって、不安がってたよ……? そんなはずないのに」

 

 悪いのは自身であるとわかる。

 未だに、一年という月日が流れたというのに、伝えられていない想いがあった。伝えなければならない想いがあった。

 

「サスケ。姉さんに、オレが愛している女はお前だけだと伝えておいてくれ。これから先もずっと、とな」

 

「えぇ……。そういうことは自分で言いなよ……」

 

 少し、サスケはスネたようだった。

 

「それもそうだな……」

 

「うん、そうしなよ」

 

 彼女との関係の全てを清算するにはちょうどいい機会だった。

 後悔し、抜け出せず、ここまで来てしまっていた。一定の結論と、踏ん切りはつけるべきだろう。

 

 彼女はいつも笑っていた。だから、彼女の優しさに甘えられる。

 何度となくミズナと通じ合った。得られる充実感は代えられるものではない。積み重ねてきた信頼感の問題か、どんなに悶々としたものを抱えていようが、彼女以外では昂らない。

 

 いい加減に潮時だった。

 彼女を最優先にしなくとも、彼女を幸せにする覚悟を決めればいい。独りよがりだが、なにも自分は失いたくなかった。

 

 根底にある(こころざし)にはわずかに及ばないまでも、同等と呼べるほど、ミズナの存在は大きかった。

 

「それじゃあ、サスケ」

 

「うん、兄さん。気をつけてね」

 

「ああ」

 

 ――いってきます。

 そう言って、家を出た。

 

 心がいつもより軽く感じられた。

 

 

 ***

 

 

「サスケ……ごめん。ちょっと、イタチに用があるの……」

 

 サスケと修行の約束をしていたはずだった。

 帰って来たら一番に飛び出して来たサスケを制して、彼女は言った。

 

「え……どうしたの? 姉さん」

 

「ごめん。本当に大切な話なの……今日は修行、できそうにないかもしれない……。ごめん、私の一存で……」

 

「……仕方ないな……姉さんは。兄さんは、それでいいの?」

 

 少し呆れたように、サスケはこちらとミズナを交互にみやった。

 

 手招きをして、サスケを呼び寄せる。いつものように、サスケはこちらに駆け寄ってくる。

 

 向かってくる額に対して指を置いた。

 

「すまない、サスケ。また、今度だ」

 

 イテッ、とサスケは小突かれた額を抑える。いつもやるよね、それ、とサスケはどこか満足そうに不平をもらして離れていった。

 

「イタチ……」

 

「どうしたんだ、ミズナ……?」

 

 彼女のタダならない様子に、一族で何かが起きたのかもしれないと憂慮した。

 里を離れる任務を受けていたため、一族の監視は今日は十分ではなかった。

 

 彼女は近づき、いつものように抱きしめるかたちで密着する。そして、耳もとで囁く。

 

「『写輪眼』で、私のこと、見て?」

 

 躊躇はしなかった。

 すぐさまにそれを実行に移す。

 

「『影分身』……」

 

「そう、本体は南賀ノ神社、その一族の集会場にいる」

 

「どういうことだ……」

 

 彼女がそこに行くということは、ほとんどなかった。行く意味がないのだから。

 記念日と、彼女は言った。だから、なにかサプライズとして驚かせるものでも用意している。それならば、なにも問題はないのだろう。

 

「ごめんね、イタチ」

 

 彼女は謝っていた。

 謝ってなどほしくはなかった。

 

「……ミズナ」

 

「ねぇ、イタチ……。今まで話せなかったこと、いっぱい話そう? まだ、時間はあるから」

 

「…………」

 

 ある推測が頭をよぎった。

 否定をしようとするが、できはしない。どうしても、付いて回る。

 

「じゃあイタチ、どこから話す?」

 

 

 ***

 

 

 足取りは重い。

 

 南賀ノ神社、一族秘密の集会場。

 その中には、一族の中忍、ないしは上忍が、一族の中でも一握りの忍が集まっていた。

 

「待っていたぞ、うちはイタチ……お前が――( )

 

 その中の一人がなにかを言っている。それに意味がないことくらいはわかる。

 大切なものはもっと、別にあった。

 

 気分が重い。

 まるで断頭台の下に歩いて向かわされているかのようだった。

 

 『写輪眼』の幻術は、目を合わせなければ発動しない。『写輪眼』にかまけ、通常の幻術を修練する者がいなかったからこそ、幻術にはかけられず、無造作に手足を縄で縛られていた。警戒の仕方が雑で、口は自由に動かせるようだった。

 

 甘かった。ささいな一族の動向も見逃してはいないと驕っていた。事前にダンゾウの提案を受け入れておけば、少なくとも、こうはならなかった。

 

 まっすぐに、彼女だけを見つめる。

 そこには、うちは一族の忍たちに囚われた、うちはミズナがいた。

 

 どう『写輪眼』で確認しようが、彼女は『影分身』ではなかった。

 まだ、現実を受け入れきれていない自分がいることがわかる。

 

 もし、彼女だけなら、一族の上忍たちからも、逃げられたに違いなかった。

 だが、彼女には守るものがあった。

 サスケの安全を保障してもらうために、自らの身を差し出したという。それは(とうと)い行為だった。

 

 こちらを向くと、彼女は顔に安堵を浮かべる。やつれているようにも見えたが、彼女は優しく微笑んでいた。

 

 ここに来る前、彼女の『影分身』と、抱き合いながら語ったことを思い出される。

 

 話をした。彼女との思い出だった。

 

 

 ――初めて会ったとき、私はアナタのことをスゴイって思ったんだよ?

 

 ――オレはお前のことを尊敬した。

 

 ――お前が初めて『写輪眼』を見せたとき、ああ、不謹慎だが、あのときお前に嫉妬を覚えたんだ。

 

 ――そうなの? 私はあなたにお持ち帰りされて、楽しかったかな。

 

 ――忍者学校(アカデミー)のとき、アナタは変わらずに、みんなの前でも強くて頭も良くてカッコ良かったよ?

 

 ――いつも皆に囲まれている。お前はオレの憧れだった。

 

 ――お前の家でのあの事件で、お前の存在の大きさを知ったんだ。失いたくはなかった。

 

 ――アナタの家族になれたことが、私の最高の幸運だったわ。

 

 ――家族みんなでの生活は嬉しかったし、アナタが中忍になったときは、我がごとのように喜べたの。

 

 ――お前たちを観客席で見つけ、驚いたさ。だが、励みにもなった。

 

 ――お前が最初に演習に出かけたとき、休日だったが、休めたものではなかった。

 

 ――私はアナタの役に立ちたかった。それだけだったの。

 

 ――アナタって、本当に強いのよね。私の自信たっぷりの新術も効かなかったし。

 

 ――強くなるお前に、身が引き締まる思いだった。

 

 ――お前の最優先でいられて、本当に救われたさ。

 

 ――当たり前じゃない。いつだって、私はアナタのモノよ?

 

 ――だから、私は嬉しかったの。身も心も、アナタのモノになれたから。

 

 ――オレはお前に惨いことをしたと思っている。後悔もした。手放そうとも考えた。だが、お前はオレの唯一無二の掛け替えのない存在だった。

 

 ――愛してる。

 

 ――……っ!? 私も……。

 

 

 思い出が零れ落ちていくとわかった。

 

 

 ――さよなら。

 

 

 彼女の口が、そう動いた。

 

 

 ――行かないでくれ。

 

 

 願いはそれだけだった。

 

 

 ――お前は、そんなことをしなくてもいい……。

 

 ――いいえ、アナタの足手纏いにはならないわ。

 

 

 これが、彼女の選んだ結末だった。

 

「――こちらには人質がいる! その、『万華鏡写輪眼』があれば、クーデターは成功する……! 我らが誇り高き一族は再び栄光を取り戻すことが……」

 

 力なく、彼女は床に伏してしまう。世界から、色が消えていくようだった。

 彼女を愛した日々は、こんなにも呆気なく終わりを迎えてしまう。

 

 チャクラの流れが完全に止まっていた。うちはミズナは死んだ。愛した彼女は死んでしまった。

 

「聞いているのか……!」

 

「…………」

 

 答える気力も湧きはしない。

 興味があるのは一族という肩書きと、自らのことのみなのか、ミズナの状態の変化に気づいてはいない。

 同調する他の者たちもやはり、変わらない。

 

 チャクラが瞳へと流れていく。

 シスイを殺したときか、それ以上に禍々しく荒れ狂うチャクラのような、だが、そんなことはどうでもよかった。

 

 『万華鏡写輪眼』が、意図せずに発動したことがわかった。チャクラが右眼に収斂していくことがわかった。

 使い方は、本能的に理解できた。

 

「うちはイタチ……っ!! この女がどうなっても……なっ?」

 

 ここでようやく事態のおかしさに気がついたようだった。もはや救いようがない。

 確かめようと、その男は倒れたミズナに駆け寄った。

 

「ミズナに、その手で触れるな……」

 

 黒い炎が広がる。

 

 ――『天照』。

 右眼に宿った『万華鏡写輪眼』の瞳術だった。

 焦点を合わせた場所から発火する、消えない黒い炎だ。

 禍々しい黒炎(こくえん)に焼かれ、うちはミズナに近寄った男はあえなく倒れてもんどり打つ。

 

「うが……ぐあ……」

 

「人質を取っておきながら、どこが誇り高き一族だ? お前たちは、あいつの、ミズナの覚悟を甘く見た。それが敗因だ」

 

 サスケを理由に人質になった彼女だ。

 うちはイタチを信頼して、その命を手放したのだろう。

 

「ひっ……」

 

 恐怖が伝播する。

 怯えて外に飛び出そうとする者もいた。

 誰一人として逃すつもりはなかった。

 

 なぜ、もっと早くこうしなかったのか。彼女との甘い生活に未練を残していたからだった。

 

 そして、世界は黒炎に包まれる。

 

 

 ***

 

 

 轟々と黒い炎が燃え盛る中、彼女のことを胸に抱いた。

 いつも感じていた温もりが嘘のように、今は冷たい。

 

「ミズナ、ああ、よく眠っているな」

 

 もう目を覚まさないことはわかっている。

 今でも、信じられず、受け入れ難い。

 

 復讐は淡々としていた。

 相手を殺そうとしている間は、なにも考えることなく済んだ。だが、終え、いざ、彼女の亡骸と向き合い、途方もない虚しさが込み上げてきた。

 

 復讐が虚しいのではない。復讐を終えたとき先延ばしにしていた虚しさが襲って来るのだろう。

 目の前に突きつけられて、それでも現実には向き合いきれない。

 恋しくてたまらず、抱き締め続けていた。いつまでも、いつまでも抱き締めていたかった。

 

 死人を生き返らせる方法は――( )

 

 伝承があり、術がある。そんな取り留めのない考えに頭が支配されていることがわかった。

 そのためには、遺体は綺麗に安置しておくことが決まって有利だった。

 

「……うちはイタチ」

 

 自らと彼女しかいないはずのこの空間で、第三者の声がした。

 聞きなれない。いや、一度聞いたことがあった。

 

「お前は……」

 

 黒い炎が燃え盛る中、()()()()()ように間を通り、現れたのは渦を巻いた仮面をした男だった。

 

 見覚えはある。

 最初に組まれた班が解散した原因でもある事件のときだろう。その犯人で、班員だった出雲テンマを殺した張本人で間違いがない。

 

「オレと組む気はないか……?」

 

 そう言い出され、困惑する。

 彼女の顔を一度見つめた。服毒死だったのか、外傷は見当たらない。待っていればまた、目覚めてくれそうなほど、だが、この冷たさがそれを否定する。

 

「そんなつもりはない……」

 

「うちはイタチ……お前にだけは、オレたちの本当の目的を話そうか。オレたちが目指しているのは真の平和だ。〝夢の世界〟だ」

 

「真の平和……。〝夢の世界〟……だと?」

 

 その夢という単語が、果たしてなにを示しているのか。届かない目的のことか、あるいは――( )

 

「ああ、そうさ。お前の『万華鏡写輪眼』の片方は、確か『月読』だったよな?」

 

「さあ、どうだったかな」

 

 情報は渡っていた。

 トボけてはみたものの、確信している相手には、ほとんど意味がないことだろう。

 

 『月読』というのは、相手を自らの精神世界に引きずり込む幻術だった。

 

「ふん、まあいい。全人類を、その幻術の世界にハメる。皆を、心地の良い〝夢の世界〟に浸らせるのさ。術の名は『無限月読』……。それが、オレたちの目指す平和だ」

 

「全人類を『月読』に……? ……そんなことが……」

 

「もっとも、一尾から九尾のチャクラを回収する必要があるがな……」

 

 膨大な尾獣のチャクラを使えば或いは……。

 だが、この忍界は初代火影の時代に各里に分配された尾獣バランスのもとに成り立っている節があった。

 

 その目的に向かうためには、多すぎる犠牲を払う必要がある。

 

「だが、うまく行ったとしてだ。それが、本当に真の平和と言えるとは……」

 

「六道仙人もそう示している。〝夢の世界〟へ――( )そこの石碑に書いてあることだ。まあ、お前の瞳力では、まだ読めないだろうがな」

 

「……六道仙人が……か?」

 

 にわかには信じがたい。

 果たして、忍の祖と呼ばれる存在が本当にそれを望んだのだろうか。どこかでねじ曲げられた可能性も。

 

 『写輪眼』が強化されていく度に、この石碑の先が読める。

 原理としては、『写輪眼』の洞察力で法則性を見抜いているというだけだ。

 

 先にその特別な『眼』を持つ者がいたらどうか。

 あるいは、もし仮に、特別な『眼』を持たずとも法則性を理解できる者がいればどうか。石碑は書き換えることができる。

 

「そうさ、『無限月読』こそが、唯一の救いの道だ。お前のことはオレにはよくわかる。世界に平和を求め、そして、その女が、うちはミズナこそがこの世界の唯一の光明だった。『無限月読』さえ成れば、また、うちはミズナの居る世界で過ごすことさえできる」

 

 仮面の男は手を差し出した。

 もう一度、彼女の居る世界に。こんな悲劇が起こらない世界に。どうしようもなく魅惑的な提案だった。

 

「お前は、うちはマダラなのか……?」

 

 それは過去の人物だった。伝承により語り継がれる最強の()()()の男、そして、里を抜けた記録のある唯一の()()()だった。

 

「ふっ……。そうだ。オレこそが、うちはマダラだ」

 

「なら、その石碑を読んだのは誰だ?」

 

 六道仙人は、伝説の瞳術――( )『輪廻眼』をもっていたという。

 その六道仙人が石碑を記したのならば、『写輪眼』の行き着くところはおそらく――( )

 

「……オレ、と言っても、納得はしないようだな」

 

「その『眼』を『輪廻眼』に変えられるのなら話は別だがな」

 

 無論、そうでない可能性も考えられた。

 だが、否定はされなかった。つまり、そういうことなのだろう。

 

「少し話しすぎたな。それにしても、厄介な男だ……。いいだろう。オレも素顔を晒そう」

 

 男は自らの仮面に手をかける。

 黒い炎が、その顔を照らす。

 

「お前は……」

 

「オレは何者でもない。何者でもいたくないのさ……。ああ、石碑の内容は、()()()()()()()()から聞いたことだ」

 

 うちは一族の者で、里外での戦死者。時は第三次忍界大戦にまで遡る。その男の境遇は、一族の中でも話題に挙がることがあった。

 

「本物は……まだ、生きているのか……?」

 

「いいや、とっくにくたばったさ。オレが後を引き継ぐ形になった」

 

 見極める必要があった。

 この男が信用に足るかどうか……。

 

「なぜ、お前はその、うちはマダラの計画を引き継いだ?」

 

「お前はオレに似ている……。そう言っただろう?」

 

 そして、男の視線は、もう息をしていない少女へと向けられる。

 男は平和を目指しているとも言った。そう、だからこそ、この男を理解ができた。

 

 

 ――オレと一緒に来い。うちはイタチ。

 

 

 そっと、彼女を床に降ろした。

 今にも目を覚ましそうな彼女を、手放すことは痛みが伴った。けれど、しばしの別れだった。

 頬を撫でる。

 冷たい感触だけが記憶に刻まれていく。

 

 別れはもう済ませた。

 自らを誰でもないと、そう言った男の方へと、歩を進める。

 彼女のいない世界は考えられないものだった。

 

「なぜ……ミズナは死ななければならなかった……」

 

 どこから間違えてしまったのか。

 わからないが、もう、進むほかない。

 

「この世界は地獄さ。だから、一度壊し、変える以外に道はない。そんな世界だからこそ、お前の愛した、うちはミズナは――( )

 

 手を取る。

 なんらかの時空間忍術が発動したことがわかった。

 視界が歪んでいく。どこかに連れ去られるようだった。

 

 もう、後戻りはできないことが――( )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――死んだかな?」

 

 

 赤い血が飛んだ。狙われたのは男の『赤い眼』だった。


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