なんてことなく時は巡り、また、年度の始まりが来た。
サスケは
とてもすごいことだった。
フガクさんとミコトさんがいなくなってからだけど、サスケは私たちになるたけ頼らないようにしているように思える。私やイタチに修行をねだることも少なくなった。
私たちの手から離れていくようで、頼もしさもあるが、やっぱり寂しかった。
そんな日々を過ごしていたが、今日は珍しくも来客があった。
「さっ、入って……?」
「……うん」
私が無理やり引っ張ってきたせいで、まだ動揺が抜けきらないのか、挙動不審ぎみに私たちの家の中を見回していた。
客間まで案内をする。
今まで大して使われなかった部屋だ。毎日綺麗にしてきた私の努力も報われるというものだろう。
とりあえず、用済みだから今まで買い物に出かけていた私には消えてもらう。台所の私にはお茶でも用意してもらおう。
相手をするのは家に居た本体の私である。
「『影分身』……」
「そっ、家事に便利だよ。掃除に炊事に洗濯に。手っ取り早く終わらせられるからねっ」
「う、うん……」
なんだか感触が悪かった。
長いこと、家の仕事ばかりをやっていたから、世間ズレしてるかもしれない。
そういえば、イズミちゃんと会ったら、言いたいことがあったのだ。
「それにしても聞いたよ?
「えっ……それは追いつきたい人がいたからで……。それに、ミズナちゃんは、
なんだか、そう言われると抜け駆けをして行ったみたいで申し訳ない気分が湧く。
そんなんじゃないんだけど。
「あれはお情けだって……。文字が読めないし、授業に支障があるから……」
「知ってるけど……退学じゃなくて卒業だよ? 実際、イタチくんと、同じくらいの実力があったわけだし……」
「結局……イタチには一回も勝てなかったんだけどね」
今も私はイタチに屈服している。それでも私は幸せだからいいんだもん。
「そういえば、イタチくん……最近……。大丈夫……?」
「え? なにが?」
別にイタチの様子といっても、変わったところは思いつかない。
私に目一杯、甘えさせてくれるし、帰って来ても元気だ。私も元気だ。
あと、帰りが遅いことは、いつものことだし。
「すごく、追い詰められてるみたいな気がするんだけど……」
切っ掛けは、シスイのヤツが本当に死んでしまったあの件だろう。イタチは私になにも言っていなかったけど。
「大丈夫、大丈夫。イタチなら、なんとかする。だって、あのイタチだよ? ……それに、私もいるから」
シスイのヤツを殺したのはイタチだった。それは、私の耳にも入ってくる。認めたくはないが、うちはシスイはイタチと親しかった。
大方、親しい友を殺めたそのストレスを解消するため、私を襲ったということだろう。
おかげで私は良い思いができた、というわけだ。
だから、私がいる限り、イタチがストレスで潰れることはないと思う。
便利に使われて嬉しかった。
「ミズナちゃん……」
なにかイズミちゃんは言いたげだった。
言葉を飲み込んだのは確かだった。
「どうしたの?」
「やっぱり、ミズナちゃんはすごいんだね……」
なんの脈絡からかはわからなかった。
諦めるようにして私を褒め称えたイズミちゃんに、どうしてか
「イズミ……ちゃん?」
「ううん。なんでもない」
「……そうなんだ」
そんなふうに言われてしまうと、これ以上の言及のしようがない。
けれど、その疑問はすぐに解消されるように思えた。
ちょうど、『影分身』の私がお茶を運んで来る。
「粗茶ですが……」
「あ、ありがと……。……ミズナちゃんは、飲まないの?」
「私はいいかな。喉、乾いてないし……」
イズミちゃんはじっと私のことを見つめてきた。
なにかを訝しむような目付きだった。
私は話を変えたくなった。
「そうだ……イズミちゃん。任務はどんな調子?」
「ん……うん。下忍の任務なんだけど、雑用みたいな仕事ばっかりなんだよ」
「……へぇ」
Eランク任務がどんなものか、話には聞いたことがあった。
お金に余裕があったら、頼んでみるのも良いかもしれない。サスケが下忍になったら……。
ふふ、なんだか変な気分になる。
「こんなので、中忍になれるのかなぁ……」
「大丈夫だよ……! イズミちゃんなら」
「そう……? 私も早く、中忍になりたいんだ。イタチくんはもう上忍だし」
「…………」
なにかがおかしい気がした。イズミちゃんは私の反応をチラチラとうかがっている。
どういう意図があるのだろうかと、変に私は勘繰ってしまった。
「ねえ、ミズナちゃん。お手洗い、借りられる?」
「あ、それなら、あっちだよ」
「ありがとう」
そして、イズミちゃんは席を外れる。
お茶がもう空っぽだった。トイレに行きたくなるのも仕方がないだろう。
気を取り直すなら今のうちだ。
もしかしたら、互いに昔のままではないのかもしれないけど、私は友達を大切にしたかった。
心を落ち着かせて、私は待った。暴れだしそうな醜い感情を抑えながら、彼女のことを待った。すごく待った。
「来ない……ッ!」
時間のかかる方だったのか、それにしても遅かった。
まさか、迷っているのかと思い、感知範囲を広げてみる。
「居た……。って、そこ……」
全くトイレとは関係がない部屋にいた。
私は急ぎながら、足音を立てないようにその部屋に向かう。
それほど広い家でもないから、すぐに着いた。
よほど熱中しているのか、彼女は私には気づかない様子だった。
忍び足で、私はイズミちゃんの肩に、そっと後ろから手をかける。
「ねぇ、なにしてるの?」
「ひゃ……っ」
あまりに驚いたのか、イズミちゃんは近くにあったゴミ箱を蹴り倒してしまう。中に入っていたものが床に散乱する。
ここはイタチの部屋だった。
「ねぇ、イズミちゃん……」
「ミズナちゃん。イタチくんのこと、好きでしょ? ねぇ、どんなところが好き?」
混乱をしながらも、私は会話する気力を保っていた。
私たちの
なんとか飲み込み、質問に答える。
「すごいのよ? イタチは……。最初に会ったときから、私には手にも届きそうもない目標を掲げてて、そのために、ずっと頑張って……。だから、私は……その支えになりたかった……。それだけだった……」
今の私は、どうだろうか。
よくわからない感情に支配されてしまっている。私のささやかな幸せを守るために、イタチを巻き込んでしまっているようでならなかった。
イタチを巻き込んではならないとはわかっている。
「あのね、ミズナちゃん……私、イタチくんのことが好きなんだ……」
どうしたらいいかわからなかった。その発言は、私の心をどうしようもなく逆撫でした。
いや、相手は私の旧友だ。話せばきっと、わかるはず。
「そうなんだ。じゃあ、イズミちゃんはイタチのどんなところが好き?」
念のためか、私の『影分身』は手を止めて情報を送ってくれていた。私本体ではなく、『影分身』がそれが必要と判断したようだ。
これで、私はいつでも戦える。
「ええと、強くて、カッコよくて、優秀で……! それに、たまに不器用なところもいじらしくて、それにそれに、優しいところかな――」
倒れたゴミ箱を立て、散らばったゴミを中に戻しながら、頬を赤くし、思い出に浸るように緩んでしまった表情で、イズミちゃんはそう答えた。
――だからね、私。ミズナちゃんのことも大好きなんだ!
私には青天の霹靂だった。
「どういうこと……」
「ミズナちゃんは……私の憧れだったから……。今も……そう……。ミズナちゃんには、敵わないな……」
その言葉には嘘がないように見えた。
笑顔で言い切った彼女に、なんだか毒気が抜かれてしまう思いだった。
「そんなこと、ないと思うけど……」
それが、紛れもなく私の本音だった。
イタチが、慰めてくれる相手を変えてしまえば、私にはどうしようもなかった。どうしてもそれが怖い。
イタチの〝夢〟に対して、ちっぽけな私の悩みだ。浅ましく、愚かな私だ。
「だって、二人は愛し合ってるんだよね……。毎晩」
「毎晩じゃあないもん……!」
〝初めて〟から三ヶ月のあいだは、互いに気持ちを抑えられず、一日に何回も、ということもあった。
恥ずかしい話、イタチのこと以外を考えられず何も手につかない時期があった。頭の中がピンク一色だった。
だけど、それも昔の話だ。
二人で話し合って、今は週に一回と決めている。実際は週に五回くらいだけど……。
「絶対お似合いだよ! ミズナちゃんに、イタチくん。でも……私と同い年なのに……もう……っ」
今のイズミちゃんは、ラブロマンスの物語に熱をあげる少女さながらだ。
そのせいか、私は冷静さを取り戻してきた。
「ねぇ、イズミちゃん。興味あるの……そういうの?」
「……ある……かな」
顔を真っ赤にして、イズミちゃんはそう言った。
純粋な彼女を、微笑ましく思う私がいた。
「ふふ……すごいんだよ? ほんとに……」
自分でも顔が赤くなるのがわかった。
たぶん、回数で言えば百回は超えてる。それでも飽くことなく、どうしても次を求めてしまう。
「ほんとに……?」
「子ども作るのって、すごく幸せなの。気持ち良いし……。もう止められないくらいに……」
それはそうと、なかなか当たらなかった。まだ若いのに。
もしかしたら、私が子供を作りにくい体質なのかもしれない。最近はそうでないことを半ば祈っている状態だった。
「そうだ、ミズナちゃん。子ども、産まれたら紹介してほしいな……」
そして、イズミちゃんは私の手を握った。
「え、うん……」
「きっと、可愛いんだろうなぁ……。どっちに似るかな……?」
どうせ私から産まれるんだから、イタチに似てほしいという思いがある。だって、そっちの方が、私たちの絆を感じられる気がするんだもん。
「ううん……どうかな?」
私に似ていても、イタチは愛してくれるのか。正直なところ不安だった。イタチの愛がなければ、足りないばかりの私は子どもを育てられる自信がない。
心ばかりに、イタチに育児書を読み聞かせしてもらってるけど、それだけでは自信が付かないのが現状だ。
「どっちにも似た男の子がいいなぁ……」
耳に入ったつぶやきだった。
「……あげないよ?」
イズミちゃんを信じていないわけではない。でも、ちょっと、危険を感じた。我がごとのようにイズミちゃんは言っていた。
まだ出来てもいない子どもだけど。
ちなみに私はこの日をもって、イズミちゃんの、私たちの家への出入りを禁止にした。
当然だ。私は怒っている。
***
ミズナのことを手放せないまま、半年という月日が過ぎていた。
もう、彼女との絆を深める喜びは知ってしまっている。明日には、子どもができ
それでいいと思う自分も居た。愛しく、掛け替えのない彼女を、正真正銘に自分のものとして受け入れたいと望んでいた。他の誰のモノにもしたくはなかった。
だが、彼女を優先しなかった負い目として、告白ができずにいた。終わった後には、〝また〟と、いつも罪悪感に
「うちはイタチよ。どうやら、うちは一族の件。限界のようだな……」
暗部の分隊長として、一族の管理は任されていた。幾たびもダンゾウに、こうして呼ばれている。
「…………」
恐怖による支配というのは脆い。
『万華鏡写輪眼』の威光を傘に着、一族を恐怖で縛り付けたが、限界が見え始めてきていた。
「これに関しては、ヒルゼンも同意見であるが……イタチよ? 何か案はないか?」
「あと少しは
ダンゾウはフッと笑った。
「……だが、一族の誰と話し合うと言うのだ? 代表と呼べる者もいないというのに……」
元から、こちらの意見を取り入れる気などなかった様子がうかがえる。
一族には、もはや
だが、確実に不満は高まっている。
これでは、クーデターではなく、暴動が起きる可能性があった。
「なら、オレが一族に里との話し合いの成果を持ち帰ればいい……」
一族は割れていた。
長い者に巻かれる精神で、うちはイタチを支持する者たちが数名。義憤に駆られ、断固として里を許さない者たちが大多数。
どちらにせよ、反感は買っている。
後者は手遅れとも考えることもできる。
けれど、諦めてはならない。
「では、イタチ……。お前は何を望む?」
「暗部と警務部隊との連携強化が最優先事項です」
一族の誇りを
里の中枢に関われない代わりの大きな権限ではあったが、それも今となっては割に合わない。
「それは、暗部の権限を強化するということで良いのだな?」
連携強化というのは、片方がもう片方の領域を侵犯する行為であるとも考えられた。
「いえ、飽くまでも、警務部隊と暗部とで事案の受け渡しをスムーズに行うための方策です」
一族が担う警務部隊の解散、里の者たちを主にして再編させるという考えもあった。有名無実と化したのならば手放せばいい。
ただ、一族の者たちが、古びた権威にこだわり続けていることなど明白で、受け入れられるとは、とうてい思えなかった。
「ふん、まあ、いい。なら、暗部から数名を警務部隊に送ろう。ヒルゼンにはワシから話しておく」
それには、一族の監視という役割が入っていることもわかる。この方策を
そして、ダンゾウを介して三代目に伝えられるという点にも胡散臭さが漏れ出ていた。
「わかりました……」
「して、イタチ……。最悪な場合を想定して、相談があるのだが……?」
「最悪……ですか」
ダンゾウは表情を変えなかった。
どんな場面に陥ろうと、別個に対応できるプランを考えておくというものは、別段とおかしな話ではなかった。
「事が始まってからでは、全てが遅い。うちは一族はおそらく全滅となる……。だが、その前なら、うちはサスケだけなら救えない事もない……」
言いたいことはわかった。
うちはサスケ以外は救えな
「そんなことには、させませんよ……」
ダンゾウの策略で、うちはシスイを死に追いやられた。それまではうまくいっているはずだった。そのはずであったが、ダンゾウにより、無為にされてしまったのだ。
これ以上、どうすれば、うちは一族の存続が、うちはシスイの悲願が叶えられるのかわからなかった。
「ふん、安心しろ……。うちはミズナの扱いに関しても、こちらで考えてある……」
安心はできない。
この忍の闇を体現したような男に、ミズナが扱われることなど我慢がならない。
彼女の進退は、彼女が決めるべきだと思った。願わくは、己の望むカタチで……。
「話はそれだけですか?」
これ以上の問答は無用だった。
ダンゾウの思惑通りに進ませる気はない。悲劇はもう二度と起こさない。
「忍というのは感情を圧し殺すものだ。そうは思わないか? うちはイタチよ……」
いまさら、という話だった。だから、こうして何もかもを彼女に捧げることができずに、窮している。
「それが……」
「今のお前は、迷っているようにも見える……」
見透かされているようだった。
心地の良い愛に浸かり、決意が鈍っているのかもしれない。
思い通りに進めることなど、ありはしない。
「オレはいつだって、木ノ葉の忍だ」
在り方はいまさら変えられはしない。
だが、彼女を手放すこともできない。
二者択一でどっちつかず。彼女をストレスのはけ口として利用しているだけの今を正すことができずにいる。
それでも、どうしようもなく彼女に依存して、彼女に救われるだけの毎日を許すことなどできはしない。
溜まるストレスの解消の方法は、〝また〟……。悪循環にハマっているのは間違いがない。
「期待しているぞ……イタチ……」
彼女のことは、先延ばしになる。
その前に、一族の件に決着を付けなくてはならない。
どんな結末を迎えようとも、ミズナとサスケの二人を愛していることに変わりはないだろう。