なにもみえない   作:百花 蓮

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 つい、調子に乗って描写を追加したせいで12000字になりました。キリの良い切るところがなくてですね、つい。すみません。


譲れないもの、決裂、リザルト

 あの、化け狐と虐げられる少年と、ミズナを見る人々の目はまるで同じだった。

 なぜ彼女があの少年に話しかけたのか、理解に難くはないことだった。

 

 同じ痛みを持つ者に手を差し伸べられる。それも、彼女の美徳でもある。

 

 時間がなかった。

 ミズナと別れた後、一度家に寄り、任務服に着替え、忍具を用意し、目的の場所に向かった。

 

 嫌な予感がした。

 問題はシスイの不可解な行動だった。

 

 元々、()けられていたのなら、シスイがオレたちの関係の変化を気にして野次馬に来たとも考えられた。

 そういうキライがあることは、長年の付き合いからもよくわかっていた。

 大方、サスケあたりから情報を得たのだろうと。

 

 だが、偶然ならば話は違ってくる。

 なんのためにあの場所にいたのか。

 人影の消える黄昏時。そして、そこには確かではないが、九尾の人柱力と疑われる少年がいた。

 

 シスイがなにを狙っているのか、確かめる必要があった。

 

 本来ならば、問題発生により、目的を中止にすることがセオリーだろう。

 だが、ミズナの向かった場所はサスケの修行場。一族の集落すぐ近くである。

 もし、想定が正しければ、これ以上の好機もない。

 

 ミズナの行動を理解できている分、先回りはできる。なにかがあった後だとしても、すべてが終わった後であるということはないはずだった。

 

 屋根の上を駆ける。

 とにかく時間が惜しかった。

 ただの杞憂ならばいいが、そうでなければ取り返しのつかないことになってしまう。

 

 

 後ろから、数本のクナイが飛んだ。

 

 

 とっさに身を翻して躱す。

 目的はおそらく牽制。そして、動きを止めることであろう。

 

 そのクナイを放った犯人を見定める。

 

「お前に構ってる暇はないんだ……」

 

「…………」

 

 無言。

 犯人は、あのダンゾウのもとに居た〝仮面〟だった。

 その『写輪眼』がこちらを見つめている。

 

 焦りが増す。

 この〝仮面〟を相手にしながら、目的地に向かうことは可能か否か。

 果たして、ここで倒すべきか。

 

 膠着状態だった。

 互いに相手を警戒するばかりで、手を出せない。

 それが相手の思うツボだと分かりきったことだった。

 

 影分身を囮に逃げるか。相手も『写輪眼』を持っている。加えて、チャクラを均等に分け与える『影分身』ではチャクラ量が不安になる。なるべく万全な状態で進まなければならないのであるから。

 

 そんな中、〝仮面〟はおもむろに何かを取り出す。

 円筒状の液体の入ったケース――( )見覚えがある。

 

「それは――!?」

 

「…………」

 

 ――これを賭けて戦わない?

 

 地面に三つ並べられる。

 一つは『(びゃく)(がん)』。そして、後の二つには『写輪眼』が――( )うちはミズナの『写輪眼』だと一目でわかった。

 

 その『眼』に宿るチャクラ性質は、慣れ親しんだ愛する彼女の物で間違いがなかった。

 間違えるはずがなかった。

 

 あの事件は一時も忘れることなく、今も脳裏に焼きついている。彼女を守れなかった忌まわしい記憶だった。

 

「お前がその『眼』を賭けるなら、オレは〝時間〟を賭けるというわけか」

 

「…………」

 

 動揺をするな。選ぶべきモノを間違えるな。

 そう自分に言い聞かせようと、すぐにでも目の前のモノに手を出そうとする自分がいた。

 

 シスイの件は杞憂かもしれない。だが、確かに彼女の『眼』はそこにある。

 

 彼女と伴に居たいという想いはシスイに自覚させられた。時が来れば、彼女と本当の夫婦になりたかった。そして、つい先ほどは家庭を築く約束を取り付けようとした。

 

 もしも自身が婚約を口にすれば、彼女は微笑ましいくらいに()()()()()、二つ返事で了承する。

 そんな想像が目に浮かぶほどだった。

 

 そうして二人で幸せな人生を送れる。

 彼女と二人ならば、人生に現れるようなごく一般的な障害は、こともなく乗り越えられるだろう。

 結婚――( )産――( )児――( )子どもの巣立ち――( )孫ができ、血が脈々と受け継がれていく――( )家族に看取られ大往生を二人で迎える。

 

 その先にはそんな幸せな人生が待っているのだろう。

 

 ああ、だが、優先するべきモノを間違えることなどできなかった。

 

 彼女の想いに応えようとする自分が居た。けれど、その前に忍である自分が居た。

 

 行動の理由はそれだけで十分足りた。

 ――それしかなかった。

 

 そして、仮面の狙いがなんとなくだが理解できた。

 

「すまないが、賭けには乗れない」

 

 クナイを投擲する。

 

 『写輪眼』はチャクラを見る目だ。瞳力の強さにもよるが『写輪眼』相手に煙幕は無駄だった。

 

 煙に巻く、ということができないならば、どうするべきか。

 方法としては単純。

 投げたクナイが光を発する。括り付けた光玉が効力を発揮しただけだ。

 その洞察力に長けた『眼』を眩ませればいい。

 

 背を向けてまた、走り出す。

 ガラスが砕ける音が聞こえてくる。罪悪感が、心の中で巣を作った。

 

 後ろ髪を引かれる想いで、ただ後ろを見ないように前に進んだ。

 確定させたくはなかった。もう一度、取り返せる機会が来る可能性を捨てずにはいられなかった。

 

 今の自分には、彼女を選ぶ資格などないと嫌でも自覚させられる。

 彼女に会えば、罪悪感で胸が痛んでしまうだろう。

 

 それでも、シスイに対する嫌な予感は増すばかりだった。走るしかない。追っ手はなかった。

 

 

 ***

 

 

 失敗した。失敗した。失敗した……。

 

 そればかりが頭を巡る。

 

 うちはフガク襲撃。幻術『(こと)(あまつ)(かみ)』による洗脳。

 それにより()()()にくすぶる火種を一時的には揉み消すことには成功した。

 

 それが根本的解決にならないことならわかっていた。

 九尾の一件を機に、悪くなった()()()の立場。警務部隊の役割も、年々、狭められ、暗部へと置き換えられるようになってきていた。

 

 まるで、もう()()()が必要とされていないようだった。当然のごとく、不満は溜まる一方だった。

 一族の代表たる、うちはフガクでも、抑えきれなくなるのは時間の問題だった。

 

 だからこそ、うちはイタチが暗部にいる。

 どれだけ、不満の爆発を後へ後へと先延ばしにすることができるか。そういう戦いだった。

 

 イタチが火影になるまで、とはいかないが、イタチが暗部という火影直轄部隊で功績をあげれば、()()()の待遇も少しは良くなる。

 話し合いで、これからの()()()の未来を掴むことができる。そう思っていた。

 

「そこをどけ、イタチ……。()()()のためだ」

 

「どくわけにはいかない。木ノ葉のためだ……」

 

 何者かによる、うちはフガク、うちはミコト夫婦の暗殺。そして、警務部隊の予算の縮小。それらにより、()()()はすでに手のつけようのないまでに、不満を昂らせた。

 

 この暗殺が()()()に関わる者によるものだという確証はない。だが、この暗殺の意図は読める。

 

 クーデターを行う瀬戸際になり、意見を翻した、うちはフガクを邪魔に思う者たち。例えば、()()()の急進派の者たちによる思惑。そして、木ノ葉内での混乱を呼び起こし、再び世の中を戦火に包もうとしている者たちによる思惑か。

 

 なんにせよ、もう手は尽くした。

 後戻りなどできない。

 あとは自身で火をつけるだけ。

 

 もし、滞りなく成功すれば……。

 そう願わずにはいられなかった。

 

「お前もわかるだろ! 一族を存続するためには、これしか道がないことくらい」

 

「だが、それで里がどうなる……? わかるはずだ……」

 

 その糾弾はもっともだった。

 木ノ葉の上層部を幽閉した後、()()()の新たなリーダーを火影に任命させるクーデター。

 そして、抑止力に使う九尾。

 

 無血革命を謳っているが、結局は理想にすぎない。

 任命させた後に、上層部を解放すれば、彼らを旗印に掲げた新たな政権が誕生してしまうのは明白であった。

 

 だからこそ、彼らが死ぬまで幽閉を続ける他はなく、また、彼らを解放するべく立ち上がる勢力が現れることは不可避だろう。

 木ノ葉を不当な支配から解放するために……。

 

「だから、そのために……〝()()……! 〝()()、協力を取り付けてある。彼らが()()()()()()〟の正当性を認めるはずだ!」

 

 他の政権からの支持があれば、ある程度の反対勢力の抑制になるはずだ。

 

「それでいいはずがない……。〝岩〟に、〝雲〟はどうする? 敵にまわらないとも限らない」

 

 第三次忍界大戦の終息以降、忍界全体で軍縮が進められている。忍が必要とされなくなってきているのだ。

 その最中に、木ノ葉が分裂するというこの事件。

 解放勢力と、彼らの利害は一致する。

 

 

 確実に、忍界全体に、戦乱が波及する。

 

 

 まず、他勢力の介入による木ノ葉での代理戦争。

 この時点で、木ノ葉の未来は明るくない。どちらが勝とうと、見返りが求められる。

 木ノ葉が食い物にされることは目に見えている。

 

 もし、膠着状態に陥りでもしたとするなら、直接の軍事介入がないとも限らない。火事場泥棒的に、他の国で小競り合いが起こらないとも限らない。

 そうすれば、第四次忍界大戦が勃発する。

 多くの忍、そして戦いに巻き込まれた一般人さえ犠牲になる。

 

「くっ……、だが、これ以外に道はない……。上手くやれば……上手くやればいいんだ……」

 

 これらはあくまで最悪のシナリオだ。

 〝砂〟と〝霧〟との支援のもと、反対勢力に早急に対応すれば、上層部さえ逃がさなければ、クーデターは成功する。

 

「成功してだ……。〝砂〟や〝霧〟は内政に干渉してくる」

 

 薄氷の上を渡る思いでたどり着いても、その先にあるのは、ただ冷たい思惑の絡んだ世界だ。

 

 まっすぐで厳しい瞳に、全てを見透かされているような思いになる。一切の取り繕いも許されない。

 眼を閉じ、その言葉を、その思いを十分に噛みしめる。

 

「ああ、わかっているさ……。だが、耐えればいい。十年だ……。そうすれば――( )

 

「な……っ」

 

 まぶたを開く。

 『写輪眼』……、その上をいく瞳術である『万華鏡写輪眼』。そして――( )最強幻術『(こと)(あまつ)(かみ)』。

 

「もう一度、使える」

 

「……っ!」

 

 悟られることなく他人の思惑を誘導できる。間違いのなく最強の幻術であろう。欠点といえば、対象が一人であること、次に使うためには長いスパンが必要なこと。ただそれは、効果と比べて些細なことだ。

 これがあれば、これさえあれば内政干渉だろうとなんだろうと……。全ては人だ、全ての事は人が行う。きっと、上手くいく。

 

「だから、それまでの時間稼ぎをイタチには手伝ってもらいたいんだ」

 

 それを聞き、イタチはうつむく。

 どこか悔しさを滲ませるように、肩を震わせ、絞り出すように――( )

 

「そんなものに頼って成功すると思うのか……」

 

 突きつけられる言葉は残酷だった。

 わかってはいる。この『眼』は、この『術』は、人の信念を容易く捻じ曲げる。道理に(もと)る卑劣な忍術だ。

 

 けれど――( )

 

「わかってるさ。だが、正しく使えばなんの問題もない!! それに次は……次は、絶対に失敗しな――( )

 

「――その『術』は(ひずみ)を生む」

 

 遮られる。

 か細い声で、しかしそれには意志と、痛みが通っていた。

 

「無理に抑え込んだとしても、たわみ、ゆがみ、ねじれ、最後にはバラバラに崩れ去る。どう力を込めたとしても、力を込めるほどにだ……」

 

 どうにかできると思っていた。

 驕っていた。

 だからこそ、この結末なのだと。だからこそ、失敗したのだと。

 その目は強く主張していた。

 

 ああ、わかっている。一度うまく行ったように見えたのだって、イタチや、それにあの子のおかげだった。

 決して幻術だけの力ではなかった。

 

「その『術』は、失敗を生む」

 

 断言される。

 今までやってきたことが無意味だったと、なるべくしてなった失敗だったと、たどり着く場所は変わらず、ただいたずらに道筋を変えただけだと――( )否定される。

 

「違う……!」

 

「……まだ、まだ時間は作れる。違う方法を――( )

 

「違う……っ!」

 

「シスイっ!!」

 

「――違う……ぅうっ!!」

 

 ――瞬身。

 

 通り名にもあるその術、持てる技術の最高速。

 並大抵の忍では目で追うことすらかなわない。最適化された動き、そして予兆さえ感じさせない静かで淀みのない剣さばき。

 

 手練の忍の命さえ奪う必殺の一撃。

 

「くぅっ……」

 

 火花が散る。

 首筋の手前、忍刀を防ぐクナイがある。

 その類稀なる経験とセンス、そして勘から、必殺の一撃は防がれた。

 今までにない経験。わずかながらに動揺する。

 

「もう、他に方法なんてない……!」

 

 忍刀が弾かれると共に距離が広がる。

 死角からのクナイ。

 風を切る音を頼りに叩き落とす。

 チャクラの高まりを感じる。

 

 咄嗟に忍刀を空に投げ、手を自由にする。

 素早くこちらも印を結ぶ。

 

「「『火遁・豪火球の術』!!」」

 

 放った術は同じだった。

 火遁を得意とする()()()の基本忍術。ゆえに、それを見れば実力がわかる。どれだけ己を研鑽したかの程が知れる。

 

 年齢からも、実績からも、自らが一日の長がある。

 だからこそ、負けるはずが――

 

 

 ――押されている。

 

 

 同じ火遁が押し合えば、押し返される相手の炎を飲み込んで、その威力は倍になる。

 悪くても、拮抗。そう思っていた。

 けれど、現実はそうではない。引くか否か、選択肢はもはやない。

 

「くそっ……!」

 

 炎に飲まれる寸前の離脱。判断の速さでわずかばかりに服が焦げた程度で済む。

 向こうには、火遁を使い息を切らしたイタチが見える。

 

 

 ――もう一度、瞬身。

 

 

 落ちてくる忍刀を手にする。

 喉元に切っ先を突き立てる。今度こそ、勝った。

 そう思った。

 

 

 ――カラスが舞う。

 

 

 目の前にいたはずのイタチは姿を(カラス)に変える。

 

 

 見誤った……。

 

 

 うちはイタチの実力を見誤った。

 

 

 このイタチの戦い方を知らないわけでは決してなかった。よく知っていた。

 だが、あの全力での火遁の押し合い。その後に、影分身を囮に使う余力があるとは思わなかった。だからこそ、頭の隅に追いやったこの状況だった。

 

 嘆く暇もない。

 

 飛んで来たクナイ。牽制なのは間違いがない。

 鴉が視界を遮るために、必然的に音に頼ることになる。

 それは鴉の羽ばたく音に混じっていた。幾度か響いていた金属音が、クナイ同士でぶつかりあって軌道を変えたと教えてくれる。

 

 あくまでも冷静に。前方からのクナイに気を取られすぎず、来るべき攻撃に備える。

 上体を屈め、クナイを躱す。同時に死角に忍刀を備える。冷たい音とともに手にジンと痛みが走った。

 

「戻れ、シスイ! まだ間に合う……」

 

「もう手遅れだ! だからオレがここにいる……っ! お前だってわかっているだろ!?」

 

 もはや、語るべき言葉ない。

 押し通るだけだった。

 

「く……っ!」

 

 急襲に失敗すれば、即刻離脱。

 さすがは、うちはイタチか、退き際はわきまえている。いや、ただ迷っているだけなのかもしれない。

 

「まさかな……」

 

 離れるイタチに手裏剣を放つ。

 追撃するその手裏剣に、イタチは地面に手をつき、軽く身体を浮かせることでかわしてみせる。

 

 お返しとばかりに、クナイが三本投擲されるが(つたな)い。

 人を殺す程度のエネルギーのこめられたそれなりの速度であるが、その全てが右側に集中している。左側ががら空きだった。まるで――( )

 

「くそっ……」

 

 地面を蹴る。

 無理だった。全てを躱しきるにはすでに手遅れだった。

 

 大きく右側に身体をすべらせる。左の脇腹をクナイがかすめる。

 そして、雨のようにクナイが降った。起爆札付き。あのまま左に避けていれば、間違いなく串刺し、あるいは爆風の餌食か。

 

 あの時だ。

 鴉に視界を覆われていたあの時。クナイの軌道を変えたクナイは、空へと、そしてこうして時間差で降ってきたのだ。憎らしい。

 イタチの離脱が早かったのは、自らの仕掛けに巻き込まれないため。

 

 爆音が響く。

 こちらにはクナイが降らないか――。

 

 ああ、今度は地面が抜けた。

 ここまでが想定内だったのだろう。わかっていた。だが、わかるのが遅かった。

 相手が一枚上手だった。

 

「上に注意向けたら、次は足元か……」

 

 こちらにも仕掛けがあるのはわかっていた。まだ、降るクナイがあるのではないかと思ったことが敗因だった。

 

 生半可なトラップならば、食い破る。自信はあったが、相手が悪い。

 

 襲い来る手裏剣を忍刀で弾く。

 無理な体勢で、徐々に追い詰められていく。

 

 どうにか逆転をしなくてはないない。だが、忍術が使えない。使わせてもらえない。

 印を結ぶ余裕さえない。攻撃の手を緩めないイタチに、もはや、なす術がなかった。

 

 大きくイタチが踏み込んでくる。

 もはや、猶予などなかった。

 

 印などを必要としない、目さえ合わせれば発動する『万華鏡車輪眼』。その幻術にかけてしまえば……。

 

 機会は一瞬だった。

 

 目を合わせれば発動する。

 

 簡単なことだった。

 

 接近するイタチ。その動きに合わせる。幾度となく、こうやって、敵を幻術に嵌めてきた。それをたどるだけだった。

 ああ、簡単なことだった。

 

 

 ――だが、つい目を逸らした。

 

 

 血が飛び散る。

 

 

 それが自らのものだと理解するのに、そう時間は要さなかった。

 そのイタチの判断は正しい。幻術にかけられそうになったから、咄嗟に下したのだろう。

 

 その場に崩れ落ちる。

 

 負けたのだ。

 うちはイタチに負けたのだった。

 

「なぜだ……シスイ!」

 

 忍は返り血を受けない。それに習い、一切の汚れなく、イタチはこちらを見下ろしていた。

 その言わんとしていることはわかる。

 

 最後のあの瞬間のことだろう。

 なぜ、『万華鏡写輪眼』の幻術を使わなかったかだ。

 そんなことは決まっている。

 

「こわ……かったんだ……」

 

 そう、怖かった。

 うちはイタチの存在が、いや、うちはイタチに()()()()()が怖かった。

 

 瞳術を使う際、視線を交錯させる必要があった。

 だから、目に入った。

 あの、うちはイタチの赤い眼が、『写輪眼』が怖かった。

 

「そんな……はず……ないって……」

 

 解ってはいた。

 『万華鏡写輪眼』と『写輪眼』では、瞳力の差は歴然たるものだろう。

 だが、だ。相手はうちはイタチだ。

 

 あの『豪火球』の勝負でも、経験の差を物の見事に打ち破った()()()()()()だ。

 

「でも……げんじゅつでも……負けたら……、オレの……立場……ないだろ……?」

 

「…………」

 

 やるせなく見つめているのがわかる。

 強くなった。最初に会ったときよりずっと。心の底からそう思った。

 

 振り返れば、この戦い、最初の『火遁・豪火球』での押し合いで全てが決まったのだとわかる。

 あのとき押し勝てていれば……いや。

 

 勝ったのはイタチだ。なにを考えようが、その事実は変わらない。

 

「オレの『眼』をお前に預ける」

 

「…………」

 

 イタチの表情が曇るのがわかる。

 自己満足かもしれない。わかっている。だが、誰かの手に渡るよりは、イタチに渡しておきたかった。

 

()()()のために……お前なら、正しく……いや」

 

 ふと、ある少女のことが脳裏に浮かんだ。

 たしか、ワガママに付き合わせてしまったこともあった、イタチのことを想う少女だ。

 

「正しく使ってくれとは言わない……」

 

 そもそも、この『(こと)(あまつ)(かみ)』は正しい術でないかもしれない。正しさがなにかはもうわからなかった。

 

「だが……お前たちの……幸せのために……、未来のために……使って……ほしい」

 

 身体が冷たくなっていく。

 意識が遠くはなれていく。

 

 あとは、自らを超えた弟分が、その選んだ荊の道の中を乗り越え、幸多き人生を送っていくこと願うのみだった。

 

「オレの……ワガママだけどな……。こんなことになったけど……オレはお前の……親友でいたいんだ……」

 

「シスイ……」

 

 オレなんかのために、そうイタチは悲しんでいた。それが最期に目に入った。

 

「ありがと……な」

 

 それは、すっと、暗闇のなかに身を落とすようだった。

 

 

 ***

 

 

 うちはシスイは間違いなく親友だった。

 だが、前提とした立場が違った。

 うちはシスイは里と一族という二者択一を迫られて、一族を取った。

 それに対して、うちはイタチは里を取った。それだけだった。

 

 親友の亡骸の前で立ち尽くしている。

 悲しみと共に、飲まれてしまうのではないかというほどの荒れ狂うチャクラが『眼』に向けて流れてきた。

 我を失い、目につくもの全てに危害を与えたくなるほどだった。

 

 〝血の涙と共に――( )〟という父のセリフが理解できた。

 

 結果として、間に合わなかった。

 サスケと共に家に帰ろうとするミズナの『影分身』を見つけだけだった。

 曰く、ナルトは突然現れたシスイが送って行ったらしい。

 

 そしてナルトを幽閉し、シスイは単独でクーデターを起こそうとした。

 単独と言っても、上層部を拘束するまで。それが成功したとき、一族が決起し、渡りをつけた他里から支援を受ける。

 それはシスイとの会話から、推測できる。

 

 先鋒として、木ノ葉の火影邸へ向かうシスイを待ち伏せし、討ち取った。ただそれだけの話だった。

 

 綿密な計画もなく、クーデターとしては()()()もいいところだった。本当は成功させる気などなかったのかもしれない。

 九尾の威光を借りようが、シスイ一人で上層部を拘束するなど……いや……本当に一人――( )

 

 

 上体を反らして躱す。

 その攻撃は的確に『眼』を狙っていた。開眼したばかりの『万華鏡写輪眼』をえぐり出そうとする攻撃だった。

 

 すぐさま距離を取る。

 仕掛けてきた相手を視認。やはり、あの〝仮面〟だった。

 

 シスイとの戦闘で疲弊しきっている今を狙い、こちらを殺そうとでも言うのだろうか。

 だが、簡単に負けるつもりはなかった。隠し持ったクナイに手をかけ――( )気が付いたのはその時だった。

 

 あるべきはずのものがない。

 あったはずの、うちはシスイの遺体が消えていた。

 

 シスイを殺したのは夢ではない。

 眼に映る光景を、動きの一つ一つまでより詳細に理解できることから、自らの『写輪眼』は瞳力を増し変わっているに違いなかった。

 なによりも、シスイの最期の言葉は鮮明に覚えていた。

 

 であれば、してやられた。

 目を離した隙にシスイの死体を回収されてしまったのだ。その『万華鏡写輪眼』ごと。

 

 おそらく、なんらかの術か仕掛けがあったのだと想像がつく。

 それが、あのこちらの『眼』を狙った攻撃を避けている隙に発動されたのだろう。あの攻撃は完全に囮だった。

 

 シスイに託された『万華鏡写輪眼』だった。そのはずであったが、こうしてたやすく奪われてしまったことに歯噛みするしかない。

 

 一定の規則で地面を叩く乾いた音が聞こえた。

 杖をつきながらもやってくるその男は、里の闇を身に背負う男だった。

 

「うちはイタチよ。逆賊――( )うちはシスイ暗殺任務、御苦労だったぞ? 安心しろ……九尾の人柱力はこちらで保護させてもらった」

 

 その瞬間、全てが理解できた。

 無論のこと、そんな任務は受けてはいない。

 

 本来、人柱力なら暗部に手厚く保護されているはずだった。だが、この男の策略により、うちはシスイが手を出せるほど警戒が薄くなっていたのであろう。

 

 シスイを始末することにより、その『眼』も自らのモノにできる。

 一度は阻止された目的も果たせ、なによりこれで……。

 

「オレの処分はどうなりますか? 曲がりなりにも、里の仲間を殺したわけですし」

 

「なに、うちはシスイは〝霧〟と〝砂〟に通じておった。証拠もある。お前は里の裏切り者を殺したのだ。それに、うちはシスイはかなりの手練れであったからな。褒められはすれど、責められるいわれはあるまい」

 

 そう、ダンゾウは言う。

 シスイを殺したのは、完全に独断だった。里に指示を仰ぐべきところを、時間を惜しんで後回しにした。

 できればシスイは捕らえるべきだったろう。しかし、ダンゾウはそれを責めない。

 

「そして、ワシはこの功績を以ってお前を上忍に推薦したいと思うのだが……?」

 

「上忍……ですか」

 

 火影というのは通例、上忍からしか選ばれない。暗部に所属し、分隊長という立場を得ているにせよ、いつかは通らなければならない道だった。

 

「ヒルゼンも喜んで承諾するであろう」

 

 それは長年の付き合いからの憶測か、根回しも済んでいるということか。判断はつかないが、ダンゾウは確信をしているようだった。

 

 この男の掌の上で踊らされているという状況は悔しく、憎らしくもあった。

 

「一つ、質問しても構いませんか?」

 

「なんだ?」

 

 鋭い眼光がこちらを睨みつける。

 言葉の一つ一つを慎重に選ばなければならなかった。

 

「シスイの扱いについて、これからどうなりますか?」

 

 仮にも、うちはシスイは警務部隊の隊長だった。

 シスイの意思は一族の総意と受け取られかねない。一族の立場がこれ以上、悪化することがあってはならなかった。

 一族の存続が、シスイの意思だったから。

 

「本来なら強硬な手段をとるべきなのだがな……ヒルゼンに止められておる。一応は、名誉の殉職……ということになるか……」

 

「遺体は……どうなりますか?」

 

「行方不明、ということになるな……」

 

 それで、一族の者たちが納得するとは思えなかった。

 ダンゾウの目的が、半分は透けて見える。

 

「ふ、イタチよ。そう身構えるでない……。今回の件もそうだったが、もう一度()()()が愚かな真似をしたときについては、お前に一任しようと思っているのだ」

 

「それは……」

 

「お前が()()()をどうしようと、お前の勝手というわけだ。すでにそのときは、お前の言う里の仲間ではないからな……。期待しているぞ?」

 

 その言葉とは反対に、薄ら寒さを感じてしまう。

 ダンゾウがなにを狙っているのか、その思惑を完全に読み解くことが容易だった。

 

 

 ***

 

 

 家に帰り、布団に入れど、どうしても今日のことが頭に浮かんだ。

 

 うちはシスイを殺した。殺さざるを得なかった。

 

 あの〝仮面〟との遭遇に、シスイとの戦い、そしてダンゾウの思惑。

 

 度重なる理不尽に疲弊し、前に進む気力もわかない。友の嘆き、そしてなにも変えることのできなかった自身の無力さに、打ちひしがれる他はなかった。

 

 とるべき手は尽くした。

 ここまでくると、もはや、こうなるものと最初から決められたもののような気さえしてくる。

 

「イタチ? 大丈夫?」

 

 呆然とし、布団の上に仰向けに横たわっていれば、彼女が隣に座り込む。

 

 彼女に弱った姿は見せたくない。

 そういった生産性もない意地で、彼女から顔を背けてしまう。ただ、彼女の前ではそれが無意味だとよくわかっていた。

 

「大丈夫じゃ、ないみたいね……」

 

 そっと、寄り添ってくる彼女の温もりが心地よかった。

 

 一度は彼女と伴に生涯を送りたいとも思った。だが、その想いと、彼女の『眼』を半ば捨てるように逃げ、中途半端なこの状態で彼女の優しさに甘んじることは許されるべきことではなかった。

 

 彼女を拒絶しようとするが、身体が思うように動かなかった。疲れからか、無意識に彼女を求めてしまう自分がいるのか、あるいはそのどちらともか。

 

「ねぇ、イタチ……。どんなときも、あなたの隣には私がいるから……」

 

 隙を突いたように、彼女はスッと目の前に顔を出す。上から覆い被さり、こちらの顔を覗き込むような姿勢を彼女はとっていた。

 

 彼女から漂う甘い匂いが鼻腔をついた。今までもあったこの距離だが、今までとは違う感慨に支配されている。

 

 今日起きたことを洗いざらい彼女に話してしまいたい衝動に駆られる。

 きっと、彼女のことだから、笑って許してくれるのだろう。そして、許されたかった。

 

「ミズナ……」

 

 これ以上の言葉は出ない。

 許されてはいけない。自分で決着を付けるべきことだと整理をつけてしまったからだ。

 

「あのね、イタチ。もし、私のことでイタチが自罰的になってるなら、それは御門違いなの。大丈夫だよ? どんなに辛いことでも、私がちゃんと責めてあげるから……」

 

 まるで心を読んだように彼女は言った。

 たった一言、名前を呼んだだけで彼女に察せられる。情けない思いになった。

 

「お前はなんでもわかるんだな……」

 

「ちゃんと言ってくれないと、わかるものもわからないんだけど……」

 

 バツが悪く、つい、視線を彷徨わせてしまう。

 そんな状況を払拭するためか、彼女は言った。

 

「ねぇ、イタチ。この服、いいでしょ?」

 

 上半身を彼女は起こして自慢する。

 自然と目線は彼女の身体のラインに沿い、動く。

 

 彼女の寝衣は、ゆったりとしたワンピース型の生地が柔らかい白地――( )彼女が可愛いと称したレースやフリルなどの装飾がついたそれは、今日の彼女との買い物で彼女にねだられたものだった。

 

 月の光に照らされて、彼女の姿は優美に映えた。

 言いようのない魅力をそこに感じてしまう。

 

「ああ、綺麗だ」

 

「ふふ、そうでしょ?」

 

 照れたように笑う彼女に感情が刺激される。

 気がつけば、情動につき動かされていた。

 

 彼女の手を掴み、引く。

 不意を衝かれた彼女は倒れ、代わりにこちらの上半身が起きる、先ほどまでとは逆転した体勢になる。

 ヒラリと、彼女の寝衣の裾が風をはらんで膨らんだ。

 

「イタチ……?」

 

 そうキョトンと首を傾げる動作がどうしようもなく愛らしい。彼女から感じる香りが思考を奪っていくことがわかる。

 

 何かが変わってしまったのであるなら、それはシスイを殺してしまったときであろう。抗えない感情に心を埋め尽くされていた。

 

 どうしようもなく、彼女の温もりが欲しかった。ただ、抱きしめられるだけではもう足りなかった。

 その想いで彼女の服に手をかけた。

 

「……ダメだよ? イタチ……」

 

 そこまで来て、これからなにをされようとしているのか理解したのか抵抗を受ける。

 そっと、彼女に手を掴まれる。

 

 反応は一瞬だった。

 手をひねり、逆にこちらから彼女の手首を掴む。そのまま彼女の手を彼女の頭の上に抑えつけた。

 

 それでも彼女は抵抗を続ける。彼女の実力はわかる。本気で抵抗されてしまえば、一筋縄ではいかなかった。

 そして、気が付いたのは、それなりに攻防を重ね、半分ほどはだけた彼女の寝衣から下着姿が覗きはじめたその時だった。

 

 扇情的なその姿は、なおも感情を高ぶらせた。

 

「ミズナ……イヤなのか?」

 

 こちらが手を止めれば、彼女もまた手を止める。

 その問いかけに、彼女が顔を紅潮させているのがわかった。

 彼女が本心から嫌がるはずがないのだと、今までの経験から憶測立てることができた。

 

「でも……ダメなの……」

 

「イヤなのか?」

 

 彼女は首を横にふる。

 感情を自覚させてしまえば早かった。その緩慢な抵抗から、彼女も望んでいるのだと理解できた。

 

 完全に寝衣をはだけさせたわけではないが、彼女の下着に手をかける。これも、彼女に頼まれ買ったものに違いない。色では良し悪しがわからないからか、彼女は適度に装飾の付いたものを気に入っていた。

 

 今までも、こんなあられもない姿は何度か見たことがある。

 だが、彼女は今までと違い、恥ずかしいのか泣きそうに唇を固く結んでいた。

 そっと、頭をなでて慰める。

 

「ミズナ……」

 

「……うぅ」

 

 肌と肌の触れ合う感覚が心地よかった。

 そっと、彼女を抱きしめると感じられる温もりに、柔らかさ。彼女の全てを自らのモノにしたかった。

 

 そして彼女は()()を拒まなかった。




 やってやりました!




 余談。
 イタチが主人公の眼を回収した場合。

 シスイが、うちはマダラ(仮)の協力を得てクーデターを成功させる。ただし、ダンゾウは逃す。
 イタチはサスケと主人公を連れて亡命。

 結果として、岩+雲+ダンゾウ+三代目や千手と親しい皆様+イタチvsうちは+日向+木ノ葉の一部旧家+木ノ葉の烏合の衆+砂+霧、という対立構図で第四次忍界大戦!
 八尾の尾獣玉+白眼で遠距離狙撃!
 うちは側も真似して九尾の尾獣玉!
 うちはが、九尾を操っているところを見せたせいで、九尾事件を思い出し、うちは側の木ノ葉の仲間が戦意喪失!

 結果、戦争がグダグダになって講和、会合の結果イタチが火影になる。
 というところまで思い付いてやめました。

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