なにもみえない   作:百花 蓮

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成り行き、修行、混迷

「それで、あの子は落ち着いたってわけか……」

 

「ああ、なんとか、マシにはなった……そっちはどうだ?」

 

 ミズナが精神的に安定するまで、一族を治める役はシスイが買って出てくれていた。

 一族よりも、彼女のことを優先するべきだとシスイに諭されたのだった。

 

「そうだ。つぎの警務部隊隊長には、オレがなることにした」

 

「お前が……か」

 

 うちは(いち)の手練れとして、人望はおそらく申し分もないだろう。

 若い、という点を除けば、シスイ以外の適任はいない。

 そして、新たに隊長の座についた後釜が、クーデターを再び企むことをこれ以上に阻止できる方法もなかった。

 

「ああ、イタチ……お前に隊長を任せるという話もなかったわけでもないが、そしたら、火影の座が遠のくだろう? だから、代わりにオレがって、話になったわけだ」

 

「そうか……」

 

「オレたちは、みんなお前に期待してるってわけさ」

 

 うちはイタチが火影にさえなれば、一族の扱いが今とは違うものになる。これが、うちはイタチという忍に皆が希望を見出すよう誘導した結果だった。

 

「それはいい……。オレが気になるのは、オレたちの父と母を殺した下手人のことだ」

 

 復讐を企んでいるわけではない。ただ、誰が殺したのか。単に〝血継限界〟を狙ったのか、それ以外の思惑があったのか、はっきりさせておく必要があった。

 

「いや……。こればっかりは、オレもさっぱりだ。この案件には、〝警務部隊〟じゃなくて、〝暗部〟があたってるからな。おかげでこっちは不満が昂ぶってきてる」

 

 一族としても、うちはフガクの死の真相は、そしてその『写輪眼』の行方もはっきりさせておく必要があるのだろう。

 面目を潰されて、黙っているほど大人しい一族などではない。

 

「シスイ。憶測でいい。お前の考えを聞かせてくれ」

 

「そうだな……オレは、クーデター推進派がやったんじゃないかと思っている」

 

 警務部隊で、うちはフガクの部下だった者たちの誰か、それが犯人だと言うのだ。

 

「里や〝根〟ではなく、か」

 

 クーデターを抑え込んだといえども、一族の立場は厳しいものだった。一族の力を削ぎ、混乱に陥れるため。可能性としては十分に考えられる。

 

「ああ、木ノ葉上層部の判断であれば、これは()()()としか言えないだろうな。失敗した時のリスクが大きすぎる。相手はあの、うちはフガクだぞ?」

 

 里が自ら一族の代表を手にかけたとなれば、同じ〝血継限界〟を持つ日向一族を筆頭に、うちは以外の一族が反発を覚えるだろう。次は自らの番かもしれない、と。

 そうすれば、この木ノ葉という里が立ち行かなくなることは自明だった。

 

 うちはフガクが生き残り、里の不義理がバレてしまえばダメージは計り知れない。あの場には、今は第一線から退いているとはいえ、もとは上忍である、うちはミコトもいた。

 果たして、それほどのリスクを伴う行動に出れるかどうか。

 

「部下である()()()の者が不意打ちを仕掛けた、という方が可能性としては高い……か」

 

「そういうことだ、イタチ」

 

 だが、そうであれ、喉の奥に引っかかるような違和感がある。

 果たして、不意を打たれた程度で、シスイ以外の一族の忍に父が遅れをとるのか。

 

「だが、そうだとして、事件の当日に不在だった警務部隊の者はいるのか?」

 

「いや、名簿ではうちはフガク以外にはいなかった……」

 

 警務部隊全体がグルである可能性は考えがたい。分身などの術を使えば、アリバイ工作は可能ではあるが、それで誤魔化せるような小隊程度の人数では、うちはフガクを殺せるとは思えなかった。

 

「本当に一族の者が下手人なのか?」

 

「わからない……。だが、このタイミングだ。全くの外部とも思いがたい。だから、イタチ。そっちでも、暗部のツテで少し探りを入れてみてくれないか?」

 

 この事件は、奇妙な違和感に支配されている。

 一族をクーデターから方向を変えたことで、ひとまずの安寧を得たが、それがこうも簡単に崩されようとしているのだ。

 この違和感を解消しない限り、本当の平和が訪れてはくれないという予感があった。

 

「わかった。こちらからも探りを入れてみよう」

 

「ああ、頼んだぞ」

 

 どれだけの情報を掴めるかはまだわからないが、暗闇を歩いていくような不安に包まれてならなかった。

 

 

 ***

 

 

「兄さん! 姉さん!」

 

 パシャンと戸が強かに柱に打ち付けられる音がした。

 

 ミコトさんとフガクさんが死んでから、私とイタチは一緒に寝ることがほとんどになった。

 その理由は、イタチが情けない私を励ますためだ。

 

 不肖ながら、私はまだ完全に立ち直れてはいないとイタチに判断されていた。恥ずかしい話だけど、たまに上の空になることがあった。

 そんな私に、二人の方が落ち着けるだろうとイタチは添い寝をしてくれていた。

 

 やめ時が掴めなくなった、というのも勿論ある。要するに、私がイタチに甘えすぎているのだ。

 

 家を住み替えるという話も着々と進んでいた。

 

「どうしたの? サスケ」

 

 朝早くだった。私の活動時間帯ではなく、まだ少し眠い。

 今日はイタチの休日だった。サスケが舞い上がるのも無理はない。

 

 あの事件以来、私は家事を、イタチは仕事を、という形で家を回していたが、なにも支障はなかった。

 もともとミコトさんから私は家事のほとんどを任されていたし、イタチは暗部の任務をこなした十分な報酬で私たちを養ってくれる。

 今、私たちは十二歳だった。普通にアカデミーを卒業する年齢とちょうど同じだった。

 

 十二歳になるのを機に、イタチは暗部の分隊長に出世した。なんでも、分隊長就任は規定で十三歳以上となっているところを、イタチのために十二歳まで引き下げたのだとか。

 私たちの平穏は、まだ保たれていた。

 

「今日は修行つけてくれるって、約束でしょ……!」

 

「気が早いな、サスケは……」

 

 いつの間にか、起きていたイタチがそう答えた。

 朝日もまだ十分に昇っていない時間で、どれだけそれをサスケが楽しみにしていたかよくわかった。

 

「はぁ……仕方ないなぁ……」

 

 そして、私は『影分身』を生み出す。家事担当の私である。

 眠い目をこすりながら、台所へと向かって行った。

 

「じゃあ、行こ! 兄さん、姉さん!」

 

 そう元気にサスケは玄関まで走って行った。

 私たちは二人で顔を見合わせてしまう。サスケだけ、支度を終えているわけで、私たちはまだ着替えてはいない。

 

「もう、サスケったら、せっかちなんだから……。ねぇ、イタチ……今日はどんな服がいいと思う?」

 

 実を言うと、私は服のコーディネートを前は全てミコトさんに任せていた。

 私だって、オシャレはしたいが、どんな色合いになっているかがわからない。だから、他人に任せるしかなかった。

 

 まあ、ミコトさんも、イタチも同じで、大人しめの服を私に着せるのを好んでいた。

 雰囲気で、それくらいなら察せた。

 

「今日は……これだな」

 

 準備が早く、もう用意してある。案の定というか、なんというか、いつもと同じような組み合わせだった。

 どういう考えで、私にそんな服を着せるのかがわからなかった。

 

 イタチならば、私をもっと可愛くコーディネートできるはずだと、そう私の直感はささやいていた。

 

「はぁ……。じゃあ、さっさと着替えちゃいましょう」

 

 その場で私は服を脱いだ。

 イタチは私の着替えを恥ずかしがることもなく、マジマジと見つめていた。別に家族だし、私としてもなんてことなかった。

 

 まあ、最近まで、イタチと一緒にお風呂に入っていたのだ。

 正直なところ、ここ数年で成長した私の身体を見せるのは、家族でも少し恥ずかしかった。

 

 それでもだ。イタチはお私が風呂で滑って転んで死なないか心配していたのだ。

 心配のしすぎとも私は思ったが、実際に、滑って転びそうになったところをイタチに助けられた。イタチは命の恩人だった。

 

 それに比べれば、着替えを見られるくらいはどうってことなかった。

 

 今までにないくらい、私はイタチに頼っていた。甘え切っていた。

 親切を当然として、私はなにも返せていないのではないかと思った。

 

 私たちは身支度を終えて、サスケを追った。掃除、片付け用に分身を一体残して任せておいた。

 

「遅いぞ! 姉さんも、兄さんも!」

 

「サスケが早すぎるだけでしょう?」

 

 なんだかサスケが張り切りすぎな気がした。こういうとき、怪我をしてしまうのではないかと心配になる。

 よし、しっかりと私が注意しておこう。絶対に、怪我なんてさせないんだから。

 

 私たちが向かったのは、一族の演習場だった。

 さすがにこの時間には、人影も見当たらない。ほとんど貸し切りのような状態だった。

 

 うちはの演習場は、木ノ葉のはずれ、森の開けたところにあった湖のある広場ということになっている。

 

「それで、それで。兄さん! 火遁を教えてくれるって、約束だったでしょ……?」

 

「ああ、そうだ。だが、そんなに急ぐ必要はないだろ?」

 

「だって、ちゃんとした術を教えてくれるなんて……滅多にないことだから……」

 

 今までにサスケに忍術を教えることはなかった。

 私は、まあ、チャクラコントロールの仕方をメインにレクチャーしていたし、イタチは忍としての隠密の技術とか、手裏剣の投げ方だとか、印を組む練習だとか、基礎的なことしかやってない。

 

 だからやっぱり、派手さがないから不満なのか……。不満なのか……。

 なら、ここは私が言わなければいけない。

 

「あのね、サスケ。今までやってきたことだって、ちゃんとしたことよ? それが全部土台になるの。基礎を怠って歪な状態で先走ったら、ロクな目に遭わないわ。新しい術だって覚えられないし、作れない。そうでしょ? イタチ」

 

 私は正しいことを言っているはずだった。

 だが、なぜかイタチは何か言いたげに私を見つめていた。そしてイタチはちゃんと注目しろと催促するように視線を私からサスケに送る。

 

 サスケは目をうるうるさせていた。今にも泣きそうだった。

 

「……あぁ、姉さんの言う通りだ。だが、お前が基礎を怠っていないことくらいはわかるさ。だから、こうして術を教えるんだ」

 

「兄さん……」

 

 気がつけば、仲間はずれだった。

 私の方がちょっと泣きそうだった。というか、ほんのり泣いていた。

 

 それはともかくとして、イタチは演習場の湖に付けられた桟橋の上に立った。

 

「サスケ……よく見てるんだぞ?」

 

 組まれた印は――( )巳――( )未――( )申――( )亥――( )午――( )寅。

 サスケにもわかるように、ゆっくりと。

 

 息を吸う。それと同時に、肺にチャクラが溜められていく。

 

 ――『火遁・豪火球の術』。

 

「わぁ……」

 

 目の前に広がる光景は壮観だった。

 吐き出された炎は球状に広がり、湖の全てを覆い尽くしていく。

 近くで見ているサスケからすれば、オレンジ色の炎の壁が視界いっぱいに立ち塞がったようにしか見えないんじゃないかと思う。

 天に昇るように消えていく炎を、サスケは目を輝かせんばかりに眺めていた。

 

「兄さん!」

 

 どうやらイタチの術を前にして、サスケはテンションが上がっているようだった。

 

「これが、()()()基本の火遁忍術。『火遁・豪火球の術』だ。どうだ? サスケ。やってみるんだ」

 

「え……」

 

 手本は見せたと言わんばかりのイタチだった。

 サスケは困惑していた。

 

「頑張って! サスケ!」

 

 私も野外から声援を送る。

 今、サスケに必要なのは、踏み出す勇気に違いなかったから。

 

 覚束ないながらも、サスケは印を結んだ。ゆっくりと一つ一つ丁寧に印は組まれていく。

 

 そして、息を大きく吸う。

 

 ――『火遁・豪火球の術』。

 

 不発だった。

 

「に、兄さん……」

 

 おずおずと顔色を窺うように、イタチに声をかけた。

 イタチは微笑んで言った。

 

「コツは口腔に一度チャクラをとどめることだ」

 

 もう一回、サスケは湖に向き直る。

 今度こそはと意を決したように、先ほどとは比べるまでもない(なめ)らかな動作で印を結んだ。

 

 ――『火遁・豪火球の術』!

 

 ポシュッと音を立てて、放たれたのは人間の頭くらいのイタチの『豪火球』と比べたら小さな火の球だった。

 

 足りない自分の実力に愕然としてか、サスケはガックリと肩を落とした。

 

「サスケ……。まあ、最初ならこんなものさ」

 

「慰めならいらない! 兄さんのことは知ってるぅ……ッ」

 

 チラッと、イタチがこちらの顔を見たのがわかる。

 サスケの様子が少し変だ。なにか、追い詰められているようだった。

 

 後ろの方で仲間はずれにされていた私だが、急いで駆け寄っていく。

 

「オレはオレで、お前はお前だ。今できなくとも、次はできるように修行していけばいい」

 

「もういいよ。オレは兄さんや姉さんみたいに忍者学校(アカデミー)を――( )

 

 私はサスケのことを、イタチに抱きつくときと同じ要領で、思いっきり押し倒した。

 危うく、水に飛び込むことになりそうだったが、ギリギリセーフだ。

 

 急なことに、サスケは目を白黒させているようだった。

 

「サスケ。重要なのは、昔どうだったかじゃない」

 

「でも……」

 

「確かに、兄さんは『豪火球』を一回で完璧にやってみせたし、私だって、初めてでそれなりに(かたち)にはしてみせたわ」

 

 イタチが初めてで『豪火球』を習得したという話なら、聞いた。まあ、イタチだし。

 

「なら……」

 

「ふふん。でも、それだけよ。まだ、ちゃんとしたコツを掴んでないだけで、サスケもまだまだできると思うんだけどね? もう()めちゃう? 諦める?」

 

「…………」

 

 難しい表情をサスケはした。心の中で葛藤をしているといった様子だ。

 

「最初つまずくなんて、だれにだってあることよ。もしかしたら、いくらやっても、できないかもしれない――( )そうやって()める人も中にはいるわ。でもね、サスケ。あなたは頑張りなさい。頑張って、頑張って、頑張り続けなさい」

 

 ――あなたが頑張れるってこと、私たちは知ってるんだから。

 

「……姉さん」

 

 その目には迷いがあった。戸惑いがあった。

 どうすればいいか決め兼ねているような、そんな目だった。

 

「頼っていいのよ? 家族だもの。いくらだって手助けするわ。そうでしょ、兄さん?」

 

「……ああ、もちろんな」

 

 支えられて私があるように、サスケのことを私たちが支えるんだ。

 そう願っても、バチは当たらないはずだろう。

 

「兄さん、姉さん――」

 

 交互にサスケは私たちの顔を見比べた。

 

「――オレ、頑張るよ」

 

 私はイタチの方を向く。そして、イタチと頷き合った。

 

「それじゃあ、今日中に習得しちゃいましょ?」

 

 まだまだ時間はたくさんあった。

 サスケはイタチほど、すぐになんでもこなせるわけではないけれど、ちゃんとできる子だ。やってできないことはない!

 

 私はサスケを押し倒したままだったから、上から退いてサスケを解放する。

 

「わかった。だったら、もう一回……っ」

 

「あ、ちょっと、待って……」

 

 ちょうど、私の『影分身』がこちらへと到着したところだった。

 

「ご飯にしましょう? サンドイッチ、作ったの」

 

 お弁当の箱を分身から受け取って、帰らせる。昼食の用意をさせるためだ。

 今日は三食お弁当になるかもしれない。サスケをみっちり鍛えあげるためにはやむを得ないか。

 

 ピクニック気分で三人で朝食を食べて、弁当の空いた箱は、また新しく作った影分身に運ばせる。

 

 そうして、二人でサスケに『豪火球』のコツを教えた後、頑張ってるサスケを前にし、イタチと私は並んで座った。

 

「ねえ、イタチ……」

 

「どうした?」

 

 どうしてもイタチに話しておきたいことがあったのだ。

 

「あなた、サスケに甘くない?」

 

 気のせいかもしれないが、イタチの言動はサスケを甘やかすものが多い気がした。少しだけ気になったのだ。

 

「お前が厳しい分、そうなる……」

 

 帰ってきたのは、心外な返答だった。私は面食らって、わずかばかり黙り込んでしまう。

 

「私って、そんなに厳しい?」

 

 子育てにおいて、両親ともに子どもに厳しくしてしまうと、子どもに逃げ場がなくなって、ストレスを抱え込ませてしまうという理屈はわかる。

 でも、でも、どっちがやりたいかと言われたら、甘やかす役の方がいいに決まってる。

 

「ああ、オレにもな……」

 

 ――でも、それが助かってるんだ。

 

 そうやってイタチは私の髪を撫でる。

 なんだか、納得がいかない。モヤモヤとするこの気持ちはどうしようもない。

 

「……じゃあ、イタチは私にも甘いわ」

 

 だから、恨み言まじりにイタチにそう言った。そうしたら、イタチは苦笑をする。

 

「かもしれないな」

 

 そう言ってイタチは私の肩を抱いた。私を近くに抱き寄せるんだ。

 

 そうすれば、許されるとでも思ってるのだろう。そんな安直なイタチの行動に反発心が生まれるが、同時に私の心が穏やかに安らいでいくことがわかった。

 

「もう……っ」

 

 そうして私は仕方なくイタチに体重を預けて、彼の服をギュッと握る。抱えていた不満も全部なくなってしまっていた。

 

 ふと、気になる。サスケの磨く『豪火球の術』の大きさは、だいたい子どもの背丈くらいの直径にまで成長していた。

 

 完全にサスケが『火遁・豪火球の術』を習得したのは、日が暮れるその直前のことだった。

 

 

 ***

 

 

 うちは一族の代表の死は、里に波紋を広げていた。

 火影執務室。

 押し入って来たのは、志村ダンゾウ、うたたねコハル、水戸門ホムラ、同期の三名である。嫌な予感がした。

 

「ヒルゼン……。木ノ葉警務部隊の来年度の予算を二分の一するべきだと、ワシは思うのだが……」

 

 開口一番にそう言いだしたのはダンゾウだった。

 共に来た、ということは、御意見番の二人も同意見だということに違いない。

 

 正式な予算会議までは時間があった。今それを言い出すのは、なにか思惑があってのことだろうと考えられた。

 

「ダンゾウよ。若き()()()の努力を無駄にするつもりか……」

 

 それは、ようやく収まりつつあった()()()に火種を投下するに等しい行為だった。

 

「だが、状況は変わったぞ? うちはフガクは死んだ。これ以上、相手はどう出るかわからぬならば、まず弱体化させておくべきではないのか?」

 

 『別天神』に嵌められた、うちはフガクが死んだゆえに、行動を起こすべきだとダンゾウは言う。

 

「しかし……」

 

「戦争も終わり、今は平和な時代……。警務部隊の予算が減らされようと、なんらおかしくないと思わぬか? ヒルゼン。そうだな……減らした分は、九尾事件からの復興のための予算に回せばよい。まだ爪痕も残っておるからな……」

 

 御意見番の二人もそのダンゾウの意見に頷く。

 

 だが、どんな建前を取り繕おうが、うちは一族の負の感情を煽ることは明白だった。

 

 次に口を開いたのはコハルだった。

 

「そもそもじゃ、ヒルゼン。もともと()()()には十分に潤沢な予算が割り当てられておる。それが()()()を増長させ、外部との繋がりを絶った起因なのではないか?」

 

「じゃが、それは二代目様の政策を引き継いでの……」

 

「もう時代も変わった。政策も変えるべきとは思わぬか?」

 

 言い返すこともできない。

 二代目火影の政策を引き継いだままだったゆえに、うちはの不満が高まった。そう考えることもできたからだった。

 

「考えてくれるか? ヒルゼン……」

 

「三割じゃ……。それよりも減らしてはならぬ……。だが、まだ考えさせてほしい」

 

 代表を失い、混乱する()()()()()を追い詰めるということには賛成できない。

 だが、ダンゾウや御意見番たちの意見を無視することもできない。

 ゆえの妥協だった。

 

「どうか火影として懸命な判断を……」

 

 ダンゾウは大仰に念を押した。

 他の御意見番二人もそれに頷き、身を翻した。

 

「では、我々はこれでな……」

 

 そして、帰っていく。

 ただ一人、ダンゾウだけがそこに残った。

 

「して、ダンゾウ……なんの用じゃ……? うちはイタチのことか?」

 

 ダンゾウとの間で、主に話題に上るのはそれだった。

 

「いや、それもあるが、うちはフガクを殺した下手人のことだ」

 

「〝根〟がなにか、掴んだのか?」

 

 他里のしわざか、それとも一族の内輪揉めか、暗部を使えど情報が全く掴めないままだった。

 ただの偶然か、何者かが里を混乱に陥れようとしているようにも思える。

 

「いや……そうではない。だが、ヒルゼン。感じぬか? 九尾事件の時のような胸騒ぎを……」

 

 うずまきクシナの妊娠の際に緩んだ封印の隙を突いて、九尾が外に出、里を襲った。

 あれは時代の節目の天災――( )

 

「正直、イタチを火影にするのはワシも吝かではない。あやつはワシよりも()()だからな……」

 

 ダンゾウの口から出るとは思えない言葉に、ある種の皮肉が混じっていると想像できた。

 

「それが妥当だとワシも思っておる」

 

 うちはイタチの実力も、器も本物だろう。

 何事もなければ、次の世代を託すことができる。願わくば、四代目のように急逝する、ということにはならないでもらいたいが。

 

「だが、あやつには功績が足りぬ……」

 

「だからこそ、暗部で……」

 

「策がある。安心するのだ、ヒルゼン。その為の予算の削減だからな……」

 

「なに……?」

 

 言いたいことを全て言い切ったのか、ダンゾウは疑問の声にも答えず帰って行く。

 心なしかその姿は、なにかの影に怯え、焦っているようにも見えた。

 

 ダンゾウを、友を信頼するべきかどうか。闇を行く男の考えを、まだ読み解けずにいた。




 ついにこの小説の合計文字数が二十万字を超えてしまいました。
 こんなに長い話を読んでくださり感謝です。

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