なにもみえない   作:百花 蓮

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じつりょくさ

 うちはイタチとの出会いから一週間。

 長く人々を苦しめた戦争、第三次忍界大戦は終息を迎えた。甘すぎる融和政策、有利だった木の葉隠れは賠償金を一切求めないという、歴史上例の見ない素晴らしい停戦条約を結んだ上で、岩隠れと和解した。

 

 無論、木ノ葉隠れの人々には不満が募る。この戦争で多くの人命が失われた。それなのに、有利だったのに、なぜ? と。

 私の母も、例に漏れず不満を吐き出す。あの人の犠牲の意味はなんだったのかと。

 私の待遇は前よりも酷いものになった。

 

 それに対して木ノ葉上層部は、トップを挿げ替えることにより、形の上では終わったことにし対応した。

 三代目火影、猿飛ヒルゼンの退任。そして、大戦で多くの功績を残した英雄、波風ミナトの四代目火影就任。これで一応、燻った火を揉み消すことには成功したようだった。

 

 けれど、私の待遇は変わらなかった。

 

 

 今はそれは置いておこう。

 私は変わらず日課として、森に日向ぼっこをしに来ていた。家にいるより、こうやって外でぼうっとしている方が、何もかもを忘れられる。自然の大いなる流れに飲み込まれて、ちっぽけな私自身を大きなものだと錯覚させることができた。

 

 そしてそう、あれからイタチは毎日やって来るようになった。いつも帰り際に、だいたいは日が沈むか沈まないかの頃、コソコソとなぜか隠れるようにやってくる。

 不思議に思いながらも、いつも、なにしてるのと声をかければ、いやと答えて消えていく。本当に、なにがしたいかわからない。せっかく手伝うって言ったのに、なにも頼んでくれやしない。

 

 ただ、時々それよりも早く訪ねてくるときがある。

 ――今日みたいに。

 

「なにしてるの?」

 

「……いや……」

 

 そうやって、イタチは少し気まずそうな顔をした。木々の合間から姿を現わす。陽の光に、イタチの顔はさらされた。

 

 これがあるから、元気に歌をうたうとか、変なことを安易にはできなくなってしまっている。少し悲しいかな。

 ピーちゃんはイタチに慣れたようで、近づいてきても大して反応を示さなくなった。

 

「クナイ……持ってる?」

 

「あ、あぁ……」

 

 何本もイタチはこの森にクナイを持ち込んでいる。

 いつの間にか、的がいっぱい設置してあるところがこの森にはできていたから、多分そこでイタチは手裏剣術の修行しているのだろう。

 

「くひひ、これなぁんだ?」

 

 私は隠し持っていた八枚の木製の円盤をイタチに見せた。その円盤には二重の黒い円が描かれていて、中心は赤い円―( )―というよりも点で塗られている。

 

 やや下品に笑った私にイタチは動揺を隠せない。ピーちゃんの呆れを隠さない鳴き声が聞こえる。

 昨日、イタチが帰ったのを確認した後、頑張って剥がして、ここに持ってきたんだ。

 

「投げるから、投げて?」

 

「……?」

 

「投げるから、当てて?」

 

「……わかった」

 

 主語が捻れた。そのせいで意味のわかりづらい、ただの単語の羅列になってしまっていた。

 訂正した文章を正しく理解したイタチは、クナイを構える。別に断る理由もないし、やってもいい、という感じなのだろう。

 

「じゃあ、いくよ! りゃあっ」

 

 そんな掛け声で、的を放り投げる。

 すると、一秒も立たないうちにビュッと風を切る音を立ててクナイが飛んできた。

 私の手もと、すぐ近く。投げた的へと見事に命中する。

 だが勢いはそこで止まらない。後ろにある木に一直線に、的を巻き込んでいる―( )―そのはずなのに到達した。

 

 ぎこちなく振り向く。クナイは的のど真ん中を貫いて、木に突き刺さっていた。

 怖い。クナイの威力怖い。凶器の恐ろしさをそばで感じて、四歳児の私は涙が出できちゃう。

 

「ねぇ……怒ってる?」

 

「……いや」

 

 気まずい空気が流れる。

 思えばそうだ。刃物って危険物だ。クナイとか、絶対買うときに『小さい子の手の届くところに置かないでください』みたいなことが注意書きであるでしょ。

 四歳児って、小さい子じゃないのかな。

 

「投げないなら、返してくれ」

 

 そう言って、クナイをしまったイタチ。もう今の私の状態では無理だと判断したのだろう。的の返却を催促した。

 

 だからって、素直に従う私ではない。ここで引き下がってしまえば、大事な何かを失ってしまう気がしたから。

 

「隙あり!! りゃ――ひぃ!?」

 

 的から手を離した瞬間、クナイが捉え、私から私の意図しない形で引き離す。またそれは勢いよく、後ろにある木に突き刺さった。

 的が二つ、地面から数度の狂いもなく垂直に並んだ。

 

「ねぇ……狙った?」

 

「……偶然だ」

 

 おそらくイタチは二度と再現できる自信はないから、そう答えているだけであろう。でなければ、こんな満足げな表情はしないはずだ。

 ピーちゃんは、ビビってるのか、身の危険を感じたのか、私を置いて、イタチから離れるように数十メートル離れた木の陰に隠れてしまっている。

 

 残る的は六枚。

 手から離れた瞬間にクナイに掻っ攫われるんじゃ、悲しすぎる。これじゃ投げてるって言えない。どうにかして遠くまで投げたい。クナイ、怖い。

 

 だから私は一計を案じる。

 全力で的を振り被る。勢いよく、遠くまで。そう念じて的を――投げない。投げる振りをして、掴んだ的を引っ込める。フェイントだ。

 

 私がまたなにも考えずに、愚直にも的を投げると思ったイタチは、引っかかって、クナイを投げて――来なかった。

 こちらをじっと窺って、様子見をしている。

 

 何度か同じようにフェイントをかけてみるが、引っかからない。ならばと私は今度こそ本当に投げる。

 

「せいや――ひゃあ!?」

 

 手もとが射抜かれ風を感じる。恐怖を感じる。また同じように、後ろに木に向かって飛んで行った。

 団子のように、三つの的が綺麗に並ぶ。

 

「なんで……なんでわかったの!?」

 

「お前は投げるとき、声をあげる」

 

「え……?」

 

 確かにそうだ。フェイントのとき、私はなんの掛け声も出さなかった。そんな些細な違いも見逃さずに疑うなんて、大した奴だ。

 

 今度こそ、どうすればちゃんと遠くに行くのか考える。要するに、そうだ、投げる予備動作がなければ予測もできない。ただ、ノーモーション、なんて真似もできるわけがない。

 なら、どんな手を使うか。

 

 単純だ。その動作を隠せばいい。

 後ろを向き、下から上へ。おそらくこれが、隠したまま全力で投げられる向き。身体を使って的を隠して、悟られないよう的を投げる。

 

「いっけぇえええー!!」

 

 回転がかかり、勢いよく的は駆け上がっていく。手から離れたその一瞬、流石のイタチもクナイを投げることはできない。

 あとは太陽が味方する。逆光。まだ陽は高く、空を見上げなければそれは気にはならない。しかし、運よく太陽はこちら側にあった。

 

 イタチは目を細める。この的を見切れるかどうか。私とイタチとの真剣勝負だ。

 回転をする的は空気を切り裂き、直線的には落ちてこない。それがより、イタチの照準を難しくする。

 

 クナイが飛んだ。

 重力に従う的の軌道を完全に理解し、予測し、命中すると確信を持てたからこそだろう。クナイは重力をものともせず、真っ直ぐと。イタチの狙いをつけた場所を目がける。

 

 当たった。

 頭上数メートルの空中で、クナイは見事目標物を捉えてみせた。そこまでは良かった。

 

「あっ……」

 

 けれど的はクナイごと、あらぬ方向へと飛んで行く。森の中に消えてしまう。

 取りに行くのが面倒になってしまった。

 

 一応だが、私にはどこに落ちたかわかっている。紛失したわけではない。それでも、このまま探す素振りも見せずに、的当てを続けようとすれば、なんて思われるかはわからない。

 

「次は、投げないのか?」

 

 そんな私の思慮を無視して、イタチは次を要求した。

 探さなくてもいいのだろうか。そういった思いも、その言葉で頭の片隅に追いやられた。

 

 私は負け嫌いだ。こんな風に言われてしまえば、簡単に引き下がることはできない。

 次は絶対に、なんとしてでも外させる。それしか頭には残らない。

 

「投げるよ。――これならどう?」

 

 同じように、私は投げる。

 これなら投げてすぐを狙い撃たれない。さっき証明して見せた。だから今度もこの方法でいく。

 的は真上に突き進む。

 

 だけど、まるっきり同じわけではない。

 的を投げたときの力は重力に負け、落下が始まる。

 

 逆光によって、今はまだイタチには見えない。だが、強い光の中を抜け、ようやく的はその姿を現した。

 

「な……!?」

 

「……にひひ」

 

 イタチは驚きの声をあげる。私のイタズラは成功したようだった。

 落ちてきた的、それは一枚ではないんだから。私はいっきに三枚投げた。

 

 それでもイタチは気づかなかった。その的たちは、落ちるまでぴったりと重なっていたのだから。

 三枚の的のそれぞれが、自由な軌道を描きながら地面に向かう。

 

 イタチの反応は素早い。

 誤認していた的の数を修正して、構えていたクナイに加え、さらに二本。その全てを片手、右手で投擲する。

 投げられた三本のクナイは吸い込まれるようにして、それぞれがそれぞれ、一つずつ的の中心を破った。

 

 だが、そこで引き下がる私ではない。

 

「たあ!!」

 

 気合いと共に最後の的を、イタチの頭を目掛けて横向きで投げつけた。上の三つに集中していたイタチは、当然のごとく即座に反応することはできない。

 憂慮することなく最後の一つは私の手から離れる。

 

「くっ……!?」

 

 余りにも予想外な私の行動に、あのイタチでもやや苦しげな表情をする。だからって、私の攻撃をイタチが受けるわけはない。華麗な身のこなしで、イタチはそれをたやすく躱すはずだろう。

 まあ、ただ躱すだけならば、私の勝ちだが。

 

 行動は、迅速だった。

 さらに一本、イタチはクナイを取り出した。左手で、三枚の的への投擲に使っていない手を使い。

 右足を一本後ろに引く。上半身を反らし、的の直撃を避ける。しかし、それだけでない。左手のクナイで下から―( )―的を突き上げ、中心を穿つ。

 

 下からの攻撃を受け、ポーンと的は上昇する。そして、こっちに向かってきた。

 渾身の波状攻撃を対応され、意気消沈していた私はとっさに動くことができない。カンっとそこそこの質量を持ったものが私の頭にぶつかった。

 

「うぅ……うぅ……」

 

 ショックだ。二重の意味でショックだ。そんな私をピーちゃんが冷たい目で遠くから見つめてくる。

 

「すまない……」

 

 的をぶつかけてしまったのはわざとではない。それはわかる。クナイの部分が当たったら、笑い事じゃなく危なかったから、イタチは絶対にそんなことはしない。ただ運が悪かっただけだ。

 

「う……ううん、大丈夫……」

 

「いや、本当に……すまない」

 

 というか、私がイタチを狙って投げるなんて卑怯な真似をしなきゃよかっただけなんだから、そんなに深刻な表情で謝罪はしないでほしい。

 

「じゃあ、全部中心にクナイを当てたイタチには、景品として的、八個を進呈したいと思います」

 

「もともとオレのだ……」

 

 不服とばかりに突っ込まれてしまった。

 私はめげない。めげないで、的の回収に走ろうとする。

 そしたら私を呼び止めるように、イタチは声をかけた。

 

「そういえば、的の場所、わかるのか?」

 

「ん? わかるよ? あっちと、あっちと……それから、あそこかな」

 

 森の中に消えてしまった的の方向を指差す。

 真上に投げて、捉えられたものは、だいたいわかりにくいところに飛んで行ってしまった。けれど幸い、木に引っかかったものはない。

 

「わかった。なら、ここら辺のものは集めておく」

 

 なるほど。役割分担か。

 割り振られたように、私は森の奥にある的を取りに行った。ピーちゃんはここでようやく戻ってきて、偉そうに私の頭の上に座る。

 

 つつがなく的を四つ集め終わった。ちょうど半分。二人だから、これでノルマは達成だ。

 だが、戻ってきて、涼しげに私を待つイタチを見て思った。

 

「私の方が多く動いてる……」

 

 ピーちゃんは、なに言ってんだこいつ、みたいな声で鳴いた。




 イタチ氏のスペックが段々おかしくなってくる予感。

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