なにもみえない   作:百花 蓮

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 書いているときはノリノリでした。


分岐点、見過ごし、幸せだった日々

 大切な時間があるとしたら、おそらく今であろう。

 二人で、もう人通りの少なくなった道を歩いていた。

 

 父と母の計らいによって、二人だけで出かけていた。

 サスケは仲間はずれだと、少しだけ拗ねてしまったが、母になだめられ、しぶしぶと一人で修行をしているところだろう。

 

 二人で甘いものを食べて、お茶を飲んだりしてすごした。今はその帰りである。

 

「なぁ、ミズナ……」

 

「なに?」

 

 足を止める。どうしても聞いておきたいことがあった。

 

「どうして行くって、決めたんだ?」

 

 もちろん、あの演習のことだ。

 彼女には、自らの命を危険に曝す必要などありはしない。けして戦う必要などない。

 それなのにだ。帰ってきたときには、いくつか身体に傷を作っていた。承知はしていたことであるが、無理にでも止めていたらと悔やまない気持ちがないわけでもない。

 

 もう過ぎてしまったことではある。説得には遅すぎる。それでも、どうしても聞いておかなければならないことであった。

 

「ほら、私って、なんの役にも立たないでしょ?」

 

 あの時だ。あの時からだ。

 たまに彼女は、自分を卑下することがあった。

 他人の視線に敏感な彼女が、集落の中を歩くたびに心労を募らせていることはわかっていた。

 

 他人の評価は、自らの評価へと影響を与える。

 『眼』を失った彼女が、そうなってしまうのはある種の自然の成り行きともとれる。

 

 それでも、自分を卑下する彼女に言っておかなければならない。

 

「そんなことはない……」

 

 家事に、サスケの世話に、親の手を借りる必要のないほどにやってのける彼女だった。

 自分の居場所がなくならないように、どこか切羽詰まったように、なにかに追われるように。

 見ていられないと、ときおり母――( )うちはミコトは眉をひそめていた。それは扱いに困っているようにも思えた。

 

「ううん。私のやってることは、誰でもできるよ……。でも、それでも、力になりたいんだ」

 

 それを彼女は心の底から信じている。平生からもそれは理解できる。

 けれど、彼女は間違いなく、幼少の頃の自分と競い合っていた。紛れもなく優秀だった。

 心の奥底では、彼女を認める気持ちが、恐れる気持ちが今でも。

 

 ――オレは、誰にも……。

 

「…………」

 

 これ以上、なにも言うことはできなかった。

 心の中の様々なものがない交ぜになった感情を吐き出すことができなかった。

 整理がついていないからか、彼女をおもんばかるゆえであろうか。その心の内には無理に向き合うことはできずに、そっと目を背ける。

 

「ほら、イタチ……()()()には〝夢〟があったでしょう?」

 

 日が差す。光だ。夕暮れの赤い、眩しい光だ。

 目がくらみ、強い日差しの影になり、彼女の表情は見えなかった。

 

 確かに、自身の目標を何度か〝夢〟という言葉で語ったことがある。だが、彼女は()()とつけた。一瞬、なんのことかはよくわからなかった。けれど、すぐに理解する。

 

 あの日だ。

 忍者学校(アカデミー)入学のあの日。

 彼女の語った〝夢〟は確か――( )

 

「私の〝夢〟はもう十分に叶ったから……」

 

 

〝家族と穏やかに暮らしたい〟

 

 

 おおよそ、夢と言うべきでない。これを夢と呼ぶ、そんな世の中であってはいけない、現実に叶えられてしかるべきものだった。

 

 その時に、己はなにを思ったか。

 確か……彼女には負けられない。彼女だけには負けてなるものかと、そう思った。確か、そうだ。

 なぜだったかは忘れてしまった。

 

「私はもう死んでも構わない……」

 

 今の幸せを端的に比喩したのか、本心からそう望んでいるのかはわからなかった。

 いつか消えてしまうのではないか、そんな嫌な不安に駆られるような言葉だった。

 

「そんなこと、言うな……」

 

「だって……、本当にそう思ってるんだもん。思ってることに蓋したって、想いが消えてなくなるわけじゃないでしょう?」

 

 〝中で腐って、どんどん悪くなっちゃうかも〟と、クスクスと冗談交じりに語る彼女の、表情はやはりわからない。

 

「みんなには感謝してるんだ。だから、イタチ……〝夢〟は変わってない?」

 

 なぜだろうか。

 この答えで大きく未来が変わってしまうように思えた。全てが決まってしまうように思えた。

 

 躊躇する。

 その〝夢〟を叶えるためには、犠牲にするものが多すぎるのかもしれない。

 もしかしたら、自らのあり方が、彼女に自分自身を傷つかせるあり方を選ばせてしまったのかもしれない。

 

 そう思うと、なにも言えない。

 

「……うぅ?」

 

 彼女は首を傾げる。

 当然の如く来ると思った返答が、なかなかに来ないと訝しがるように。

 

 本当に、このままでいいのか。

 自問自答が頭の中をかけ巡っていく。

 

 暗部に入れば、火影の目にとまる活躍ができれば、一族と里との橋渡しになれれば。

 争いは起こらない。里も、一族も、平和なまま暮らしていける。

 

 もちろん彼女の言う家族も、サスケも……穏やかに……。

 

 ――……穏やかに?

 

「ミズナ……」

 

「……はい……っ」

 

 虚をつかれたように、咄嗟に彼女は返事をする。

 このままでは決していけない。

 なににおいても、わずかながらに覚えてしまったこの違和感を、無視するわけにはいかなかった。

 

「……幸せか……?」

 

 結果、抽象的な質問になる。

 ただ、すり替えられていたことは確かだ。

 死んでも構わない、〝夢〟は叶った、たとえどんな言い回しであろうと、それには実がこもっていないように感じられた。

 

 否、いま考えれば、彼女自身が自らにそう言い聞かせているように感じられた。

 満足しているようで、どこか虚ろげだった。熱がこもっているようでいて、まだまだ客観的だった。

 

 彼女は一度として、自らの幸福を口にしてなどはいなかった。

 

「……たぶん」

 

 いままでとは違う。まるで自信の欠けた答えだった。所在なさげで、消え入りそうで、それなのに、だからこそ、心を揺さぶってくる。どうしても悔しく思う自分がいた。

 

 すっ、と静かな動作で、彼女は自然に距離を詰める。

 気が緩んでいるわけではない。気を許しているからであり、あっというまに触れ合えるほどの距離まで近づいていた。

 

 体重を預けてくる。背中に手を回してくる。

 

 間があった。気が遠くなりそうなほどの、そしてたった一瞬の間が、確かにあった。

 

「……幸せ」

 

 

 気がつけば、手を伸ばしていた。

 

 

 反応がない。

 

 

 ときおり、本来ならば目の見えない彼女は、気が動転しているのか、気を取られてしまっているのか、チャクラの制御がうまくできなくなるのであろう――( )その類稀なる感知能力を発揮できないことがある。

 そうして、周りの変化への反応がおろそかになる。

 

 

 髪に触れる。

 

 

 昔はもっと無造作に伸ばされていて、傷んでいたような気がする。

 上質な絹のようで、透き通り、繊細で乱れのない光沢を帯びている髪。今は綺麗すぎるくらいに整えられている。

 それは彼女の性格によるもので、彼女の努力によるものでもある。

 

 スッと、なんの引っかかりもなく、手応えもなく、まるで風を裂くように、()ける。

 

 彼女の表情はわからない。

 

「ミズナ……」

 

「はい」

 

 心が痛んだ。

 

「オレはお前を――」

 

 

 ***

 

 

 離れない。

 頭から離れない。

 

 私は、いま、幸せなのだろうか?

 わからなかった。

 

 満足のいくことばかりではない。

 けれど今まで生きてきた短い人生の中で苦しいこと、辛いことはなかったと思う。

 それなのに、それなのに――( )

 

 幸せだと、実感したときも確かにあったと思う。それでも、心に穴のようなものが開いて、埋まらない。いや、満ち足りたと思っても底抜けのように、次の瞬間には悲壮感や虚無感に支配されて、ぽっかりと、その姿を消してはくれない。

 

 私がなにを求めているのか、それがわからない。

 

 それでも、彼の力になりたい。その気持ちは間違いなどなく、間違ってなく、私の中に存在していた。

 もうどうしてかは忘れてしまった。けれどまるで私の存在理由であるかのように、行動の根底にはそれがある。

 

 代償行為、とでも言うのだろうか。

 ただ、そんな言葉で片付けていいようなものでもないような気がする。

 

 

〝――巻き込みたくない〟

 

 

 そんな私に対しての、それがイタチの返答だ。

 つまり、私のことはいらないということだ。

 私が弱いから。『眼』を失ってしまったから。私が、私がいけないんだ。

 

「ねえ、イタチ。組み手しない?」

 

「……大丈夫なのか?」

 

 おそらくは私が演習で負ったケガのことだ。

 第一声に心配の言葉をかけてくるのは、イタチらしいと言えばらしい。

 

「まあ、ね。でも、ちょっと、新術、思いついたから試してみたいんだ……」

 

 痛いといえば、確かに痛いが、動くには問題ない。

 今こそ、私の真の実力をイタチに見せるときなのだ。

 

「…………」

 

 少しだけイタチは黙り込んだ。

 何かを考えているようにも思える。

 

「……わかった」

 

 そして覚悟するように、気を引き締めるようにして、イタチはそう言う。

 少しだけ不可解だったが、気にしてもいられない。

 

 了承を得られたことで、私は新術の準備に入る。

 

「『影分身の術』っと……」

 

 作った分身は三体。

 私のチャクラは残り四分の一。

 まあ、大規模な術を使う気はないからこの程度で十分。

 

「…………」

 

 無言でイタチは身構える。

 

 新術を発動させる前に倒してしまおう、という心づもりはないのだろう。

 その優しさに少しだけ顔が綻ぶ。

 

 そして私は左手を上げる。

 

「散っ!」

 

 合図とともに、影分身は散る。

 周りの草陰や物陰に隠れてくれる。

 私自身は、その影分身を()()()()()()()()()()

 

 多層的に、()()()()()()感覚がある。

 

「さぁ、来なさい!! 術も、武器も、なんでも使っていいわ! ただし、()()()()()()()()()()()()!!」

 

 やや大仰すぎたかもしれない。けれど、私は本気だ。

 この術には自信がある。

 

 肝心な私の相手は、決して怖気付いてはくれない。

 観察をするように、目ざとくこちらから視線をそらさずにいる。

 

 

 一歩。

 

 勢いよく踏み込む。

 間合いを詰めるためであり、攻撃を与えるためでもある。

 単純に、体術で勝負する。

 

 一瞬の戸惑い。それをイタチから感じ取る。

 私が近距離で戦うことに違和感を覚えたのだろう。

 用心深さを増し、イタチは印を結ぶ。

 

 ――『影分身の術』。

 

 慣れ親しんだその印を間違えるはずがない。

 

 ステップ、から、右の拳を軽く振る。

 見切られ、容易に躱されるが、これは牽制。右足を軸に身体を捻り裏拳を繰り出す。

 

「……くっ」

 

 当たった。

 

 だが、次の瞬間には(カラス)が舞う。その目的は目眩まし。普通の人の場合、こうして視界を覆われると、大抵、パニックに陥る。

 

 一本……。

 

 軽く上体を反らしてクナイを躱す。

 おそらくは身体に染み付いた癖だろう。本来ならば死角となるべき場所から襲ってきた。

 

「全部、わかってるんだよ?」

 

 そっと、飛んできたクナイに指をそわせ、チャクラでキャッチ。

 回転を加え、飛ばす。

 

 どこにいるかは把握済み。

 飛び去る(カラス)の合間を縫って、イタチへと襲いかかる。

 タイミングを合わせ、走り、(カラス)の群れの中を抜ける。

 足音を立てずに、視界に入らない位置から。

 

 弾かれる金属音。

 クナイにはあっさりと対応される。

 

 その隙に、イタチの真後ろに立つ。

 気付かれてないかな。気付かれてないよね。うん、気付かれてないはず。

 そのまま勢いよく回し蹴りを――( )だが、こちらも見ずにイタチは腕でそれを防いだ。

 

「バレバレ?」

 

「勘だ……」

 

「……そう」

 

 右手をついて、左手を振り上げ、勢いのままに回転。身体を捻り、もう一方の足で二段目の蹴りを見舞う。

 

 今度は軽く姿勢を低くすることで躱される。

 簡単に当たってはくれない。

 

 二段の蹴りで両足とも空中にある。

 身のこなしに問題はなく着地。だが、必然的にイタチに背を向けた状態になる。

 

 振り向くのはイタチの方が断然に早い。

 優しく私の首筋に、イタチはクナイを当てようとする。

 

 3、2、1……。

 

「終わ――」

 

 0。

 

 私とイタチの合間を、回転するクナイが抜ける。

 さっき私が投げ返して、イタチが弾いたクナイだ。

 別にチャクラで操作していたわけじゃない。こうなるように投げた。ただそれだけ。

 

 怯む。あのイタチの動きに淀みが生じる。

 人間、予想外の出来事にはどうしても弱い。

 

 サッと私は身を屈める。

 その隙は逃さない。

 おそらく、一生に一度、あるかないかの隙であろう。絶対にものにしなければならなかった。

 

 無理やりにイタチの右腕を掴み、抱え、引っ張ってバランスを崩す。

 一歩下がり、身体を密着。フラついたイタチの体重を背中に乗せ、そのまま思いっきり、投げる。

 背負い投げってヤツだ。

 

 勝った。

 そう思った。

 

 しかし、宙に浮いた、さかさまになった姿勢のままにイタチはクナイを投擲した。

 

 そのクナイは、苦し紛れで自暴自棄に投げられた――( )ワケではない。

 

 ――『写輪眼』が、一瞬だが発動された。

 

 当たる。

 まだ空中を漂っていた、隙を作ったきっかけでもあるあの回転するクナイに当たる。

 

 そして、方向を変える。

 

 その先には何があるのか。なにが狙われるのかなんて決まっている。無論のこと私だ。

 死角に隠れていたはずの、()()()()()がその先にはいる。

 

 ――間に合わない。

 

 まるでビリヤードの玉のように、弾かれ方向を変えて標的に向かうクナイは、影分身の私に直撃する。

 音を立てて、消えてしまう。

 

 まるで刃物に刺されたかのように、()()()()腹部が痛んだ。

 

「しまっ……」

 

 つい、痛みでイタチの腕を掴んでいる力が緩む。

 

 空中で身を捩り、いとも簡単に私の拘束からイタチは抜け出す。計、一回転半捻りで、見事に着地してくれる。

 

 すぐさまにフォローに入ろうとするが、遅い。

 

 流れる動作で足払いをかけられ、倒される。

 そのまま地面に倒れこむ前に、掬い上げるように、イタチは私を抱きかかえた。

 

「大丈夫か……?」

 

 心配の色を浮かべたまま、イタチは私の顔を覗き込んでくる。

 

「あはは、負けちゃったね……」

 

 あくまでも明るく振る舞う。私にはなにも問題がない。そうイタチに感じ取ってもらうために。

 残った影分身は不要であるから、術を解いて消えてもらう。

 

「影分身と感覚を共有する術……か」

 

「正確には思考……かな」

 

 影分身を解除したときに送られてくる情報。それをいっきにではなく、徐々に受け取る術である。

 受信には私の感知能力を使用。私からの送信も可能で、思考を完全にリンクさせられる。

 

 一人が肉体、チャクラの操作。一人が感知で状況の把握。一人が相手の動きの予想、戦術の組み立て。一人が情報の統合。

 といった具合に役割を分担する。

 そうすれば、その全ての思考で私一人を動かせば、パフォーマンスを何倍にも向上させることが可能だ。

 ただの人よりも、何倍も早く考えることができるのだから。

 

「その術は危険すぎる……」

 

「…………」

 

 無論、欠点はある。

 

「チャクラの消費が多すぎだ。それに、感じる痛みさえもが帰ってくる。影分身が無防備になる分、リスクが高すぎる……」

 

 数体の影分身を利用するため、チャクラの消費量が多くなるのは致し方ない。

 ただ、それ以上に、思考を本体に集中させるせいで、影分身が一歩も動くことができないこと。そして思考を繋げているせいで、感じた全てが本体に還元されること。この二つが組み合わさり、大きな問題となる。

 

 こうして、初見で全ての弱点を看破されてしまった。

 

「二度と使うな……」

 

 一回目で禁止される。

 私のことを思ってのことだろう。それでも、それでも、納得がいかない。

 

「……まだ、名前もつけてないのにぃ……」

 

 負けてしまった手前、こうしてイタチの腕の中で、むくれることしかできない。

 

 

 ***

 

 

 ミズナとの、あの一戦のせいかはわからない。考えれば、もっと、もっとずっと前からだったかもしれない。

 うちはミズナに対しての言いようのない感情で占められていた。

 

 例えば、後ろをとられた時。

 彼女は気配を隠すのがうまい。異様なほどにうまい。だからこそ、完全な勘。彼女の性格、能力、今までの戦闘経験の全てに鑑みて、防御の姿勢をとった。それだけだった。

 

 例えば、最後に彼女に投げられた時。

 とっさに使った写輪眼が、手裏剣を捉え、彼女の分身の隠れた場所を覚えていて捉えたからこそ。感覚の共有はなんとなくわかっていたが、それでも確実ではなかった。あのまま負けることだってあり得た。

 

 今回は勝てたからいい。だが、次はどうだ。果たして、その次は。勝ち続けることは可能だろうか。

 

 ――わからない。

 

 十回に一回。五回に一回。三回に一回。二回に一回。そう勝率を伸ばしていく彼女の姿がどうしても脳裏をよぎって仕方ない。

 

 あの術はとっさに禁止にしてしまったが、実際のところ、リスクに見合った効果が得られる。彼女の影分身の持つ能力のリソースをいくぶんか隠密に割いているのか、見つけることは易くなかった。写輪眼があったからこそ見つけられた。

 最初から影分身を隠されていたら、彼女には――( )

 

 気がつけば常に、彼女との次を、次の戦いを想定していた。

 四六時中、頭にへばりついたようにこの考えは消えることは決してない。シスイとの修行での戦術の組み方を想定しているときとは、何かが違った。追い立てられているような、急き立てられているような気がした。

 

「暗殺か……」

 

 二人しか知らない崖の上。いや、確かミズナには知られていた。

 シスイと落ち合い、これからのことを話す。

 

 ()()()が暗部に入るには功績を立てる必要があり、そのためにダンゾウに与えられた任務が暗殺だった。

 

「小日向ムカイといえばなかなかの忍じゃないか……」

 

 里で有数の忍となったシスイがそう言うほどであった。

 小日向ムカイは、才能に恵まれ、人望も厚く、火影から信頼もされている。ただ一点、霧と内通していることを除けば優秀な忍だった。

 

 暗部であることは隠し、普通の上忍として、妻と子供もいる。それでも、どれだけ同情の余地があろうと、裏切りとは許されない行為であろう。

 

「仲間を一人、()()()()同行させていいと言われた……」

 

「それでオレをか……?」

 

 首を横にふる。

 そう聞いたとき、最初に思い浮かべたのは確かにシスイだった。

 けれど、すぐにその思いを消し去ってしまう考えがよぎった。

 

「いや、いたんだ……」

 

 任務の内容を告げられる際、ダンゾウに直接会っている。そのときだ。見つけた。見つけてしまった。

 ダンゾウの護衛に、完全に隠し切らない気配を揺らめかせた仮面がいた。

 

「あれは確かに、ミズナを襲った犯人だった……」

 

「……!?」

 

 そのときの、ダンゾウの見定めるかのような視線の心地悪さは忘れない。

 

「上手くいけば、ミズナの『眼』の行方も……」

 

「焦りすぎだぞ、イタチ」

 

 どういうつもりでいるかをシスイは察したようだった。

 わかってはいたが、諌められる。

 

「気持ちはわかる。けどな、周りが見えなくなるのはよくない」

 

「だが……」

 

 これを逃せば機はもはや巡ってこないかもしれない。

 賭けになるが、うまくやれる自信ならある。

 ダンゾウの思惑に踊らされる覚悟もある。

 

「わかった。そこまで言うならだ。……だけど、無茶はするな。問い詰めるのもなしで、実力を確認するだけにしておくんだ」

 

「わかってる……」

 

 暗部入りがかかっているのだ。下手なことはできない。

 

「お前が暗部になるということは、オレにとっても〝夢〟なんだ」

 

「〝夢〟?」

 

 数日前の会話が思い出されて、あまりいい気分ではなかった。

 

「一族と里とが本当の意味で同胞になる。そのためには中枢に一族の忍が必要だろう? 一族の希望をありのままに伝える忍だ。里のことも、一族のことも思うお前なら、きっと上手くやって――( )

 

「父とその同胞たちは、一族の殻に閉じこもって、外の世界が見えなくなっている……」

 

 シスイのセリフに、つい反射的にそう返してしまう。

 

「一族を重視するばかりに、血に執着するばかりに、ミズナは……」

 

「イタチ……」

 

 感慨がこもったように名を呼ばれる。

 どこか切なさが混じったような、そんな声だった。

 だがシスイは、真正面からこちらの顔を見つめ、表情を明るくして言う。

 

「ああ、けど、お前たちは違う。お前たちなら――( )

 

 複数形。その中に含まれるのは、己と、文脈から、ミズナだろうか。

 だが、その意味はわからなかった。

 

「そして、イタチ……。お前なら、火影にだってなれる」

 

 シスイは微笑んでいた。

 

「一族初の火影として、里と一族の禍根を、因縁を根底から断ち切り、拭い去ってくれる……」

 

 火影となれば……。

 いや、里と一族。それだけにとどまらない。

 火影になれば、有力者と会合を開くこともできる。争いを抑えることができる。なくすことができる。

 忍という職をこの世界からなくせれば、大名たちは戦う術を失い、全ての争いを消し去ってしまえる。

 

 火影……。

 それが明確な目標だった。

 

「オレはいつまでもお前の親友だ……」

 

「シスイ……」

 

 喜ばしいことのはずだった。

 〝夢〟を叶えるために、友の協力が得られる。希望がある。

 そのはずなのに、胸の奥では不安がひしめき合い、異様な気持ち悪さを感じる。

 

 九尾事件の後のこと。

 うちはミズナの家への襲撃。

 万華鏡写輪眼。

 ダンゾウ、根の忍。

 不満の高まるうちはの会合。

 中忍試験に、突然のミズナの演習。

 なにか、大切なものを見過ごしているような気がした。間違ってしまったような気がした。

 

「やるぞ、イタチ!」




 ということで、今回から新章です。切り方は突然で適当ですが新章です。
 気がつけば、最後に感想を返信してからだいたい一年が経ちました。
 というわけで、試験的に非ログインユーザーの感想も受け付けることにしました。
 非ログインであまりにも酷い感想の場合は、こちらで消してしまうのであしからず。

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