なにもみえない   作:百花 蓮

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観察

「イタチ! お弁当、持ってきたよ!!」

 

 私、大満足な出来のお弁当を崩さないように、慎重に運んできた。

 なのに、なぜか、私の周りの空気は硬直している。

 

「猫、逃げちゃったとよ……」

 

 三つ編みの子はそう言った。イタチと、その他三名の(ひん)(しゅく)を私は買うことになる。

 

 どうやら、Dランク任務の最中だったらしい。

 空気を読まずに、イタチに弁当を届けにきた私のせいで、捕まえる直前にまで追い詰めていた猫を取り逃がしたんだとか。

 

「ミズナ……。さっきの猫だ。まだ追えるか?」

 

「うん、大丈夫。ちゃんと捕捉したから」

 

 イタチはそれを聞いて安堵する。

 私の協力がなかろうと、また追い詰めることくらい簡単に成してしまうだろうに。

 

「……イタチ! 誰だよこいつ!!」

 

「ミズナだ。オレの妹だ」

 

 妹。ふふ、妹。いい響きだ。

 

「ミズナ……? ミズナ……」

 

 イタチの班員であろう男の子は、何かに引っかかったかのように、私の名前を繰り返して言葉を止めた。

 

 そんな彼に取って代わって、今度は三つ編みの女の子が私に食いついてくる。

 

「イタチくんと同じく忍者学校(アカデミー)を一年で卒業した天才とよ? うちはの双璧とも言われとったんやけん」

 

 なにそれ。知らなかった。

 というか、双璧って……。イタチに失礼じゃないか。

 

「別に……。私は……イタチに勝てることなんて一つもなかったし……」

 

「…………」

 

 なにかイタチに疑わしげな視線で見つめられている気がする。いや、絶対にそうだ。

 

「どうしたの? イタチ?」

 

「いや、そんなことを思っていたのかと、考えていただけだ」

 

「そう」

 

 とにかく、猫だ。今は猫だ。

 私のせいで取り逃がしてしまったわけだし、私が始末をつけなければいけない。

 

「ちょっと待てよ! だったらなんでこんな時間にこんなところにいるんだよ! こいつだって任務があるだろう?」

 

「え……。ご、ごめんなさい……。ごめんなさい……。ひっ……ごめんなさい……」

 

 あまりの剣幕に、私は怯えて謝ることしかできなかった。

 怖い……。なにか嫌な記憶が蘇りそうで身体が硬直する。呼吸が乱れて、肩が震えて、苦しくてうずくまる。

 

「ミズナ……! 大丈夫か?」

 

 温もりを感じる。

 すぐに駆け寄って来てくれたのだ。一人じゃない。家族がいる。そう思えるだけで、だいぶ楽になる。

 

「テンマ!! アンタ、女の子に対するマナーがなっとらんじゃなかと?」

 

「なんだよ……。オレのせいかよ!」

 

「わ、私が悪いから……。私が……」

 

「アンタは黙っとりぃけん!!」

 

「……は、はい……」

 

 原因は私だというのに、話から爪弾きにされてしまった。ちょっとだけしょぼくれる。

 

 こんなときに、頼りにするべき大人はというと、ただあたふたと事の成り行きを何もできずに見ているだけだった。

 

「イタチ……。この班だいじょうぶ?」

 

「……なんとかやっていけている」

 

 だったら良かった。

 イタチがそう言うのなら、きっと問題はないのだろう。私はイタチを信頼している。

 

 いまだに口喧嘩を止めない二人の仲裁を諦めたのか、この班の担当上忍らしき人が、こっちへと寄って来た。

 

「二人は……双子なのかい?」

 

 私とイタチの間には、緊張が走った。

 よりにもよって、そこを突かれるとは思わなかった。

 

 けれど、隠す必要もないし、真実のままに私は答える。

 

「いいえ。義理の兄妹で……私が厄介にならせてもらっているんです」

 

 感謝の念は消えることはない。そのおかげで、私は生きていられるのだから。

 

「そうか……それは悪いことを訊いたね……」

 

 申し訳なさそうな声色を出して、私にそう謝ってくる。

 彼がこのことを知っていたのか、知らなかったのか、私にはわからないことだった。

 

「おい、イタチ! 義理ってどういうことなんだよ!」

 

 喧嘩しつつも私たちの話を聞いていたのか、テンマと呼ばれた少年は、イタチに突っかかってくる。

 

「血のつながりがない、ということだ」

 

「そんなことは分かってる!! つまりは、他人ってことだろ?」

 

「他人じゃないよ! 家族だよ!」

 

 頑張って私はそう主張する。

 これだけは絶対に譲れないことだった。調子を狂わしたように、テンマと呼ばれた少年は頭を掻いた。

 

「ともかく、おない年の女の子と同じ家で……! お前はなにも思わないのかよ!!」

 

 いったい何を言っているのだろう。

 私とイタチは顔を合わせて、一緒に首をかしげる。

 

「なんとも思わないわけはないが……」

 

「私はイタチのこと、好きだよ?」

 

 もちろん、ミコトさんや、サスケのことだって好きだ。そしてフガクさんについては、筆舌に尽くしがたい思いがある。あの人、不器用なんだよ。

 

「ミズナ……」

 

 なにか呆れが混じったニュアンスだった。

 初めて言ったわけじゃないし、また言ってるのか程度なのだろう。

 それでも私の心に揺らぎはない。

 

「おい、イタチ!!」

 

 なぜか熱量を上げたテンマ少年は、さらに勢いよくイタチに噛み付いていく。

 

 怖い……。

 

 私はこっそり、イタチの後ろに隠れる。

 

「アンタ、いい加減にせんか!! 任務が終わらんとよ!」

 

 もはや怒りは沸点を超えているだろう女の子に、ビッシリとテンマ少年は言い切られる。

 優先順位は分かっているのか、不承不承と引き下がった。

 

「ミズナ、場所は……」

 

 さすがイタチと言うべきか、切り替えがなかなかに早い。いや、そもそもイタチは最初から任務を終えたくて仕方なかったのかもしれない。真面目だし。

 

「えっと……あの角を曲がって……いいや、付いてきて!」

 

 説明をしようとするが、上手く言い表すことができなかった。だから諦め、イタチの手を引っ張って連れて行くことにする。

 

 駆け足で先に行くから、三人が遅れて付いてくる。

 あの二人は大声で文句を言うが気にしない。

 

 その後、ちゃんと猫を捕まえて任務完了。さらにイタチにお弁当を食べてもらうことができた。

 

 

 ***

 

 

 南賀ノ神社、本殿。

 そこで、うちは一族の集会が行われている。

 

 日に日に高まる、うちは一族の不満。それを適度に吐き出させるため。ただそれよりも、一族の結束をより固めるため、という側面が強かった。

 

 参加資格は、うちは一族であり下忍以上。ただ、それに達している者は、ほぼ強制に近い形で呼び出されている。

 

 そんな場所での出来事に、少し少女は興味があった。

 

 悪い少女はどうしようもなくイタズラがしたくなる。

 愉快犯的に、ただ他人に迷惑をかけたいだけに、ささやかな復讐のために、少女は神社の中に入った。

 

「わあ、誰もいない……」

 

 当たり前だ。

 今は夜更け。誰もが皆、寝静まっている。

 そして、新月。夜を照らすのは瞬く星々の、弱々しい明かりのみだった。

 

 闇の中、本来ならば手探りで進んでいくべきはずのところを、少女は快活に、鼻歌を交えてリズムに乗って、歩いていく。

 

「あれ?」

 

 振り返る。

 なにかに気が付いたのか、少女は足を止め、背後のある一点を見つめていた。

 

「グルグルグル……。グルグルグル……」

 

 気のせいだと判断したのか、取り留めもなくそう口ずさんで改めて奥を目指す。

 

「貴様……何者だ?」

 

 今度こそ、本当になにかが呼び止めていた。

 しかし彼女は無視を決め込む。どんどん先へと進んでいく。

 

「……気のせいだったか」

 

 そう納得する声を背に、少女は目的の場所へと辿り着いた。

 

 イタズラ道具を取り出すが、その手の動きに迷いがあった。どこがいいか、真剣に悩む必要がある。

 

「えっと、なるべくみんなを見られて、見られないところ……だっけ?」

 

 そんな場所を少女は探さなければいけなかった。

 闇の中を探る。

 容易には見つかりそうにもなかった。

 

「もういいや」

 

 なおざりにそう呟き、少女は条件の一つを切り捨てる。

 チャクラを操り壁を登り、誰からも見られてもいいとばかりに堂々と、天井と壁の境の(へん)、その中央に設置する。

 

「りゃあっ」

 

 そんな気の抜けた声と共に着地した。

 満足げにそのイタズラ道具を少女は見つめる。後は帰るだけだった。

 

 

 ***

 

 

「ふん、要らぬ世話を……」

 

 眠い。眠い。どうして、長々起きてなきゃいけないのか。不満が募る。どんどん募る。

 

「眠い……」

 

「またそれか? ならば、ワシがこうして応じる必要もないのだぞ」

 

 脅された。私の自由が脅かされた。

 昨日の夜からずっと起きてるから、眠くなきゃおかしいんだよ。異常なんだよ。

 

 でも、言われたことは文句の言いようがない正論。従うしかない。屈するしかない。

 

「でも、いいでしょう? だからこうして見れるもの」

 

 モニターにはしっかりと生中継が映っていた。

 それに目を奪われて、うっとりとしてしまう。徹夜した甲斐が感じられる瞬間だった。

 

「それでどうした。ワシの与えた任務は放棄か?」

 

「別にいいじゃない。ここにこうして映っているわけだし」

 

 そう言って、モニターに映る画面を指し示す。

 それでも、露骨に眉を顰められてしまった。

 

「これで監視のつもりか……?」

 

「別にいいじゃない。最近……羽虫がうるさいし」

 

「…………」

 

 沈黙が流れた。この話題については、もう言及するつもりはないのだろう。

 明言を避けたのか、なんと言おうと意味がないと悟ったのか。しかしどちらにせよ、私には関係はなかった。やることは変わらない。

 

 モニターをポシェットに閉まって、私は去って行こうとする。

 

「……待て、お前の要求はなんだ?」

 

「あれ、余計って、言ってたような……」

 

「ふん、条件次第だ。必ずしも要るわけではない。だが、乗る価値はある」

 

 食えない。とっても食えない。

 あくまでも私が不利。私が譲歩を重ねる立場であるという前提が通された。

 くっ、足下見られる。なら、最初っからでかいのドーンって投下してやる。

 

「私を火影にして」

 

「……冗談はよせ」

 

「じゃあ貸し一つ」

 

「借りは作らぬ」

 

 やっぱり無理か。素直にここから妥協点を探っていこう。求めていこう。

 

「殺虫剤を頂戴」

 

「それはお前の問題ではないだろう?」

 

「だったら、そうねぇ……。約束をしてほしいわぁ」

 

「なんのだ?」

 

 もう一度だけ取り出して、モニターの画面を見る。下忍にしては若すぎる彼、目があった気がした。

 

 〝夢〟のためなら、私はなんだってするつもりだ。

 

「写輪眼が手に入ったら、私にいくつかわけてくれないかな?」

 

 モニターを置いて、今度こそ私はいなくなる。呼び止められることなく去れた。

 交渉は成立かな。




 方言が難しいです。

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