前回も書きましたが、ハシュマルの一部兵装はオミットしています。まぁ尻尾が1本2本あったところで、本作の三日月の相手ではないでしょうけどね。尻尾なんて切断すればいいんですよ(ハンター脳)
終盤にネガティブヒロインが戻ってきますが、生暖かく見守ってあげてください。次回以降にそこら辺の話が一気に動き出す予定です。
戦場に舞い降りた悪魔の名を冠するモビルスーツ、ガンダムバルバトスのパイロットに向かい、ラフタは咄嗟に通信を行う。
「三日月・・・大丈夫なの!?昭弘がグシオンで戦えなかったって聞いていたけど、あんただって・・・」
「大丈夫。ちょっと頭が痛いけど、すぐに終わらせるから。」
バルバトスのパイロット、三日月・オーガスは彼女の言葉に対して抑揚のない声で返事をする。平素の会話と変わりのない、痛みなど感じていることを思わせる声ではなかった。
「そんなの・・・阿頼耶識が使い過ぎれば、あんたはそれ以上・・・!」
ラフタの声などと意にも介さず、彼は損壊の激しいモビルアーマーに迫ると、手に持った太刀を振るう。斬撃は巨体の装甲に叩きつけられると弾かれ、すかさずバルバトスに対して格闘による反撃を繰り出す。
「・・・へぇ、けっこう固いな。」
バルバトスは余裕を持ちながらその反撃を回避する。回避に専念をすることはなく、三日月はハシュマルの攻撃を捌くと同時に、無数の斬撃を繰り返して装甲に損壊を与える。
「そんな・・・一撃をねじ込むが精一杯だったのに・・・」
モビルアーマーの巨体に吹き飛ばされれば、その一撃でモビルスーツは致命傷となる。それを理解した上でラフタは回避を最優先に戦闘を行っていた。それはラフタだけでなく、彼女が来るまで善戦していた石動、そしてハシュマルに討たれた鉄華団の団員達も同じなはずであった。
「・・・遅いよ。」
足元で動き回るバルバトスに対して、その巨体で踏み付け、蹴り上げ、一撃で葬らんとするハシュマル。しかし三日月はその全てを躱し、両手に握られた太刀でハシュマルを挑発するかのように軽い斬撃を与え続ける。
「――――――――――」
業を煮やしたかのように、金属音を立てて跳躍をするハシュマル。距離を置いてバルバトスの間合いから離れることを狙うが、三日月はそれを許そうとはせず、スラスターを噴射して着地をした直後のハシュマルの上半身へと斬りかかる。
「・・・・・・」
振りかざされ、一気に下ろされた太刀はハシュマルの胴体関節部分に直撃をする。羽のように広げられた左右胴体部分のうち、右の装甲が大きく切り落とされ地面へと落下する。
「――――――――――!!!!!!!」
バルバトスが放った渾身の斬撃に、ハシュマルは体勢を崩して後退する。しかし守勢に回ることを三日月が見逃すことはなく、太刀に携えた悪魔は片翼が千切れた天使に向かい容赦なく襲い掛かる。
「やっぱり・・・これが一番殺せる。」
頑強な巨体の装甲を支える無数の関節。そこへ向かって三日月はバルバトスの太刀を振るい続け、ハシュマルの上半身を切り刻む。
「な、何よあれ・・・私たちが傷を負わせるので苦労したやつを・・・あんな簡単に・・・!」
次々と身体中を切断され、もがき苦しむように暴れるハシュマル。怪鳥を彷彿させた形状の巨体は見るも無残に切り裂かれ、2本の足で首を失った胴体を支えるだけという滑稽な姿へと変わり果てていた。
「――――――――」
「・・・終わりにするよ。」
鉄屑同然となったハシュマルから距離を置いていたバルバトス。接近する悪魔に向かい、最後の抵抗を試みようするモビルアーマーに対して、その左脚を一撃で切り落とす。
「――――」
立つことすら出来なったハシュマルは、残った壊れかけの右脚を軸にしながら地に倒れる。それでもなお戦いを続けるべく、その敵だったものは残された右脚を動かして地を這っていく。
「――」
右脚を動かすことで発せられる、油が切れたような不快な金属音。それがモビルアーマーの鳴らした最後の声となる。破損していた胴体を太刀で貫かれ、それは沈黙するのであった。
「・・・・・・」
悪魔の周りに四散する天使の残骸。鎮座するモビルスーツのパイロット、三日月・オーガスはしばし沈黙した後、機体のコンソールに向けて声を発する。
「ねぇオルガ、敵はもう残っていないの?」
傷一つ負うことのなかった白いモビルスーツ。その中で彼は、次の命令を求めるのであった。
◇
火星。鉄華団の本拠地で呆然とするラフタとアジー。第2の実家ともいえる場所であった2人は、大きく損壊した辟邪と軽微な損傷の百錬の前で立ち尽くしていた。
「終わったん・・・だよね。」
「ああ、終わったな。」
自らが繰り広げた死闘が嘘のように思えてくるラフタ。あまりにも呆気なかったモビルアーマーの最期を、激戦で怪我をしている彼女は思い起こし続けていた。
「ラフタさーん!」
佇む彼女たちを呼びながら、一人の小柄な少年が走り寄ってくる。
「ライド・・・」
「良かった・・・無事だったんですね。火星に降下してきた援軍がいると聞いて、すぐにタービンズのメンバーだと思ったんですよ。でも・・・あいつ相手に無事では済まないとも思って・・・」
「ええ・・・でも、どうにか生きて帰って来れたわ。ライド、あんたも無事だったようね。」
「は、はいっ・・・!」
顔を綻ばせて声を掛けるラフタに対して、ライドもまた笑みを浮かべて言葉を返す。しかし、2人はすぐに真剣な面持ちとなって、彼女は彼に状況を聞く。
「かなりひどい損害みたいね・・・」
「はい。大破したモビルスーツが8機。採掘作業中に突然起動したので、パイロットだけじゃなくて、その周りにいた作業員もみんな・・・」
鉄華団の被害は甚大であった。人員が死傷したのはもちろんのこと、テイワズから調達したモビルスーツの多数がモビルアーマーとの戦闘で鉄屑と化していた。
「三日月さんがいなかったら、俺たちは・・・いや、火星が滅茶苦茶なことになっていました。」
「ホント・・・頼もしいやつよね。でも・・・」
ラフタは戦闘中に聞いたマクギリス・ファリドの言葉を思い出す。ガンダムフレームを使用してのモビルアーマー戦は困難であるという言葉。その制限を打ち破り、バルバトスは強大であった鋼鉄の化け物を倒していた。
「三日月は?戦闘の後、私たちと一緒に基地までは帰って来れていたけど・・・」
「今は医務室にいると思います。本人は相変わらずな感じで元気ですよ。」
「そう・・・なら、良いんだけど。」
ライドの言葉に引っ掛かるものを感じながらも、ラフタは彼に対して生返事する。その様子を見たのか彼は悪戯っぽく言葉を続ける。
「昭弘も元気でしたよ。肝心な時に戦えなかったって、へこんでいましたけどね。」
「なっ・・・べ、別にあいつのことなんて聞いてないじゃない!」
「あれ、心配してたんじゃないんですか?」
「そ、それはまぁ・・・仲間に運ばれたとかって聞いていたら、心配は・・・って、もうっ!ライドっ!余計なことは言わなくていいから!」
「へへっ。」
ライドは茶化されて狼狽えるラフタを見て、屈託のない笑顔を浮かべる。その様子を見ていたアジーが彼女を窘めつつ声を掛ける。
「ほら行くよ。あんたも怪我をしているんだし、ここで話し込んでいたら、みんなの邪魔になっちまうよ。」
「わ、分かっているわよ。それじゃあ、また後でね。」
思いの外元気であったライドと別れると、彼女たちは治療も兼ねて三日月のいる病室へと向かうのであった。
◇
「あっ・・・ラフタさん、それにアジーさんも。」
ラフタとアジーが医務室へ入ると、そこにはベッドで横となる少年、三日月・オーガスと、その傍で彼の世話をする少女、アトラ・ミクスタがおり、入室した2人へと会釈する。
「おつかれさま。いつものことだろうけど、大変そうね。」
「はい・・・って、ラフタさんも怪我をしているじゃないですか!すぐに手当てを・・・」
「これくらい平気よ。それに・・・もっと怪我の酷い子たちもいるんでしょ。私は後でいいから。」
「は、はい・・・それじゃあ。三日月、また後でね。」
アトラの言葉にベッドの上で横になる三日月は小さく首を縦に振り、病室を出る彼女を見送っていた。
「怪我はしていないようだけど・・・ずいぶんと無茶をしたようね。」
「平気だよ・・・オルガが倒してくれと思っていたんだから。俺が出来ることをやっただけ。」
主体性のない性格。目の前にいる少年は自らの意思などなく、ただただ人の命令、そして願いで動くだけの機械のような人間であった。
「ねぇ、それ・・・取ってくれる。」
「えっ?」
彼が目を向けた先、棚の上に置かれた瓶の中には乾燥された紫色の実・火星ヤシが入っていた。
「アトラが食べさせてくれないんだ。もっと栄養のあるものを食べろってうるさくて。」
「なによ・・・アトラちゃんはいないんだし、自分で取ればいいでしょ。」
会って早々に不躾な頼みをしてくる三日月に対して、ラフタは不機嫌そうに言葉を返す。しかし、次に彼から発せられる言葉は彼女に言葉を失わせる。
「なんでもいいから取ってよ。ほら・・・こっちの手以外、自分じゃ動かせないからさ。」
「・・・え?」
ラフタは理解していた。かつて彼が阿頼耶識の影響により彼は右手と右目の機能を失っていたことを知っていた彼女は、彼の平然と言った言葉を理解していた。
「三日月・・・あんた・・・!」
「あれだけの力を引き出していたんだ。タダでは済まないと思っていたが・・・」
冷静を装いながらも、その声とは裏腹にラフタ以上の苦々しい顔をしているのはアジーであった。それに対して呆然とするラフタは、しばらくすると彼の頼みを聞き容れ、棚の上に置かれた火星ヤシを取るのであった。
◇
「それじゃあ、バルバトスに乗っている間は動けたけど、阿頼耶識の接続が解除されると左手以外は動かせないのね。」
「うん・・・まぁ、そんな感じ。」
アジーが出ていく、ラフタと三日月の2人となった病室。彼女に手渡させる火星ヤシを口へ運びながら、彼は他人事のように話を続ける。悲惨ともいえる状態となった自らの身体を、彼が気に留める様子は一切なかった。
「ごめん・・・私たちも出来るだけのことやったんだけど、足止め以上のことは出来なくて・・・」
「いいよ、どうせ俺がやるつもりだったし。」
そう言いつつ、唯一動く左手を差し出し、ラフタに対して火星ヤシを催促する。気負いしている彼女のことも気にすることなく、三日月ただ左手と口を動かすだけであった。
「・・・・・・」
食事の様子を黙って見守るラフタ。目の前にいる少年が自身の敵わなかった強大な敵を討ち、自ら以上に深い傷を負ったことに対して、彼女は彼を見ながら考え浸る。
「三日月は強いね・・・私なんかよりも、ずっと酷い目に遭っているのに。」
下腹部を擦りながら、自嘲するように言葉を呟くラフタ。暗くなった表情を見る彼女に対して、三日月は口に含んだ物を飲み込むと言葉を返す。
「んぐ・・・んっ・・・別に、俺は悪いとは思ってないよ。俺が出来ることは、この身体でも出来るから。」
機械的に左手をラフタに差し出す三日月。彼女は彼の言葉を聞きながら、瓶から火星ヤシを取り出して、その手の上に置く。
「この身体でも、オルガやみんなのために戦うことが出来る。俺はそれが出来れば構わないよ。」
「でもっ!そんなのって・・・辛いでしょ?みんなが出来て、自分に出来ないことがあるのって、辛いことだよ・・・!」
自らが深く負った『傷』の場所を強く握るラフタ。それ以上に、人としての自由を奪われた目の前の少年に対して、彼女は涙声となって同意を求める。
「俺は・・・楽しいよ。」
「えっ・・・」
否定ですらない、予想外の言葉が三日月の口から出たことに、ラフタは目に溜まった涙を戻して彼の言葉に耳を傾ける。
「俺は、戦うことが出来て楽しい。この身体でも、まだ戦うことが出来る。それが俺にとっては楽しいことだから。」
生粋の戦士である彼らしい言葉。無機的な人間である三日月の言葉にラフタは言葉を返すことが出来ない。しかし、続けて彼が口にすることはそうではなかった。
「俺、前にさ・・・殺すのを楽しんでいるって言われたことがあったんだ。」
「・・・うん。」
ただ相槌を返すラフタ。それを聞いているのか定かではないが、彼は言葉を続ける。
「俺は楽しいよ。殺すことも、戦うことも。そうすることがみんなためになるから、俺は楽しんでいる。」
「三日月・・・」
表情こそ変わりはしなかったが、彼の中にある煩悶と呼べる思いが言葉となり、ラフタの耳へと届く。
「俺が楽しいと思うことが出来るから、生きているって感じることが出来る。それをさせてくれているのは、オルガやみんながいるからなんだと思う。」
鉄華団のため、オルガのため、その為に自らの行いを肯定し、彼は生を実感していた。それは紛れもなく、三日月・オーガスという一人の人間が持つ考えであり、答えなのであった。
「ねぇ、あんたは楽しいこととかあったりするの?」
「えっ・・・わ、わたし?」
続けて彼が口にしたのは、ラフタにとって不意となるような問いかけであり、彼女はその答えに言葉を詰まらせる。
「わ、わたしは・・・別に、楽しいことなんて考えてしたりなんて・・・」
返答に困っているラフタに対して、三日月はさらに言葉を続ける。
「タービンズの仲間と一緒にいたり、話をしている時は楽しいんでしょ。それに、俺と一緒で戦っている時も。あとは、昭弘と一緒に戦っている時も楽しそうだよね。」
「なぁっ・・・み、三日月、あんた・・・!」
普段と変わらぬ口調のまま、三日月は彼女の核心を突くような言葉を続ける。戦友の名を出されたラフタは動転し、頬を赤らめながら三日月の顔を見る。
「鉄華団のみんなだって知っていることだし、焦る必要なんてないよ。昭弘だって、あんたのことを特別だと思っている気がする。」
「う、うん・・・そうだよね。そうなんだよね・・・」
『彼』の出されたラフタは恥じらいを見せていたものの、その表情は次第に暗いものとなっていく。それを見た三日月は彼女に聞く。
「どうかしたの?」
「ねぇ三日月、あんたは好きな人と・・・例えば、アトラちゃんやクーデリアさんとずっと一緒にいられたら、何がしたい?」
ラフタの問いに三日月はしばらく沈黙して、考える。そして彼は、あえて彼女が求めていない答えを出す。
「一緒にいられるだけでいいかな。アトラだってクーデリアだって、何かが欲しいとか言うことは・・・」
「嘘だよっ・・・!」
『何かが欲しい』という三日月の言葉に、ラフタは声を荒げて彼の言葉を遮る。そして彼女は嘘を付こうとする彼に声を上げる。
「好きな人と一緒にいたら・・・絶対に欲しいって思うよっ!好きな人と一緒にいたら、絶対に・・・普通は『出来る』んだよ・・・!」
互いに主語の抜けた会話を続ける2人。しかし三日月はそれを理解しており、自らの身体を抱くようにしてうずくまるラフタを光の宿った左目で見つめる。
「じゃあ・・・出来なかったら一緒にはいられないの?」
「・・・えっ?」
その問いにラフタは零れ落ちる涙を途切れさせ、彼の言葉に耳を傾ける。
「俺はアトラやクーデリアと、ずっと一緒にいたい。欲しいものとか関係なく、好きだから一緒にいたいと思うよ。あんたは違うの?」
天然ともいえる三日月の言葉に、ラフタは顔を上げ、うずくまっていた身体を正す。その言葉は彼女が背負う重たいものを軽くし、閉ざしていた心に光を差し込ませようしていた。
「うん、一緒に・・・いたい。」
「だったら、今のままでいいんじゃないかな。失くしたものを取り戻せないんだったら、今あるものを大切にすればいいよ。」
「三日月・・・」
感謝の言葉を口に出そうとするが、彼女は彼の名を呼ぶことが精一杯だった。そして彼は、彼女に同意を求めるように言葉を述べる。
「俺もあんたも、まだ戦うこと出来る。出来ないことがあるかもしれないけど、生きていれば出来ることはある。でも、もし俺が戦うことも出来なくなったら・・・その時はまた、出来ることを探すよ。」
「・・・うん。」
人として出来ることを限りなく失った少年。それでも彼は目に光を宿し、彼女に生きて前へ進むと言う。その姿と言葉に、女として癒えぬ傷を負った彼女は静かに、感謝を込めた短い返事するのであった。