子供は無垢で残酷ですからね。錆びたナイフを標準装備しているようものです。
名瀬とアミダへの顔見せを終え、ラフタとアジー、そしてエーコは歳星に停泊しているハンマーヘッドの居住区へと足を運んでいた。
「でも・・・こんなに長く艦を留守にするなんて考えられなかったよ。」
「心配だったかい?エースの自分がいなくて、みんな無事でいられるかって。」
「それは・・・不安にならないことなんて、なかったよ。」
アジーの意地の悪い問いかけに言葉を詰まらせながらも、ラフタは言葉を返す。その彼女に対して、アジーは言葉を続ける。
「正直、満足にモビルスーツへ乗れるのが私とあんた、それに姐さんだけでは十分ではないだろう。だからもっと、私たちは強くならなきゃいけないんだ。」
エドモントンでの戦い以降、テイワズ、タービンズ以外の組織にも、モビルスーツが急速に普及をしていた。ギャラルホルンの信用失墜は、地球圏だけではなく外宇宙の勢力膨張を加速させ、それに伴い相対的にテイワズ系列の組織はその優位性を下げているのであった。
「名瀬が新型機をラフタに使ってほしかったのも、あなたに発破をかけるという意味だけなく、私たちの置かれた状況を考えてのものだったりするのよ。」
アジーに続き、エーコも言葉を口にする。ラフタ達が戦闘指導をしている鉄華団同様、タービンズも戦力の増強を図っていた。テイワズから新たにモビルスーツを調達し、それを操縦出来るパイロットの育成にも力を入れているのであった。
「鉄華団と違って、私たちは荒事に巻き込まれることなんてそうはないけど、自分たちの身を守る力くらいは持っておかないとね。」
「そう・・・だよね。私だけじゃなくて、みんなが強くならないといけないんだよね。私だけじゃ・・・みんなを守ることなんて、私なんかじゃ・・・みんなを・・・」
俯きながら自らの下腹部に手を当てるラフタ。タービンズの主戦力としての自負に対し、戦士として、そして女として負った深い傷跡が彼女に圧し掛かる。
「そうすぐに塞ぎ込むんじゃないよ。私はあんたを信頼しているし、エーコも他のみんなだって頼もしく思っているんだ。だからさ、あんたも私たちをもっと信じてくれてもいいんじゃないかね。」
「う、うん・・・でもね・・・やっぱり、信じるよりも、私はみんなのことを・・・」
アジーの言葉に対して、生返事で肯定をするラフタはさらに言葉を続けようとする。しかし、それを遮るかのように彼女たちの前方からけたたましい声が響いてきた。
「あっ、ラフタだー!」
「ママー!」
「アジーとエーコも帰ってきたー!」
ラフタ達に駆け寄る幼い子供たち。名瀬の子供であり、タービンズの子供たちが、騒がしく彼女たちを出迎えるのであった。
「ラフタおかえりー」
「ただいま。みんな、良い子にしてた?」
「うんっ!してたっ!」
「だから抱っこ!抱っこしてー!」
「あーっ、ずるーいっ!わたしがさきー!」
「もう・・・やっぱりみんな甘えん坊さんじゃない。」
我先にと甘えてくる姿に頬を綻ばせるラフタ。前線に出ることの多い彼女やアジーが産んだ子供はいないものの、名瀬の息子や娘である子供たちに対しては、並々ならぬ愛情を注いでいた。
「鉄華団のおにいちゃんたちは元気?」
「うん、みんな元気だよ。仲間もたくさん増えて、もっと賑やかになっているね。」
名瀬の弟分ということもあり、タービンズの中でも鉄華団と面識のあるメンバーは少なくなく、子供たちとも懇意となっている団員もいるのであった。
「おかえりなさい、エーコ、アジー、それに・・・ラフタも。」
「うん・・・ただいま。」
子供たちの後を追ってくるように、複数の女性がラフタ達を出迎える。幼い子供たちの生みの母親である彼女たちは、ラフタの様子を目にして僅かながらに安堵をしているようであった。
◇
「それじゃあ・・・怪我も治って、この前は久しぶりに戦闘に参加したんだ。大丈夫だったの?」
「大丈夫よ。それまでも鉄華団のみんなを相手に訓練をしていたんだから。それに・・・夜明けの地平線団なんて、あいつらに比べたら全然大したことなかったわ。」
アジーとエーコが子供たちの相手をしている中、ラフタは複数の団員と会話を続けていた。彼女が2年前の戦闘で重傷を負ったことも、「決して癒えない傷」を負ったことも、母親たちは知った上で話をする。
「でもなんだか、安心したわ。少し寂しい気もするけど、あんたが元気みたいでさ。」
「うん・・・火星は・・・火星も、居心地が良いからからね」
「名瀬とも話はしたんでしょ?」
「ちょっと・・・それは・・・!」
彼女たちの一人がしたラフタへの問いかけに、別の一人が小声となって慌てて諫める。それを見た上でラフタは彼女たちに答える。
「うん・・・さっき、話したよ。私のために新しい機体を用意してくれたって言ってた。鉄華団の訓練も一段落しそうだし。もう少ししたらこっちに戻って来れるといいかな・・・」
「あ・・・そ、そう・・・それなら良かったわ。」
男女としての会話があったことは一切口にしなかった。そもそもそういった話は、彼女の方から切り出すことを中々躊躇い、名瀬もそれを聞こうとはしなかったのである。
「ママーっ!」
「ねぇママー、ママも一緒に遊ぼうよ。」
「もう・・・本当のママが目の前にいるのに、私のことばっかり・・・」
駆け寄ってくる子供たちの手を引かれ、ラフタは呆れながらもそれを受け容れる。子供たちにとってラフタは実の母親と同じか、それ以上に親しさを持つ存在でもあった。
「ふふっ・・・ごめんなさいね、せっかく帰ってきたのに、ゆっくり出来そうになくて。」
「平気よ。それに、こうしてみんなと一緒にいる方が色々と考えなくて済むんだから・・・」
そう言葉を続けようとしていたラフタ。しかし、それを言い終える前に子供の一人が放った言葉が彼女を凍てつかせる。
「今日はママと一緒におふろはいるー!」
「あー!ずるーい!わたしもいっしょにはいるっ!」
「わたしもー!わーたーしもー!」
「・・・っ!」
無垢な願望を口にする子供たち。以前から男女を問わず、ラフタとは共に風呂に入っていたこともあり、今日も子供たちはそれをラフタに求めてくるのであった。
「ちょ、ちょっと・・・!3人とも帰ってきたばかりなんだからダメよ。」
「えー、なんでー?」
親の制止も聞かずに幼子は抗議の声を上げ、素肌を見せ合う必要がある入浴を求める。
「おふろー!おーふーろー!」
「ラフタママといっしょにはいるのー!」
「・・・」
衣服の上から全身に纏わりつく子供たちの手。悪意の無いその感触に、沈黙するラフタは全身に負った傷を感じて、無意識のうちに身体を震わせていく。
「ねぇママー、いいよね。いっしょにお風呂はいろーよー!」
「い、いやっ・・・!」
「ママのからだもあらってあげるー!」
消え入りそうな声で拒む言葉を口にするラフタ。しかしそれを子供たちが聞くことはなく、さらに彼女の下腹部へと小さな手が当たった瞬間
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「きゃっ!」
「あっ!」
叫び声と共に、彼女は咄嗟に纏わりついていた子供たちの手を振り払い、青ざめた顔となっていた。あまりの突飛な行為に子供たちも驚きの声を上げ、声を上げた彼女から身体を退けているのであった。
「はぁ、はぁ・・・」
「ま、ママ・・・?」
「どうしたの・・・ママ?」
息を荒げ、尋常ではない様子のラフタに不安の色を見せる子供たち。今にも泣きそうな顔となっている彼らに対して、彼女は懸命に息を整えながら言葉を返す。
「ご、ごめんね・・・大丈夫、私は・・・大丈夫、だから。」
「ママ?」
「だいじょーぶ・・・なの?」
気不味さだけが残る子供たちとラフタの間に、堪らずそれを見ていた子供たちの母親が声を上げる。
「だ、大丈夫よ。ほら・・・ラフタお姉ちゃん、いっぱいお仕事をして疲れていたから。だから、今日は一人でお風呂に入らせてあげてね。」
「う、うん・・・」
「わかったー」
実の母親に諭され、子供たちは渋々という感じに納得をする。そこへ異変に気付いたアジーとエーコも駆けつけ、彼らに声を掛ける。
「だったら、今日は私とエーコと一緒に入るか。それでいいだろう?」
「えー・・・だってアジー、遊んでいるとするに怒るし。」
「じゃあエーコといっしょがいいー」
「うっ・・・わたしとじゃ・・・ダメ、なのか・・・」
アジーに対しても無垢であり、無常にも拒否権を行使してしまう子供たちに、彼女は膝が折れるほどに落ち込む。
「まぁまぁ・・・私とアジーが一緒に入れてあげればいいじゃない。」
「あ、ああ・・・そうだな。頼んだよ。」
苦笑いをするエーコのフォローにアジーは立ち直り、子供たちは母親たちと共にその場を離れる。残ったのは彼女たち2人と、俯いたまま座るラフタの3人だけであった。
「・・・本当に、大丈夫かい?」
「う、うん・・・大丈夫、だよ。」
「全然・・・そうは見えないね。」
落ち込む彼女の隣に座るアジー。言葉を発することなく、さらに項垂れるラフタに対し、話を切り出す。
「あの子たちだったら、どんなあんただって受け入れてくれるさ。いや、まだ理解出来るような歳でもないってだけかもしれないがね。」
「分かっているよ・・・自分でも、どうしてこんなに弱いのかって、情けないんだから。」
傷を負った身体を見せることへの抵抗。それは自らが愛する男に対してだけではなく、我が子のように接していた幼い子供たちに対しても同じなのであった。
「あの子たちはあんたを女だなんて見ていない。どんな身体だったとしても、あんたを見る目が変わることなんてないんだよ。」
「そんなこと、言われなくたって・・・!でもね・・・私は、変わっちゃったんだよ。わたしは、わたしはもう、『ダメ』なんだから・・・!」
愛おしく思っていた子供たちを突き放し、拒んでしまった自らを激しく後悔するラフタ。目からは光るものが零れ落ち、自らが履いている作業ズボンを濡らしていく。
「安心しな。少なくとも、私は受け入れてやるからさ。変わっちまって、弱くなったなったあんたでもさ。私だけは、受け入れてやるよ。」
「ううっ・・・ぐすっ、ごめん・・・ごめんね、アジー。」
泣き続けるラフタの背中に、優しく手を添えるアジー。その姿に掛ける言葉を見つからないエーコと共に、彼女たちは久しぶりに帰ってきた我が家で孤独となっているのであった。