本作はあくまでもラフタを主役としていますので、世界情勢その他諸々はいい加減な設定となっています。
傷付いたラフタがどのような選択をするか、名瀬を失ったラフタがどのような生き方をするか。それを書くことが本作の目的でした。ストーリーはそれに付随する要素という感じでしたね。
執筆開始からしばらく放置をして8か月ほどが経過してしまいましたが、どうにか書き終えることが出来ました。
当初の予定とは大分異なりましたが、ここまで読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。
本作は完結となりますが、またお目に掛かることが出来れば思っております。それでは。
火星のギャラルホルン駐屯基地前。一台の車から護衛2人を連れ、肥え太った男が降りる。
「クーデリア・藍那・バーンスタイン・・・よくもワシをここまでコケにしてくれたな・・・!この仕打ち、必ずやお前の命を以て返させてもらおうか・・・!」
基地へと向かいながらその男、ノブリス・ゴルドンは自らを追い込んだ女へ呪詛の言葉を連ねていた。
「連中と協力関係にあるギャラルホルンの保護を受ければ、再起のチャンスはまだあります。ノブリス様、ここは耐えて彼らの助力で地球へ向かいましょう。」
護衛する部下の言葉に頷くノブリス。そして基地へ入ろうとする前に、一人の兵士が彼の元へ近寄ってくる。
「ノブリス・ゴルドン様ですね。お待ちしておりました。プロト中将から話は伺っております。どうぞ、こちらへ。」
「うむ・・・しかし、貴様のような若輩が警備に配置されているとは、ギャラルホルンの質も落ちているというのか。」
「あれ、そんな頼りなさそうに見えます?参ったなぁ・・・やっぱり俺じゃ役不足だったのかも。」
傲慢な態度のノブリスに対して、若い兵士は軽口ともいえる返事をする。その言葉にノブリスは苛立ちを募らせ、さらに兵士へと食って掛かる。
「おい貴様、ワシが誰だか分かっているな。たかが一兵士ごときが、無駄口を叩かずさっさと基地内へと案内せい!」
恫喝するように兵士へ案内を命令するノブリス。しかし、その兵士は不敵な笑みを浮かべ、彼に対して理解し難い言葉を口にする。
「残念だが、案内をするのは基地の中じゃない。あんたが案内されるのは、地獄への入り口だよ。」
「おい、何を言って・・・」
そうノブリスが食って掛かろうした矢先、背後から何かを叩きつける鈍い音が複数回聞こえる。彼がその音を聞き後ろを振り向くと、そこには頭部から血を流して倒れる護衛の部下と、大振りの金槌を握った巨漢が立っているのだった。
「な、何だお前は・・・わ、ワシに何をしようというのだ・・・!」
「・・・・・・」
金槌を持った巨漢は言葉を発することなく、狼狽するノブリスへ的を絞る。そして、逃げようともせずに声を荒げる肥え太った男の頭へ携えた得物を横へ振りかぶり、その顔面へ一撃を叩き込む。
「――――――!!!!!」
断末魔を上げることなく、金槌で顔面を撃ち抜かれたノブリスは吹き飛んで倒れる。顔は原型を留めておらず、肉と脂肪に保護されていた顔骨を粉々に打ち砕き。頭部の前半分は無残な肉塊と化しているのであった。
「ふぅ、これで一仕事終わりだな。」
何事もなかったかのように、血が付いた金槌を持った巨漢、デイン・ウハイはそう言葉を口にする。
「おいデイン・・・いくらなんでもそいつはエグ過ぎたんじゃないか?」
「極力音を立てずに殺せと言われたんだ。確実に仕留めるのであれば、これが一番だったと思うぞ。」
「そりゃあ・・・そうなんだけどよ。まぁ、とりあえずお姫様に報告をしておきますか。」
平然と惨殺を行う相棒に呆れながらもギャラルホルンの兵士に扮していた彼、ハッシュ・ミディは任務の完遂を報告するため、速やかにその場を離れるのであった。
◇
「ど、どういうことだ・・・は、話が違うではないか!?」
クリュセの郊外。その男は自邸にて銃を構えた女に追い込まれ、抗議の声を上げる。
「話?そんなの聞いてないな。」
「ええ。私が聞いているのは、前にあんたが自分の娘さんをギャラルホルンに売り飛ばそうとしたってことくらいかしらね。」
その男、ノーマン・バーンスタインに対して大柄の青年、昭弘・アルトランドと銃を構えた女、ラフタ・フランクランドは彼の行いを確認する。
「そ、そうだ・・・だが、それの謝罪の意味を込め、私はクリュセの代表を辞して、すべての権限をクーデリアに譲って隠居をしたのだ!その私がなぜ、殺されねばならないのだ!?」
ノーマンの言葉に偽りはなかった。火星においてクーデリアと鉄華団が台頭を始め、彼は自らの身を案じてクリュセ代表の座を降りていた。それにより、彼は全てが水に流されるものである考えていた。しかし
「そんなことで自分のやったことが許されると思っているの?あんたの言うことやることなんて、もう誰にも信用されていないのよ。」
「我が身可愛さに自分の娘を・・・家族を売り飛ばそうとしたんだ。覚悟は出来ているんだよな。」
2人がノーマンを問い詰めていると、一人の少女が彼のいる部屋へと入ってくる。その姿を見たノーマンは思わず彼女の名を声に出す。
「く、く、クーデリア・・・!」
表情ひとつ変えずに部屋へと足を踏み入れたのは、ノーマンの血を引く少女。そして、彼が忌避して亡き者にしようとした革命の乙女、クーデリア・藍那・バーンスタインであった。
「・・・・・・」
「本当に・・・いいのね?」
ノーマンに対して銃を構え続けるラフタは、クーデリアに対して問いかける。
「はい。ギャラルホルンはもちろん、テイワズを始めとした圏外圏の諸勢力と渡り合うためにも、後顧の憂いは経たねばなりません。」
血を分けた肉親ではなく、あくまでも目の前にいる男を自らの障害と見るクーデリア。その目は彼を見ておらず、どこまでも冷たい感情を放っていた。
「クーデリア・・・!お前は・・・お前というやつはどこまで親不孝な・・・」
娘なのだ。そう言い終える前に銃声は鳴り響き、放たれた銃弾は彼の眉間を撃ち抜く。頭部から鮮血を迸らせて膝を折ると、抗議の声を上げていたそれは仰向けとなって床に伏すのであった。
「親の死に目に会ったんだ。親不孝なんかじゃないと思うぜ。」
皮肉交じりに息絶えたノーマンへとつぶやく昭弘。我が身可愛さに実の娘を亡き者にしようした惰弱な卑怯者は、その娘の意思によって凶弾に倒れた。
「・・・恨んでくれても、いいんですよ。」
引き金を引き、未だ硝煙の噴き出す銃を降ろしながら、ラフタはクーデリアに対して声を掛ける。
「いいえ。でも、ごめんなさい。私では出来ないことを行ってくださった。そのことに恩こそあれ、恨みを抱くことなどあってはなりませんから。」
「・・・無理、し過ぎないくださいね。」
表情を変えることなく、父親の亡骸を眺めるクーデリアに対して、ラフタが掛けられる言葉は少なかった。そして涙を流すことないクーデリアの姿に、彼女は恐れとも哀れみともなる目を向けていた。
「んっ・・・通信が・・・ああ、どうした。」
静粛が漂う中、昭弘が所持していた通信機に連絡が入る。それを手に取り速やかに応答する。
「そうか、わかった。こっちも今終わったところだ。お前たちは先に帰還していてくれ。死体の処理は基地でする。・・・ああ、必要なのはノブリスのだけだ。それじゃあ、気を付けろよな。」
報告を受け終え、昭弘は通信機をしまうとラフタとクーデリアに声を掛ける。
「ハッシュたちがノブリス・ゴルドンの暗殺に成功したとのことだ。一応ノブリス本人であるかを確認するため、死体は本部に戻って検査をする。こっちのは・・・必要ないな。」
「はい。ようやく、ノブリス・ゴルドンも仕留めることが出来ましたか。これで火星に残る不穏分子は全て取り除けました。ありがとうございます。」
「いや、俺たちは礼をさせるようなことをしちゃいないが・・・」
些かばつの悪い顔をなる昭弘。その表情を伺うクーデリアは何か思うことがあったのか、彼に不躾な質問をする。
「明弘さん、疲れていませんか。」
「えっ・・・いや、別に俺は何とも。」
「少しやつれたようにも見えますし、目の下にクマが浮かんでいます。それほど忙しいのでしょうか?」
昭弘の身を案じるクーデリア。その善意からの心配に対して、昭弘は言葉を濁そうとする。
「ほ、本当に大丈夫だ。そいつが寝かせてくれないことなんて、大した問題じゃ・・・ぐおっ・・・!」
そう言いつつ昭弘が目を向けた先にいたラフタ。彼女は彼が言葉を言い終える前にその足を踏みつけ、声が出ないように悶絶させていた。
「大丈夫よ、クーデリアさん。昭弘の面倒は私がしっかり見ているから。こいつの家族も、私たちの家族も一緒に・・・ね。」
「ほ、本当に・・・大丈夫なのでしょうか。」
ラフタの言葉に嘘偽りはなかったものの、信頼するパートナーを物理的に黙らせる彼女の様子にクーデリアは苦笑いを浮かべ、期待と不安を抱くのであった。
◇
夜のクリュセ、人影が疎らとなった路地をラフタは荷物を抱えて歩いていた。
「もう・・・人数分の食材は無いって言っておいたのに。」
夕飯で足りなくなった食材の買い出しをしていた彼女。両手に荷物を抱え、アジーの待つ車へと足早に歩を進めていた。
「私も・・・早く料理が上手くならないとね。少しくらい、みんなママって感じを出さないと・・・」
名瀬が遺したタービンズの団員、そして昭弘が面倒を見る鉄華団のヒューマンデブリであった少年たち。多くの家族を世話することに、彼女は心が折れそうになりながらも、充実した生活を送っていた。
「でも、あんなに忙しいと昭弘と一緒にいる時間すら満足に・・・ん?」
憎まれ口を叩きながら近道であった路地へと入り、そこを抜けようとするラフタ。その前方に1人の少女らしき人影が立ちはだかり、彼女の行く手を遮る。
「・・・・・・」
訝しさを感じ、彼女は歩くことを止める。そして行く手を塞ぐ少女に対して声を掛ける。
「何か御用かしら。こんな時間に出歩くのは危ないわよ。」
ラフタの言葉に対して返答はなかった。その代りに少女は自らの右太股に手を伸ばすと、そこに備え付けられていた光り輝く刃物を手に取る。そして、餓えたような目をラフタへ向けると、その切っ先を向けたまま彼女の元へと走り込んでくる。
「っ・・・!!!」
その寸刻の後、彼女が抱えていた食材は地へと散らばっていた。
◇
「まったく・・・危ないわよ、こんなものを持って人に襲い掛かるなんて。」
ラフタの手に握られた1本のナイフ。自らを襲ってきた少女を無力化して取り上げたその刃を見ながら、彼女は呆れたように言い放っていた。
「残念だったわね。襲うにしても、もっと相手を選んだほうがよかったと思うわ。」
「・・・・・・」
ラフタに打ちのめされ、地に伏す少女。やっとの思いで彼女は身体を起こすと、近くの壁に背中を預けて座り込む。
「何が欲しかったのかな。私の命?それとも・・・」
そう問いかけながらラフタは座り込んだ彼女を見下ろす。顔立ちは整っていたものの身体は痩せ細っており、身に着けているものは決して良いとは言えず、肌には無数の傷が見え隠れしていた。
「あなた・・・」
その姿にラフタは少女の境遇を察した。脳裏に浮かぶのは自らのパートナーが家族として受け容れ続ける少年たちの姿。眼前の幼さの残る少女がどのような目に遭ってきたのか、痩せた身体を震わせる彼女を問い詰める言葉を持っていなかった。
「・・・・・・・」
沈黙を貫く少女。そんな彼女に対してラフタは自らが落としていた食材の中から、一つの果物を手に取り、しゃがみ込んで少女の前に差し出す。
「・・・なに?」
「お腹、減っていたんでしょ?」
虚ろな目でラフタを見ながら、差し出された見つめる少女。訝しそうにラフタの顔を見つめつつ、ゆっくりと目の前に出された食事に手を伸ばす。そしてそれを手に取ると恐るおそる口へと運んでかじり始める。
「もう・・・お腹が空いているんだったら、最初からそう言ってくれればいいのに。まぁ、その様子だと人に助けを求めることなんて無理かしらね。」
果汁が滴り落ち、口元が汚れることも意に介さず、少女は彼女から与えられた食事を一心不乱に貪る。空腹を満たせることに感動か、人間らしく扱われることへ安心感か、彼女の頬からは涙が零れ落ちていた。
「ねぇ、私と一緒に来る?ううん・・・来てほしいかな。」
「・・・?」
手に持った果物をほとんど食べ終えた少女は、ラフタの声に顔を上げる。その言葉に、虚ろだった少女の目に僅かな光が宿る。そう2人がやり取りをしている最中、大通りから一人の女が駆け寄り、ラフタに声を掛ける。
「おいラフタ!どうしたんだ!何かあったのか!?」
散乱する食材を目にして、慌てながらラフタの元へ寄ってくるアジー。相棒の無事を確認すると、彼女はそのまま座り込んで顔を上げる少女に目を向ける。
「この子は?」
「うん・・・お腹が減っていたみたいだから、買ったものを分けてあげていたの。」
「助けていたって、そいつは・・・!」
ラフタの右手には少女が携えていたナイフが握られたままであり、アジーはそれを怪訝な表情で見る。
「大丈夫よ。私は無事だから。それよりもこの子、連れて帰りましょう。」
「お前また・・・はぁ、分かっているよ。それが『あいつ』の意思であり、お前の意思なんだからな。」
「うん。さぁ、帰りましょう。ほら、あなたもいつまでも座ってないで、私についてきて。」
「で、でも・・・私・・・」
申し訳なそうな顔となり、ラフタから目を背ける少女。そんな彼女の手を掴むと、ラフタは強引に彼女を立ち上がらせて言う。
「放っておけるわけないでしょ。放っておいて、もっと酷い目に遭ったり、酷いことをするのだったら・・・私たちが一緒にいてあげるから。」
真剣な眼差しで少女を見つめるラフタ。その目に安堵したのか、彼女は小さく頷く。それを見たラフタもまた、表情を柔らかいものにして言葉を続ける。
「大丈夫よ。最初は戸惑うかもしれないけど、それはみんな同じだと思うから。きっと、今よりずっと楽しくて、幸せになれるはずよ。」
彼女が発する言葉の意味を理解しきれず、首を傾げる少女。無垢ともいえるその姿にラフタは笑みを浮かべる。そして、彼女は星空を見上げて語り掛ける。
「そう・・・こうやって、家族が続く世界なんだよ。だから、見ていてね。」
失ったものを思いながら、ラフタは自らの下腹部に片手を当てる。夜空を見上げ、決して癒えぬ傷を負う彼女の顔に曇りはなかった。