中途半端な場面で終わっているのは仕様です。一応全年齢向け作品として投稿をしているので、露骨な性描写は避けました。極めてソフトな表現を心掛けたつもりです(当社比)。
そんなわけで次回がエピローグとなります。またまた続いてしまい申し訳ないです。ラフタの出した答えを書ければいいなと思う所存であります。
「そうですか。それでは、彼らは・・・」
「はい。テイワズとの協力関係を解消しても、クリュセとアドモス商会の防衛・警護は続けるとのことです。」
恰幅の良い中年の女性、アドモス商会の秘書ククビータ・ウーグに結果を伝えられ、その代表、クーデリア・藍那・バーンスタインは安堵の表情を浮かべていた。
「彼らにはまだ、生きていてもらわなければなりません。一人でも多く、より強い力を得てもらわねば。」
「しかし・・・彼らは今後テイワズとも事を構えるという可能性も出てきてしまいました。敵の多い身内を抱えるのは、あまり良いことではない気もしますが。」
椅子に座り、机に両肘をついたまま、クーデリアは真っ直ぐ前を見つめる。
「確かに、大きな後ろ盾を失った鉄華団に失望の念を抱くのも無理はありません。ですが私はまだ、彼らが大きな間違いを犯したとも考えてはいません。」
机の上に飾られた写真。クーデリアと共に写るのは、彼女が作り上げた会社の名前ともなった、クーデリアの家族。それを見ながら彼女はさらに言葉を続ける。
「テイワズは地球圏外で力を発揮する組織。火星と地球の対等な関係を目指している私たちにとって、所詮は甘い匂いを嗅ぎつけたハイエナに過ぎません。」
JPTトラストの壊滅とタービンズ、そして鉄華団の離脱を受け、マクマード・バリストンが権勢を誇っていたテイワズは斜陽となり始めていた。直に圏外圏での勢力維持に固執を始めるであろう彼らとの関係は、クーデリアにとって招かれざる客を受け容れるに等しいのであった。
「そうであるならば、私たちはより『地球に近しい者たち』と関係を結ぶべきです。例え彼らが暗闘に明け暮れていても、私たちを利用しようとしていたとしても。彼らの好意的な黙認を、私たちも利用するだけのことです。」
鉄華団とギャラルホルンの協力関係は、テイワズの衰退というギャラルホルンの相対的な利益の発生より維持されていた。そしてその相対的利益が他ならぬギャラルホルンの意図するものであったことを、クーデリアは理解しているのであった。
「もう少しの間、火星は慌ただしくなりそうですね。」
「ええ・・・願いと暴力の双方が権力に立ち向かう者として必要であることを、私は誰よりも知ってしまった。如何なる謗りを受けることも、流される血でこの手が汚れようとも、私たちは力を振るい続けます。彼らと、『彼女たち』と共に。」
かつて『革命の乙女』と呼ばれた少女は、血と暴力、そして嘘に塗れた世界に身を捧げ、さらなる戦乱を起こそうとする。自らの打ち立てた旗に覚悟を示すため、クーデリア・藍那・バーンスタインの戦いは続くのであった。
◇
鉄華団の基地内。慌ただしく走る一人の女は声を荒げながら医務室へと駆け込む。
「昭弘っ!」
そう男の名を叫びながら彼女、ラフタ・フランクランドはベッドに座る筋肉質で体格の良い青年、昭弘・アルトランドの元へ足早に寄っていく。
「なんだ、うるさいぞ。どうしたんだそんなに慌てて。」
「どうしたって、あんたが戦闘で負傷したって聞いて・・・!」
モビルワーカーによる、他都市の非協力的な民間警備会社へ襲撃作戦。そこに傘下していた昭弘が負傷したとの報告を受け、ラフタは帰還した昭弘の元へ血相を欠いて来たのであった。
「あばらが何本か折れただけだ。誰も心配なんかしてない。」
「そんなの・・・私は違ったんだから、もう・・・バカ。」
恥ずかしさに頬を赤らめ、憎まれ口を叩くラフタ。その様子を困り果てた様子で見ていた昭弘に、彼の傍にいたチャドが苦笑いを浮かべて声を上げる。
「どうやら、邪魔な感じ・・・だな。」
「ん・・・おい、どこに行くんだよ。」
昭弘の肩を軽く叩くと、チャドは背を向けて医務室から出ていく。そしてラフタとすれ違う際に、彼女に対して小さな声で言葉を告げる。
「危なっかしい奴だが、よろしく頼むな。」
「・・・・・・」
彼の言葉にラフタは小さく頷く。そしてチャドが医務室のドアを閉めると、彼女と昭弘は2人きりとなるのであった。
「なんだ・・・あれで気を使ったつもりなのかよ。」
「べ、別に・・・私だってあんたとゆっくり話がしたいなんて・・・」
すれ違う機会が多かったラフタと昭弘。名瀬の死後、2人が話す機会は「廃倉庫での一件」からしばらくなかった。
「怪我の具合はどうだ?」
「それ、いまのあんたが言えること?私は平気よ。モビルスーツに乗ることも出来るし、また訓練に付き合うことも出来るわよ。」
「ああ、そいつは・・・助かる。」
会話が止まり、重苦しい雰囲気が漂い始める。平静を装っているラフタに対して、昭弘は彼女のことを直視しようとしないのであった。ジャスレイを惨殺し、血に塗れたまま笑みを浮かべる彼女の顔が彼の脳裏には焼き付いていた。
「ジャスレイのところにいた子たちも、助けてあげたんだね。」
「ああ・・・当然だ。俺たちと同じヒューマンデブリがいる以上、家族として受け入れない理由はないからな。」
「いつかは凄い大家族になりそうだよ。」
昭弘にとって敵対勢力に所属するヒューマンデブリの少年たちを保護することは、鉄華団の人員として雇用をする以上の意味があった。
「タービンズのメンバーはどうした?」
「みんな元気だよ。アジーやエーコ以外は火星の重力に馴染むのに時間が掛かりそうだけど、ダーリン・・・名瀬のことはもう大丈夫。前を向いているよ。」
「お前も・・・か?」
昭弘の言葉にラフタは目を背けようとする。実質的な鉄華団の傘下となったタービンズであったが、その統括を任せられたのはラフタであった。その彼女に対して、昭弘は未だに不安を感じていた。
「大丈夫・・・だよ。アジーもエーコも助けてくれるし、テイワズからこっそり連れてきたみんなもいるから・・・うん、平気だよ。」
「・・・・・・」
「・・・ううっ。」
目を泳がせるラフタ。昭弘はその顔を真っ直ぐ、言葉を発することなく見続ける。その様子に彼女は追い詰められ、声を詰まらせる。
「無理はするな。お前に無理をされたら・・・その、なんだ・・・困る。」
「・・・・・・」
不器用な彼なりの気遣い。気恥ずかしそうになりながらも言葉を口にした昭弘に対して、ラフタは自らの抑えていたものを少しずつ放ち始める。
「ごめんね・・・私、昭弘のこと、ダーリンの代わりだと思ってた。『あのこと』があってからさ、あまりダーリンと上手く話せなくなって・・・ちょっとだけ、後悔しているかも。」
俯き、苦笑いを浮かべながら口を開くラフタ。それに対して昭弘は抑揚なく彼女に言葉を返す。
「俺は、名瀬の兄貴の代わりにはなれない。それくらい分かっているだろ。」
「うん・・・分かってるよ。でも私、ダーリンに・・・名瀬に迷惑を掛けたまま何も出来なくて・・・何も言えなくて・・・ぐすっ。」
苦い笑いすらも浮かべることが出来なくなり、ラフタは大粒の涙を溢し始める。自らの全てを受け容れぬまま先立った名瀬に対して、彼女が負う後悔と自責の念は限界を迎えた。
「昭弘・・・本当に、ごめんね。あんたに頼って、迷惑掛けるのも良くないって思ってた。思ったけど、もう私一人じゃ・・・もう・・・」
心の叫びが声として上がりそうになるラフタ。しかし、それを遮るかのように昭弘は彼女に対して、落ち着いた声で語り掛ける。
「確かに俺は名瀬の兄貴の代わりにはなれねぇ。だが・・・お前を家族として受け容れることは出来る。一緒に戦う仲間じゃない、一緒に生きる家族としてだ。」
「っ・・・!!!!」
上げようとしていた悲鳴を忘れ、彼女は目の前にいる男に対して、全てが包み込まれたような感覚へと陥る。それまで押し殺していた感情、誰かの助けを求めていた自ら思いを受け容れる、ラフタの重い心は解き放たれていた。
「昭弘・・・ありがとう。でもわたし・・・もう、あんたのことを仲間だなんて思えない。」
顔を上げた彼女の目は据わっていた。ラフタはベッドに座る昭弘を真っ直ぐ見据えたまま、羽織っていたジャケットを脱ぎ捨てる。
「おい、ラフタ・・・」
「あんたには見てほしいの。私の・・・私の全部を、あんたにだけは見てほしい・・・!」
傷だらけの腕や腹部が露わとなるタンクトップとホットパンツ姿となり、昭弘に言葉を続ける。そのまま彼女はそれら身に着けている衣服も脱ぎ、飾り気のないスポーツタイプのショーツを残して素肌を露にする。
「見て、昭弘。わたしの身体、ダーリンにも・・・名瀬にも見せなかったわたしの身体。」
全身に刻まれた夥しい数の傷跡。無数の金属片が刺さることによって作られた数々の痕跡は、彼女の美しかった肌を容赦なく穢し、醜いものへと変えていた。
「自分の心と一緒で、もう・・・隠そうとはしないんだな。」
昭弘の言葉に無言で頷くラフタ。そして彼女は最後に残っていたショーツも脱ぎ捨てると、多くの傷の存在を忘れさせるほど大きな下腹部に出来た貫通痕に自らの手を当てる。
「これがいまの私。私の心もこの身体と同じ。あの時からずっと・・・ずっとなんだよ。」
女として深い傷を負い、『母親になれない』自らの身体を呪い続けた彼女。傷付いた肌を見せることは弱さを見せることであり、傷を隠すことは弱さを隠すことであった。
「でも・・・もう逃げないよ。私が受け入れないと、ずっと私は強くなれないから・・・!」
目の前にいる男に対して全てを許した彼女は、自らの一糸纏わぬ姿を見せることで、その弱さを露にする。そして彼女は自らの胸に手を当てながら、彼に対して言葉を放つ。
「おねがい昭弘、私と・・・私とずっと、一緒にいて。こんなに弱くて、戦うことしか出来ない私と、ずっと一緒に・・・いてほしいのっ!」
ラフタの懸命に紡いだ言葉。それを聞いた昭弘はおもむろに立ち上がり、一糸纏わぬ彼女の前に立つ。そしてその背中に手を回すと、筋骨隆々な肉体に似つかわしくないほど優しく彼女の身体を抱き締めるのであった。
「お前は弱くなんかねぇ・・・!俺が知っている女は・・・絶対に弱くなんかねぇからな・・・!」
「うっ・・・えぐっ、ぐすっ・・・だったら、だったらもっと・・・ギューってしてぇっ!もっと強く・・・ギューってしてよぉっ!」
再び涙を溢し始め、ラフタは泣きじゃくりながら昭弘の身体を強く抱きしめる。上半身が裸の彼に肉感を伝えようとするものの、それに反して彼は悲鳴を上げる。
「うぐっ・・・だ、ダメだ・・・やっぱり傷に響く・・・んぐぅっ!」
「知らないわよぉっ!絶対・・・絶対に離してなんかやらないんだからぁっ・・・!」
一方的に昭弘の身体を文字通り抱き締め続けるラフタ。痛みと困惑に襲われつつも、彼はそんな彼女が気の済むまで、それを受け容れ続けるのであった。