おおまかなストーリーは原作に沿った内容になりますが、ラフタ関連の設定は大幅なオリジナル要素が含まれています。
その点を留意した上で、本作を読むことをお願いしたいと思います。
・登場人物
エーコ・タービン
タービンズの整備士。ラフタやアジーとモビルスーツパイロットが信頼を寄せる同僚。歳も近いため良き友人でもある。
アジー・グルミン
中性的な容姿の女性パイロット。戦闘ではラフタとコンビを組んで行動をすることが多い。当然ながらプライベートでも仲は良い。
名瀬・タービン
タービンズの代表。多くの女性を部下、そして妻として受け入れ、彼女たちの居場所を作っている。
ラフタ・フランクランド
本作のヒロイン。エドモントンにおける戦闘で重傷を負い、長期に渉る治療とリハビリを受けていた。外傷の治療はほぼ完了したものの、決して治ることのない「傷」も負っている。
「ラフタぁっ!ねぇラフタ・・・返事をしてよ・・・ねぇっ・・・!」
平原で鎮座をしているモビルスーツ、漏影。その機体のコックピット部分に開けられた大穴に向けて彼女、エーコ・タービンは声を上げていた。
「ウソ・・・ウソだよね・・・こんな、こんなところで・・・ねぇっ!」
巨大なドリルのような穴からエーコは内部へと潜り込む。幸いにも内部からコックピットハッチの解放が出来そうであったため、彼女は強引にコックピットへと進める。
「うっ・・・熱っ・・・!」
モビルスーツの装甲を貫くほどの攻撃を受けた風穴は未だに熱を帯びていたが、それでもエーコは必死に内部からハッチを解放しようする。
「・・・あ、あった、お願い・・・だから・・・開いてっ・・・!」
ハッチの解放レバーを見つけた彼女は祈るようにそれを動かす。そして、その祈りが通じたようにハッチは解放され、パイロット席へ光が差し込む。
「ラフタっ!聞こえているんだったら何か言ってよ・・・ラフ・・・」
開いたハッチの中へ声を掛けるエーコ。しかし、その中を目の当たりにして彼女は言葉を失う。
「ラフ・・・タ・・・」
解放された漏影のコックピット。辺り一面は血の海と化しており、それはこの機体の搭乗者、ラフタ・フランクランドから流れているものであった。
「あっ、ああ・・・ああっ・・・!」
下腹部を中心に抉られたような傷、全身には機体が大破した際に飛散したであろう金属片が突き刺さっており、その姿にエーコは声を掛けることを躊躇うのであった。
「ラフタ・・・ラフタ・・・!っ・・・くっ・・・!」
絶望によって目から大粒の涙を零すエーコ。しかし彼女はそれを振り切って、コックピット内に横たわるラフタを慎重に救出する。
「絶対に・・・絶対に死なせたりしない・・・!みんなで一緒に、名瀬のところに帰るんだから・・・そうでしょ・・・ラフタ・・・!」
自らを奮い立たせるように言葉を紡ぎ、血に染まったラフタを担ぎながら、エーコは自らが乗ってきたモビルワーカーへと向かうのであった。
◇
「・・・」
治療施設の待合席。頭に包帯を巻き、祈るようにして一人の女性が座っている。
「ラフタ・・・あんたがいなくなったら、私は・・・!」
俯いたまま祈りを続ける彼女、アジー・グルミンは応急手術を受けているラフタを思い、ただただそこに座っているのであった。
「どうして私じゃなくて、あんたが・・・」
自らと運命を呪う言葉を口にするアジー。そんな彼女の声を前に、治療をしていた部屋のドアが開き、中から女性医師が出てくる。
「・・・ラフタは!?ラフタは大丈夫なのかっ!?」
手術を終えたであろう医師は暗い表情を変えることなく、しばらく間沈黙する。その様子に痺れを切らしたアジーは医師に対して食って掛かる。
「どうなんだよっ!生きているのか、そうじゃないのか・・・なぁ・・・どうなんだよっ!」
無意識のうちに「死」という言葉を避けるアジー。彼女にとってラフタがそうなることは、決して向き合うことは出来ないのであった。
「結論から言うと、一命は取り留めてはいます。瀕死の重傷で出血も相当な量でしたが、早期に処置を取ることが出来たのが幸いしたというものです。」
「あっ、ああっ・・・」
その言葉に彼女は医師の胸ぐらを掴んでいた手を放して安堵する。ラフタが生きていたという事実を前に、自らの心を懸命に落ち着かせていく。
「ほ、本当に大丈夫なんだな・・・生きているんだな・・・!?」
「はい。ですが、生きているというだけであって、予断は決して許さない状況です。それに・・・」
医師が躊躇いを見せながら言葉を続けようした矢先、アジーと彼女の背後から1人の足音が近づいてくる。
「名瀬・・・」
アジーはその方向へと振り向き、そこにいる男の名前を呼ぶ。
「その様子だと、お前のほうはずいぶんと元気そうだな。」
「ああ・・・そんなことより、聞いてくれ名瀬。ラフタも無事だったんだ!生きていたんだ!本当に・・・本当に・・・!うっ、ううっ・・・」
嗚咽を漏らすアジーに対して彼、名瀬・タービンは優しく彼女の背中を擦る。普段は表情を崩すことがない彼女の喜び泣く姿を、名瀬は苦笑いを浮かべて見ているのであった。
「ラフタ・フランクランドさんの上司の方ですね。詳しいお話をさせていただきますが、よろしいでしょうか。」
「・・・分かった。」
冴えない表情のまま名瀬に声を掛けてくる医師。その様子に彼は表情を硬くして、彼女の後をついていく。
「話は俺が聞いておく。アジー、お前はもう休んでいるんだ。」
彼の言葉にアジーは頷き、ラフタがいる手術室を見やりながらその場を後にする。そして、彼女の姿が見えなくなったのを確認すると、名瀬は医師へ言葉を口にする。
「あいつも・・・無事ではあるんだな。」
「ええ・・・一応は、ですが。」
含みのある言葉に、彼は表情を変えることなく彼女の話を聞く。手放しに喜べることではない、それだけを理解して話を聞こうしていた。
「損傷をした臓器も再生は可能です。数か月もすれば回復はするでしょう。基本的には、これまで通りの生活を行うことは出来ます。ただし・・・」
「女として、取り戻せないものがある・・・ということか。」
「・・・はい。」
名瀬の言葉に、彼女はただ肯定の一言を述べる。その返答に彼は下唇を噛み、表情を苦々しいものとする。
「本人とっても、非常に受け入れがたいことです。おそらく、長く辛いものとなるでしょう。」
「そう、だろうな・・・俺がそれを受け入れたって、あいつは受け入れるのに時間が掛かるだろうな。」
これから彼女が向かい合う現実に、彼は覚悟を強いられているのであった。
◇
「ラフタ、準備は出来ているかい。」
「もうちょっと待って・・・あー、やっぱり先に行ってて。」
「・・・分かったよ。」
火星、クリュセ自治区に構える鉄華団の本拠地。アジー・グルミンと彼女、ラフタ・フランクランドは鉄華団団員の教育指導を行うため、タービンズから派遣されていた。
「シミュレーターでリハビリはしていたけど、実戦は久しぶりだっけね。阿頼耶識持ちの連中も多いから、気を抜いていると負けちゃうかも。」
アジーと同じ長袖の作業服から、パイロットスーツへと着替えるラフタ。衣服を脱ぎ捨て、下着姿となった彼女は、鏡越しに自らの身体を見る。
「・・・っ。」
映し出される姿に表情を曇らせる。彼女はまだ、自らの身体を受け容れることが出来ていないのであった。
「やっぱり私は・・・姐さんの足元にも届かないのかな。」
全身に刻まれた夥しい数の傷。とりわけ下腹部付近には大きな跡が残っており、それは彼女にこれまでのような露出度の高い衣服の着用を拒ませていた。
「こんなんじゃ・・・ダーリンにも見てもらえないのに。鉄華団のみんなにも・・・変に思われるかもしれないのに・・・!」
自身を抱くよう傷跡に触れながら、彼女は不安と自嘲の言葉をつぶやく。
「みんなはどうとも思っていなくて、私ひとりで悩んでいるかもしれないのに・・・バカなのかな、私って・・・」
歯を食いしばり、込上げ来るものを堪えて、ラフタはパイロットスーツへ袖を通すのであった。