鉄血のオルフェンズ ~無欲な悪魔~   作:小狗丸

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#01

 火星と木星の間にあるとある宙域。無数のデブリが漂う宇宙を、青色に塗装されてキャタピラの代わりに三本の足を取り付けた戦車のような機械が飛んでいた。

 

 この戦車のような機械は「モビルワーカー」という戦闘から土木工事まで幅広く使われている乗り物で、青色のモビルワーカーは後部に取り付けられているタンクから推進剤を噴出して推力を得ており、その更に後方には人の形をした巨大な機械の残骸が何本ものワイヤーで青色のモビルワーカーと繋がって牽引されていた。

 

 モビルスーツ。

 

 今からおよそ三百年程昔に地球で勃発した「厄祭戦」と呼ばれる、一時は人類が滅亡寸前にまで追いやられた大戦で使用された、人類が使用する兵器の中で「最強」とされる巨大人型兵器である。

 

 厄祭戦時では、それこそ無数のモビルスーツが地球そのものを破壊しかねない程の激しい戦いを繰り広げていたと言われており、今青色のモビルワーカーが牽引しているのはそのモビルスーツの成れの果てであった。

 

 青色のモビルワーカーは上下左右と忙しなく動き、機体だけでなく後ろで牽引しているモビルスーツの残骸にもデブリが当たらないようにスピードを落とすことなく前進していく。

 

「これで三機目。うんうん。今回の探索はけっこう当たりだな」

 

 青色のモビルワーカーの中で操縦士のシシオ・セトは、後方の様子を映すモニターからモビルスーツの残骸を見て満足そうに頷き呟く。そうしている間でもシシオの両手と両足は素早い動作でモビルワーカーを動かすレバーやペダルを操作しており、しばらくすると前方の様子を映すモニターに彼の拠点である一隻の宇宙船が映し出された。

 

 ☆

 

「ただいまー」

 

 モビルワーカーとモビルスーツの残骸を宇宙船の格納ブロックへと移動させたシシオは、モビルワーカーから出るとすぐに宇宙服のヘルメットを取った。

 

 ヘルメットの下から出てきたのは、十代後半くらいで黒目黒髪の青年の顔だった。肌の色から日系人の血が色濃く流れているのは分かるが、特筆すべき点と言えばそれくらいで他には特に目立った特徴はなく、顔立ちが特に整っているわけでもなければ醜いわけでもない。

 

 ……何と言うか十人中八、九人が例え目の前で会話をしたとしても会話を終えて別れた瞬間に忘れられそうな地味な印象の青年であった。

 

「おかえりなさいませ、シシオ様」

 

 そしてそんなシシオを出迎えてくれたのは彼と同じくらいの年齢だが、こちらは逆に十人中十人が「美人だ」と言い、一目見たら中々忘れられないであろう少女。彼女の名はローズと言う。

 

 ローズを見て最初に目がいくのは「薔薇(ローズ)」という名前に相応しい鮮やかな真紅の髪で、次に目がいくのは彼女の服装であろう。

 

 モビルワーカーのコックピットから出てきたシシオを綺麗な直角三十度のお辞儀で出迎えるローズの服装は、貴族の様な裕福な屋敷で使用人の仕事をする女性が着る作業着……俗に言う「メイド服」で、その服装はローズ自身には非常に似合っていたがこの殺風景な宇宙船の格納ブロックの雰囲気には全く似合っていなかった。

 

「見てくれよ、ローズ。大物だよ」

 

 モビルスーツの残骸を指差してローズに言うシシオ。その表情は大きな仕事をやり遂げた達成感で充たされたとてもよい笑顔であった。

 

「はい。とても状態のよいモビルスーツの残骸です。やはりシシオ様は優れたジャンク屋なのですね」

 

「いや! ジャンク屋じゃないから!」

 

 しかし達成感で充たされた笑顔はローズの発言により一瞬で怒りのそれにと変わった。

 

「何度言ったら分かるんだよローズ!? 俺はジャンク屋じゃなくてトレジャーハンター! トレジャーハンターなんだからね!?」

 

 三百年程昔に起こった大戦、厄祭戦。その影響は勃発地である地球だけでなく、すでに人類が生活圏を広げていた火星や木星といった太陽系惑星やその周辺の宙域にまで広がっていた。その為、今シシオ達がいる宙域には厄祭戦の名残りと言うべきモビルスーツや戦艦の残骸に放棄された基地跡が残されている。

 

 シシオの言うトレジャーハンターとは、その厄祭戦の名残りから現代の技術力では製造が困難なレアメタルや貴重な機械類を探し出す職業で、彼の主張はそれ程間違っていなかった。

 

「ローズも知っているだろ!? あのお宝を!」

 

 大声を出したシシオがモビルスーツの残骸……正確にはモビルスーツの胴体にある装置を指差した。

 

 エイハブ・リアクター。

 

 エイハブ・バーラエナという科学者によって開発された相転移炉の一種。生み出されるエネルギーは膨大でモビルスーツ用のものでも施設やスペースコロニーなどの動力源に用いることも可能なほどである。

 

 しかし極めて高いテクノロジーで作成されている上に作成法はギャラルホルンが独占している為、一般人がエイハブ・リアクターを手に入れるには今も稼動している厄祭戦時のエイハブ・リアクターを入手するしかない。そんな理由もあってエイハブ・リアクターは非常に高価な値段で取引されている。

 

 そしてシシオ達は今回の探索で三体分のモビルスーツの残骸、三基のエイハブ・リアクターを回収しており、これらを全てを売却すればここにいる二人だけなら一年以上働かなくても生活できる金額となる。シシオがトレジャーハンターと名乗るのも一理あった。

 

「確かにエイハブ・リアクターは非常に高価なお宝ですけど、それは稼動していればの話です。スリープ状態のエイハブ・リアクターを個人で稼動状態に修復できるシシオ様はやはりジャンク屋の方が相応しいと思います」

 

 だが表情を変える事なく返すローズの言葉にも一理あった。

 

 ローズの言う通り、エイハブ・リアクターは確かに高価で取り引きされるが、それは稼動状態である場合の話。現在見つかる厄祭戦時のエイハブ・リアクターのほとんどは稼動していないスリープ状態で、これを稼動状態に修復するにはやはり高度な技術が必要である。

 

 その為スリープ状態のエイハブ・リアクターを稼動状態に修復できるのは普通、最先端技術を有する大手の工場くらいなのだが、それを個人で修復できるシシオはローズの言葉通りトレジャーハンターと言うよりジャンク屋の方が相応しいかもしれない。

 

「だから! 俺はジャンク屋じゃなくてトレジャー……!」

 

 シシオがローズに叫び返そうとしたその時、宇宙船の中に警報が鳴り響いた。

 

「これは……!?」

 

「救援信号です。近くの宙域で商船が海賊に襲われているようです」

 

 ローズが近くにあった端末に出された情報を見てシシオに報告する。

 

 この時代、地球から遠く離れてギャラルホルンの監視の目が届かない圏外圏では海賊が横行しており、今の様に商船が海賊に襲われる事も珍しくなかった。

 

「シシオ様、どうします?」

 

「どうするって……そりゃ助けるしかないだろ? ローズ、お前は船をその商船と海賊がいる宙域に向かわせてくれ。俺は『相棒』を起こしてくる」

 

「了解しました」

 

 シシオはローズにそう答えると、お辞儀をする彼女に背を向け床を蹴って別の格納ブロックへと向かって行く。

 

 そこにはシシオの「相棒」が、彼が十歳の頃に見つけてトレジャーハンターなる事を決めさせた最高の「お宝」が眠っていた。

 

 ☆

 

 目的地へと向けて順調に航海をしていた商船が突然海賊に襲われてから一時間が経った。

 

 商船が今回の航海で雇った傭兵の大半は既に海賊の手によって沈められていて、商船自体も海賊の攻撃を受けて自衛はおろか航行すら困難な状態に陥っていた。

 

「へへっ。もうすぐ堕ちるな」

 

 モビルスーツに乗った海賊の一人がモニターに映った商船を見て口元をにやけさせる。

 

 もはや商船には勝ち目は無く、このまま行けば商船は堕ちて今回の仕事は終わる。海賊が勝利を確信したその時、変化は起こった。

 

 まず海賊の視界の端で二本の光の線が走った。

 

 二本の光の線は離れた場所で戦っていた海賊の仲間である二体のモビルスーツに命中、その機体を貫いた。そして次の瞬間、二体のモビルスーツが爆散した。

 

「な、何だ!? 重砲!? 重砲がモビルスーツを!? そんな馬鹿な!」

 

 モビルスーツのコックピットの中で海賊はモニターに映った光景を見て信じられないといった表情を浮かべる。

 

 全てのモビルスーツはナノラミネートアーマーというビーム兵器を無効化し、実弾射撃に高い防御力を持つ装甲を有している。

 

 もちろんいくらナノラミネートアーマーといっても何度も攻撃を受ければ実弾射撃でも破壊できるが、たった一撃の重砲でナノラミネートアーマーが破壊されるなんてことは海賊の、モビルスーツ戦の常識では「ありえない」ことだった。

 

「い、一体何処のどいつが……!?」

 

 海賊が先程の射線から逆算をして重砲が放たれた場所に視線を向けると「それ」はいた。

 

 全身を青で塗装した一体のモビルスーツ。

 

 青のモビルスーツは右手に長銃を、左手には大盾を持っており、両肩には二門の大砲を取り付けられていて大砲の狙いは海賊達に向けられていた。

 

 そして何より特徴的なのはその頭部。二本の角の様なアンテナに、人間のようなツインアイ。

 

 そのどれもが海賊は今まで見た事もない全く未知の機体。ただ一つ分かっているのは、あの青のモビルスーツが自分達海賊の敵であるということだけであった。

 

「どうやら間に合ったようだな」

 

 青のモビルスーツのコックピットの中でシシオは、まだ商船が堕とされていない事に安堵の息を吐いた。そうしている内に他の海賊のモビルスーツがこちらを敵と判断して向かって来るのが見えた。

 

「海賊のモビルスーツは五体……小物の海賊だな。これなら使う弾は少なくて済むな」

 

 シシオは呟くと両手のレバーを握る力を強める。

 

「それじゃあ行こうか相棒。……吼えろ! 『ガンダム・オリアス』!」

 

 シシオがレバーにあるスイッチを押し、それに応えて青のモビルスーツ、ガンダム・オリアスの両肩にある二門の大砲がまるで吼える様に砲弾を放った。

 

 ガンダム・オリアス。

 

 これこそがシシオの相棒で、彼の最高のお宝。

 

 ガンダムとはかつて厄祭戦を終わらせたと言われる伝説の機体、七十二機のガンダムフレームの一体である事を意味する。

 

 そしてオリアスとはソロモン七十二の魔神の序列五十九位。地獄の三十の軍団を指揮する大いなる侯爵オリアスを指す。

 

 生け贄や交渉は一切無く呼び出した人間に自分の知識を授け、協力を惜しまない「無欲な悪魔」と呼ばれる魔神の名を冠する機体が今、この宇宙でその力を振るった。


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