「あ、あの……。ムーンレイスを知らないって本当ですか?」
「うん。知らないな」
「私も知りません」
「ええっ!?」
ロランは「ムーンレイスを知らない」と言うシシオとローズに思わず訪ねるが、二人に即答にされて絶句した。
「あー……。どうやらムーンレイスっていうのは、ここでは知らない人がいないくらい有名なようだな? 悪いけどムーンレイスって何か教えてくれないか?」
「……ふむ。どうやら本当に知らないようだね」
ロランの反応を見たシシオが気まずそうにムーンレイスについて訪ねると、グエンが興味深そうな目でシシオとローズの二人を見ながら口を開いた。
「分かった。私が教えよう。……ムーンレイスというのは月からやって来た人類で、現在我々地球に生きる地球人とムーンレイスは戦争を起こすか否かの危険な状態にある」
グエンはそう前置きするとシシオとローズの二人に、ムーンレイスの事とこの世界の現状を説明してくれた。
「まず最初に、この世界は大昔に大きな戦いがあった。その戦いの歴史は『黒歴史』と呼ばれ、黒歴史のほとんどの記録は失われているが、一部の記録は歴史書の文献やお伽噺となって伝えられている」
そこでグエンは一旦言葉を切って右手の人差し指と中指を立てる。
「黒歴史の戦いは地球を滅亡寸前まで追い込み、その当時の人類は二つに別れた。一つは地球に残って人類で、その末裔が我々地球人。そしてもう一つは地球を捨てて宇宙へと旅立ち、月に生活圏を築いた人類で、その末裔こそがムーンレイスなのさ」
「ふむ……」
「なるほど」
シシオとローズが納得したように頷いたのを見てからグエンは説明を続ける。
「地球人とムーンレイスは今まで交流など全くなかったのだが、二年くらい前から急にムーンレイスが『地球に帰還するため、自分達が住まう土地を明け渡してほしい』と我々地球人に接触を図ってきたのだ」
「それはまた随分といきなりですね」
ローズがそう言うとグエンは「まったくだ」と言って頷く。
「ムーンレイス達の交渉……というよりアレは一方的な通告だったな。とにかく通告は全て無線の音声のみによるものでね。お互いが相手の情報をろくに持っておらず、顔すら会わせない交渉などまともにできるはずはなかった……。そして交渉の結果が全くでないまま二年の月日が経ち、ついにムーンレイスは行動を起こした」
「行動ってまさか……」
嫌な予感がしたシシオが思わず口元にひきつった笑みを浮かべて言うとグエンが苦々しい表情となって頷いた。
「ああ……君の予想した通りだ。ムーンレイスの軍隊『ディアナ・カウンター』の先遣隊が無数の機械人形と戦艦を率いて地球に侵攻してきたんだ。それによって我がノックスを初めとする地球の各地で大きな被害が出て、その結果我々地球側の軍隊『ミリシャ』との戦闘が起こったのだ」
「あー……。まぁ、そうなるよな……」
「? 月と地球の戦闘が起こったのですか? 最初グエン様は『戦争を起こすか否かの危険な状態にある』と言っていたはずですが?」
戦闘が始まったと聞いてシシオがため息をつくと、その隣でローズがグエンの言葉に違和感を感じて首をかしげる。
「そうだ。最初に戦闘はあったが、今は一応は落ち着いている。現在、私を初めとする地球の貴族達とディアナ・カウンターの指揮官達が改めて土地問題をめぐって交渉を行っており、ミリシャとディアナ・カウンターとの戦闘は本格的なものからにらみ合いに収まっている。……まあ、それでも小競合い程度の戦闘はまだあるけどね」
「なるほど……。しかしそれにしてもよく侵攻してきたムーンレイスともう一度交渉ができましたね? これは言ったら悪いと思いますけど、地球人の技術力だとムーンレイスにはとても敵わないから侵攻は阻止できないのでは?」
グエンの説明でムーンレイスとこの世界の現状を理解したシシオは思った疑問を口にする。
この城に来る前に街の様子を見たが、この世界の地球の技術レベルはシシオとローズからすれば信じられないほど低く、宇宙で生活できるレベルの技術を持ったムーンレイスに勝てるとは思えなかった。
「それはローラの機械人形のお陰さ」
グエンはシシオの言葉に気を悪くする様子を見せず、横目でロランを見ながら言う。
「幸いと言うべきか、ムーンレイスの侵攻が起こった日、ビシ二ティ周辺の土地で守護神と崇め奉られている『ホワイトドール』の石像から一体の黒歴史の時代に作られたと思われる機械人形が発見されたんだ。君達も見ただろう? あの白い機械人形さ」
「だからホワイトドールか……」
シシオはロランが自分のガンダムを「ホワイトドール」と呼んでいた理由を知って思わず呟く。
「そしてそれを丁度ホワイトドールの石像のある場所で成人式を迎えていたローラが操縦して、ムーンレイスの機械人形の一体を見事退けたのさ。私はこの事実を利用してなんとかムーンレイスを交渉の場に着かせることに成功したというわけだ」
確かに地球側にも抵抗できるだけの戦力があると考えればムーンレイスも迂闊に侵攻を行ったりはしないだろう。そう考えてシシオとローズは再び納得したように頷いた。
「そんな緊張した状況で正体不明の機械人形が二体も現れたという報告がはいった。私はこれを確かめるべくローラのホワイトドールに調べに行ってもらった。それが……」
「俺達だったって訳か……」
グエンの言葉を引き継ぐ様にシシオが言った。
「さて……。私からの説明は以上だ。次は君達が何者なのかを教えてくれないかな?」
グエンに聞かれてシシオはローズに一つ頷いてみせてから口を開いた。
「分かりました。……まず俺達は地球人でもなければ月から来たムーンレイスでもありません」
シシオの言葉にグエンは興味深そうな表情となる。
「ほぅ……。では一体何処から来たのかな?」
「火星です」
「火星?」
「火星ですって!?」
シシオが火星から来たと言うとグエンが僅かに驚いた顔で呟き、ロランはグエン以上に驚いた顔になって叫んだ。それをシシオは少し不思議に思いながらも話を続けた。
「正確には火星と木星の間の宇宙空間にあるコロニー……人が暮らせる建造物から来ました。俺達の祖先は地球人で、大昔に起こった戦争から逃れるために地球から宇宙へと移った移民なんです」
シシオが言ったことは嘘ではない。彼の祖先は厄祭戦終結後に宇宙に旅立った宇宙移民であり、シシオもローズも火星と木星の間にあるコロニーで生まれ育ったのも事実であった。
「なるほど、ね……」
「まさか月以外にも人が住んでいる所があったなんて……」
グエンとロランもシシオの言葉を自分なりに解釈して納得したような表情となる。
「それで? 君達は一体どうして火星から地球にやって来たんだい?」
「……それなんですけど俺達もどうして地球にやって来たのかよく覚えていないんですよ」
グエンの質問にシシオは困った表情となって答える。
「何? どういうことだい?」
「俺達は仕事で地球の近くの宇宙に向かっていました。……そこまでは覚えているんですけど、気がつけば地球にいたんです」
これも嘘ではない。現実世界のシシオとローズはある人物達の護衛で月と地球に向かっており、シシオが嘘をついていないと感じたグエンはひとまず納得して話を続けさせることにした。
「ふむ……。では君達の仕事とは?」
「はい。俺はトレジャ「ジャンク屋」をやっておりまして……!? おい! ローズ!」
グエンの質問に答えようとしたシシオの言葉にローズが声を重ねる。夢の中でもこのやり取りは健在のようであった。
「ジャンク屋とは?」
「いや、あの、俺はジャンク屋ではなくトレジャーハン……」
「ジャンク屋とは過去の大戦で廃棄された機械の中で使えそうなものを回収し、それを修理したものを販売する職業です」
「………」
「………」
ジャンク屋について質問をするグエンに訂正するシシオだったが、それを遮ってローズがジャンク屋について説明をする。完全に無視される形となったシシオは悲しそうな表情を浮かべ、そんな彼をロランが同情するような目で見た。
「古の機械を見つけ出し使えるようにする……シドのような山師みたいなものか」
「そのシド様がどんな方かは分かりませんがその様なものとお考えください。後、私とシシオ様はジャンク屋の他に運び屋や傭兵なども兼業しております」
「ほぅ……」
ローズの言葉にグエンは一瞬だけ瞳を光らせてから納得した顔で頷いた。
「つまり君達は地球の近くの宇宙で機械を探していたが、何らかのトラブルが起こって地球に落ちて来た。その時の衝撃で地球に落ちて来た辺りの記憶が曖昧となった。……そんなところかな?」
「はい。そんなところです」
「そうか……」
グエンはシシオの答えを聞くと少しの間何かを考えてからシシオとローズを見た。
「シシオ君とミス・ローズ。君達はこれからどうするつもりなんだい?」
「いや、それがまだ何をしようか考えていないんですよね」
シシオの言葉にグエンは我が意を得たりといった笑みを浮かべた。
「そうか……。それではシシオ君とミス・ローズ。君達、私に雇われる気はないかい? 報酬は勿論、当面の衣食住は出来るだけいいものを用意するよ」