鉄血のオルフェンズ ~無欲な悪魔~   作:小狗丸

43 / 43
#35

 今回の騒動は元々、月外縁軌道を管轄するギャラルホルン統制局最大規模の艦隊「アリアンロッド」が企んだ陰謀であった。

 

 ドルトコロニーは国ではなく地球にある一つの巨大企業の所有物であり、その運営は企業の経営陣が行ってきていたのだが、経営陣は労働者達に長い間不利な雇用条件等を押し付けていて経営陣と労働者達の間には軋轢が積もっていた。

 

 アリアンロッドはその経営陣と労働者達の間にある軋轢に目をつけ、あえて経営陣と労働者達の軋轢を更に悪化するように裏工作を行い、労働者達に暴動を起こさせた。そしてそれをアリアンロッドが鎮圧することによって、反乱の芽を早めに摘み取ると同時に世間にギャラルホルンの存在をアピールし、最後に経験が浅い隊員に実戦経験を積ませることができるという予定であったのだ。

 

 ロザーリオはドルトコロニーの経営陣と労働者達の軋轢を悪化させる裏工作と、暴動で労働者達に使わせる武器の調達をアリアンロッドから秘密裏に依頼されていた。ロザーリオがこの依頼を受けたのはギャラルホルンとのコネクションを作る他に、この計画が成功すれば一時的にドルトコロニーの生産力が落ちて、自然とタントテンポの本拠地であるアヴァランチコロニーに資金や人材が流れてくる事を期待してのことだったらしい。

 

 裏工作の甲斐もあってドルトコロニーの労働者達の不満は爆発寸前まで高まり、それを確認したロザーリオは武器の出所が分からないように火星の武器商人のノブリス・ゴルドンを通じて労働者達に使わせる武器を調達。この時にロザーリオはノブリス・ゴルドンからダディ・テッド達が武器をドルトコロニーに運ぶ鉄華団と行動を共にしているという情報を受ける。

 

 ノブリス・ゴルドンからの情報を聞いたロザーリオは、アリアンロッドの計画を利用してダディ・テッドを確実に抹殺することを考える。

 

 ロザーリオの考えとはドルトコロニーの労働者達に反乱用の武器を届けた罪を全てダディ・テッドに負わせること。そうすれば自分の手下がダディ・テッド達を倒せなくてもギャラルホルンが倒してくれるだろうし、万が一それらから逃げられても、ダディ・テッドを味方する者はいなくなるだろう。

 

 実際ロザーリオの考えが実行されればダディ・テッド達は打つ手はなかっただろう。しかしロザーリオには大きな誤算があった。

 

 誤算とはダディ・テッドが以前からアリアンロッドの計画を察知していて、ジャンマルコが計画の仔細な情報を調べあげていたこと。元々アリアンロッドの計画をよく思っていなかったダディ・テッドとジャンマルコは、この計画にロザーリオが関わっていることを知ると、ロザーリオを追い詰めることも兼ねてこの計画を阻止する事にしたのだ。

 

 まずジャンマルコを初めとした数人がモビルスーツでロザーリオの宇宙船に攻め込み、ロザーリオとアリアンロッドの目をジャンマルコ達に引き付ける。

 

 その隙にタービンズがダディ・テッドやクーデリアを連れてドルトコロニーにと潜入。潜入後は事前に連絡を取っていた労働者達の代表者やマスコミと共に経営陣がいる会社へと押し掛ける。

 

 ……ちなみにこの時、労働者達の代表者がビスケットの古い知り合いで、更に会社へと押し掛けたとき出迎えに応じた社員がビスケットの実の兄だと分かってちょっとした騒ぎになったのだが、それは別の話。

 

 会社へと押し掛けたダディ・テッドとクーデリアは、今まさに起ころうとしていた暴動がアリアンロッドの仕組んだ陰謀であったことを説明。労働者達の代表者も今回の暴動の為に武器を手に入れた時の情報を提示し、連れてこられてきたマスコミはそれらをドルトコロニーだけでなく、自分達が放送できる全ての宙域のコロニーへとリアルタイムで放送した。

 

 この放送に対してアリアンロッド司令官ラスタル・エリオンは「今回の騒動は主導者であるロザーリオ・レオーネに唆された一部のアリアンロッドの暴走である」と発表。誰が聞いてもあまりに苦しい答えだが、ラスタル・エリオンはそれが真実であると証明する為に主導者であるロザーリオと彼に与したアリアンロッドの隊員達を直ぐ様処断してみせた。

 

 こうして労働者達の暴動は未然に阻止され、経営陣と労働者達はダディ・テッドとクーデリアの立ち会いの元で今後の雇用条件等を見直す為の交渉のテーブルに着いたのであった。

 

 ☆

 

「危険な仕事を押し付けてすまなかったな、オルガ。そっちは大丈夫だったか?」

 

 タービンズの宇宙船ハンマーヘッドの応接室で名瀬はソファーに座って自分の向かい側に座るオルガに労いの言葉をかける。

 

 今回の戦いでオルガ達はジャンマルコ達が鉄華団の宇宙船イサリビに乗って、戦っていたのとは別の宙域でアリアンロッドの目を引き付ける囮をしていた。

 

「いえ、気にしないでください兄貴。俺達は逃げ回ってばっかりだったからそんなに大きな被害もでていません。……しかし俺達が運んでいた荷物がまさかあんなものだったなんて思いませんでした」

 

 オルガは名瀬に返事をした後でそう呟いた。

 

 オルガ達鉄華団がドルトコロニーに運んだ暴動用の武器は、歳星を出る直前に「ドルトコロニーに資源を送ってほしい」という名目の依頼で急遽渡されたものであった。

 

 もしも何も知らないまま武器をドルトコロニーの労働者達に渡していたら、今頃はドルトコロニーで暴動が起こって鉄華団もそれに巻き込まれていただろう。そう考えたオルガの額に一筋の冷や汗が流れた。

 

「確かにな。だけどもう終わったことだし、親父もダディ・テッドも暴動なんて起こさせる気なんてなかったんだから安心しろよ。だから親父はシシオ達を俺達に同行させたんだろ」

 

 名瀬はオルガに安心させようと笑いかけながらここにはいない人物の名前を口にする。

 

 今回の騒動でのシシオの働きは非常に大きなものだった。

 

 ドルトコロニーの暴動を未然に防ぎロザーリオを追い詰める為にまずするべきことは、内通者を見つけ出してこちらの情報の漏洩を防ぐこと。マクマードもダディ・テッドは最初からフミタンが怪しいと気づいていたのだが、問い詰めるにしても証拠が無い上にフミタン以外にもこちらを監視している者がいる可能性を否定でできない。

 

 そこでマクマードはシシオとローズを雇って鉄華団と同行させて、シシオは約百万キロメートル間隔で配置された自立型の宇宙灯台「コクーン」によってエイハブ・ウェーブの影響下で惑星間航行や長距離通信を可能にする管制システム「アリアドネ」にハッキングし、イサリビを初めとする鉄華団らの宇宙船から発せられる暗号通信を解析してフミタンがロザーリオに荷担している内通者であることを突き止めたのである。

 

 ……ちなみにアリアドネにハッキングとか暗号通信の解析とかは普通であれば到底できることではないのだが、シシオが機械に関しては頭がおかしいくらいの働きをするのは今さらだろう。

 

「シシオですか……」

 

 シシオの名前を聞いてオルガは何かを考えるような表情となる。

 

「ん? どうした、シシオと何かあったのか?」

 

「いえ……。考えてみれば俺達、兄貴だけでなくシシオにも色々世話になっているなと思いまして……」

 

 名瀬の質問にオルガは、これまでの間にシシオとローズのお陰で色々と助かった時のことを思い出しながら答える。

 

「何か、シシオとローズに礼を出来ないかと思うんですけど、何をしたら礼になるのか……」

 

 ローズはともかくとしてシシオが好きなものと言えばやはりガンダム。鉄華団が保有しているガンダムフレーム機のガンダム・バルバトスとガンダム・グシオンを渡せばシシオも喜ぶだろうが、あの二機は鉄華団のこれからを考えたら必要不可欠であるし、元々ガンダム・グシオンは昭弘がシシオに無理を言って譲り受けたものだ。

 

 そんな風に頭を悩ませるオルガを見て名瀬が静かに口を開いた。

 

「……ふむ。なぁ、オルガ。それだったらいっそのこと、シシオとローズを鉄華団にスカウトしてみたらどうだ?」

 

「えっ!?」

 

 オルガも今の名瀬の言葉には流石に驚いて彼の顔を見た。

 

「ま、待ってください、兄貴。何でシシオ達を鉄華団にスカウトすることが礼になるんですか? いや、そもそもシシオ達って兄貴や親父にあのタントテンポだってスカウトしようとしてるんでしょう? そんなあいつらが鉄華団に来るとは思えません」

 

 オルガの言っている事は正論である。彼も自分達の鉄華団を卑下するつもりはないが、それでもテイワズにタービンズ、タントテンポとは比べものにならない程の弱小であるのは事実であり、これらの大組織のスカウトをこれまで断り続けてきたシシオ達が鉄華団のスカウトを受けるとはとても思えなかった。

 

「まあ、普通に考えたらそうだわな……。だけど俺はお前達ならいい返事をもらえると思うんだ。……何しろあいつらはある意味お前達と『同じ』だからな」

 

「俺達と、同じ……」

 

 何を言われたか分からないといった表情のオルガに名瀬は頷いて見せた。

 

「ああ、そうさ。ローズの嬢ちゃんはお前達も聞いているかも知れないが親に売られた元ヒューマンデブリ。そしてシシオも親に見捨てられたガキなのさ」

 

「シシオが……親に見捨てられた?」

 

 名瀬の言葉にオルガはますます訳が分からないといった表情となる。

 

 オルガはシシオには父親だけだが肉親がいて、独立した今もたまにだが連絡を取っていると聞いていた。そしてオルガにはその父親が一流のパイロットであり技術者のシシオを手放す理由が思い付かなかった。

 

「訳が分からないって顔だな」

 

 頭の上に疑問詞を浮かべているオルガに名瀬は苦笑しながら事情を説明した。

 

「一言で言えばシシオは優秀過ぎたのさ。それこそ父親が恐れるくらいにな。通常の文字と同時にプログラム言語を理解して、三輪車に乗るより先にモビルワーカーを乗りこなし、五歳にはモビルスーツで宇宙海賊を一人返り討ちにした……等々、他にも冗談みたいな過去話がいくつかあるが全てマジだ。そりゃあ、普通の人間からしたら頼もしいと思うより先に怖いと思うのが普通だろ?」

 

「た、確かに……」

 

 名瀬に言われてオルガはシシオの異常さを再認識すると同時に、父親に見捨てられたという理由を大体理解した。

 

「更に言えば強すぎる力や才能ってのは厄介事を引き付けやすい。前にシシオがローズの嬢ちゃんを引き取った話をしたよな? あの時シシオは今はもう別としてテイワズ傘下の組織ともめていたんだぜ?

 自分の理解を遥かに越える才能を持って洒落にならない程の厄介事を引き付けるシシオを、奴の父親は恐怖の目で見るようになった。俺が父親に見捨てられたと言ったのはそういうことさ。

 実際、今でこそシシオと父親の仲は普通だが、あいつがローズの嬢ちゃんと一緒に独立するまではギクシャクした関係だったらしいぜ?」

 

 ここまでの話を聞いてオルガは完全に理解した。

 

 つまりシシオ・セトはオルガ達鉄華団の面々と同じ「孤児」であるということ。

 

 オルガ達鉄華団の面々が何の力もなくて親に邪魔者扱いされた孤児ならば、シシオは逆に力がありすぎたせいで親に恐怖の対象とされた孤児。

 

 シシオは良くも悪くもガンダム以外の欲を持っておらず、父親を害しようとする悪意など持つはずがない。シシオはただ家族の役に立ちたかっただけで、その為だけに自分の才能を振るったのだ。

 

 その結果が実の父親に恐怖の目で見られて見捨てられるとは皮肉としか言いようがなかった。

 

「あいつ……!」

 

 ここまでの話を聞いたオルガは胸を締め付けられるような思いとなり、気がつけば唇を噛み締めて俯いていた。

 

「俺が見たところ、シシオは心のどっかで『家族』を求めている。実際似たような環境の俺達がスカウトする度にあいつ、かなり真剣に考えていたしな。だからオルガ、お前がシシオ達を鉄華団に誘って『家族』って居場所を与えてやることが出来たら、それが礼になるんじゃねぇか?」

 

「………考えてみます」

 

 名瀬からの言葉にオルガはそう返すことしかできなかった。

 

 ☆

 

 話し合いが終わり、オルガがイサリビに戻った後、名瀬は一人でハンマーヘッドの通信室にいた。通信室のモニターには歳星にいるマクマードの姿が映っており、モニターの中のマクマードは名瀬からの報告を聞いて満足そうに頷いていた。

 

『そうか。鉄華団もシシオをスカウトするようになったか』

 

 報告を聞いたマクマードが関心を持つのは、ドルトコロニーの暴動を未然に阻止できたことでもロザーリオを追い詰めた事でもなく、鉄華団もシシオ達のスカウトに乗り出した事のみであった。

 

 先程のオルガとの会話で名瀬がシシオ達のスカウトを提案したのは、自分の正直な気持ちも含まれてあるがマクマードからの指示であったのだ。

 

「ええ。しかしいいんですかい? もしシシオが親父のスカウトを蹴ってオルガ達の所に行っちまったら、親父のメンツが立たないんじゃ?」

 

 名瀬の言葉にマクマードは鼻を鳴らす。

 

『ふん。そんなのは屁でもねぇよ。シシオがお前達タービンズの所に行こうが鉄華団に行こうが、要は俺の手の届く範囲に収まればそれでいいんだよ』

 

「……随分とシシオに拘りますね? 確かにシシオは一流のパイロットで技術者ですけど、テイワズのトップである親父がそこまで求める程なんですか?」

 

 シシオに対して尋常ではない執着を垣間見せるマクマードに名瀬がそう言うと、モニターの中にテイワズのトップは首を振る。

 

『名瀬よぉ……。お前は何も分かっちゃいねぇ。一流のパイロットで技術者? シシオはそんな言葉で収まる奴じゃねえよ。あいつは正真正銘の「悪魔」さ』

 

「……親父。シシオの一体何を知っているんだ?」

 

 マクマードの言葉から「何か」を感じ取った名瀬が聞くと、マクマードはモニター越しですら威圧感を感じる真剣な表情となって口を開いた。

 

『……これは、お前を信用しているからこそ話す事だ。他の奴には、例えお前の女達にも漏らすんじゃねぇぞ』

 

 マクマードの目は「約束を違えればお前でも消す」と明確に語っていて、名瀬はその眼光に一瞬怯んだがすぐに持ち直して頷いてみせた。

 

『そうか。じゃあ教えてやる』

 

 そう言ってマクマードはシシオの「秘密」を口にしてそれを聞いた名瀬は驚きのあまり目と口を限界まで開いて絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シシオはエイハブリアクターを一から作る事が出来るんだよ』


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。