「ロザーリオ様。イサリビの潜入員から通信がありました」
「そうか」
月の周辺にあるドルトコロニー群から離れた宙域で停止している宇宙船のブリッジで、タントテンポの幹部ロザーリオ・レオーネは部下からの報告に頷いた。
「それで? 通信には何とあった?」
「はい。ダディ・テッドを乗せたジャンマルコの艦を初めとする四隻の艦の内、タービンズの艦はドルト6に向かい他の三隻はドルト3に入港。『例の荷物』については気づかれていないとの事です」
「結構だ。これでギャラルホルンの計画はほぼ成功したようなものだな」
部下からの報告にロザーリオは満足気に頷く。
今、ギャラルホルンはドルトコロニー群にてある計画を実行していた。
ドルトコロニー群は地球の経済圏の一つであるアフリカユニオンにある企業ドルトカンパニーが所有しているコロニー群なのだが、そこでの労働環境はお世辞にも良いとは言えず労働環境の改善を要求する労働者達が度々デモを起こしていてその激しさは増す一方であった。
そんなドルトコロニー群に目をつけたギャラルホルンは、労働者達の不満を煽るような工作をしたり秘密裏に武器などを提供することであえて暴動を起こさせ、それを自分達の手で鎮圧してコロニーの騒ぎを最小限にする事を計画したのだ。
反乱分子の芽を早期に摘み取ることで治安を維持する、と言えば聞こえはいいが実際はろくに戦い方も知らない労働者達に新兵達をぶつけて実践経験を積ませて、更にはギャラルホルンの威厳を世間に知らしめる悪質なマッチポンプである。そしてそれにロザーリオは協力していた。
この作戦が成功すればドルトコロニー群は、労働者達がしばらくの間は経営陣に逆らわなくなって治安は良くなるだろうが、同時に多くの労働者達を失って生産力が落ちて経済等は不安定となるだろう。その隙をついてドルトコロニー群にタントテンポの企業を進出させる事を考えたロザーリオは、労働者達の不満を煽る工作にも加担したり暴動用の武器を調達する火星の武器商人との仲介役も買って出たのだった。
「……いや。ギャラルホルンの計画、成功してもらわないと困る。でないと私は身の破滅だ」
そこでロザーリオは余裕の表情を浮かべていた顔に一筋の汗を流して呟く。彼は今、最大の危機を迎えていた。
ロザーリオは長年に渡って一部のギャラルホルンと結託してタントテンポの資金を不正利用していたのだが、最近になってそれがダディ・テッドや自分と同じタントテンポの幹部のジャンマルコに知られて、確かな証拠も掴んだという情報が入ってきたのだ。
確かな証拠を掴まれている以上、言い逃れは不可能。そう考えたロザーリオはダディ・テッドの暗殺を決意するのだが、暗殺はことごとく失敗に終わる。
やがてジャンマルコと合流したダディ・テッドの一団は途中の妨害も物ともせずに月にやって来るのだが、それでもまだロザーリオには運が残っているようだった。
ロザーリオがドルトコロニー群の労働者達に使わせる暴動用の武器を調達させた火星の武器商人ノブリス・ゴルドン。彼がスポンサーをしている火星の独立運動家クーデリアが、どのような因果かダディ・テッド達と行動を共にするようになったことで、ダディ・テッド達の動きをある程度察知することができた。
更にノブリスが暴動用の武器の送り主名義にクーデリアの名前を利用した事と、暴動用の武器をクーデリアを護衛している鉄華団とか言う民兵組織に運ばせている事を知ったロザーリオはこれを利用する手を思いついた。
ドルトコロニーで暴動が起こればロザーリオ達はすぐにダディ・テッド達を「武器を密輸した犯罪者の仲間」として攻撃する。すると近くに来ている彼と繋がっている一部のギャラルホルンも攻撃をする手筈だ。
いくらダディ・テッドの護衛やジャンマルコの私兵達が強くても、自分達とギャラルホルンの戦力には敵わないだろうとロザーリオは考える。例え逃げ延びたとしても、その頃にはダディ・テッド達はギャラルホルンに目をつけられた犯罪者となって何も出来ないだろう。
唯一の懸念材料はダディ・テッド達が鉄華団が運んでいる荷物、暴動用の武器に気づくかということだったが、クーデリアの世話役という形で鉄華団に潜入しているノブリスの諜報員フミタン・アドモスからの報告では誰も暴動用の武器に気づいていないそうだ。
自分達が攻撃される原因を自分達の手で運ぶとは何という皮肉だろうか。
「ダディ・テッドも老いたものだな……」
ロザーリオは、かつて宇宙海賊であった自分を自らの部下に置いて御していたダディ・テッドに昔程の力が無いことに知らずにため息を吐いた。しかしその直後に宇宙船のブリッジにアラームが鳴り響く。
「っ!? 何事だ!」
「正体不明の強襲装甲艦が接近……っ! 強襲装甲艦からモビルスーツが発進されました! モビルスーツの数は六機です!」
「何だと!?」
ロザーリオにブリッジのオペレーターが悲鳴の様な声で報告をする。そしてその報告はロザーリオを初めとするブリッジにいる者全員を驚愕させた。
「さあ、楽しい楽しい喧嘩の時間だ」
正体不明の強襲装甲艦から発進した六機のモビルスーツの内の一機、そのコックピットの中でジャンマルコは獲物を前にした肉食獣のような笑みを浮かべた。