ブルワーズのモビルスーツ部隊の主力であるグシオンはシシオに、タントテンポのモビルスーツ部隊の主力である蒼い百里はアルジによって倒され、更にはブルワーズの母艦が鉄華団のノルバ・シノが率いる突撃部隊とジャンマルコの私兵達に占拠されたことで戦いは終了した。
「「………」」
戦闘が終了した後、シシオは自分が倒したグシオンを引っ張って自分の宇宙船に向かっていて、その後ろをガンダム・ボティスに乗るローズが無言でついていた。
「………」
ガンダム・ボティスのコックピットでローズは、自分の前を行くシシオの乗るガンダム・オリアスの背中を不安そうな表情で見る。
念願のガンダムフレームの一機を手に入れたというのにシシオの機嫌は非常に悪い。その原因はさっきまでグシオンに乗っていたクダルがガンダムフレーム機を侮辱する言葉を言って彼の逆鱗に触れたからで、いまだに機嫌が悪いことがローズを不安とさせていた。
『……ローズ』
「は、はい! 何でしょうか、シシオ様!」
突如入ってきたシシオからの通信にローズが驚きと恐れと歓喜が入り交じった声で慌てて返事をする。
『ガンダム・オリアスの右手に馬鹿の血がついた……。艦に戻ったら洗うのを手伝ってくれないか?』
シシオはグシオンのパイロットであったクダルをコックピットごと握り潰したガンダム・オリアスの右手を見ながら言う。その表情と声音はゴキブリを素手で潰してしまったような強い嫌悪感に満ちていたが、嫌悪感の向かう先が自分ではないことと主人に頼られたことに安心したローズはさっきよりも明るい声で返事をした。
「はい。分かりました、シシオ様」
『それとすまないけどガンダム・オリアスの整備の手伝いも頼めないか? ……さっきの戦闘でガンダム・オリアスも俺も身体中ガタガタなんだ』
機嫌が悪そうな無表情からすまなさそうな表情となって言うシシオ。
先程のグシオンとの戦闘でシシオはガンダム・オリアスのリミッターを解除して超高速戦闘を行った。それによってガンダム・オリアスの機体だけでなくパイロットのシシオの身体にも強い負荷がかかっていたのだ。
「はい。お任せください、シシオ様」
シシオの表情から彼の機嫌がなおってきた事が分かってローズは小さく微笑む。
敵とはいえ人の死よりも自分の主人の機嫌を優先するローズは普通ではなく非常識で、シシオに依存している事は彼女自身理解している。
だがそれがどうしたというのだ?
普通の世界? 一般的な常識?
そんなものはローズを守ってくれず、むしろ差別して苦しめてきた。彼女を救って支えてくれたのは主人であるシシオだけであった。
その為ローズがクダルの死なんかよりシシオの機嫌を優先するのは当然の事と言えた。
「ありがとう、ローズ。まずはこのグシオンを……え?」
「あれは……?」
ローズに礼を言ったシシオは自分の宇宙船が見えたところで目の前の光景に思わず目が点となり、ローズもまた思わず驚いた表情となる。
「な、な、な……! 何じゃありゃーーーーーーーーーー!?」
シシオは目の前にある光景「ブリッジが潰されている自分達の宇宙船」に周囲に響き渡る大声を上げた。
☆
『すまねぇ、シシオ! ローズ!』
『本当にゴメン! シシオ、ローズさん』
ガンダム・オリアスのコックピットのモニターに映るオルガとビスケットが頭を下げてシシオに謝罪をする。
『お前達の帰る家を守ると言っておきながらこれだ。本当になんて言って詫びたらいいか……』
「いや、それはいいんだけど……あっ、やっぱりよくないけど……。とにかくオルガ? さっき言っていたのって本当?」
心の底から申し訳なさそうな顔をするオルガの言葉を遮ってシシオは先程聞いた自分達の宇宙船のブリッジが潰れた原因を確認する。するとモニターに映るオルガとビスケットが苦い顔となって頷く。
『ああ……』
「マジかよ……。三日月の奴……」
オルガの言葉を聞いてシシオは疲れた表情となって三日月の名前を呟いた。
シシオとローズの宇宙船のブリッジが潰れた原因。それは三日月にあった。
ブルワーズとタントテンポとの戦闘で最初、三日月は一機のマン・ロディを巨大メイスで野球のボールのように勢いよく弾き飛ばしたのだが、どうやらそのマン・ロディがシシオとローズの宇宙船のブリッジに激突したらしいのだ。
正に天文学的確率。
幸いにも三日月が弾き飛ばしたマン・ロディのパイロットは生きていたのだが、代わりにシシオ達の宇宙船のブリッジは完全に潰れてしまったというわけである。
「……………幸いと言うか、ブリッジを直す資材は艦の中にある。だから鉄華団から何人か艦の修理をする人を貸してくれないか? それと艦が直るまで俺とローズをイサリビに泊めてくれ。今回の落とし前はそれだけでいい……」
『え? それだけなのか? ……ああ、分かった。恩に着る』
『ありがとう、シシオ』
額に手を当てて数秒黙った後でシシオは賠償を要求するが、彼が言ったのは被害者として当然の要求であって賠償は全く求めていないも同然であった。その事にオルガとビスケットは戸惑いながらも安心した表情となって礼を言うと通信を切った。
『シシオ様。よろしかったのですか?』
オルガとビスケットの通信と入れ替わる形でローズからの通信が入ってきて、シシオはそれに頷いてみせた。
「ああ、構わないよ。賠償を求めなかったらオルガ達も負い目を感じてくれてイサリビを自由に歩かせてくれるだろうし。そうしたらこれからの『仕事』をするにも便利だろ?」
『……そういうことですか。承知しました』
シシオの口から出た「仕事」という言葉にローズは納得した表情となると小さく一礼するのだった。
☆
「はぁっ!? 艦一隻にモビルスーツ全て、それにヒューマンデブリのガキ全員だと!? いくらなんでも取りすぎだろうが!」
ハンマーヘッドのブリッジに一人の男の怒声が響き渡る。
今ハンマーヘッドのブリッジにいるのは名瀬にアミダにジャンマルコ、オルガとビスケット、シシオとローズ、そしてブルワーズの頭であるブルック・カバヤン。さっきの怒声はブルックのものであった。
戦闘が終わってブルックが捕虜としてハンマーヘッドのブリッジに連れてこられると、戦闘の勝利者であるオルガと名瀬達は早速彼に戦闘の賠償金を要求した。その内容がブルワーズが保有する二隻の宇宙船の内一隻にモビルスーツ全て、そして昭弘の弟である昌弘を初めとするヒューマンデブリの少年達全員。
「払えるわけねぇだろ、そんなの!」
「ほう……」
要求された賠償金を支払うと宇宙海賊として再起を図るのはほぼ不可能となるためブルックは血相を変えてこれを拒否すると、それを聞いたオルガが目を細めて口を開く。
「賠償金を払わねぇってんなら、お前さんの贅肉を少しずつ削り取って売り払うことになるんだが……それでも構わねぇんだな?」
「……! や、やれるもんならやってみやがれぇ!」
オルガの冷たい声音にブルックは一瞬気圧されるがすぐに立ち上がると、隠し持っていた小型の拳銃を取り出してそれをオルガ達に向ける。
『……!』
ブルックが拳銃を取り出したのを見て流石にオルガ達も目を見開くが、それはほんの数秒のことであった。
「ひ、ひひ…………え?」
隠し持っていた拳銃により優位な立場に立てたことで歪んだ笑みを見せていたブルックであったが次の瞬間、さっきまで目の前にあった拳銃が「拳銃を持っていた右手ごと」なくなっていたことに気付き笑みを凍りつかせた。
「……へ、え? あ、ああっ!? あああーーーーー!」
ブルックが拳銃と自分の右手をなくしたことに気づくのとほぼ同時に右手首の断面から血が噴水のように吹き出し、ブルックの口から悲痛な悲鳴が上がる。
そしてそんなブルックの側には、シシオの隣にいたはずのローズが立っており、彼女の右手には鉈と言ってもいい大型のナイフが握られていて足元にはブルックの右手が転がっていた。
ブルックが拳銃を取り出した瞬間、彼から危険な雰囲気を感じ取ってすでに側まで近づいていたローズがスカートの下に常時隠し持っていた大型ナイフで拳銃をブルックの右手ごと切り落としたというわけである。
「オルガ。話は終わったって……? 一体どうしたの?」
あまりにも手際よく行われたローズの残虐行為にオルガ達が別の意味で目を見開いていると、そこに三日月が現れてブリッジの惨状に首をかしげる。
「……ああ、三日月ですか。いえ、話は賠償金を払えないこのブルック様の身体を少しずつ削り取って売り払うことに決まりまして、まずはシシオ様やオルガ様達に銃を向けた右手を切り落としたところです」
三日月の疑問に完全な無表情となったローズが答える。今の彼女は冷たい墓標のような色の瞳をしており、それがシシオに銃を向けたブルックへの怒りの大きさを表していた。
「へぇ……。ソイツの身体を削り取ればいいんだね? ……手伝うよ」
オルガに銃を向けたと聞いて三日月も光のない瞳となって懐から一丁の拳銃を取り出した。
「な……!? 何だお前ら! く、来るな! 来るんじゃ……ギャアアアッ!!」
ハンマーヘッドのブリッジに一人の男の悲鳴が長時間響き渡った。
その後、ハンマーヘッドのブリッジは大がかりな「清掃」をすることになったのだが……ブリッジが一体何で汚れたのかは知らないほうがいいだろう。
「なあ、オルガくん? 君のところの三日月くんがスッゴい怖いんだけど、なんとかならない?」
「そう言うシシオくんこそ、君のところのローズちゃんがメチャクチャ怖いんだが、なんとかならねぇか?」
「「………」」
「「無理に決まってるだろ」」
「「……………」」
「「だよなぁ……。ハァ……」」