鉄血のオルフェンズ ~無欲な悪魔~   作:小狗丸

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#25

『何? オリアスには阿頼耶識がついていないだと?』

 

「はい」

 

 昭弘の言葉にローズが頷く。

 

「シシオ様から聞いた話によると厄祭戦時のガンダムフレーム機は一度乗ったら最後、パイロットは阿頼耶識システムから尋常ではない情報を送られて脳を壊され、機体と阿頼耶識システムで繋がっていないと指一本動かせないガンダムフレーム機を動かす為だけの部品になってしまうという正に悪魔の機体だったそうです」

 

『そんなに物騒な機体だったのかよ……』

 

 ローズの説明に昭弘は今まで自分達が頼りにしてきた三日月のガンダム・バルバトスがどれだけ危険な機体だったのかを理解して一筋の汗を流す。

 

「ええ。ガンダムフレーム機は阿頼耶識システムの力を最大限に活用してパイロットを使い潰す代わりに絶大な力を発揮する機体です。しかしシシオ様のガンダム・オリアスはパイロットを使い潰さず、それでいて阿頼耶識システム同等の力を発揮するようにと開発された特殊な操縦システムの実験機なのです」

 

『特殊な操縦システム?』

 

 ローズはもう一度昭弘に頷くと以前シシオから教えてもらったガンダム・オリアスの操縦システムを説明する。

 

「登録したパイロットの脳波や行動パターンを記録して学習し、パイロットの分身と言っても過言ではない専用の補助プログラムを一から構築する操縦システムだそうです。補助プログラムは敵の攻撃に対するパイロットの行動を予測するとそれを補助して、そうすることよって阿頼耶識の手術を受けていない者でも阿頼耶識使い並の機体制御が可能となるとシシオ様は言っていました」

 

『お、おお……。す、凄いんだな……』

 

 正直、ローズの説明を理解しきれない昭弘だが、とにかくシシオはその特別な操縦システムのお陰で今のリミッターを解除したガンダム・オリアスを乗りこなしているのだけは分かった。

 

『だけどそんな凄い操縦システムが何でオリアスにしかないんだ?』

 

 昭弘の疑問は最もである。危険な阿頼耶識システムを使わずに阿頼耶識システム同等の戦闘力を発揮できる操縦システムがあれば、それは量産されて他のガンダムフレーム機や他のモビルスーツにも搭載されても何ら不思議ではない。

 

「私もシシオ様から最初に話を聞いた時は昭弘様と同じ感想でした。しかしこれもシシオ様から聞いた話なのですが、補助プログラムを構築するには膨大な量の稼働データが必要な上、補助プログラムが構築されてもパイロットとの行動の『ズレ』を修正する為にまた膨大な量の稼働データが必要なようです。……シシオ様は補助プログラムの構築に五千時間、行動の『ズレ』を修正するのに二千五百時間の稼働データを取ったと言っていましたね」

 

 五千時間と二千五百時間、合わせて七千五百時間。毎日十時間ガンダム・オリアスを稼働させたとしても二年以上かかる計算である。

 

 その特殊な操縦システムが実験機であるガンダム・オリアスにしか搭載されていない理由はつまりこれである。

 

 いくら画期的な操縦システムであっても、実際にその効果を見せるのに時間がかかりすぎては意味がない。

 

 更に言えば開発された時期も悪かったと言える。厄祭戦……戦争の最中に必要とされるのは即戦力となる兵器である為、いくら将来性があったとしても当時の人間達はガンダム・オリアスの操縦システムを「欠陥品」と判断したのだろう。

 

 そう考えて昭弘は納得したように頷くとローズが「ですが」と言って言葉を続ける。

 

「シシオ様はその才能と情熱をもってガンダム・オリアスを完全に乗りこなしています。そしてガンダムフレーム……七十二機の鋼鉄の悪魔の中で最も心優しく無欲な悪魔、ガンダム・オリアスもそれに応えてくれてます。それがあのシシオ様とガンダム・オリアスの姿です」

 

『ああ……。あれは確かにスゲェな……』

 

 ローズの言葉に昭弘が頷き、二人はコックピットのモニターに映るガンダム・オリアスとグシオンの戦いに目を向けた。

 

 ☆

 

 ローズが昭弘にガンダム・オリアスの操縦システムについて説明している間、シシオは自分から逃げようとするクダルを追っていた。

 

 リミッターを解除したガンダム・オリアスであればグシオンにすぐに追い付いて撃破することは容易いのだが、シシオはあえてそれをせず、追い付いても数回攻撃を加えたらわざと距離を取るという行動をとっていた。その姿は鼠をいたぶり玩ぶ猫のように見える。

 

 高速かつ複雑な軌道で近づき激しい攻撃の連続でグシオンの重装甲を徐々にだが確実に削り、たまにグシオンの援護をしようとやって来るブルワーズやタントテンポのモビルスーツを瞬殺するガンダム・オリアスは正に悪魔と言えた。

 

 しかしそんなガンダム・オリアスの戦いぶりを見ても三日月は恐怖を抱かず、むしろ面白いショーを見たかのような笑みを浮かべていた。

 

「おお~。すっげぇ~」

 

『……三日月。初めてアンタの無邪気な笑みを見たけど、こんな場面で見たくはなかったわ……』

 

 グシオンを圧倒するガンダム・オリアスの動きに三日月が心から感嘆の声を上げると、非常に疲れた顔をしたラフタからの通信が入ってきた。しかし三日月は彼女の声が聞いておらず自分の乗るガンダムフレーム機に呼びかけた。

 

「なぁ、バルバトス? お前もあれくらい速くて強くなれるのか?」

 

 ガンダム・バルバトスに呼びかける三日月の目は戦場の宇宙を縦横無尽に飛び回るガンダム・オリアスの姿のみが映っていた。

 

 ☆

 

「あれは……アスタロトと同じガンダムフレームなのか?」

 

 激しい戦闘の末に蒼い百里を倒してガンダム・アスタロトの本来のパーツであるシールドウイングを回収したアルジは、シシオとガンダム・オリアスを見て思わずと言った風に呟いた。

 

 リミッターを解除したガンダム・オリアスの力はアルジから見ても凄まじく、シシオの手で強化されたこのガンダム・アスタロトSFでもまるで勝てる気がしなかった。

 

 アルジは自分の家族を殺した正体不明のガンダムフレーム機を倒す事を目的としていた。その為にこうして家族の仇と同じガンダムフレーム機のガンダム・アスタロトSFに乗って戦っている。

 

 だが、もし仇のガンダムフレーム機を見つけ出せたとしても、そいつがあのガンダム・オリアスと同じだけの力を持っていたら果たして倒す事ができるのだろうか?

 

 そうアルジが考えているとコックピットにヴォルコからの通信が入ってきた。

 

『おい、野良犬。オリジナルのシールドウイングは回収できたのか?』

 

「ああ、回収したよ。というかいい加減、野良犬じゃなくて名前で呼べよ」

 

 ヴォルコの言葉に答えてから反論するアルジだったが、それに対してヴォルコはくだらなそうに鼻を鳴らす。

 

『フン。野良犬呼ばわりが嫌ならもう少し使える奴になって俺に認めさせてみせろ。……そう、例えば「あれ」ぐらいにやるようになれば名前で呼んでやるさ』

 

 ヴォルコの言う「あれ」とはリミッターを解除したガンダム・オリアスとそれを乗りこなしているシシオの事で、グシオンと戦っている……というか一方的にグシオンを攻め立てているガンダム・オリアスに視線を向けてアルジは表情を強張らせる。

 

「あれぐらいかよ……。いくら何でもハードル高すぎないか?」

 

『アスタロトに乗っているならやってみせろ。シシオではないが俺もアスタロトの無様な姿は見たくはない』

 

(恨むぜ、シシオ……)

 

 これまでもアルジはガンダム・アスタロトSFの操縦に失敗をする度にヴォルコから小言を言われてきたが、今の言葉からこれからもっとヴォルコの小言が増えるのが分かりアルジは心の中でシシオに愚痴を言った。

 

 ☆

 

「ひっ! ひいっ! ひいぃっ!?」

 

 グシオンのコックピットの中でクダルは悲鳴を上げていた。その顔は青ざめている上に大量の汗を流していて、最初の強気な印象はすでになく捕食者から必死に逃げている獲物といった感じであった。

 

 コックピットの中は激しい揺れが何度も襲い掛かり、計器からは機体に深刻なダメージがあること知らせるアラームが絶え間なく聞こえてくる。

 

「く、クソ! クソがぁ!」

 

 一刻も早くここから逃げようと必死にコックピットのレバーやペダルを操作するクダルだが、もはやグシオンの機体はガンダム・オリアスによって半壊されていて満足に動ける状態ではなかった。

 

「チクショウ……! チクショウが! あのガキ、人をこんな風にいたぶって楽しいのかよ? あのド畜生が……ヒギィ!?」

 

 シシオに対して恨み言を言おうとしたクダルであったが、その直後に一際大きな揺れがコックピットを襲う。見ればグシオンの胸部装甲がガンダム・オリアスのサーベルに切り裂かれてフレームを露出していて、そこでついにクダルの精神は限界を迎えた。

 

「あ、あああーーーーー!? もう! もうヤメてよぉーーー! もう二度とガンダムを馬鹿にしないから……ひいっ!?」

 

 恐怖のあまりクダルが悲鳴をあげるとモニターにグシオンの眼前まで急接近したガンダム・オリアスの姿が映し出された。ガンダム・オリアスのツインアイはまるでパイロットのシシオの怒りを表すように紅く輝いており、それを見たクダルは目の前の青いガンダムがまるでこう言っているように感じられた。

 

 

 

 つまり『遅いんだよ。死ね』、と。

 

 

 

「あ……?」

 

 そしてクダルが感じた感じは間違っていなかったらしく、ガンダム・オリアスは露出したグシオンのコックピットに右手を伸ばし、それがクダルが人生で最後に見た光景であった。

 

 ガンダム・オリアスはグシオンのコックピットを右手で触れると一切の躊躇いも見せずに握り潰し、そこでグシオンは動きを止めた。


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