『だから見下してんじゃないわよ! 何がガンダムに乗る資格だ! こんなモン、大昔のポンコツじゃないの! それをこのクダル・カデル様が有効に使ってやってるんだからむしろ感謝するべきだろうが、この何の役にも立たないデブモビルスーツはよぉ!?』
「………!?」
ガンダム・ボティスのコックピットでシシオとクダルの通信を聞いていたローズはクダルの叫びに自分の表情が強張ったのが分かった。
「い、今……何て言ったの? あの馬鹿(クダル)は……!?」
『ローズ?』
動揺のあまり普段の口調を忘れて呟くローズにグレイズ改に乗っている昭弘が通信を入れる。しかしローズは昭弘の声に気づいていないのか、モニターに映るクダルの乗るグシオンを凝視していた。
これまで常にシシオの側にいて行動を共にしてきたローズは、今の馬鹿(クダル)の発言で自分の主人がどれだけ怒り狂っているのか容易に想像できた。
そして怒り狂ったシシオがこれからクダルに一体何をして、その余波で周囲にどれだけの危険が出るのかも、予知と言ってもいいレベルの正確さで予想できた。
『おい、ローズ? 一体どうしたんだ?』
「はっ! 昭弘様! 急いでここから離れますよ!」
もう一度昭弘に話しかけられてローズは思考を現実に戻すと、自分の隣に来ているグレイズ改にここから急ぎ離れるべきだと忠告する。
『ああっ? 一体どうして……?』
「急いでください! 今のシシオ様の近くにいるのは危険です! 巻き添えを食らう前にこの子達を連れて離れますよ!」
『お、おお……?』
突然のローズの発言に昭弘がどういうことなのか聞こうとするが、有無を言わせない彼女達の迫力に思わず頷く。
そしてガンダム・ボティスとグレイズ改がすでに行動不能状態にした二機のマン・ロディをそれぞれ一機ずつ引っ張ってこの場から離れようとすると、それを待っていたかのようにシシオとガンダム・オリアスが行動を開始する。
『ーーー!!』
『……………は?』
ガンダム・オリアスが行動を開始した瞬間、ローズの耳に驚きのあまりに漏れた呆けた声が聞こえてきた。
ローズには今の呆けた声が一体誰の口から出たものなのか分からなかったが、声の主が一体何に驚いたのかは分かった。
シシオが行動を起こすのと同時にグシオンとそれなりの距離を置いていたガンダム・オリアスがまるで瞬間移動でもしたかのように一瞬で距離を詰めたのだ。その加速速度は今まで比ではなく、シシオはすでに次の行動に移っていた。
『っ!』
『ごっ! がああぁ!?』
シシオが行ったのは最初の奇襲と同じ盾を前面に出した体当たり。しかし超加速の勢いを乗せたその威力は前よりも遥かに上で、体当たりの直撃を受けたグシオンは装甲を僅かにへこませて後方に吹き飛び、大型のデブリに衝突する事でようやく動きを止めた。
『ぎっ! ギザマッ! よく……も……?』
体当たりのダメージから立ち直りシシオに恨み言を言おうとしたクダルであったが、モニターに映るガンダム・オリアスの姿を見て言葉を失った。
ガンダム・オリアスはいつの間にか脚部を馬の四本足のような形に変形させており、ツインアイを燃え盛る炎のように紅く輝かせ、手首や肩口といった各関節部からは膨大な量のエネルギーを青白い炎のような放出させていた。
『な……何よ? 何なのよ、それは……?』
『何、だと? そんなの決まっているだろ? お前が今さっき馬鹿にしたガンダムの真の姿だよ』
予想だにしなかった敵の姿にかすれた声を出すクダルにシシオは冷たい声で答えるとコックピットのレバーとペダルを操作する。
『行くぞ! ガンダム・オリアス!』
シシオの操作を受けたガンダム・オリアスのブースターとスラスターの噴出口が炎を吹くかのように推進剤を噴出し、一気にトップスピードに入ったガンダム・オリアスは直線距離ではなくわざと遠回りをして見せつけるかのように複雑な軌道を描きながらグシオンに迫る。
『ひっ! 来るな! 来るんじゃないわよぉ!?』
こちらに迫って来るガンダム・オリアスの姿にクダルは悲鳴のような声を上げ、グシオンが手の持った巨大ハンマーをメチャクチャに振り回す。すると偶然にも巨大ハンマーはグシオンの眼前まで接近したガンダム・オリアスの真横を完璧に虚を突く形となって捉えた。
自分の巨大ハンマーがガンダム・オリアスの真横を捉えたのを見たクダルは、目の前の敵が砕け散る様子を想像して歪んだ笑みを浮かべる。……しかし。
『ふん』
『………っ!?』
しかし砕け散ったのはガンダム・オリアスではなくグシオンの巨大ハンマーであった。
シシオは迫り来る巨大ハンマーをくだらなそうに鼻を鳴らし、ガンダム・オリアスは左手に持つ盾を振るって巨大ハンマーに叩きつけて砕き、それを見たクダルが驚きのあまり絶句する。そして驚いたのは彼だけではない。
『い、一体どうなっているんだ? ……あれは本当にガンダム・オリアスなのか?』
離れた場所からガンダム・オリアスとグシオンの戦いを見ていたローズのコックピットに、同じく離れた場所から戦いを見ている昭弘の呟きが聞こえてきた。
昭弘が思わずそう呟いた気持ちは理解できる。
まるで瞬間移動でもしたかと思うような超加速。
阿頼耶識システムを搭載したモビルスーツ以上の柔軟かつ複雑な機体制御。
偶然とはいえ完璧に虚を突くタイミングの攻撃に反応した反応速度。
超重量の敵の武器を、硬度はともかく重量では完全に負けている盾で逆に砕くという芸当を可能とした出力。
そのどれもが昭弘が知るガンダム・オリアスとは全くの別物で、ローズは一つ頷いてみせて彼の疑問に答えた。
「そうですよ。あれは紛れもなくシシオ様のガンダム・オリアス。あの動きはリミッターを解除したガンダムフレーム機の本来の動きです」
『あれがガンダム本来の……。ということはローズ、お前のボティスや三日月のバルバトス、アルジのアスタロトもあんなことが出来るのか?』
「……理論上は確かに可能です。しかしもし実行したら私や三日月、アルジ様は……最悪廃人となるでしょうね」
『はあっ!?』
昭弘の質問にローズが答えると、それを聞いた昭弘が驚いた顔となって彼女を見る。
『ガンダム本来の動きをしたらお前達が廃人になるってどういうことだよ、ローズ?』
「ガンダムフレーム機は高性能すぎるのですよ。リミッターを解除して本来の動きをさせたら、それを制御するための膨大な量の情報がパイロットの脳に阿頼耶識システムを通じて一斉に流れ込み、ほぼ確実にパイロットの脳に障害が出るのです。昭弘様も阿頼耶識システムでモビルスーツの情報を直接脳に送り込むのがどれだけ辛いかは身をもって知っているでしょう?」
『……確かにな。だけど、だったら何でシシオはリミッターを解除したオリアスを乗りこなしているんだ? シシオは阿頼耶識の手術を受けていないはずだろ?』
自分と同じ阿頼耶識使いのローズの言葉に納得した昭弘だったが、すぐに別の疑問に気づく。
今のガンダム・オリアスの動きは人間の反射速度を遥かに超えたものであった。シシオの操縦技術は確かに頭に「一流」がつくくらい優れているが、これはもはや操縦技術でどうなるレベルではなく、阿頼耶識システムの力がなければとても乗りこなせるとは思えなかった
「ええ、そうですね。いくらシシオ様といえど操縦技術だけであの動きを出すのは無理でしょう。ですがシシオ様はガンダム・オリアスの『協力』を得ているのです」
昭弘の疑問に答えていたローズはそこで一度言葉を切るとすぐに続きを言った。
「ガンダム・オリアスは七十二機のガンダムフレーム機で唯一、『阿頼耶識システムではない特殊な操縦システム』を搭載している機体なのです」