鉄血のオルフェンズ ~無欲な悪魔~   作:小狗丸

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#19

 シシオとローズがハンマーヘッドのブリッジに向かっていると、丁度ブリッジのドアの前で反対側の通路からやって来たオルガとビスケットと出会した。

 

「やあ、オルガ、ビスケット」

 

「よお。さっきは助かったぜ、ありがとうな」

 

 シシオがオルガとビスケットに挨拶をするとオルガが礼を言う。オルガが言っているのは先程の襲撃でローズを昭弘とタカキの救援に向かわせたことで、シシオは首を横に振って彼に言った。

 

「気にするなよ。一緒に仕事をしている仲間なんだし、助け合うのが当たり前だろ?」

 

「いや、礼くらい言わせてくれ。お前達がいなかったら昭弘もタカキもマジで危なかった。今度イサリビの食堂に来てくれ。アトラ特製のカンノーリをご馳走するぜ」

 

 オルガの口から出たアトラというのはイサリビの炊事係の少女のことである。アトラの料理の腕は中々のもので、つい先日作り方を覚えたカンノーリは今ではイサリビのクルーの大好物となっていた。

 

「それは楽しみだな。……でもその前にやるべき事があるよな?」

 

「ああ、そうだな」

 

 シシオが笑いながら返事をした後、真剣な表情になって言うとオルガも真剣な表情となり頷き、それぞれの後ろでローズとビスケットも頷いた。

 

 気持ちを切り替えたシシオ達四人がブリッジに入ると、そこにはすでにジャンマルコとアルジとヴォルコの姿があり、名瀬は椅子に座ってモニター越しに誰かと話をしていて、その隣に立つアミダがシシオ達に視線を向けて無言で口に人差し指を立てた。

 

「それじゃあ本気で俺達に喧嘩を売るつもりなんだな? ブルック・カバヤンさんよぉ」

 

 名瀬がモニターの向こうにいる人物に凄みのある笑みを浮かべながら言う。どうやら今のがモニターに映っている人物の名前らしく、シシオはその名前に聞き覚えがあった。

 

 ブルック・カバヤン。

 

 ブルワーズという地球から火星までの宙域で活動をしている武闘派と言われている海賊の頭。

 

 傭兵や運び屋等の仕事もしているシシオは自然と海賊の情報が耳に入り、その中にブルック・カバヤンとブルワーズの名前もあって覚えていたのだった。

 

『へっ。ケツがテイワズだからっていい気になるんじゃねぇよ。力を持っているのはテイワズだけじゃねぇんだぜ?』

 

 モニターの中の人物、ブルック・カバヤンが名瀬の言葉を鼻で笑う。それを見てシシオは、ガマガエルが笑ったらあんな顔になるんだろうな、とぼんやり思った。

 

「そうかい……。後悔するんじゃねぇぞ?」

 

 名瀬はそれだけを言ってブルック・カバヤンとの通信を切るとシシオ達の方に振り返って苦笑を浮かべた。

 

「全く……面倒な事になっちまったな。お前達もそう思うだろ?」

 

「そうかい? 俺は楽しくなってきたと思うぜ?」

 

 名瀬の言葉にジャンマルコが笑みを浮かべて言う。その表情は皮肉でもなんでもなく、本心から楽しそうだと思っている顔で、それを見た名瀬は苦笑を濃くした。

 

「そう言えるのはお前だけだよ、ジャンマルコ」

 

「あの……すみません。それで結局あいつらは何者なんです?」

 

 オルガがためらいがちに聞くと名瀬は話が脱線しかけていたのに気づいて話を元に戻す。

 

「おっといけねぇ。……あいつらはブルワーズって名の海賊だ。それがお前さんらを襲ったってわけだ」

 

「海賊? じゃあ奴らの狙いは俺らの積荷ですか?」

 

「それに加えてクーデリアとダディ・デッドの身柄もだ。大人しく渡せば命だけは助けてやるとえらく上から目線で言ってきたよ」

 

「はい。ブルック・カバヤンさん、馬鹿確定」

 

 名瀬とオルガの会話を黙って聞いていたシシオが突然口を開いて言った。

 

「馬鹿確定? 一体どういうことだ?」

 

 アルジが今の発言の意味を聞くとシシオはそれに肩をすくめながら答えた。

 

「どういうこともなにも……テイワズの傘下で武闘派のタービンズを相手にして、しかもさっきの奇襲では見事に失敗して九機のモビルスーツを失ったのにあの強気な態度……。これはもうテイワズに負けないくらいの力があって、すぐに増援を送ってくれる後ろ楯がブルワーズにあるってこと。それをわざわざ匂わせる発言をして、後ろ楯のヒントまで出すなんて馬鹿としか言いようがないだろ?」

 

 シシオの言葉に名瀬やアミダ、ジャンマルコといった勘のいい人物は笑って頷くが、よく分かっていない人物も何人かいるようで、今度はビスケットがシシオに訊ねる。

 

「ブルワーズの後ろ楯って?」

 

「ちょっと考えたら分かるだろ? テイワズと負けないくらいの力がある組織なんて限られている。その中でクーデリアの身柄を寄越せなんて言ってくる組織なんてどこだと思う?」

 

「……ギャラルホルンか!?」

 

 シシオが謎かけのように言うとオルガが答えに気づき、それにシシオが頷いた。

 

「そう。そしてダディ・テッドの身柄を要求したのはタントテンポのロザーリオと彼と繋がっているギャラルホルンの一部。つまりブルワーズはギャラルホルンとタントテンポの二つからクーデリアさんとダディ・テッドを捕まえるよう依頼されたんだと思う。……報酬は、成功したらギャラルホルンとタントテンポの後ろ楯を得られるってところか?」

 

「おそらくそんな所だろうぜ。さっきの戦闘映像を見させてもらったが、あの蒼い百里には見覚えがある。あれは俺も狙っていたんだが、ロザーリオの奴が防衛の為だとか言って買っていった機体だ。そんな物を持ち出してくるなんてロザーリオの奴も随分と焦っているんだろうな」

 

 ジャンマルコがシシオの予想を肯定する名瀬が口を開く。

 

「それでどうする? シシオとジャンマルコの言葉が正しかったら、ここから先はブルワーズだけじゃなくギャラルホルンとタントテンポとも戦う事になるぜ?」

 

 名瀬の言葉にブリッジにいる全員が愚問だと言いたげな表情で彼を見る。

 

「俺はやるぜ? 久しぶりに楽しい喧嘩になりそうだからな」

 

 まず最初にジャンマルコが笑いながら言い、その言葉にダディ・テッドのボディガードであるアルジとヴォルコが頷く。

 

「当然俺達鉄華団もやります。クーデリアを無事に地球まで送り届けるのが俺達の仕事ですから」

 

「うん。そうだね」

 

 オルガもブルワーズも戦う事を決めてビスケットもそれに同意する。

 

「そう言うと思っていたぜ。……で? お前はどうするんだ、シシオ?」

 

「もちろん俺もやりますよ。それが俺の仕事ですからね。……後、ブルワーズが使っているモビルスーツに一機、気になる機体があるんですよね」

 

 名瀬に聞かれてシシオも戦いに参加する事を言うと、その後で付け加えるような一言を言った。

 

「気になる機体?」

 

「ええ、さっきの奇襲のリーダーらしい機体なんですけどね……ローズ」

 

「はい。シシオ様」

 

 名瀬に答えてからシシオがローズを見ると彼女は手に持っていた携帯端末を見せた。携帯端末の画面にはグシオンのエイハブリアクターの周波数をグラフにしたものが映し出されていた。

 

「それでどうだった?」

 

「はい。先程の戦闘で得られたエイハブリアクターの周波数のパターンですが、ガンダム・オリアスのコックピットに記録がありました。あのグシオンというモビルスーツ、あれはASW-G-11『ガンダム・グシオン』で間違いありません」

 

「よしっ!」

 

 ローズの報告にシシオは思わずガッツポーズを取る。

 

 グシオンというのはオリアスやボティス、バルバトスと同じくガンダムフレーム機に冠されているソロモン七十二の魔神の一体の名前である。それを昔、何かの本で読んだ事があるローズはグシオンの名を聞いた時にもしやと思い、エイハブリアクターの周波数のパターンを記録したのだが、彼女の予想は正しかったみたいだ。

 

 思わぬところでガンダムフレーム機の一機が現れたことに喜ぶシシオの横で、ガンダムの名を聞いて険しい顔をしたアルジが口を開く。

 

「なぁ、ローズ? お前、あのグシオンっていうガンダムと戦ったんだよな? ……強かったのか?」

 

 ガンダムを家族の仇としているアルジが自分も戦う事を考えてローズにグシオンの力を聞き、彼女は前の戦闘を思い出して質問に答える。

 

「……そうですね。弱くはなかったと思います」

 

「ん?」

 

 ローズの言葉にシシオが怪訝な表情をするが、彼女はそれに気づかず言葉を続ける。

 

「確かに機体性能は凄かったですけど、それだけでしたし……。どちらかと言うとあの緑の機体、マン・ロディの連携の厄介だった気がしますね」

 

「………」

 

「シシオ様?」

 

 そこでようやくローズはシシオの様子がおかしい事に気がついた。先程まで新しいガンダムフレーム機を見つけた事で上機嫌であったシシオだが、今は無表情となっていた。

 

「あの……シシオ、様?」

 

「………何?」

 

 ためらいがちに聞くローズにシシオは明らかに不機嫌な声で答えて、それが彼女を不安にさせた。

 

「シシオ様……? 私……何かシシオ様を……その、怒らせるような事を、いいましたでしょうか……?」

 

「いいや。ローズには感謝しているよ? ガンダムフレーム機の一機を見つけてくれたんだから。怒るわけがないだろ。ありがとうな、ローズ」

 

「あ……」

 

 感謝の言葉を口にするシシオであるが、彼はローズを見ずに携帯端末の画面に映るグシオンに視線を向けて口調は不機嫌なままで、そんな態度がローズの不安を増長させる。

 

「おい、シシオ? 流石にそれはローズの嬢ちゃんが可哀想だろ。女の子は泣かすもんじゃないぜ」

 

「え? ……あれ!? ローズ!?」

 

 見るに見かねた名瀬に言われて携帯端末から視線を外すしたシシオは、そこでようやくローズの顔を見て驚く。ローズは普段の冷静さが嘘のように狼狽えていて、顔色は真っ青になっている上に目の端にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

 シシオに救われ、彼の為に自分の全てを捧げるローズにとって、彼の怒りを買い失望されることは何よりも勝る恐怖であったのだ。

 

「あー……いや、ローズの事を怒っていたんじゃないって。いや、本当に。ただちょっとイライラすることがあっただけで……。だからローズは悪くないっていうか悪いのは俺なんだから泣き止んでくれ。なっ?」

 

「は、はい……」

 

 自分の態度のせいでローズが泣きそうになっていることにシシオが慌てて謝罪をして、ローズがまだ震えている声で返事をして涙をぬぐう。そんな二人のやり取りに、ブリッジの空気が戦いを前にした張りつめたものからなんとも言えない微妙な空気となる。

 

「……シシオ。ここはもういいからお前は一先ずローズの嬢ちゃんを泣き止ませとけ。作戦とかが決まったら連絡するからよ」

 

「あっ、はい。それじゃあ失礼します」

 

 疲れた顔をする名瀬に言われてシシオはローズを連れてブリッジを後にした。

 

 それから数時間後、ブルワーズを攻める作戦が決定して実行されることとなった。


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