鉄血のオルフェンズ ~無欲な悪魔~   作:小狗丸

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#18

 時は少し遡り、三日月は緑のモビルスーツ達と戦いながらイサリビにいるオルガからの通信を聞いていた。

 

「……そう。ローズが昭弘とタカキの所に」

 

 昭弘とタカキが敵の別働隊に襲われたと聞いた時は流石に少し焦ったが、ローズがモビルスーツに乗って駆けつけてくれたのであればもう安心だと三日月は思った。なにしろローズは、シシオやラフタ達と同様にシミュレーターで何度も三日月や昭弘を倒した実力者なのだから。

 

『ああ。だからミカは昭弘達が戻るまでそのままソイツらの足止めを頼む!』

 

「分かった」

 

 三日月はオルガの声に短く答えてから通信を切ると、目の前にいる緑のモビルスーツ達に意識を集中する。

 

 緑のモビルスーツの数は三機。

 

 最初は四機であったが、その内の一機は三日月がこの場に駆けつけた時に行った奇襲でコックピットごとパイロットを貫いて行動不能にした。

 

 それでも数の上では三日月が不利なのだが、彼はそんな数の不利など全く気にしておらず、歳星で万全の状態に整備されたガンダム・バルバトスの反応を楽しんでいた。

 

「お前も機嫌良さそうだな。……じゃあ行こうか、バルバトス」

 

 自らの乗機によびかけて三機の緑のモビルスーツへと向かう三日月。

 

「………!」「……………………!」「……!」

 

 こちらに向かってくるガンダム・バルバトスを見て三機の緑のモビルスーツは、散開すると同時に示し合わせたかのようにそれぞれ行動を開始した。

 

 まず緑のモビルスーツの一機が球状の物体を投げつけ、次に別の緑のモビルスーツが手に持ったサブマシンガンを発射してガンダム・バルバトスを牽制しつつ、球状の物体を撃ち抜いた。すると球状の物体は破裂して大量の煙が発生させて、ガンダム・バルバトスを包み込んだ。

 

「…………!」

 

 そして煙に包み込まれて視界を失ったガンダム・バルバトスの背後から、最後の緑のモビルスーツが斬りかかる。

 

 視界を奪った上に意識が届きにくい背後からの奇襲攻撃。

 

 通常のパイロットとモビルスーツであればこの奇襲攻撃を避けることは難しく、背後から強烈なダメージを受けることになるだろう。……そう、通常のパイロットとモビルスーツであれば。

 

「へぇ……。こんなのもあるんだ」

 

 しかし生憎と三日月とガンダム・バルバトスは通常のパイロットでもモビルスーツでもなかった。

 

 三日月は緑のモビルスーツ達の奇襲攻撃に慌てることなくむしろ感心するように呟くと、目を閉じて全神経をガンダム・バルバトスのセンサーに集中させて背後からの攻撃を避けて、そのまま斬りかかってきたモビルスーツを蹴り上げた。

 

「………!?」

 

「あっ。いい所に当たった。儲け」

 

 ガンダム・バルバトスの足が当たったのは、丁度緑のモビルスーツの胸元にあるコックピットの周辺だった。それによりパイロットは装甲の上からコックピットごと潰されて緑のモビルスーツの動きが停止する。

 

「あと二機。……せっかくだから試してみるか」

 

 三日月はそう呟くとコックピットのレバーとペダルを操作して、ガンダム・バルバトスが右手に高硬度レアアロイの太刀を持って二機の緑のモビルスーツに突撃する。

 

「まずは……お前だ」

 

 二機の緑のモビルスーツの内、先程サブマシンガンを撃っていた機体に狙いを定めて三日月は太刀を振るった。太刀は右腕の関節、装甲の隙間にと当たって、その衝撃で緑のモビルスーツは右手に持っていたサブマシンガンを落とす。

 

「……!?」

 

「おお~? 本当に効果があるんだ」

 

 三日月は軽く試すつもりだった攻撃が予想以上の結果を出した事に軽く驚きの声を上げた。

 

 今三日月が行なった装甲の隙間を狙った攻撃は、今日までの間にシミュレーターの訓練でシシオ達から教わったものである。今までは巨大なメイスや滑空砲で相手の機体を押し潰す戦い方ばかりをしてきた三日月にとって、今の太刀を使った戦いはとても新鮮な感じであった。

 

「コックピットは胸元にあるんだよな? ……じゃあ!」

 

「…………! ……!」

 

 三日月は武器を落として隙だらけの緑のモビルスーツにガンダム・バルバトスが接近させると、緑のモビルスーツが腰にあるブレードを取り出すよりも先に胸部の装甲の隙間に太刀を差し込んでコックピットを貫いた。当然コックピットを貫かれてパイロットが無事な訳がなく、パイロットが死亡した緑のモビルスーツは動きを止めた。

 

「あれで最後か。………ん?」

 

「……!? ………!?」

 

 動かなくなった機体から太刀を引き抜いて最後に残った緑のモビルスーツを見据えた三日月だったがその時、視界の端に何かが見えた気がした。視線だけをそちらに向けて見ると、そこには緑の重装甲モビルスーツの手を取って高速でここから離脱して行く蒼い百里の姿が見えた。

 

「何だアレ? ………おっと」

 

 蒼い百里と緑の重装甲モビルスーツに三日月が気を取られていると、最後に残った緑のモビルスーツが右手にサブマシンガン、左手にブレードを持って突撃してきた。その動きはどこか鬼気迫るものがあり、それを見た三日月は首を傾げた。

 

「あの機体、動きが変わった? ……まあ、いいか」

 

 三日月はすぐに気を取り直すと、銃弾を避けながら緑のモビルスーツに向けてガンダム・バルバトスを加速させ、瞬く間に距離を詰めて太刀を振るった。

 

「………!」

 

「あっ、外れた」

 

 右腕の関節を狙った三日月であったが、ガンダム・バルバトスの太刀は関節ではなく右腕の装甲に当たって、装甲をへこませながら弾かれる。

 

「このっ!」

 

 続いて二回、関節を狙って太刀を振るう三日月のガンダム・バルバトスだが、その二回の太刀も関節ではなく胴体と左足の装甲に当たってへこませるだけの結果に終わる。

 

「ちっ! やっぱりまだ難しい……なっ!」

 

「…………………!」

 

 攻撃が狙った箇所に当たらず舌打ちすると三日月は後方に飛んで緑のモビルスーツの反撃を避けた。

 

「あんまり動くなよ……!」

 

 他の機体はうまく装甲の隙間に当てることが出来たのだが、それでもやはり太刀に慣れていないことと相手が動き回ることから、目の前の緑のモビルスーツでは装甲の隙間に当てることにまだ成功できていない三日月は、不機嫌そうに眉を寄せると執拗に太刀を振るった。

 

 ガンダム・バルバトスが振るう太刀は緑のモビルスーツの装甲をへこませ、時には四肢を切り落とした。そして三日月が二十回以上太刀を振るった時には、緑のモビルスーツは四肢が無くなって、頭部も胴体も原型が分からなくなるほど装甲がへこんでおり、ほとんどスクラップとかしていた。

 

「……あー、もういいか」

 

 まだ完全に満足したわけではないが、それでも今日の「練習」はこれぐらいでいいと判断した三日月は、緑のモビルスーツに止めを刺すべく胸部の装甲の隙間に太刀を突きつけた。

 

 そして……。

 

 ☆

 

『そこのアンタぁ! 俺様が逃げるまでその白い奴を足止めしろぉ! 分かったなぁ!』

 

 緑のモビルスーツのコックピットの中でそのパイロットは通信機から自分の「上司」からの命令を聞いた。

 

 パイロットの上司が乗っている重装甲モビルスーツは、何やら見たこともない蒼い機体に手を引かれて高速で母艦に帰っていて、見れば胸部に大きな損傷を負っていた。そして先程の上司の声は余裕のない酷く焦ったもので、もしかしたらとんでもなく強い敵に殺されかけて逃げてきたのかもしれない。

 

 いけ好かない……なんて言葉も生温い、殺してやりたいくらい憎い上司が酷い目にあったのを見てパイロットは「ざまぁみろ」と思わず笑いながら呟いたが、その笑いもすぐに消えた。

 

 何しろパイロットの目の前には、たった一機で自分の仲間を三人も殺した恐ろしく強い敵がいて、自分はついさっきこの敵を足止めしろと命令を受けたのだから。

 

 パイロットの本音を言えば今すぐ逃げ出したいくらい恐い。

 

 だがここで逃げ出したところでヒューマンデブリのパイロットには行くところもないし、このまま戦わずに母艦に帰ったりしたら役立たずとして「処分」されるのが目に見えている。つまり生き残るにはここで目の前にいる敵、あの白いモビルスーツを倒すしかないのだ。

 

「やってやる……! やってやるよ、クソッタレ!」

 

 パイロットは自棄になったような言葉を吐き捨てるとコックピットのレバーとフットペダルを操作し、緑のモビルスーツは右手にサブマシンガン、左手にブレードを持って白いモビルスーツに突撃する。

 

「当たれ当たれ当たれぇ!」

 

 緑のモビルスーツはサブマシンガンから無数の銃弾を乱射するのだが、白いモビルスーツはそれを全て避けてこちらに接近するとその右手に持つ太刀を振るった。

 

「ぐっ!?」

 

 白いモビルスーツの太刀が緑のモビルスーツの右腕に当たり、その衝撃で緑のモビルスーツのコックピットが大きく揺れる。

 

 まるでブレード系のような断ち切る武器ではなく、ハンマーのような押し潰す武器で殴られたような衝撃。見れば右腕の装甲がへこんでいて、右腕のフレームにもいくつかの異常が発生していた。

 

「あ、あんなので何度も攻撃されたら……!」

 

 白いモビルスーツの攻撃力の高さを思い知らされた緑のモビルスーツは距離を取ろうとするのだが、白いモビルスーツは緑のモビルスーツに食いついて太刀を振るう。

 

 白いモビルスーツの太刀が今度は緑のモビルスーツの胴体と左足の当たる。太刀が当たる度に攻撃の手を休めて緑のモビルスーツの機体状況を観察する白いモビルスーツの様子は、まるで遊んでいるようにパイロットには見えた。

 

「こ、こいつ遊んでいるのかよ!? なめる……がっ!?」

 

 自分の命をもてあそんでいる白いモビルスーツに怒りを燃やすパイロットであったが、緑のモビルスーツが何か行動を起こすよりも先に白いモビルスーツは続けて太刀を振るって攻撃をする。

 

 白いモビルスーツが太刀を振るう度に緑のモビルスーツの装甲がへこむ。四肢が切り裂かれる。機体に異常が発生する。コックピットがきしむ。

 

「ひ、ひぃぃ……!」

 

 ついさっきまで白いモビルスーツに強い怒りを感じていたパイロットであったが、今では怒りなど微塵もなくただただ恐怖のみを感じていた。白いモビルスーツが十回目の太刀を振るった時点で緑のモビルスーツはもはや動く機能を失っており、パイロットはコックピットの中で両膝を抱えて震えていた。

 

「あ……?」

 

 辛うじてまだ機能しているコックピットのモニターが、緑のモビルスーツに向けて太刀を持っているのとは逆の手を伸ばす白いモビルスーツの姿を映し、それを見たパイロットは直感で理解した。

 

 あの白いモビルスーツが今から自分を殺そうとしていることに。

 

「……!!」

 

 死が間近に迫って来ているのを理解した時、パイロットの脳裏にある一人の少年の顔が浮かび上がった。

 

 それは今まで忘れていた……いや、忘れようとしていた大切な人の顔。

 

 幼い頃に両親を海賊に殺され、ヒューマンデブリにされた時に生き別れた兄の顔。

 

 気がつけばパイロットは脳裏に浮かび上がった兄の名を呟いていた。

 

 

「た、助けて……! 助けてよ……昭弘兄ちゃん……!」

 

 

「……!?」

 

 パイロットが兄の名を呟いた次の瞬間、白いモビルスーツはまるで凍りついたように動きを止めた。

 

「……………え?」

 

 突然の出来事にパイロットが呆然としていると、緑のモビルスーツのコックピットに若い少年の声が聞こえてきた。

 

『ねぇ? 今、昭弘って言った?』

 

 ☆

 

「……それで連れてきたってわけか」

 

 ローズに宇宙船の操縦を任せてイサリビの格納庫にやって来たシシオは、三日月から事のあらましを聞いて納得したように頷いた。

 

「しかしまさか本当に昭弘の弟だったとはな」

 

「うん。俺も驚いた」

 

 シシオの言葉に三日月が頷く。その二人の視線の先では……。

 

「昌弘! 昌弘ぉ!」

 

「に、兄ちゃん!」

 

 三日月の猛攻によりスクラップと化した緑のモビルスーツのコックピットから救いだされたパイロット、昌弘・アルトランドと兄の昭弘が数年ぶりに再会して抱き合っていた。

 

 幸いと言うか昌弘は、三日月の攻撃の衝撃を緑のモビルスーツがほとんど吸収してくれたお陰で「肉体」は大怪我を負っておらず、精々擦りむいて軽く血を流している程度であった。しかし……。

 

「兄ちゃん! 兄ちゃぁん! 恐かった! 恐かったよぉ!」

 

「お、おお……! も、もう安心だぞ、昌弘」

 

 昭弘は自分の胸の中で子供のように泣く昌弘を少し戸惑いながらもなだめる。

 

「き、機体が! 機体がガンガン揺れて! コックピットが少しずつ潰れて狭くなって……! お、俺……俺……死ぬかと思ったよぉ……!」

 

「大丈夫だ。もう大丈夫だからな。よく頑張ったな昌弘」

 

「兄ちゃぁぁん!」

 

 ……そう。昌弘が子供のように泣いているのは生き別れた昭弘と再会できて嬉しかっただけでなく、どちらかと言うと三日月に殺されかけた恐怖の方が大きかった。

 

 昌弘の肉体の傷は大したことはなかったが、精神の方はかなりの重症を負ったのは疑いようがない。

 

 シシオを初めとした格納庫にいる全員(三日月を除く)が、そんな昭弘と昌弘のやり取りを見てなんとも言えない微妙な気持ちとなったのであった。

 

 ……取り合えず、三日月は昭弘と昌弘に一言謝った方がいいと思う。


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