「……すまない。みっともないところを見せたな」
シシオによって整備をされて外見をもはや改造と言ってもいいくらい変更されたガンダム・アスタロト・シルバーフェイクを見て泣いていたヴォルコだったが、やがて泣き止むとシシオ達に謝った。
「い、いや、気にしないでくれ。でも一体どうしたんだ?」
「………そうだな。ガンダム・アスタロトをこの姿に戻してくれたお前達になら話してもいいだろうな」
そう言うとヴォルコは、自分とガンダム・アスタロトとの関係についてシシオ達に話し始めた。
ヴォルコの生家であるウォーレン家が元々ギャラルホルンに所属していた貴族の家系で、ガンダム・アスタロトはウォーレン家に代々受け継がれてきた家の象徴であったこと。
そしてある日、嘘か真かヴォルコの父親に汚職の嫌疑がかけられてウォーレン家は断絶。ガンダム・アスタロトはアングラな市場をさまよい、ヴォルコが再び見つけた時にはフレームだけの無残な姿になっていたこと。
ダディ・テッドとはガンダム・アスタロトの行方を探している時に拾ってもらい、それ以来ヴォルコはダディ・テッドの下で働きながらガンダム・アスタロトの本来のパーツや武装を探してガンダム・アスタロトを本来の姿に戻す事を生きる目標としていること。
それらの事情を聞いた後、シシオはためらいがちにヴォルコに声をかける。
「……もしかして俺、余計な事をしたか?」
シシオにしてみれば機体の整備するついでにガンダム・アスタロトを本来の姿に近い姿にしたのは、自分の趣味も入っているとはいえ善意のサービスのつもりだった。だが今の事情を聞くと自分が余計な事をした気になったのだが、ヴォルコはそれに首を横に振って答える。
「いや。お前が謝る事じゃない。……むしろよくガンダム・アスタロトをこの姿にしてくれた。感謝する、シシオ・セト」
そう言うとヴォルコは照れくさそうな顔をして杖を持っていない方の手をシシオに向けて差し出す。
「こちらこそ。ガンダムフレームの大ファンの俺にとって、とてもやりがいのある仕事だったよ。ヴォルコ・ウォーレン」
シシオもそう言うと差し出されたヴォルコの手を取って握手をして、周りにいた人達はそんな二人を微笑ましい、あるいは眩しいものを見るような表情で見ていた。
「いや、しかし見事な仕事だ。シシオよぉ。もし仕事がなくなったら俺のところに来な。いつでも雇ってやるぜ」
「おい待てよテッド。シシオは五年前から俺が狙っていたんだぜ? 横取りはやめてくれや」
「はっ。五年も前から声をかけても捕まえられないんだったら縁がないって事だろ? 諦めな」
「何だとテメエ?」
シシオをスカウトしようとするダディ・テッドとそれを止めようとするマクマードの会話を横で聞いてリアリナがシシオに話しかける。
「ねぇ、シシオ? 貴方ってもしかしてとんでもない大物だったりするの?」
「いやいや、そんな事はないですよ? 俺はただのトレジャー「ジャンク屋です」オイ!? ローズ!」
トレジャーハンターと名乗ろうとした自分の言葉を遮って言うローズに怒鳴るシシオ。……どんな時でも相変わらずな二人であった。
「……さて、テッドの仕事が終わったところで次は俺の仕事を引き受けてくれないか? シシオ」
シシオがローズに何かを言おうとした時、ダディ・テッドとの会話がひと段落ついたマクマードが話しかける。
「マクマードさん? 次の仕事って何ですか?」
「ああ。お前さんも知っている地球へと向かうクーデリアのお嬢さんと、月のコロニー群へと帰るここにいるテッドの護衛……そのサポートを頼みたいんだ」
「え?」
マクマードが口にした新しい仕事の内容にシシオは思わず呆けた声を出す。
「ちょっと待ってください。クーデリアさんが地球に行こうとしているのも、その理由も聞いていますけど、ダディ・テッドが月のコロニー群に帰るってどういうことですか? ダディ・テッドはタントテンポの誰かに命を狙われているからマクマードさんの所に避難したんじゃ?」
「その誰かさんが分かったんだよ」
シシオがマクマードに訊ねるとそれまで黙っていた金髪の男が口を挟んできた。
「貴方は?」
「俺か? 俺はジャンマルコ・サレルノ。タントテンポの幹部の一人で輸送部門を取り仕切っている。それにしても……」
シシオに聞かれて金髪の男、ジャンマルコ・サレルノは名乗りを上げると辺りを見回した。
「中々いい艦じゃねぇか。装甲は堅くて足も速そうだし、積んでいるのは掘出し物ばかりだ。なぁ? この艦、積み荷ごと俺に売る気はないか? 金なら言い値で払うぜ」
「お断りします。それよりダディ・テッドを狙っていたのって誰なんですか?」
シシオがジャンマルコの申し出を即座に断って聞くと、ジャンマルコは「それは残念だな」と割と本気で残念がってから答える。
「ダディ・テッドの命を狙ったのは俺と同じタントテンポの幹部の一人、ロザーリオ・レオーネだ。こいつはタントテンポの銀行部門を取り仕切っているんだが、実はギャラルホルンとつるんでタントテンポの資金を不正利用してやがんだよ。俺はダディ・テッドの命令でその証拠を探っていたんだが、ようやく決定的な証拠を掴んだと思ったらダディ・テッドが何者かに襲われて消息不明ときたもんだ。どうしたものかと思った時に、ダディ・テッドとマクマード・バリストンが古い付き合いだという話を思い出して、歳星に来てみたらビンゴだったってわけだ」
ジャンマルコが聞かれるまでもなく事細かに説明してくれたお陰でシシオは事情を全て理解する事ができた。
「なるほど。じゃあ、ダディ・テッドが月のコロニー群に帰るのは……」
「決まっているだろ? ロザーリオの野郎にケジメをつけにいくんだよ」
シシオの言葉を遮ってジャンマルコが肉食獣の笑みを浮かべて言い、それを聞いたマクマードが口を開く。
「これで分かっただろ、シシオ? 火星のハーフメタル利権を勝ち取る為にギャラルホルンを差し置いて地球の経済圏の一つと交渉をしようとしているクーデリアのお嬢さん。ギャラルホルンの役人と繋がっているロザーリオと一戦交えようとしているテッド。もはやギャラルホルンとの戦いは避けられねぇ。クーデリアのお嬢さんの護衛には名瀬達をつけるつもりだし、テッドにはここのジャンマルコ達がいるが戦力は多い方がいい。お前さんなら何とかなるだろ?」
つまりはクーデリア達とダディ・テッド達は月の辺りまでは一緒に行くのだから、それについて行ってギャラルホルンとの戦いを手伝ってこいということ。
シシオはマクマードのあまりにも無茶な依頼の内容と、彼からの大きすぎる信頼に思わず顔を引きつらせる。
「いやいや……。マクマードさんってば、俺の事を買いかぶりすぎですよ。……ちなみにその依頼、引き受けたとしたら報酬はどれくらいです? あのギャラルホルンと事を構えるのだから高くつきますよ?」
頼りなさそうな顔で言うシシオだが、断ったりせず報酬次第ではギャラルホルンとの戦いも引き受けると言う彼をマクマードにダディ・テッド、ジャンマルコが面白そうに見る。
「ああ、もちろんはした金でお前さんを雇えるとは思っていねぇよ。ちゃんとお前さんが喜びそうな報酬を用意してある。……ほらよ」
「これは……えっ!?」
そう言うとマクマードは懐から小型の端末を取り出してシシオに手渡し、端末の画面を見たシシオは驚きで目を見開く。
「シシオ様?」
「マクマードさん……これは本物ですか?」
主人の変化にローズが訊ねるがシシオはそれに気づいていないようで真剣な表情でマクマードに聞く。それにマクマードが口元に笑みを浮かべて言う。
「間違いなく本物さ。まあ、『それ』を用意するのは多少手間と金がかかったがね。それでどうする? 俺からの依頼は引き受けてくれるかい?」
「……分かりました。マクマードさん、この依頼、引き受けさせてもらいます」
「そうこなくちゃな。こいつらの事を頼むぜ、シシオ」
シシオの返事にマクマードが笑みを浮かべて言う。
こうしてシシオとローズはクーデリアとダディ・テッド達と行動を共にすることが決まったのであった。
その翌日。マクマードの元で名瀬とオルガが盃を交わしてタービンズと鉄華団は兄弟分となり、クーデリアは改めて鉄華団に地球まで護衛を依頼し、タービンズはその道案内として同行することとなる。
そして更にそれから数日後。月までは行き先で一緒であるクーデリアとダディ・テッド達が乗る三隻の宇宙船が歳星から出発した。