鉄血のオルフェンズ ~無欲な悪魔~   作:小狗丸

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#14

「う、ぐ……あああああっ!」

 

 宇宙船の格納庫に一人の女性の苦悶の声が響き渡る。苦悶の声を上げたのは薔薇のように赤い髪をした少女、ローズである。

 

 ローズは今、モビルスーツの解放状態となったコックピットのシートに座っており、その背中には一本のケーブルが伸びていてシートにある端末に繋がっていた。先程の苦悶の声は、阿頼耶識システムを使いモビルスーツを起動させようとして、機体から膨大な量の情報が送られてきて彼女の脳に負荷がかかりすぎたからであった。

 

「ローズ、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫です、シシオ様……」

 

 横で様子を見ていたシシオが訊ねるとローズは顔を上げて返事をするが、その顔には大粒の汗が大量に流れていて息も荒く、とても大丈夫そうには見えなかった。

 

「ローズ、阿頼耶識システムでモビルスーツの操縦をするのは出来ないとは言わないけど危険だ。やっぱり……」

 

「いいえ。私は大丈夫です。……私は必ずこの機体に乗れるようになってみせます」

 

 シシオの言葉を遮ってローズは言うと後ろを振り返る。そこには巨大な鋼鉄の悪魔が光の灯っていない双眸でシシオとローズを見つめていた。

 

「……分かったよ。もう止めない。阿頼耶識システムの調整をしてからまた挑戦するとしよう。でもその前に仕事だ。そろそろダディ・テッド達がガンダム・アスタロトを受け取りにこの艦にやって来る」

 

 決意に満ちたローズの横顔を見てシシオは観念した顔で言うと、次に腕時計を指差す。

 

 シシオ達が歳星に辿り着いてからもうすでに七日が経過していた。

 

 ダディ・テッドを歳星まで送り届ける依頼を達成したシシオとローズは、鉄華団とタービンズと別れるとすぐに歳星にある自分達の工房に行き、新たに依頼されたガンダム・アスタロトの整備とシシオの持つもう一体のガンダムフレームを完成させる作業に入ったのだ。

 

 そして今日は整備が完了したガンダム・アスタロトを受け取りにダディ・テッド達がやって来る日であった。

 

「そう言えばそうでしたね。少しお待ちください、着替えてきます。……しかしシシオ様? よろしかったのですか?」

 

 さすがに汗だくの姿で来客を出迎えるわけにはいかないため着替えに行こうとするローズだったが、途中である事を思い出してシシオに訊ねる。

 

「? 何がだ?」

 

「ガンダム・アスタロトの事です。ダディ・テッド様からの依頼は整備だったはずですが、あれでは整備ではなく『改造』です」

 

 ローズがこことは別の格納庫にあるガンダム・アスタロトの姿を思い出して言うが、シシオは心外だとばかりに首を横に振る。

 

「おいおい、人聞きの悪い事を言うなよ。ただちょっと機体の整備をするついでに俺自作の武装と外装を装備させただけじゃないか」

 

「……あれが『ちょっと』ですか?」

 

 思わずジト目になるローズだがシシオは何でもないように言う。

 

「いいんだって。もしダディ・テッド達が気に入らないと言ったら元に戻せばいいんだし。ほら、早く着替えてこいって」

 

「……分かりました」

 

 シシオに言われてローズはまだ納得していない表情のまま着替えに行った。

 

 ☆

 

「こんにちわ。久しぶりです……え?」

 

 着替えを終えたローズと一緒に自分の宇宙船に入ってきたダディ・テッド達を出迎えたシシオは、そこで予想外の人物の顔を見て思わず声を上げた。

 

 シシオの宇宙船に入ってきたのは六人。

 

 ダディ・テッドにその娘のリアリナ。ダディ・テッドのボディガードのアルジとヴォルコ。初めて見る金髪の男。そして……。

 

「よう。久しぶりだな、シシオ」

 

 ダディ・テッドと同じくらいの年代の着物を着た初老の男。

 

 マクマード・バリストン。

 

 木星圏を中心とする圏外圏で絶大な権力を持ち、「圏外圏で最も恐ろしい男」と言われているテイワズのトップ。

 

 そんな重要人物が護衛もつけずにこんな所に来ている事にシシオは驚きを禁じ得ず、彼の後ろではローズも驚きのあまり絶句していた。

 

「ま、マクマードさん? 確か『例の件』の準備で今忙しいはずじゃ? というか護衛はどうしたんですか?」

 

「なぁに、お前さんの仕事ぶりを見てみたくなってな。ちょっくら抜け出してきたのさ。それに護衛ならここにいるだろ」

 

 マクマードはシシオに笑みを浮かべて答えるとアルジとヴォルコの方に視線を向ける。するとそこにダディ・テッドが口を挟んできた。

 

「おい、マクマード。こいつらは俺の護衛だ。お前を守ることは仕事に入っていないぜ?」

 

「おいおいテッド? そんなケチくさいこと言うなよ」

 

「お前が図々しいだけなんだよ。昔と全く変わってないな」

 

「それはお互い様だろ?」

 

 軽口を叩き合うマクマードとダディ・テッド。その二人の姿からは慣れ親しんだ気安さが感じられて、二人が昔からの知り合いであると言う話は本当のようであった。

 

 それとマクマードの護衛の事なら心配はいらないだろう。

 

 テイワズの本拠地であるこの歳星でテイワズのトップであるマクマードに手を出そうと考える人間などそうはいないだろうし、それに今頃はシシオの宇宙船の周囲にはマクマードの部下の宇宙船が周囲を警戒しているはずだ。

 

 そう考えているシシオの横ではローズがリアリナに話しかけられていた。

 

「久しぶりね、ローズ」

 

「はい。お久しぶりです、リアリナ様」

 

「リアリナでいいって。……それより何だか顔色が悪いけど大丈夫?」

 

「ええ。私なら大丈夫ですよ」

 

 つい先程まで阿頼耶識システムを使ってモビルスーツの起動実験を行なっていた影響で顔色が優れないローズをリアリナが心配していると、ヴォルコが彼女とマクマード達に声をかける。

 

「皆さん、お話はそれくらいで……。それよりシシオ? ガンダム・アスタロトの整備は万全なんだろうな?」

 

「ああ、もちろん。機体にちょっと手を加えたけど整備は完璧だ」

 

「いえ、ですからあれは『ちょっと』のレベルではないと思いますが……」

 

「……何?」

 

 シシオとローズの言葉にヴォルコが目を細める。

 

「シシオ。今のはどういう意味だ」

 

「それは実際に見てからのお楽しみかな。さあ、こっちに来てくれ」

 

 軽い殺気すらも漂わせて鋭い視線で見てくるヴォルコにシシオは何でもない顔でそう言うと、彼らをガンダム・アスタロト保管している格納庫へと案内する。

 

 しかしローズだけは気づいていた。ヴォルコに答えるシシオが小さく汗を流していることに。

 

 ☆

 

「ガンダム・アスタロトは機体の左右のデザインが違うから重心のバランスが悪い。しかも主兵装であるあの折り畳み式の大剣……確か『デモリッションナイフ』だっけ? あれが重心のバランスを更に悪くしている。だからガンダム・アスタロトは一回の戦闘で機体にかかる負荷や推進剤の消費が他のモビルスーツよりも多い。……ここまでは分かっているな?」

 

「ああ」

 

「……」

 

 ガンダム・アスタロトが保管されている格納庫の扉の前でシシオがガンダム・アスタロトの問題点を言うとアルジが頷き、ヴォルコも不機嫌ながら無言で頷く。

 

「だからガンダム・アスタロトの整備をするついでに自作の武装と外装を取り付けてその問題点を解決してみたんだ。自分で言うのもなんだけど、結構いい仕事をしたと思うぜ」

 

「御託はいい。早くガンダム・アスタロトを見せろ」

 

 やや自慢気に言うシシオに先程から不機嫌を隠そうとしないヴォルコが言う。

 

「分かったよ。じゃあ皆見てくれ。これが生まれ変わったガンダム・アスタロトだ」

 

「「「「「「………!?」」」」」」

 

 シシオはそう言うと格納庫の扉を開く。格納庫の中はガンダム・アスタロトの姿のみがあって、それを見たヴォルコ達は一瞬、驚きのあまり声をなくした。

 

 格納庫に保管されているガンダム・アスタロトは、シシオに預けられた時の姿とは大きくかけ離れた姿をしていた。

 

 姿の違いを大きく分けて上げると三点上がる。

 

 まずは機体のパーツ。

 

 頭部や腕、脚等は最初の頃の名残が残っているが、胴体や肩は完全に別物で、特に両肩にある盾のようなパーツが特徴的であった。

 

 次に機体の色。

 

 最初、ガンダム・アスタロトは白を基調として一部に青と赤を使ったカラーリングであったが、現在のガンダム・アスタロトは全身が銀色でごく一部に青を使ったカラーリングである。

 

 最後に武装。

 

 全身が銀色に輝くアスタロトは左手に初めて見る巨大なハンマーのような武装を持っており、腰の左側にはデモリッションナイフとは違う大剣を装備している。どちらもヴォルコ達は初めて見る武装であり、見たことがあるものと言えば右手に持つライフルくらいであった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うわぁ……。キレイ……」

 

「何だよコリャ? もはや原型なんてほとんどないじゃねぇか」

 

「いや、違うな」

 

 生まれ変わったガンダム・アスタロトを見てリアリナとアルジが思わず呟くと、ダディ・テッドがアルジの言葉を否定する。

 

「え? ダディ・テッド?」

 

「原型がなくなったんじゃねぇ。逆だ。これはむしろ俺の知っているガンダム・アスタロト本来の姿に近い」

 

 ダディ・テッドはアルジにそれだけ言うとシシオを見る。

 

「シシオ……。お前、どこであれの姿を見た?」

 

「ガンダム・オリアスが教えてくれたんですよ」

 

 シシオはまるで手品の種明かしをするようにダディ・テッドの質問に答える。

 

「ガンダム・オリアスが?」

 

「はい。俺のガンダム・オリアスは武装からコックピットまで全て厄祭戦時のままでして、そのコックピットのデータにガンダム・アスタロトの映像データもあったんですよ。あの外装は参考にして自作したものです。だからこの機体を名付けるなら『ガンダム・アスタロト・シルバーフェイク』ってところでしょうか?」

 

「シルバーフェイク……銀色の贋作、ね」

 

 シシオの名付けたガンダム・アスタロトの新しい名前を聞いてリアリナが呟く。

 

「なるほどな……」

 

 シシオの説明にダディ・テッドは納得したように頷くともう一度ガンダム・アスタロトを見て口元に笑みを浮かべて言った。

 

「……ガンダム・アスタロト・シルバーフェイクか。いい仕事してるじゃねぇか。シシオ・セト」

 

「ありがとうございます」

 

 ダディ・テッドの言葉にシシオは頭を下げて礼を言った。仕事にもよるが、自分の仕事ぶりを認められるのは嬉しいものである。

 

「それでどうだいアルジ、ヴォルコ? 俺が整備したガンダム・アスタロトを見た感想は?」

 

「え? ああ、中々強そうで俺はいいと思うぜ。なぁ、ヴォルコ?」

 

「………」

 

 シシオに聞かれてアルジは自分の感想を言ってからヴォルコに呼び掛けるが、ヴォルコはそれに聞こえいないようにただ呆然とガンダム・アスタロトを凝視していた。

 

「おい、ヴォルコ?」

 

「………う、うあああぁあっ!」

 

 アルジがもう一度ヴォルコに声をかけると、まるでそれを合図にしたかのようにヴォルコは両膝を床につけて大声で泣き出した。




シシオが言った「例の件」とはオルガと名瀬が盃を交わすイベントのことです。
現在、鉄華団とタービンズはそのイベントの準備に忙しく、今回はお休みです。

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