シシオと三日月との決闘が行われた日から三日後。シシオ達は鉄華団も加えて歳星にと向かっていた。
歳星までの道程は今のところ順調。そしてシシオはハンマーヘッドの格納庫で、百錬のコックピットのシミュレーターを使い訓練をしている最中であった。
「また動きが良くなっている。凄い成長速度だな」
百錬のコックピットでモニターを見ながらシシオが呟く。コックピットのモニターにはシシオが乗っているのと同型の百錬が映っており、モニターの百錬が剣を構えてこちらに向かってくるのを見てシシオが口元に笑みを浮かべる。
「だけど……まだ甘い!」
シシオが素早くレバーと機器を操作すると、彼の乗る百錬がモニターの百錬の攻撃を避けて背後に回り、それと同時に手に持ったライフルをコックピットに向けて発射した。
シシオの銃弾はモニターの百錬に吸い込まれるように当たりコックピットを貫く。実戦であれば間違いなく即死である。
モニターの百錬が動かなくなるとシミュレーターが終了となり、シシオはコックピットのハッチを開くと外に出た。
「お疲れ。これで十連勝だね」
「……」
シシオが百錬のコックピットから出るとラフタが笑顔で話しかけてきて、隣にある別の百錬のコックピットから若干不機嫌そうな三日月が出てきた。先程までシシオがシミュレーターで戦っていた百錬は三日月が操縦していたもので、彼は今日だけで今のを入れて十回、三日月とシミュレーターで戦ってそして勝っていた。
「ジミオ、もう一回やるよ」
「ジミオじゃなくてシシオだって! いい加減名前覚えろよ!」
「待て、三日月。次は俺の番だ」
三日月の言葉にシシオが怒鳴るとそこに昭弘が進み出る。
この三日間、三日月と昭弘はタービンズで百錬のシミュレーターを使って、シシオとタービンズのパイロット達を相手にモビルスーツ戦の特訓をしていた。
そして三日月と昭弘の二人は、同世代の男で自分達よりもモビルスーツ戦に長けているシシオに対抗心を刺激されて何度も対戦を申し込んでいるのだが、今のところまだ勝ち星は拾えていなかった。実際、昭弘も三日月と同様に今日だけで十回シシオと対戦して十回負けている。
「あー……。悪い、昭弘、三日月。俺、そろそろ自分の艦に戻らないといけないんだ」
シシオは自分に対戦を申し込んでくる三日月と昭弘に申し訳なさそうな顔で言う。
シシオは現在、ダディ・テッドの護衛の仕事を受けている。実際に護衛を行なっているの名瀬達タービンズで自分の宇宙船にもタービンズの構成員達がダディ・テッドの護衛の為に乗り込んでおり、やる事と言ったらアルジのシミュレーターの相手やヴォルコのガンダムに関する質問に答える事ぐらいだが、それでも契約上ダディ・テッドの護衛はシシオなのであまり長い間護衛対象の側から離れる訳にはいかないのだ。
「そうか……」
「今日も勝ち逃げする気? 本当に汚いよね。ジミオは」
シシオが自分の宇宙船に戻ると言うと昭弘が残念そうな顔をして、三日月が明らかに不機嫌な顔で小さく毒を吐く。
「だからジミオじゃなくてシシオだって。というか三日月? 何で俺にだけ当たりがキツイの? 俺、何かした?」
「シシオ様」
三日月は三日前に初めて会った時からシシオをジミオと呼び、話す度に小さな毒を吐いていた。その事についてシシオが三日月に問い詰めようとした時、いつの間にか格納庫に入ってきていたローズがシシオに話しかける。
「ローズか。迎えに来てくれたのか?」
「はい。シシオ様『は』艦にお戻りください」
「ああ、分かった。……ん?」
ローズの言葉に一旦頷いたシシオだが、その直後に違和感を感じて首を傾げる。
「俺は? ローズはどうするんだ?」
「私はここでやる事ができましたので残ります」
シシオの質問にローズは彼ではなく、その後ろにいる三日月を見ながら答える。
「……どうやら彼はシシオ様と戦えず不機嫌な様子。ですから僭越ながら私が代わりにお相手をしたいと思います」
「ローズ?」
「アンタは?」
ローズの言葉から僅かに苛立ちの感情を感じたシシオが彼女の名を呼び、まだローズの名前を知らない三日月が訊ねる。
「私はローズ。この方、シシオ・セト様の助手をしております」
三日月の前まで進み出てローズはゆっくりと頭を下げて挨拶をする。
「ジミオ「シシオ様です」……の?」
シシオの事をジミオと呼ぶ三日月の言葉にローズは自分の言葉を重ねる。気のせいかその時のローズの目には敵意にも似た感情の光が見えた気がする。
「さあ、百錬のコックピットに入ってください。シシオ様がお相手出来ない分、私がお相手になります」
「……大丈夫なのかよ?」
三日月を百錬のコックピットに急かすローズを昭弘が疑うような目で見る。ローズの事を知らない人間がメイド服姿の彼女を見れば、とてもモビルスーツの操縦が出来るとは思えないだろう。
そんな昭弘の言葉をツナギを着た銀髪の女性、タービンズのパイロットの一人、アジー・グルミンが否定する。
「心配いらないよ。ローズの腕は確かだ。モビルスーツ戦なら今の昭弘と三日月よりも上だろうよ」
「………マジかよ」
アジーに断言されて搾り出すような声で呟く昭弘。そして三日月は相変わらずなマイペースな表情のまま頷いた。
「そっか。それじゃあやろうか?」
「ええ。ヤりましょう」
三日月の言葉に頷いてからシミュレーターを始めるべく百錬のコックピットに向かうローズだが、その会話を横で聞いていたシシオは彼女が言った「ヤりましょう」が「殺りましょう」に聞こえた気がした。
☆
シミュレーターの中の戦場。二機の百錬の電子頭脳が再現した偽りの宇宙空間で、ローズの乗る百錬と三日月の乗る百錬が戦っていた。
「遅いですよ」
ローズが操縦する百錬はブースターから勢いよく推進剤を噴出させて三日月が乗る百錬との距離を詰めると、右手に持つ片刃式ブレードと左手のナックルガードを使い、更には肘打ちや膝蹴り、果てには頭突きまで駆使した連続攻撃で三日月に反撃の機会を与えることなく攻め立てる。
「ぐ、うぅ……!」
ダメージを受ける度に百錬のコックピットは自ら揺れることで戦闘の衝撃を再現し、コックピットに揺らされて三日月が苦悶の声を上げる。
「このっ!」
三日月が乗る百錬は何とか反撃しようと自分の片刃式ブレードを振るうが、ローズから見ればその動きは単なる悪あがきでしかなかった。
「甘いですね」
「っ! ……がっ!」
ローズは百錬の機体をひねって三日月の攻撃を避けると、そのまま機体を一回転させて左手のナックルガードを裏拳の要領で三日月の百錬の頭部に当てる。裏拳の衝撃で三日月が再び苦悶の声を上げて彼の百錬の動きが一瞬だけ止まるのだが、その隙を見逃すローズではなかった。
「隙だらけです」
ローズは短く言うと片刃式ブレードで三日月が乗る百錬のコックピットを横から貫き、シミュレーターは三日月の即死と判断して終了した。
シミュレーターが終わりローズがコックピットから出ると、もう一機の百錬のコックピットから三日月も出てきた。
「はぁ……! はぁ……!」
百錬のコックピットから出るなり荒い息を吐く三日月。見れば三日月は全身から大量の汗をかいているが、ローズの方は汗一つかいておらず涼しい顔をしていた。
「これで私の十五勝ですね」
「………!」
ローズの言葉に三日月が悔しそうに唇を噛む。今の言葉の通り、ローズと三日月は十五回連続でシミュレーターの対戦をして、これで彼女の十五連勝であった。
「す、凄え……」
ローズと三日月の十五回にもわたる対戦を横で見ていた昭弘が驚きで目を見開いて呟くとラフタが彼に話しかける。
「ローズの格闘センスとアミダの姐さん仕込みのモビルスーツの白兵戦は私達でも手を焼くからね。……でも今日のはいつもと比べてちょっと激しすぎだったような?」
「それだけ怒っていたってことさ」
首を傾げるラフタの呟きにアジーが即答して、それを聞いた三日月が彼女を見る。
「怒っていた?」
「そうさ。アンタがジミオジミオって呼んでいたシシオはそこのローズにとってとても大切な……それこそ自分なんかよりはるかに大切な相手なのさ。それを馬鹿にされたからローズは怒ったのさ。……でもローズ? 三日月だって本気でシシオをけなしている訳じゃないんだ。あんな八つ当たりはもう止めな」
「………はい」
三日月に答えた後アジーがローズに言うと、ローズは俯きながら返事をする。それはアジーの言葉が正しい事を証明していた。
「そうか……。じゃあ仕方ないな。……ごめん」
三日月はアジーの言葉を聞いて小さく頷くとローズに向けて頭を下げて謝った。
「え?」
「俺もオルガを馬鹿にされたらソイツを許せないと思う。……だから、ごめん」
突然の謝罪に戸惑うローズに三日月はそう言ってもう一度頭を下げて謝る。
「……いえ。私の方も短気を起こして申し訳ありませんでした。……三日月様。貴方にも自分の命に代えても守りたい、お役に立ちたい人がいるのですね」
「三日月でいいよ。うん。俺の命はオルガにもらったものだからね。俺の全てはオルガの為に使うんだ」
誇るように笑みを浮かべる三日月にローズも微笑みを浮かべる。
「奇遇ですね。私もです。……三日月。一度休憩をしてからもう一度対戦をしますか?」
「ううん。今なら強くなれそうな気がするからすぐにやろう」
「はい。分かりました」
ローズと三日月はお互いに小さく笑いながら会話をすると、シミュレーターの訓練を再開するべく二人とも百錬のコックピットに入っていった。
そうして再開されたローズと三日月の対戦は、歳星の姿が確認されたというアナウンスが流れるまで続いた。
☆
「シシオ様。ただいま戻りました」
「お帰り、ローズ」
ローズが自分達の宇宙船のブリッジに入ると、宇宙船の操縦をオートパイロットにしたシシオが手に持ったタブレットを見ながら声をかけた。
「シシオ様? ……それはガンダム・アスタロトですか?」
シシオが持つタブレットをローズが覗き見ると、タブレットにはガンダム・アスタロトの画像が映し出されていた。
「ああ。実はダディ・テッドからガンダム・アスタロトを本格的に整備してほしいって仕事の依頼があってな。ついでに『コレ』もこっちの方で作ってみようと思うんだ」
そう言うとシシオはタブレットに映し出されているガンダム・アスタロトの一点を指差した。
「そのパーツを?」
「このパーツを、だ。このパーツだったら『あの機体』にもピッタリだし、これであの機体も完成する。……今から完成が楽しみだ」
まるでプラモデルを楽しみながら組み立てるような顔でタブレットを見るシシオをローズは真剣な表情で見つめる。
「……それで一体いつ頃完成するのでしょうか?」
「ん? そうだな……パーツ自体は簡単なものだからアスタロトの整備をしながら作るつもりだけど、あの機体も整備用の資材も歳星の工房にあるから歳星について三日くらいで完成かな?」
少し考えてからシシオにローズは何かを決意した目をして声をかける。
「シシオ様。あの機体が完成したら是非私を乗せ……」
「却下」
シシオはローズの言葉を遮って即答すると彼女の目を見て言った。
「ローズも知っているだろ? あの機体はガンダム・オリアスが何かのトラブルで動かせない時に俺が乗る予備機だ。だから俺用に調整してあるし、色々と装備やプログラムをゴチャゴチャと組み込んであるから、いくらローズが『ピアス』を二つ埋め込んだ阿頼耶識使いでも……いや、阿頼耶識使いだからこそ危険が大きい」
自分の背中辺りを指で軽く叩きながら言うシシオ。その彼の動作と言葉はローズが阿頼耶識使いである事を意味していた。
阿頼耶識システムは機体の情報を直接パイロットの脳に送り込むことで操縦の補佐をするシステムだが、乗り込む機体が高性能で多機能である程、情報の量は多くなりパイロットの脳にかかる負担が大きくなる。最悪、情報量の多さで脳に障害が発生する危険性もあり、それはシシオは到底認められなかった。
シシオの言葉はローズのことを心配したものであり、いつもの彼女であればここで大人しく引くのだが、今回は違っていた。
「……お願いします、シシオ様」
「一体どうしたんだよ、ローズ?」
直角にお辞儀をして頼んでくるローズにシシオが訊ねると彼女は自分の内にある気持ちを口にする。
「私は三日月と話しました。彼は自分の命はオルガ様から貰ったもので、自分の全てをオルガ様の為に使うと言っていました。……それは私も同じです。私の命は六年前にシシオ様に貰ったもの。だから私はどんな時、どんな所でもシシオ様の側にいてお役に立ちたいと思っています。……その為にも私にはシシオ様と同じ戦場に立つ力が、あの機体が必要なのです」
お辞儀をしたままローズは自分の全てを捧げる主人、シシオに頼む。
「お願いします、シシオ様。私に貴方のもう一つの宝物を、『ガンダム』をお貸しください」
あまり話が進まず申し訳ありません。
今回はフラグ回です。
・三日月強化フラグ。
・アスタロト強化フラグ。
・ローズのモビルスーツパイロット化フラグ。