鉄血のオルフェンズ ~無欲な悪魔~   作:小狗丸

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#07

 鉄華団。

 

 年齢が二十代に達していない数十人の少年達が前身の企業から大人の構成員のほとんどを追放して名を変えたその企業は、火星独立運動家のクーデリア・藍那・バーンスタインから彼女を無事に地球へと送り届ける仕事を受けていた。

 

 その為、鉄華団は火星に本部を置く星間運送を営む企業の「オルクス商会」に地球への案内役を頼み火星を出発するのだが、その旅路は出だしから波乱を極めた。

 

 鉄華団に案内役を頼まれたオルクス商会は彼らを裏切って出航情報をギャラルホルンに密告し、クーデリアを鉄華団ごと抹殺しようとするギャラルホルンは追撃として数機のモビルスーツ部隊を差し向けたのだ。

 

 しかし鉄華団の方もこの様な事態を半ば予想していたらしく、ギャラルホルンのモビルスーツ部隊に自分達が保有していた二機のモビルスーツを出して抗戦を始める。

 

 シシオ達とタービンズは、鉄華団とギャラルホルンが戦っている宙域から離れた場所でそれぞれの宇宙船のブリッジからその戦いを見ていた。

 

「あれが鉄華団か……。中々面白そうな連中じゃねぇか」

 

「まさか民間の組織がガンダムフレームを所有していたとはな」

 

「ガンダム……!」

 

 ブリッジのモニターに映る戦いを見てダディ・テッドが面白そうに言い、その後ろでヴォルコとアルジが呟く。

 

 ギャラルホルンのモビルスーツ部隊と抗戦している鉄華団の二機のモビルスーツ。片方は頭部と胴体の一部に両肩を改造しているグレイズで、もう片方はシシオとアルジが乗っているのと同じガンダムフレームの機体であった。

 

「あの二機のモビルスーツ、凄いわね。ギャラルホルンと互角に戦っているだなんて」

 

「ええ。特にガンダムの実力はギャラルホルンのパイロットの遥か上をいっています」

 

 リアリナが感心したように言って、ローズが彼女の言葉を肯定しつつガンダムの戦いぶりを称賛する。

 

 そしてシシオは……。

 

「あ、あのガンダムは……まさか……」

 

 ガンダムの戦いぶりを……いや、正確にいえばその「動き自体」を見て、驚愕で目を見開いていた。

 

 ☆

 

『それで? 話ってのは何なんだ、シシオ?』

 

 鉄血団がギャラルホルンのモビルスーツ部隊の大半を堕とし、更にはオルクス商会の宇宙船を沈めて火星から離れた後、シシオは名瀬に連絡を取っていた。

 

『しかも話がしたいのは俺じゃなくてこのオッサンだって?』

 

 そう言って名瀬が見たのはくたびれた格好をした中年の男。

 

 マルバ・アーケイ。

 

 鉄華団の前身である企業「クリュセ・ガード・セキュリティ(CGS)」の経営者であり、今回名瀬に協力を頼んだ人物だった。

 

「はい。……ええと、マルバ・アーケイ、さんでしたっけ? 貴方に聞きたいことがあるんですけど」

 

『ああっ!? テメェみたいなガキが俺様に何のようだ!』

 

 無表情で話しかけるシシオにマルバは明らかに見下した態度で怒鳴り返す。しかしシシオはそれに何の反応も見せず無表情のままで、それを見た本人達以外の全員が変だと感じて怪訝な顔をする。

 

「……マルバ・アーケイさん。貴方、名瀬さんや俺達に言っていない事があるんじゃないですか? 鉄華団は仕事と居場所を与えた恩を忘れて貴方を裏切ったって話ですけど、もしかしたら鉄華団には貴方に反発する理由があったんじゃないですか?」

 

『何だと! 訳の分からねぇ事を言ってんじゃ……』

 

『どういうことだ? シシオ?』

 

 シシオの言葉にマルバが再び怒鳴り返そうとするが、その前に名瀬が口を開いた。

 

「……さっきの戦闘でギャラルホルンと戦っていたガンダムがいましたよね?」

 

『ああ、いたな。ガキにしては中々腕が立つってアミダだけじゃなく、ラフタやアジーも感心していたが、アレがどうかしたのか?』

 

「あのガンダムの動き……あれは『阿頼耶識システム』の動きです」

 

「『………っ!?』」」

 

 シシオが名瀬に答えるとその言葉を聞いた全員が絶句した。

 

 阿頼耶識システム。

 

 厄祭戦時代のMSのコクピットに採用された有機デバイスシステム。本来は宇宙作業機械の操縦用に開発されたが、MSの性能を限界まで引き出す目的で軍事転用された。

 

 パイロットの脊髄に埋め込まれた「ピアス」と呼ばれるインプラント機器と操縦席側の端子を接続し、ナノマシンを介してパイロットの脳神経と機体のコンピュータを直結させることで、脳内に空間認識を司る器官が疑似的に形成される。これによって阿頼耶識システムを使うパイロットは、乗機の情報がパイロットの脳に直接伝達され、従来の操縦ではあり得ない反応速度と柔軟な操作が可能となる。

 

 ただし阿頼耶識システムの手術が行えるのはナノマシンが体に定着しやすい成長期の子供だけで、その上阿頼耶識システムの手術は成功率が低く、手術が失敗すると良くて半身不随で最悪死亡してしまうという危険極まるものであった。

 

 その為、現在では阿頼耶識システムは非人道的なシステムとして使用が禁止されているが、それでも圏外圏にある一部の組織や海賊では今も非合法に使用されているのである。

 

『……シシオ。それは本当か?』

 

「俺がモビルスーツの動きを間違えるとでも?」

 

『………』

 

 固い声をする名瀬はシシオに聞き返されて沈黙する。

 

 シシオ・セトは一言で言えば天才である。

 

 物心がつく前より機械に囲まれて育ったシシオは、モビルワーカーからモビルスーツ、果てには戦艦まであらゆる乗り物を乗りこなす一流のパイロットであり、それと同時にどんなに修理が困難な機械でもたった一人で完全に修理できる一流の技術者でもある機械の申し子だった。

 

 そんな機械に関してはチート級の才能と実力と知識を持つシシオが断言した以上、あのガンダムのパイロットが阿頼耶識システムを使うパイロットであるのは間違いないだろう。

 

「それで? どうなんですか?」

 

『そ、そんな当たり前な事、いちいち言うわけがないだろうが!』

 

 シシオが再度聞くとマルバは開き直ったように怒鳴る。

 

『ちょっと考えたら分かるだろうが!? 何の特技もねぇガキなんぞ何の役に立つってんだ! ヒゲありの「宇宙ネズミ」だからこそ使ってやっていたんだ! 手術をしたからガキ共が反発しただぁ!? 冗談じゃねぇ! 学も何も無い汚いガキ共に芸の一つでも仕込んでやっただけ感謝してほしいくらいだ!』

 

 宇宙ネズミとは阿頼耶識システムの手術を受けた者の蔑称である。今のマルバの言葉からこの中年の男が鉄華団のメンバーを人間扱いしていないのは明白であり、鉄華団のメンバーがこれまでどんな酷い仕打ちを受けて反攻を決意したのかが容易に想像できた。

 

 マルバの言葉を聞いてシシオの表情が険しくなり、ローズは能面のような無表情となって冷たい視線をモニターに向け、アルジは奥歯が砕けそうなくらいに噛み締めて額に青筋を浮かべ、ヴォルコは何も言わずに目を閉じたがそれでも不機嫌そうに眉をしかめ、リアリナは明らかに軽蔑した顔で「最低」と呟いた。

 

『何だその目は! お前ら、俺様に楯突こうとでも……ぐべっ!?』

 

 話しているうちに興奮したマルバはシシオ達に噛みつこうとした時、背後から何者かに殴られた。

 

『ちょっと黙れよ、お前』

 

 マルバを殴ったのは名瀬であった。

 

 名瀬は今の一撃で気絶したマルバをゴミを見る様な目で見ていたがすぐに視線を外し、そのままブリッジにある艦長席に座り込んだ。

 

『……………あー、どうしたものかな。俺は火事場泥棒なんてセコい真似をする悪ガキ共に軽いお灸をすえてやるつもりだったんだが……全然最初の話とは違うじゃねぇ。……はぁ』

 

 しばらく何かを考えていた名瀬が額に手を当てながらため息と共に言葉を漏らす。おそらく彼の頭の中では今、鉄華団は単なる取り立ての対象ではなく、マルバに代わる新しい交渉の相手に成りつつあるのだろう。

 

『でもなぁ……。一度仕事を引き受けた以上、途中で放り投げる訳にもいかねぇし、どうしたものか……』

 

「さっきから聞いてれば一体何を悩んでいるんだ、名瀬?」

 

 何とかうまい落とし所がないか考えている名瀬に対してそれまで黙っていたダディ・テッドが口を開いた。

 

『ダディ・テッド?』

 

「こんな時、やる事といったら一つしないだろ? なぁ?」

 

 ダディ・テッドは名瀬……そしてシシオを見ながら口元に笑みを浮かべて言った。

 

 ☆

 

 ギャラルホルンとオルクス商会と戦いを終えて、何とかその追っ手を振り切った鉄華団の宇宙船の前に、突如二隻の宇宙船が現れた。

 

 二隻の宇宙船は鉄華団の宇宙船と一定の距離を保つと動きを止め、代わりに二隻の内の片方から一機のモビルスーツが出撃した。

 

 鉄華団の宇宙船に向かって出撃したのは全身が青のガンダムフレームのモビルスーツ、ガンダム・オリアス。

 

 そしてガンダム・オリアスの右肩には、古来より決闘の合図として使用されてきた赤布が取り付けられていた。


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