『よお。どうやら無事、ダディ・テッドを連れ出してくれたようだな。ごくろうさん』
シシオ達がダディ・テッドを暗殺しようとする追っ手のモビルスーツを撃退して何とか無事に月のコロニー群から脱出してから数日後。火星周辺の宙域に辿り着きタービンズと合流した彼らは、宇宙船のブリッジで名瀬と連絡を取り合っていた。
「名瀬さん。全て知っていて黙っていたんですか?」
ダディ・テッドの周辺の事情を黙っていたことについてシシオが責めるような目で言うが、名瀬はそんな視線を受けてもどこ吹く風とばかりに肩をすくめた。
『お前さんだったらきっと護衛を引き受けてくれると信じていたのさ。そしてお前さんは期待通りにダディ・テッドをここまで守って来てくれた。流石は俺が見込んだ運び屋……いや、傭兵かな?』
「トレジャーハンターですから!」
名瀬の言葉にシシオが怒鳴る。
「何度も言いますけど俺はトレジャーハンターですから! ジャンク屋でも運び屋でも傭兵でもなくてトレジャーハンターですから!」
『またまた。こっちこそ何度も聞いたぜ、その冗談は』
『そうだね。もう数えきれないほど聞いたね』
名瀬がからかう口調で言うとその隣に褐色の肌の女性が現れた。
アミダ・アルカ。
タービンズに所属するモビルスーツ部隊の指揮官であり、名瀬の妻の一人。
タービンズは代表である名瀬以外、全員が女性で構成されており、更にその過半数が名瀬と婚姻関係を結んでいた。アミダはそんな女性達のトップの「第一婦人」で、名瀬を公私ともに支える人物であった。
タービンズの女性達を束ねる女傑は、モニター越しでシシオに向ける。
『アンタは色んな仕事に手を出しているからね。そう思われても仕方がないさ。ちなみに私は「何でも屋」って感じがするけどね』
「ちょっとアミダさん!?」
『はははっ! 何でも屋か! そりゃあいいや!』
アミダの言葉にシシオが抗議しようとするが、その声を遮って名瀬が大声で笑う。耳をすませばシシオの宇宙船と名瀬の宇宙船の両方から、小さく笑う声や笑いを噛み殺す声が聞こえてきたが、シシオはそれを無視することにした。
『さて、馬鹿話はこれくらいにするとして……』
ひとしきり笑った名瀬は真面目な表情になると、ブリッジにいるダディ・テッドに視線を向けて礼をした。
『お久しぶりです、ダディ・テッド。タービンズ代表、名瀬・タービンです』
「おう。久しぶりだな、名瀬。わざわざ迎えに来てくれて感謝しているよ」
名瀬の言葉にダディ・テッドが鷹揚に頷いた。
『事情はマクマードの親父から全て聞いています。とりあえずどうぞこちらの艦へ。皆さんの客室を用意させています』
「ああ、その事なんだが……。できたらこのままこの艦に乗っていたいんだが構わねぇか?」
「え?」
ダディ・テッドが名瀬に意外な申し出をして、それを聞いたシシオが思わずそちらを見る。
『ほう……。それはまたどうして?』
「俺の護衛二人がこのシシオに聞きたいことがあるみたいなんでな」
ダディ・テッドはそう言うと自分の後ろにいるアルジとヴォルコに視線を向けた。
先日のモビルスーツとの戦闘以来、自分の実力不足を痛感したアルジは時間があればシシオにシミュレーターを使った模擬戦を申し込んできており、ヴォルコもシシオが持つ膨大なガンダムの情報に興味がある様で暇を見つけてはよく質問に来ていた。
『そうですか。こちらは別に構いませんが……シシオはそれでいいのか?』
「ええ。俺の方も構いません。それで早速『歳星』に向かうんですか?」
ダディ・テッド達が引き続き自分達の宇宙船にいる事を了承したシシオが名瀬に訊ねる。歳星とはテイワズの拠点である巨大な宇宙船で、そこには今回の目的地であるマクマードの住居もあった。
しかし名瀬は頭をかくと決まりの悪そうな顔を作り口を開いた。
『あー。その事なんだが……すみません、ダディ・テッド。歳星に向かう前に一つヤボ用ができちまったんです』
名瀬が言うには火星での仕事を終えた後、彼は以前一緒に仕事をした人物と再会したそうだ。しかしその再会した人物はつい最近、ギャラルホルンとトラブルを起こして窮地に立たされていた。
見るに見かねた名瀬は再会した人物に、その人物が経営している企業の所有物を全てタービンズが預かるという条件で力を貸すという話を持ちかけ、相手もそれを了承したのだった。
企業の所有物全てを取られると聞けば暴利が過ぎると思われるが、世界最大の勢力であるギャラルホルンから目をつけられずにすむことを考えればまだ安い対価だろうとシシオは思う。
「なるほど……じゃあ、名瀬さんは火星のギャラルホルンと『話し』をつけに行くんですか?」
恐らくその「話し」には戦う事も入っているんだろうな、と思いながらシシオが訊ねると名瀬が首を横に振る。
『いや、それがな? 調べてみるとその企業は書類上ですでに廃業となってて、権利等は全て別の企業に移っていたんだ。で、これはどういう事なんだ、と依頼主に問い詰めてみたところ、また厄介な事が分かったんだ』
名瀬に協力を頼んだ人の話によるとその企業は身寄りのない少年達を大勢雇って仕事を与えていたのだが、少年はそれらの恩を無視してギャラルホルンとのトラブル時に会社の権利書等を奪い取り、企業を乗っ取ったらしい。
「では名瀬様はギャラルホルンではなく、その企業を乗っ取ったという方々と話をしに火星に戻るのですか?」
今度はローズが訊ねると名瀬がもう一度首を横に振る。
『いいや。企業を乗っ取ったガキ共は「ある人物」を地球に送り届けるという仕事を受けていて、宇宙に上がる予定らしいんだ。そこで捕まえる』
「そうですか。それでその新しい企業は何ていう名前なんですか?」
『ああ、なんでも「鉄華団」という名前らしいよ。……散ることのない鉄の華。中々いい名前じゃないか』
シシオの言葉にアミダが笑みを浮かべて答え、それを聞いた名瀬が苦笑を浮かべる。
『おいおい。褒めてどうすんだ? 俺達はこれからその鉄の華摘み取りに行くんだぜ? ……そんな訳で少し時間を貰えませんか、ダディ・テッド?』
「ああ、構わねぇよ。それくらいなら大した時間はかからねえだろうしな」
『ありがとうございます』
ダディ・テッドが頷き、名瀬が礼を言う。そして話がまとまった所で口を開いた。
「そういえば名瀬さん? 前回の戦闘で面白いモビルスーツが手に入ったんでいりません? 百練のカスタム機だからタービンズでなら充分使えますよ」
『面白いモビルスーツ? どんなのだ?』
「こんなのです」
『な……!』
シシオは名瀬に答えると件のモビルスーツの画像をモニターに出し、それを見てタービンズのブリッジにいる全員が絶句した。
モニターに映し出されたのは前回の戦いでシシオが鹵獲した帽子のモビルスーツだった。当然この数日間の間に修理を終えて外見は以前と同じに戻っているが、機体のカラーリングは以前とは変わっていた。
以前の帽子のモビルスーツは赤と黒のカラーリングであったが、今は白を基調としていて一部に青と黒を使ったカラーリングであった。
『……なぁ、おい? 何だかどこかで見たような色使いなんだが?』
そう言う名瀬は白の三つ揃いに帽子、スーツの下から見えるのは青のシャツという、モニターに映るモビルスーツによく似た服装をしていた。……というよりシシオがそう見えるようにモビルスーツのカラーリングを変更したのだった。
「アレ? 言われてみればそうですね。イヤー、フシギナコトモアリマスネー」
『この野郎……』
『あっははは! 中々男前なモビルスーツじゃないか。私は気に入ったよ』
視線を逸らしながら完全に棒読みな口調で言うシシオに名瀬が苦笑を浮かべるとその隣でアミダが大笑いをして、タービンズのブリッジにいる他の女性達も笑う。
『なあ、どうする名瀬? あのモビルスーツに乗ってみないかい? 今なら私達がモビルスーツの扱い方を手取り足取り教えて一人前のパイロットにしてあげるよ』
『勘弁してくれ……』
明らかに面白がっているアミダの言葉に名瀬が苦笑を深くして疲れたような声を漏らす。
結局、帽子のモビルスーツはタービンズに買い取られることになり、シシオ達はタービンズと行動を共にする事になった。
次回、鉄華団を出す予定です。