名瀬の話を受けることにしたシシオとローズは、数日かけて月のコロニーにあるダディ・テッドの住居にと訪れた。
ダディ・テッドの住居は月にあるコロニーの一つ、地球にいるかのように自然を再現したリゾートコロニーの中、内部の景色を一望できる丘の上に建てられたコテージであった。コテージの一室に案内されたシシオは一目見て高級品のアンティークだと分かる椅子にどこか落ち着かない様子で座りながら周りを見ていた。
「流石はタントテンポの頭目ダディ・テッドの屋敷……。この椅子一つとってもかなりの値打ちものだな」
「そうですね。しかしそんな大物が一介のジャンク屋であるシシオ様にどの様な用なのでしょうか?」
「ジャンク屋じゃないから!」
シシオの隣に座るローズが少し考えるように言って、それにシシオが怒鳴り返す。
「俺はジャンク屋じゃなくてトレジャーハンター! ローズ! お前、そのネタ何度繰り返す気だよ!?」
「その言葉はブーメランにして投げ変えさせてもらいます。シシオ様はせっかく一流の技術を持っているのですから、いい加減ジャンク屋としての自覚を持つべきです」
「自覚を持つ以前に俺はトレジャーハンターなんだって! 今回ダディ・テッドが俺を呼んだのだって例えば『幻のモビルアーマーを探してほしい』って感じのロマン溢れる依頼をするためで……」
「……はっ」
「おいっ!?」
ダディ・テッドがここに呼んだ理由の予想を熱く語るシシオであったが、ローズはそれを鼻で笑って一蹴した。
「タントテンポの頭目がそんな道楽に手を出すはずがないじゃないですか。恐らくは昔の珍しい機械を手に入れたけど壊れているからシシオ様に修理を頼もうとしているんじゃなでしょうか? シシオ様は一流のジャンク屋ですから」
「お前の理由も道楽だろ!? というかしつこいぞ! 俺はジャンク屋じゃ……」
「待たせてしまってすまなかったな」
シシオがローズに反論しようとした時、部屋の扉を開いて片手が義手の初老の男、ダディ・テッドが後ろにシシオ達と同年代くらいの二人の少年を連れて部屋に入って来た。
ダディ・テッドと共に部屋に入ってきた二人は、片方は額に傷があって杖をついていて、もう片方はダディ・テッドと同じく片手が義手であった。
「あ、いえ、そんな事はありません。俺はシシオ・セトと言います。それでこっちは俺の助手の……」
「ローズと申します」
部屋に入って来たダディ・テッドにシシオとローズは椅子から立ち上がって礼をする。
「ああ、聞いているぜ。若いのに色々と腕がいいみたいだな。まあ、座ってくれ」
「「………」」
ダディ・テッドはシシオとローズに座るように促すと自分も椅子に座る。だが二人の少年はダディ・テッドの後ろで立ったままで、杖をついた少年はまるで品定めをする様な目で、片手が義手の少年はどこか敵意のある目でシシオを見ていた。
「それじゃあ早速仕事の話をしようか」
「はい。一体どんな仕事ですか?」
ダディ・テッドの言葉にシシオは改めて姿勢を正して話を聞こうとする。
「実はな、俺はちょいと珍しいモビルスーツを持っているんだが、以前から壊れて動かないままなんだ。だからお前達にはそれの修理を頼みたいんだ」
「あっ、そうスか……」
「………♪」
仕事の内容はトレジャーハンターではなくジャンク屋としての仕事で、それを聞いたシシオは悲しそうな顔をして、対照的にローズは笑みを堪える様に口の端を上げていた。
☆
「これは……」
「まさか……」
仕事を受ける事にしたシシオ達はコテージの地下にある空間に案内された。そこには一機のモビルスーツが鎮座しており、それを見上げてシシオとローズは揃って驚いた顔をする。
「ガンダム・フレーム」
ローズがモビルスーツを見上げながら呟く。彼女の言う通りその機体はシシオが乗るガンダム・オリアスと同じ世界に七十二機しか存在しないというガンダムフレームの一体であった。
「それにあのフレームのパーツの位置は……」
シシオがガンダムフレームのモビルスーツを見ながら何かを思い出そうとする様に呟き、それを聞いたローズが彼を見る。
「パーツの位置? ガンダムフレームは機体ごとにパーツが違うのですか?」
「正確にはパーツの位置がな。ガンダムフレームは基本的に全て同じパーツで構成されているけど、機体ごとに戦闘のコンセプトがあってそれを最適化するためにパーツの位置が微妙に違うんだよ。中にはフレームの一部を大きく変えている機体も……ん?」
ローズに答えながらガンダムフレームのモビルスーツを観察していたシシオは、機体の右腕を見て一つの記憶に思い当たった。
「あの独特のフレームの右腕……。ASW-G-29『ガンダム・アスタロト』か」
「ほぅ……」
「……!?」
「マジかよ……!?」
シシオの一人呟いた言葉にダディ・テッドが感心した様に笑みを浮かべ、杖をついた少年と義手の少年が驚いて目を見開いた。この三人の反応を見ると今の予想が当たっているようだった。
「機体自体はいい感じにレストアされているけど問題は……。俺はコイツのエイハブ・リアクターを稼動させればいいんですね?」
「何でそこまで分かるんだよ……?」
シシオはダディ・テッドに訊ねると、義手の少年が思わずといったふうに呟く。彼の言う通りガンダムフレームのモビルスーツ、ガンダム・アスタロトのエイハブ・リアクターはスリープ状態となっていた。
ガンダムフレームのモビルスーツは他のモビルスーツとは違い、特別に調整したエイハブ・リアクターを二基搭載していて大出力のエネルギーを得ている。しかしその分、ガンダムフレームのエイハブ・リアクターは扱いが難しく、整備には通常のエイハブ・リアクターよりも高度な技術が必要とされている。
「そうだ。普通のモビルスーツならともかくコイツの整備には資料が足りなくてな。だからお前達を探して呼んだんだよ。……今も稼働しているガンダムフレームを持つお前達をな」
「なるほど、そこまで調べていたんですね」
「と言うよりマクマードの野郎がそう言っていたんだよ」
「えっ!?」
「……なんと」
ダディ・テッドが何でもないように言った言葉にシシオとローズが驚き目を見開く。
マクマード・バリストン。
それはテイワズのトップの人物の名前で、ダディ・テッドの口からマクマード・バリストンの名前が親しげな口調で出てきたことはある意味で驚くべきことであった。
(マクマードの野郎って……。以前からダディ・テッドとマクマード・バリストンは同じコロニーの出身者で交遊関係があるって噂があったけど、あれってマジだったのかよ……)
噂の当事者によって噂の真偽が明らかになったことに驚いているシシオにダディ・テッドが話しかける。
「マクマードの野郎、お前と親子の盃を交わせなかったことを残念がっていたぜ? テイワズのボスとの盃を拒むなんて、地味な顔の割に大胆な野郎じゃねぇか」
「は、ははは……」
ダディ・テッドの言葉にシシオは乾いた笑いを返す。
テイワズとタントテンポ。どちらも木星圏と月のコロニー群を拠点にしている複合企業だがその実体はマフィアであり、シシオは以前にマクマードに盃を交わす……つまり直属の部下にならないかと聞かれたことがあった。
「まあ、その話はまた今度聞くとして……おい」
「はい」
ダディ・テッドが呼ぶと杖をついた少年がシシオの前に出て杖を持っていない方の手を差し出した。
「このガンダム・アスタロトの整備を担当しているヴォルコ・ウォーレンだ。よろしく頼む」
「シシオ・セトだ。こちらこそ頼む」
そう言うとシシオは杖をついた少年、ヴォルコ・ウォーレンの手を掴んで握手をして、それから作業を開始した。