ガンダム・オリアスが放った砲撃の第二射は、新たに海賊のモビルスーツの二機に命中してその機体を大破させた。
これで残る海賊のモビルスーツは三機。
最初にいた海賊のモビルスーツは七機だったので半数以上のモビルスーツが落とされたことになるのだが、それでも海賊の増援が現れる気配はない。つまりは今向かってきているモビルスーツが海賊の全戦力であることをシシオは理解した。
「半分以上減らせたら充分だな。弾も勿体ないし」
そう言ってシシオがコックピットにある機器を操作すると、ガンダム・オリアスの肩から見えていた二問の大砲が背中に収まり、それを見た三機の海賊のモビルスーツがスピードを上げる。恐らくは遠距離からの武装がなくなった今のうちに接近して戦おうという心積もりなのだろう。
「分かりやすい奴等だな。まあ、その方がヤり易くていいけどね」
不敵な笑みを浮かべたシシオが足のペダルを踏み込み、それに合わせてガンダム・オリアスが行動を開始する。
モビルスーツやモビルワーカーは、地上で高速移動をしたり宇宙で推力を得るために、機体の各所に推進剤の噴出するバーニアとスラスターが設けられている。そしてガンダム・オリアスのバーニアとスラスターは腰のアーマーと脚部に集中していて、ガンダム・オリアスはまるで見えない壁を蹴り反動を得るような動きを取って急加速をした。
シシオも海賊達も加速をしながらお互いに向かっているため両者の距離は瞬く間になくなり、加速をして数秒後にはガンダム・オリアスのコックピット内のモニターに海賊達のモビルスーツの詳細な姿が映し出された。
海賊達が乗っているモビルスーツは三機ともスピナ・ロディ。
スピナ・ロディはロディフレームという汎用性の高いフレームを採用したモビルスーツで、戦闘から宇宙活動まで幅広い活躍を見せている。そしてシシオが二歳の頃に父親と一緒に初めて乗ったモビルスーツもこのスピナ・ロディであった。
「……!」「ッ! ッ!」「………! …………!」
海賊達が乗る三機のスピナ・ロディは手に持っているサブマシンガンをシシオが乗るガンダム・オリアスに向けて撃つが、シシオはガンダム・オリアスのスラスターや手足を動かし最小限の回避運動を取ることで全ての銃弾を避けて見せた。
「先ずはアイツだな」
シシオは先頭を飛ぶスピナ・ロディに狙いを定めると目標にと向かってガンダム・オリアスを更に加速させる。
「ッ! …………!」
ガンダム・オリアスの接近に先頭のスピナ・ロディがサブマシンガンを投げ捨て、腰にある肉厚のブレードを手に取る。……だが。
「遅いよ」
シシオが操るガンダム・オリアスは先頭のスピナ・ロディが行動を起こすより先にその両腕を蹴り上げ、右手に持ったライフルの銃口を首元にあるナノラミネートアーマーに保護されていない、それもコックピットの真上にある箇所に突きつけた。
「まずは一機」
感情が一切感じられない声音で呟いたシシオがレバーのスイッチを押すと同時にガンダム・オリアスがライフルの引鉄を引いた。
「……………ッ!?」
ライフルの銃口からマズルフラッシュが閃き、聞こえない筈の海賊の悲鳴が聞こえた気がした。
実弾射撃ではナノラミネートアーマーの破壊は難しい。だからナノラミネートアーマーで全身を固めたモビルスーツを破壊するには、重量のある近接武器で押し切るか、ナノラミネートアーマーで保護されていない箇所を狙う必要がある。
それが一般的なモビルスーツとの戦い方で、シシオがとったのは後者の方法であった。
ナノラミネートアーマーの隙間からコックピットを撃ち抜かれたスピナ・ロディの機体から力が抜けて動かなくなる。
ここまでかかった時間はほんの十数秒間で、その一切の無駄なく敵を仕留める動きはシシオが今まで多くの敵を倒してきた事を意味していた。そしてコックピット内のシシオの表情にも相手が海賊とはいえ人を殺した事に対する罪悪感などは一切無かった。
「さあ、後は……アレ?」
残った海賊にシシオが視線を向けると二機のスピナ・ロディは攻撃を仕掛けようとはせず、むしろガンダム・オリアスから遠ざかっていった。
「何だ? もしかして逃げた?」
遠ざかっていく二機のスピナ・ロディを見てシシオが呟くと、彼の言葉を肯定するかのようにスピナ・ロディが信号弾を放ち、それを見た商船を襲っていた海賊達も撤退していく。
「もう終わりか? ……歯ごたえのない連中だな。やっぱり小物か」
撤退していく海賊達を見ながらシシオはやや拍子抜けした表情で呟いた。
☆
『ハハハッ! そんな事を言えるのはお前だからだよ、シシオ』
海賊との戦いの数日後。シシオは自分の宇宙船のブリッジで一人の男の笑い声を聞いていた。
笑い声の主はブリッジの正面モニターに映っている一人の男。二十代後半くらいで白のスーツを着こなした伊達男という言葉が似合う人物であった。
モニターに映っている男の名は名瀬・タービン。
木星圏を中心に主に小惑星帯の開発や運送を担う企業複合体「テイワズ」の輸送部門で活動している「タービンズ」の代表である。
シシオにとって名瀬は、デブリ帯から回収した機械類の売買や運び屋の護衛等の様々な仕事を何度も一緒に行った大のお得意様であった。先日手に入れたエイハブ・リアクターの販売をするために連絡を取り、そのついでで海賊との戦いの話をしたら今の様に笑われたのだ。
『普通、モビルスーツを七機も持っていたら大戦力だ。しかもその海賊共はかなり有名な武闘派だったらしいぜ? それを簡単に倒して小物だなんて言い切れるのは、お前さんとお前さんの相棒の力が凄いからだ』
「そうですか? あいつら、数だけはいましたけどパイロットの腕は全然だし、ロクにメンテナンスをしていないのか機体性能も低かったし……。あれだったらラフタさん一人でも勝てましたよ?」
『当然でしょ! 私がそんな海賊に負けるかっての! ていうか、私だったらその逃げ出した二機だって逃さず撃ち落としたし!』
名瀬の言葉にシシオが返すと、モニターに映っている名瀬の後ろから一人の女性が顔を出して大声を出す。
ラフタ・フランクランド。
タービンズに所属しているモビルスーツのパイロットの一人でその実力は非常に高く、同時にパイロットとしてのプライドも高かった。
『というかシシオ? アンタいい加減ローズと一緒にウチに来なさいよ。せっかく色々出来るのにいつまでもジャンク屋なんかしていたら宝の持ち腐れだよ?』
「ジャンク屋じゃないから! 俺はトレジャーハンター! トレジャーハンターですから!」
ラフタの言葉にシシオが顔を真っ赤にして叫ぶ。しかしそれを本気にする者はどこにもおらず、彼の後ろにいるローズは呆れ顔で首を横に振り、ラフタも「はいはい。トレジャーハンター、トレジャーハンター」と適当に返す。
『ラフタ、それぐらいにしておけ。とりあえずシシオ、稼動状態のエイハブ・リアクター三基の買い手はついた。代金の方のチェックをしておいてくれ』
「あっ、はい。いつもありがとうございます、名瀬さん」
ラフタを抑えて商売の話を締め括る名瀬にシシオも気持ちを落ち着かせて礼を言う。
『いやいや、気にしなさんな。お前さんが持ってくるのはいつも上物のブツばかりだからな、こちらも助かっているよ。……そういえばお前さん、これから仕事の予定とかあるのか?』
「いえ、確か予定は無かったはずです。無かったよな、ローズ?」
「はい。ありません」
シシオがローズに振り返って聞くと彼女が頷く。
『そうか……。それじゃあ、お前さん達、月に行ってみる気はないか?』
「月……ですか?」
名瀬の言葉にシシオが首を傾げる。
『ああ、実は月のお客さんからお前さん達を紹介してほしいという話がきているんだ。で、その月のお客さんは是非お前さん達に月に来てほしいってよ』
「その月のお客さんとは?」
『お前さんも少しは耳にした事があるはずだぜ。その月のお客さんは「タントテンポ」の頭目ダディ・テッドだ』
タントテンポ。
それは月のコロニー群を拠点とする複合企業で月を中心とした定期航路の管理を行う他、輸送部門、銀行部門といった複数の関連企業を抱え込んでおり、その規模はテイワズと同等である。
「タント……テンポぉ!?」
「………!?」
名瀬の口から出た予想外の大物の名前にシシオもローズも思わず驚いて目を見開いた。