仮面ライダー555 ~灰の徒花~   作:大滝小山

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第4話 B

「――たく、メシも食わずにどこ行ったのかと思えば……」

 

 巧はただ呆れるばかりであった。

 三人は今、腹を空かせた大牙の提案で近場の中華料理店に入っていた。

 

「だって……朝のあれで電話できると思う?」

 

 巧も似たような思いで居るため、何ともいえなかった。

 

「それで、この人が知り合ったハジメさん」

「山吹一じゃ、よろしく頼むよ」

「…………おう」

 

 ぶっきらぼうに応える巧に、ハジメの眉がはねる。

 

「自己紹介ぐらいしたらどうじゃ、若いの」

「……乾巧だ」

「もっと砕けた感じでいいんじゃない、たっさん」

 

 今度は巧の眉がはねた。

 

「昨日から、そのたっさんてのなんだよ」

「名前が巧でしょ、啓太郎さんはたっくんって呼んでるじゃん」

「…………」

「五つ年上にくん呼びはどうかと思って」

「わかった。もう――」

「だからたっさん」

「おっさんみたく言うなよ!」

 

 乾巧、二十八才。三十路を前に気になることはいくつもあった。

 

(そもそも、そんなに生きられるかもわかんないってのに)

 

 そんな巧の思いをよそに、

 

「じゃあTAS(タス)さん」

「おい待て」

 

 大牙はまだ呼び方で迷っていた。

 

「それ、大丈夫なのか? なんか別のモンになってないか!?」

「大丈夫だって、Tool-Assisted Superplayの略だってこと知ってるから」

「解説しろって言ったわけじゃねぇよ!」

 

 しかも解説されたことで余計に巧の名前から遠ざかっていたことがわかった。

 

「じゃあどう呼べばいいんだよ、たっちん」

「普通に呼べよ」

「やだ。啓太郎さんだけあだ名で呼んでるのずるい!」

 

 子供か。そんな感想を抱くばかりであった。

 

「君、巧くんだったかね。あまり邪険にすることも……」

「わかってる、ます。けど――」

「なーなー、なんて呼べばいーのー?」

「……もう好きにしろよ」

 

 巧が折れ、たっさん呼びで定着するまで時間はかからなかった。とそこへ、

 

「お待たせしました、チャンポンセットです」

 

 注文していた料理が届いた。

 

「「「…………」」」

 

 三人が三人とも固まり、湯気を立たせるチャンポンラーメンを見ていた。

 この店のチャンポンは、ほどよくとろみのついたスープに様々な具材と麺が絡む絶品だ。――一般的には。

 

 三人とも、意を決して麺に箸をいれる。そのまま麺を口に運んで、

 

「「「熱っ!」」」

 

 三人とも慌てて離した。そして息を吹きかけて冷まし――大牙だけ「ふっふっふー、ふふぅーふっふっふー」と妙な韻を踏んでいたが――なかなか冷めないとろみつきの麺に悪戦苦闘する。

 しまいには巧がお冷やの水を入れて無理矢理冷まし、ほかの二人がそれに続く。真理が居れば行儀悪いとたしなめる行動にツッコミを入れる者は居ない。

 ようやく麺をすすってひとごこちつくと、三人は顔を見合わせた。

 

「なあ、もしかして――」

「お前らも――」

「猫舌、かね?」

 

 大牙、巧、ハジメの三人は、お互いの共通点を確認しあい、しばらくすると握手をかわしていた。

 猫舌が三人を結びつけた瞬間だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「じゃあ、俺は仕事があるから」

 

 巧がそういって席を立つと、

 

「俺、トイレ行ってくる! 帰りまた連絡するから! あ、お金ここ置いとくな!」

 

 大牙も席を立ち、残ったハジメは会計を済ませて町を歩く。

 

(ひとまず、もう一度電話をかけてみるかね)

 

 彼は彼で、懸念事項が多い。娘たちはどうしているか、否応なく心配になる。

 だが、いくらも歩くことなくハジメは足を止めることになった。

 

「ハーイ❤ はじめまして、お・じ・い・さ・ま♪」

 

 その車が目の前に止まったのは、本当に唐突だった。そして、中から現れたスマートレディ――彼女はそう名乗った――に連れられ、とある企業へと連行されたのだ。

 

(な、何が起きて……)

 

 せめて巧達に連絡をとろうとしても、通された面会室で携帯を開くと【圏外】と表示されていた。ハジメはその詳細を知らないが、そこは密談用の電波暗室であった。

 やがて、重々しく扉が開くと、三十代ぐらいの男が現れた。

 

「――ようこそ、スマートブレインへ。新たなオルフェノクの同胞よ」

 

 男――前川は、大仰な仕草でハジメに言葉をかけた。

 

「な、何かねきみは!」

「もうお気づきでしょうが、あなたは()()()()()()()になったのです。そして、人類を超えて新たなステージ――」

 

 前川はそこで一度言葉を切った。

 そしてそれこそが、“スイッチが入った”合図だった。

 

「――すなわち、神に等しき存在! 汚れた人類を一掃し、新たな地上の覇者となるべき選ばれた新人類っ! ――それこそがオルフェノクなのです」

 

 ハジメは、ただ目を白黒させるほか無かった。

 拉致同然に連れてこられたと思ったら、新興宗教の勧誘にあったようなものだ。無理もなかった。

 

「――オル、フェノク」

 

 しかし、彼の言っていることは事実だった。

 少なくとも、自身の身に起きたことを思えば、全てを否定することは出来ない。

 

(東京に来て、それから――)

 

 右も左もわからない土地で、普段なら迎えにきてくれる義理の息子も来ない状態でハジメは町をさまよった。――事故に巻き込まれたのは、そんなときだった。

 

「やはり、ワシは…… 俺は」

「オルフェノクは今、危機に立たされています」

 

 ハジメの様子をよそに、前川は話し始めた。

 

「至高の存在たるオルフェノクには、頂点たる王の存在が不可欠。しかしかの王は、反逆者たちの手によって弑逆(しいぎゃく)されたのです」

 

 前川は改めてハジメに向き合い、

 

「あなたには、その反逆者の始末をお願いしたいのです」

「な、そんなこと……」

「できます、あなたなら」

 

 前川は恭しい仕草でスマホの画像を見せた。

 

「――むしろ、あなたにしかできないことなのです。オルフェノクの未来のため、何よりあなた自身のために」

 

 ――そこには、乾巧が写っていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「本当にうまく行きます?」

『いかなければ、また別の案を考えるだけだ。これは、僕の計画のために必要なことだからね』

 

 スマートレディは蛇神と話していた。

 彼女は、前川の独断で真理たちに刺客を放ったことなどを余さず報告したが、彼は許容範囲だと切り捨てた。

 

「死ぬかもしれないですよ? 彼」

『それならそれで構わない。誰かが乾巧を襲えば、目的は達成される』

 

 ――ひどい人。

 スマートレディはそう思ったが口にはせず、ただ淡々と――()()彼女が、である――次の議題へと移る。

 

「前川さん、アレのことに気づいたみたいですよ」

『“TGタイプ”、技術検証用試作機が現役で動いている、という事実にだね』

 

 どうやら、蛇神も把握していたようだ。

 

 シータは蛇神の肝いりで、十年の歳月をかけて開発されたものだ。

 これまでとは違い、王の手足と称した大部隊を築くことを目標に掲げ、生産性と高い戦闘能力の両立のためにさまざまな試行錯誤を重ねられた。

 TGタイプとは、それらの中で最初期に開発されたプロトタイプだった。――生産性と機体性能のバランスを計る、試金石(Touchstone)として開発された機体(Gear)だ。

 

 いずれにしても、計画が成就すれば廃棄する予定で、とある施設で厳重に管理されていた。

 

「でもそれは、二年前の災害で施設ごと損失した」

『――はずだった』

 

 スマートレディの言葉を蛇神が継ぐ。

 

『いずれにせよ、単純なスペックでは現行の試作量産機ではかなわない。前川君には充分に警戒するよう通告してくれ。――それともう一つ』

 

 蛇神はさらに続ける。

 

『ここひと月の間に、《現王派》の動きが活発化している。事によると、プロトタイプよりも彼らの方が厄介かも知れない』

 

 スマートブレインとて、一枚岩ではないということを。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 夕方、巧は最後の配達へ向かっていた。

 啓太郎達とはひとまずベルトのことは保留として、今を生きると約束した。

 ただ巧の灰化現象が止まるわけではない。今でこそ小康状態といった具合だが、やはり変身すれば灰化は進むのだろう。ファイズへ変身した後が一番零れる灰の量が多いことから、おおよその予想はついていた。

 

(あいつらの言うことも、わかる)

 

 三本のベルトはいずれも装着者の身に何かしらの変調を与えていた。その中でもファイズは最も安全とされるギアだが、全くの無害というわけではなかった。

 

(だとすると、あいつも……?)

 

 思い出されるのは、昨夜のライダーだ。今までのところ、ライダーズギアを活用できたのは、オルフェノクと流星塾生だけだ。その塾生達も、今や三人しかいない。そうなると、オルフェノクを擁する組織は――

 

「っ、と」

 

 どうやらずいぶん長い間考え込んでいたらしく、後続車のクラクションで我に返った。

 巧は届け先のマンションへと急いだ。

 

 

 今朝よりは幾分丁寧に応答した巧は、車へ戻ろうとしていた。

 

「――――」

 

 しかし、行く手を阻む存在に呆然と立ち止まる。

 灰色の巨体に、巨大な爪を備えた怪物が、巧を待ちかまえていた。

 

「――ゥアッ!」

 

 怪物――オルフェノクは突進するようにして巧に迫る。繰り出される爪を何とかかわし、巧は車へと急ぐ。

 

「ォォオオオオ!」

 

 当然、オルフェノクは巧を追いかけ、車から遠ざけるように攻撃を加える。

 

「くそっ!」

 

 巧はファイズフォンを取り出し、555(変身コード)を入力する。

 

「うわっ!?」

 

 エンターキーを押す直前、オルフェノクは巧に追いつき爪での刺突を試みる。地面を転がるようにして避けた巧は、目まぐるしく変わった景色に一旦動きを止めた。

 

 自分が流れるようにファイズへ変身しようとしていたことに気づいたのは、そのときだった。

 

(何だってんだ……!)

 

 一度入力したコードをキャンセルし、また執拗に追いすがるオルフェノクをかわしながら、今度は状況を打開するためにファイズフォンを操作する。

 

 ――103

 ――――Single Mode

 

 画面を横へ倒し両手で構えた巧は、アンテナを銃口に見立ててねらいを定める。

 フォンブラスター形態となったファイズフォンは、巧がトリガーを引くと光弾を吐き出した。致命傷を与えるにはほど遠い。だが、オルフェノクは衝撃でたたらを踏んだ。

 

「――――っつう」

 

 しかし、巧も異変に気づいた。反動が大きすぎる。

 彼は普段意識していなかったが、本来ライダーズギアに付属するツールギアと呼ばれる武装は、変身した状態での使用を前提に開発されている。特殊金属の繊維で編まれた鎧は、莫大なエネルギーを放つフォトンブラッドとそれを利用する武器の反動に耐えるためのものでもあった。

 ただ、今は泣き言を言っている場合ではない。ふたたびフォンブラスターを構え、しっかりと反動を受け止めるようにして第二射を放つ。

 

「――――ウオオオオオッッッ!」

 

 オルフェノクは、巧の予想を覆す行動を見せた。オルフェノクはフォンブラスターの射線を見切り、爪で切り裂くようにして光弾を受け止めたのだ。左腕の爪は砕けたが、巧に肉迫する。

 振り上げられた右腕が、巧の手からファイズフォンを弾き飛ばす。幸い、爪は巧の腕の表面の浅い部分を切り裂くにとどまったが、オルフェノクは巧の首をつかみ、締め上げる。

 苦悶の表情を浮かべる巧は、徐々に意識が遠ざかっていった。




Open your eyes, for the next riders!

「オルフェノクとは人間を滅ぼし、新たな地上の覇者となるもの」

「貴方は、戦うことが恐ろしいですか?」

「あんなまがい物、私たちは認めない……!」

「オルフェノクは滅ぼす、絶対に!」


◇ ◇ ◇


忙しいと作業がはかどる不思議。ただししわ寄せは必ずくる。

7/31 某映画のシーンでたっさん片手で軽々とフォンブラスター使ってるシーンを発見しましたが、本作ではノーカンです。フォンブラスターを生身で使うのはそれなりに苦労する。いいね?

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