「所詮は裏切り者の娘、ということですか」
前川は、本社ビルを後にする大牙と真理を眼下に見下ろしてひとりごちた。
かつて、流星塾という児童養護施設があった。
今もこの本社ビルの地下に眠るというそれは、オルフェノクの王を捜し当てるためのものである。その建設を指揮し、責任者となった人物こそ、スマートブレイン初代社長、花形だ。
その塾生も、今は園田真理を含めた三人が残るのみと聞いている。忌々しい過去の汚点。そんなものが三人も残っていることが、前川には耐え難いことである。
(……)
窓から踵を返すと、受話器を取り上げ、なにやら番号を打ち込んだ。
(後顧の憂いは、出来るだけ早い時期に摘んでおくに限る)
初代社長の花形は最終的にオルフェノクを裏切り、オルフェノクを滅ぶべき種として暗躍した。そのことを彼は知っていた。
◇ ◇ ◇
「――ごめんね、木村君」
「……いや、こっちこそ、俺のせいで……」
二人は非常に気まずい思いをしながら、建物の外に出た。真理は、自分のせいでこの青年にかけた迷惑を思うと、悔やんでも悔やみきれない。
「ほんとにごめん、まさか自分でもこんなにダメなんて……」
そう言って、大牙は背後を振り返った。
血文字(のような赤い文字)が目立つ看板には、まさにお化け屋敷といった具合に様々な幽霊を文字の背景に踊らせていた。
「せっかくの遊園地なのに、本当にごめん」
「ううん、私の方こそごめん。その、私が気を使わないといけなかったんだし」
暗い雰囲気を無くすため、真理は大牙とこの休日を過ごすことにしていた。それは、真理にとって償いの意味もある。
結局、彼が取り乱してからと言うもの、真理は口にする話題を選ばざるを得なくなった。何か下手なことを口にして、大牙の心の傷を開くようなまねは出来なかったのだ。
「今日は、どこかで遊ばない?」
スマートブレインを後にしてしばらく、真理は大牙にこう切り出した。彼はきょとんとした後、遊園地に行きたい、とリクエストしたのだった。
――まさか、真理の評価に『絶叫マシンが苦手』『お化け屋敷は無理』といったマイナスがつけられるとは知らず。
「それでも、楽しかったよ。ひとりだったら、あの中でさえ迷って、たぶん死ぬまで出られなかっただろうし」
「その方向音痴、本当に筋金入りなんだ」
今はコーヒカップの乗り物に二人で乗り込み、少し休憩といった具合だ。真理はハンドルを回そうかと思ったが、流石に自重していた。
「うん、だから今思うと、でぃず――「わー!? わーわーわー!?」
真理は慌てて大牙の言葉を遮った。
「な……何? どうしちゃったの!?」
「う、ううん、何でもない。何でもないから」
大牙は釈然としない様子だったが、それ以上何か言うより早く、コーヒカップが止まった。
「ほら、降りよ!」
そのまま強引に真理が大牙を遊具からおろし、また遊園地を回っていく。
「――あっ」
「なに? 園田さん?」
彼女の視線を追うと、どうやらステージでショーが行われているらしい。
「みたいの?」
「うん、いいかな?」
大牙は特に断る理由もなく、二人でショーを観ることにする。
(って、マジックショーかよ……)
大牙は観劇開始から五秒で後悔した。何が悲しくて、自分と似たような格好の人間の手品を見なくてはならないのか。
「なんか注目されちゃったね」
「そりゃ俺、明らかに関係者だもんな……」
しかもさらに悪いことに、ステージの手品が大牙にとって非常に退屈なものだった。
「ああもう、エレガントさに欠けるな…… 誰も気づかねぇのかよアレ……」
しまいには手品のアラが気になって集中できない。
一応、マナーとして手品のタネだけは口にしないようにしていたが、真理をはじめ、次第に周りの観客が鬱陶しそうに大牙を見る。
「木村君、声」
「あ…… ごめん」
真理に指摘され、ようやく我に返った大牙。
「でもすごいね。わかるんだ?」
「ああ、俺が同業、ということもあるけど」
その点については、真理も関心した。自分が見ても、どこにタネがあるかなどさっぱりだ。
「ただ、気になって仕方ねぇや…… 観るよりやる方が断然面白いし楽しめる」
「そう? ちゃんと楽しんでると思うけど……」
やり方やタネが分かるなら、それをどう隠すか、ということを想像したりするのも、それはそれで一つの楽しみ方ではないだろうか。無論、それを口に出すのはどうかと思うが。
「そういうもんか……?」
大牙はやはり釈然としない様子で首を傾げていた。
「――次のイリュージョンは、お客様の中からお手伝いいただきましょう! そうですね……」
どうやら、今度は大がかりな仕掛けのマジックらしい。
周りの人々が誰が選ばれるか、とざわめいていると、手品師の目が止まる。
「そこのお兄さん、ずいぶんと気合いの入ったファッションのあなた、こちらへ!」
「って木村君!?」
よく見ると、大牙は一人ピンと手を挙げていた。
そうして、大牙は壇上にあがる。当然と言うべきか、どちらが手品師かわからないと言う観客もいるようだ。
「お名前は?」
「木村大牙、23才。一応、ストリートマジシャンやってます」
「おや、あなたも手品を! これはすごいことになりましたよ、皆さん!」
さすがに場数を踏んでいるからか、突然のカミングアウトも、ショーを盛り上げるスパイスに仕立て上げる。
(なるほど、こう言うのも手か)
少しでも得るものがないかと探る大牙の視線を感じたのか、手品師は密かにウィンクで答えた。
助手が人一人入るほどの大きさの箱と数本の剣を運んでくる。どうやら脱出マジックの一種らしい。
ステージの手品師は、箱の中にはいると、助手に指示を出した。
「それでは、こちらの鍵をかけてください」
渡されたのは、なんの変哲もない南京錠。
「これ、ちょっとだけ調べても?」
「さすが、マジシャンの卵! 良いでしょう、納得のいくまでご覧ください」
早速、南京錠を調べ始める大牙。観客たちも固唾をのんで見守る中、大牙はこの手品師の意図を悟る。
(そりゃ、同じマジシャンが確認してるわけだし、注目度高いだろうな)
大牙はこの手品師を少し見直した。少なくとも、彼は観客の心をつかむすべを心得たパフォーマーだ。ただ手品の腕だけで成り上がろうとしていた自分とは違う。
(その時点で俺の負け、と。まあただ……)
負けっぱなしは面白くない。
調べ終わった南京錠を何事もなかったかのように箱に取り付ける。が、その前に、マイクに声が入らないよう、細心の注意を払って話しかける。
「……っ」
やはり驚いたようで、少し眉を跳ね上げる手品師。しかし、そこはプロと言うべきか、それ以上の動揺は見せなかった。
「内緒にしとくよ。次からはうまくやれよ」
その後助手によって剣が刺され、手品師はそこから脱出する、お決まりのマジック――彼の言葉を借りて、イリュージョンは、失敗も無く、アマチュアとプロの差を見せつける形で終了した。
「いや、これは思わぬ収穫だった。前言撤回だ。あの人は俺なんかよりよっぽど観客の心をわかってる」
まさにホクホクといった様子で満足そうな大牙とは対照的に、真理は何かやらかさないかと気が気でなかったらしい。
「結局、あのとき何を話してたの?」
「……え、何のこと?」
「鍵かけるときに、何か言ってなかった?」
真理の指摘に、大牙は「あー……」とうなり、やがて口を開いた。
「脱出マジックってのは、ニパターンに分けられるんだが、あれは箱の方に仕掛けがあったんだよ」
「そうなんだ? あっ、じゃあもしかして……」
「見破ったのは確かだが、教えないぞ?」
もはやほとんど教えているようなものだが、核心部分を伝えるつもりはない。わずか数分で、見事な心変わりであった。
「ちなみにもう一つのパターンは?」
「そっちなら、練習が必要だからな。素人を呼ぶなんざできないよ」
大牙はそう言って、はぐらかした。
◇ ◇ ◇
「――今日はありがとう」
唐突に大牙が感謝の言葉を漏らした。
「こんなに暗くなるまで一緒にいてくれて、さ。その、こんな時計まで買ってもらって……」
「いいの、前のヤツ、壊れちゃったんでしょ?」
大牙が欲しがったのは、スマホと連動するウェアラブル端末――スマートウォッチという、スマートブレイン製のものだった。
自分が使う分には過去の確執もあって躊躇する品物であるが、前々から欲しかったのだという大牙の熱意に折れる形での購入だ。無論、あくまで貸しであるが。
「でも結構高かったな。いや、ちゃんと返すけどさ」
「そう思うなら、ちゃんと啓太郎のとこでまじめに働きなよ」
「…………」
「ちょっと?」
大牙は無言で目をそらした。子供か。
「二人の連絡先も教えたし、今度はちゃんと帰るのよ?」
「大丈夫だって! 子どもじゃないんだから!」
やはり巧あたりに迎えにきてもらうべきだっただろうか。大牙の様子に、真理の不安は高まるばかりであった。
「こんばんは、お二方」
「うん?」
黒服の男が、真理達の行き先を塞ぐようにして現れた。
(……まさか)
いやな予感に襲われ、身を堅くする二人に、黒服の男はサングラスを外し、
「申し訳ありませんが、死んでいただきます」
――
「ひぃっ……」
未だ、恐怖が拭えない大牙をとっさに真理は背後に隠す。
「おや……? 男の方は何もしないのですか?」
挑発的な言葉を放つオルフェノクだが、深く刻み込まれた恐怖は拭いようがない。
「木村君、逃げて」
「園田さん……?」
「はやくっ!」
真理に一喝され、なんとか逃げ出す大牙。同時に真理も走り出す。
「まずは追いかけっこというわけですか」
待ち伏せして一気にしとめる方が効率的ではあったが、彼はどうせならと自分が楽しめるようにいたぶってから始末しようと考えていた。故に、慌てることなく、しかし見失わない程度の早さで追いかける。
すると、二人は別々の方向へ逃げ出した。
「おやおや、そんな事しても無駄ですよ!」
逡巡もわずかに、彼は真理を優先することにした。
「はあ、はあ、はっ……」
後ろから追いかけるオルフェノクが居なくなったことに気づいた大牙はゆっくりと足を止めた。
無力感が、彼の心を、そして足すらも重く鈍らせた。
(……なんで、また逃げてるんだよ)
どうにもならないことだった。
自分一人じゃ何とかすることなど出来ない。
そもそも、あんな怪物に、どうやって立ち向かえと言うのだ。
(――言い訳、してんじゃねぇよ……!)
オルフェノクが諦めたわけではあるまい。
男と女、どちらがしとめるに容易いか、子供でもわかる。
ただ、園田真理を犠牲にして、自分一人が助かろうとしているというだけの話だ。
(くそっ……!)
スマホを取り出し、電話アプリを起動する。咄嗟にどの番号を打つべきか、誰に助けを呼ぶべきか、警察か、それとも別の誰かか――
「たたた、“たっさん”! そ、園田さんが! お、襲われてて!」
――ああ、俺、思いっきり間違えた。
ディスプレイには『乾巧』と表示されていた。
「くっ……」
真理はなんとかオルフェノクの攻撃をかわす。どうやら、すぐに殺すような真似はしないらしい。
(とにかく逃げないと……)
三原達のところへ行けば、デルタに変身した三原に倒してもらうことが出来るだろう。だから今は、逃げなくてはならない。
「つまらないですね、そろそろ飽きました」
オルフェノクは突然走る速さを早めて真理につかみかかった。
「キャアっ!」
悲鳴をあげて真理が倒れ込む。あとは使徒再生――触手状の器官で心臓を貫くだけだ。
だが、突然割って入った光弾が、オルフェノクの腕を弾いた。思わず仰け反ったオルフェノクとの間に、何者かが割り込み、真理を守るように構える。
「シータ、だと? 貴様……何者だっ!?」
オルフェノクは有り得ない事態に混乱する。
誰何の声に答えず、シータは銃剣で連撃、さらに体術で確実にダメージを与える。
「ぐぁっ……」
さらに弾き飛ばされたオルフェノクは、未だ事態を飲み込めず、ただ、自分が死ぬことを直感する。
「――」
――Exceed Charge
ベルトの上辺に設けられたスイッチの操作でフォトンブラッドを銃剣へとチャージする。システム音声は今までのベルトと違い、女性のものが採用されているようだ。
あまりの事態に真理の脳裏にズレた思考が走るうちに、戦いは決着が付いた。
放たれた光弾はオルフェノクを拘束し、シータはすれ違いざまに光剣を一振り。たったそれだけで、オルフェノクは呆気なく灰と化した。
「――真理!」
「巧……?」
背後から巧が現れ、真理に駆け寄る。さらにその後ろには青いワゴン車が止まっていた。
「どうして?」
「アイツから連絡された。襲われてるってな」
『――だがすでに脅威は去った。そうだろう?』
聞き慣れない、というより、人のものとは思えない声が聞こえてきた。
それを発したのは、シータと呼ばれた新しいライダーだ。
「――お前は……?」
――その夜、巧はついに、新たな戦いが始まっていることを知る。
Open your eyes, for the next riders!
「おっさん、大丈夫か!?」
「我々の管理外の、シータ」
「や、山吹一です。猟師やってました」
「巧で、俺より年上だから、たっさん?」
「“おっさん”みたく言うな!」
「「「熱っ」」」
「ようこそ、スマートブレインへ」
「あなたには、彼らを始末して欲しいのです」