仮面ライダー555 ~灰の徒花~   作:大滝小山

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大滝(「私は今作ではしないと言っていた書き溜めを作ろうとして結局断念しました」と書かれた看板を首から下げている……)



第9話 B

「――本当に、いいのか?」

 

 巧はファイズフォンを受け取りながら、三原に訊ねる。

 デルタはこれまで流星塾生達が悪魔(デルタ)に取り付かれ、殺し合い、それでも勝ち取った力のはずだ。

 奪われるならともかく、自ら手放すということは、その犠牲を踏みにじるような行為なのではないか。

 

「…………」

 

 三原はなにも語らない。手をふるわせながら、病室を見つめている。

 

 ――里奈が入院した。

 

 その事実は既に啓太郎達に伝えてある。個別に呼び出された巧が車を持って行ってしまったため、到着はしばらく後になるだろう。

 

「俺は」

 

 三原が口を開く。相変わらず病室を見つめながら、重々しく。

 

「――三原君! 里奈は!?」

「どういうことだよ! 阿部さんが大怪我って!?」

「――真理、木村」

 

 駆け込んできた二人。三原が開きかけた口は再び閉じられる。

 

「…………」

「たっさん、あの、なに?」

「何でもない」

 

 せっかく何か聞けそうだったのに、とは言えない。

 

「――俺の、せいだ」

 

 三人をよそに、ぽつりとつぶやかれる懺悔。三原が視線を落とし、トランクボックスを見やる。デルタギア。

 

「俺は、もう戦えない。デルタには、もう……」

「――――――」

 

 真理が絶句する。ついで巧に目を向けた。どういうこと? と。

 

「俺もこれから聞くところだった。けどな」

「たっさん、三原さん、園田さんも、何の話してんだよ? デルタって何さ?」

 

 唯一何も知らない大牙がたずねる。巧たちにとってそれこそが一番の問題だった。

 隠し通すか否か。オルフェノクの存在を知っているが、それゆえに精神的に危うい均衡を保っているこの青年に。

 

「――ベルトだよ、オルフェノクを倒す力を持った」

 

 とうとう三原はデルタについて話した。それはもちろん、大牙のために。

 

「ベルト……?」

「ちょっと、三原君!」

「いつまでも隠し通せるわけないだろう! それに――もう、いいんだ」

 

 疲れたように三原は言った。

 本当はとっくに限界を超えていた。戦うしかないと言い聞かせて、園や子供たちを守ってきた。その結果が今の三原で、里奈だ。

 

「何が、あったんだ」

 

 

 巧の問いに答えるように、三原は里奈が負傷した時のことを話した。踏ん切りがつかなくて変身できずにいた三原から引き継ぐように変身した里奈。彼女を襲ったシータ。そして三原自身に残留したデルタの力。

 

「そんな……」

 

 真理は言葉もないといった様子で、そして巧も予想以上に深刻な三原の状態に何も言えなかった。

 人格が変わるほどの症状は出ていない。だけどそれも時間の問題ではないか。

 

「なんで、シータはデルタを――阿部さんを狙ったんだ」

「わからない。でも一般人も狙われたこともある」

 

 まるで、目撃者を残すまいとしているかのように。

 三原は感情がまるでない、ただ無機質に任務を遂行する姿を、機械のようなシータたちを思い出す。

 

「シータには感情がないんじゃないかな? きっとスマートブレインも十年前のような事態を繰り返さないために――」

「待って、感情がないってどういうことだ?」

 

 大牙は信じられないといった面持ちで尋ねた。

 

「想像がつかないよね。あれは一度見ればわかる」

 

 まるで機械のようだった、三原がそう締めくくる。

 

「でも……」

「あの――」

 

 それでも何か言いつのろうとした大牙を遮るように、誰かの声が発せられた。すでに病室前にいた巧たちではない。

 

「お前……!」

 

 巧のファイズフォンを借りて三原が呼び出した琢磨だった。

 三原がデルタを託す相手として選んだのはかつて敵として三本のベルトを取り合った相手だった。それをいち早く理解した真理が血相を変える。

 

「三原君待って! 本気なの!?」

「じゃあ誰がやるんだよ! 誰がみんなを守るんだ?」

 

 三原はトランクボックスを差し出した。訳も分からず、ただ受け取るしかない琢磨。

 

「な、えっ?」

「ほかに託せる相手が思いつかなかったんだ。だから……お願いします」

「おい――」

()()()()()()()()!」

 

 突っかかろうとした巧に三原が叫ぶ。一瞬ひるんだ巧は、その意味を悟って声を荒らげる。

 

「いい加減にしろ! 俺は――」

「巧やめて!」

 

 つかみかかろうとして、逆に真理に止められる。それが巧の怒りをさらに煽る。

 だが真理の(まなじり)を見て不意を突かれる。

 

「真理……」

 

 あの真理が、涙を浮かべている。

 その事実が巧の熱を急速に奪っていく。

 

「それ以上はだめ。私、許さないから」

 

 真理は静かに言った。巧は彼女の手を振り払おうとして、はっと気づく。

 

 彼女は片方の手で巧の手首をつかんでいた。

 偶然ではない。その証拠に彼女は巧の手袋の口へと向かっている。

 みんなに察せられつつも、決定的な証拠はつかまれなかった巧の秘密を握る彼女に今度こそ血の気が引いた。

 

「やめろ!」

 

 体ごとぶつかるようにして振り払い、巧は逃げる。

 

「ちょ、園田さん!? たっさん!!」

 

 倒れた真理を気遣う余裕もなく、巧は逃げた。

 

 いつかは知らせなくてはならない己の命の限界に、そうして走っている間にも零れ落ちる時間()から目をそらして。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 結局、琢磨はデルタギアを受け取ることになった。

 いつもなら強硬に反対したであろう真理は、巧が逃げ去ったあと、自分が何をしようとしていたのかを理解したらしく、茫然と巧の走り去った後の廊下を見つめていた。その様子を見かねて大牙が後を追っていたが、途中で見失ったと電話があった。相手は車だから当然だが。

 こうして一人減り、何とか立ち直った真理が帰路につき、その場は自然解散となった。うやむやになったまま琢磨が持って帰ったというわけだった。

 

(なんという皮肉でしょうね……)

 

 奪い合っているときはほぼ手に入らず、その存在が疎ましい今になって簡単に手に入ってしまった。

 デルタギアは当時北崎が使っていたころが印象深い。すさまじい強さを誇るそれを求めて、取り入ろうとしたりもした。

 

(それと彼が寝ているときに奪おうとしたり、捨てたといわれたときはごみ箱をあさってまで手に入れようとしたり……)

 

 あまりに情けなくて、その場で頭を抱えてしまった。冷静に振り返ることができているあたり、これも成長ということだろうか。あまりうれしくはなかった。

 そんな北崎も、最期はオルフェノクの王に――

 

「――――――っ!」

 

 思わず走った怖気に身震いする。

 かちかちかちと、どこからともなく音がして、それがさらなる恐怖をあおる。

 

(違う、この音は、私が……)

 

 自覚すればその音がより大きく感じられる。恐怖から逃れられない。

 思い出すだけで、これだ。立ち向かうのも、服従することも出来ない。琢磨にとって、王とはそれだけ恐怖の象徴だった。

 

 忘れようと努めて、何とか歩き始めるが、今度は別の要因で足を止めた。

 オルフェノクとしての鋭敏な聴覚で聞き取ったのは、――悲鳴。

 

(戦うのですか? こんなに早く……?)

 

 逡巡。デルタを持つ今だからこそ、力を持つからこそ、琢磨は縫い止められたかのようにその場から動けなくなっていた。

 

「いえ、悲鳴が聞こえたからといってオルフェノクによるものなど、早計じゃないですか」

 

 気のせいだ。そう思って足を踏み出した。――――悲鳴が聞こえた方へ。

 

 

 やはりというか、オルフェノクだった。

 

(ああ……)

 

 何でこんなことに。琢磨が見たのはオルフェノクが使徒再生で人間の心臓を破壊するまさにその瞬間。もはや助からない。

 

(……帰りましょう。やっぱり私は、所詮この程度だ)

 

 オルフェノクが徒党を組んでいないとも限らない。生き残るために最善の行動をとるべきだ。きびすを返す。

 

 

 

「助けてくれ!」

 

「っ!?」

 

 琢磨は足を止め振り返る。

 それはちょうど、襲われた男性が琢磨の方へと走り寄る場面で。

 だがたどり着くことなく、男は灰と散った。

 

 使徒再生時にときたまある、一時的に蘇生した人間が生前と同じ行動をとった後に灰化する現象だった。攻撃を受けて死ぬまでの間際に琢磨を見つけ、助けを求めようとしたのだろうか。

 そしてその僅かな間に襲ったオルフェノクが完全に立ち去っているという都合のいいことはなかった。

 目が合う灰色の怪物と、琢磨。しばらく互いに動かなかったのは、意味不明なこの事態を飲み込むのに苦労したからであった。

 

「……!」

 

 先に我に返ったのは怪物の方だった。見られたのならば口を封じてしまえと、腕を振り上げる。

 

「ひっ……」

 

 数瞬遅れて逃げる琢磨。思わずオルフェノクとしての正体をさらし、エネルギー弾を複数生成、投げつける。

 

「アァッ!」

「な……」

 

 オルフェノクは意に介さず、突進してきた。堅牢な装甲に阻まれ、ダメージが通らなかったらしい。

 琢磨もこのままやられてはいられない。素早く身を引くと、無数のとげが生えたムチを繰り出す。

 手足を絡めて少しでも有利にするための行動だったが、対するオルフェノクは腕を巨大なハサミに転じてムチを切り落とす。

 

「クッ……」

 

 オルフェノクはハサミで殴りつけてセンチピードオルフェノクを弾き飛ばす。

 どうにも相手が悪い。実力から言って確実にオリジナルの個体だろう。それも特に実力の高い上級オルフェノク、特徴から言ってカニあたりの特質を備えて生まれたのだろう。

 

 路地裏まではじき出され、なおも執拗に攻撃するクラブオルフェノクから逃げるセンチピードオルフェノク。コンクリートの壁を粉砕するほどの力を持つハサミを食らえば、元ラッキークローバーの琢磨といえどもひとたまりもないだろう。

 ただそうやって無造作に振り回すのは、追い詰められたことのない、言ってしまえば工夫のないただ力任せの攻撃だけで何とかしてきた証拠だ。

 

「っ――!?」

 

 だから、琢磨の策にはまった。当たるか当たらないかのギリギリを保ち、イラついたクラブオルフェノクは大振りの攻撃でハサミを壁に埋め込んでしまった。

 

「本当に、こんなに早く使うとは……!」

 

 トランクボックスを開き、ひっくり返すようにしてベルトとフォンを取り出す。一度人間の姿に戻り、ベルトをまいたところでクラブオルフェノクがハサミを引き抜いた。

 

「へ……変身!」

 ――Standing-by

 ――――Complete

 

 デルタに変身した琢磨を見て、戸惑うクラブオルフェノク。かくして、初めてデルタに変身した琢磨は――

 

「お、おおおおおおおっ!」

 

 ――あふれる高揚感のまま、クラブオルフェノクに襲い掛かる。

 デルタの性質上、戦闘能力は変身者の格闘能力に依存する。そのため闘争本能を掻き立てて性能を十分に発揮できるような設計になっていたのだが、今の琢磨には少し効き目が強かったのだろうか。

 

(や、やらなければこちらがやられるんです! 徹底的にやらずに、どうするんです!?)

 

 決して、――決して先ほどのSOSが頭から離れないわけではない。ないったらない。

 今の琢磨の心境を例えるなら、やけくそということになるだろうか。滅茶苦茶に腕を振り回し、蹴りだして、引き倒す。

 クラブオルフェノクも片方の腕で突く、斬るといった攻撃を繰り出す。ハサミは左右非対称で左手は鈍器のような巨大なハサミに、右手は主に切断を担当する小ぶりなものにそれぞれ変わっていたのだが、デルタには左手でつかみにくいほど至近距離まで近づかれ、せっかくの右手の攻撃は効いた様子がない。

 クラブオルフェノクはたまらず、大きくはじき出される。距離が開いて我に返った琢磨は、ミッションメモリーを引き抜いてデルタムーバーにセットする。

 

「――Check!」

 ――――Exceed Charge

 

 立ち上がるクラブオルフェノクにポインターマーカーを射出。琢磨は一度飛ぶと、足裏のフォトンマズルを閃かせてマーカーを蹴りだした。

 

 

 

「っ、はぁ! はあ……」

 

 変身を解除し、興奮も収まってくると、またも琢磨は頭を抱えた。

 

「何してるんでしょう、私は……」

 

 やっぱり人助けしようなんて思うものじゃない。痛む体を引きずり、琢磨は隠れ家に向かった。

 

 

 

 

 用水路で、灰色の眼柄(がんぺい)が様子をうかがっていたが、琢磨は気づかなかった。




Open your eyes, for the next riders!
「私たちと一緒に、世界を変えるつもりはない?」
「このベルトの、出力が気になったんです」
『見つけたぞぉ……! オルフェノク(バケモノ)!!』
「社長の理念と、オルフェノクの未来のために……!」


いよいよ次回から第一章も佳境に入っていきます。

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