仮面ライダー555 ~灰の徒花~   作:大滝小山

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できれば前半と後半ぐらいはあまり間を空けずに投稿したかった……
お待たせしました、Bパートをお送りします。


第7話 B

(…………)

 

 ハジメは、ぼうっと鉛色の空を見上げ、身に応える寒さに体を震わせた。

 赤銅の戦士に挑まれ、一方的になぶられ、――決別したつもりだった琢磨に助けられ。

 雨が体をぬらし、髪の先からしたたり落ちる雫のように、心すら洗い流せればいいのに。そんな思いが、ハジメの心によぎった。

 

(ワシは、なにを信じればいい?)

 

 この身はすでに人の身ではない。

 怪物でありながら、人殺しは出来ないと逃げ。

 怪物としての自分から決別しようとあがく琢磨を突き放し。

 ――突きつけられた自らの罪から逃げた。

 

「自分の思うように、か」

 

 おもむろに携帯電話を取り出し、折り畳まれたそれを開く。待ち受けにはいつかのように、笑みを浮かべた家族の姿があった。

 

「結子」

 

 我が子を抱きしめ、笑顔でこちらを向く娘。困った子ではあったが、親の心配をよそに彼女は自力で幸せをつかんだ。

 

「幸彦」

 

 娘と共に歩むと決めた青年。楽しそうに家族との生活を語る彼になら、娘を託せると思い、実際に幸せな家庭を築き上げた。

 

「蒼太」

 

 そんな二人の間に産まれた子。ハジメの初孫で、すくすくと育っていった。

 最後に会ったのは数年前で、毎年送られる年賀状やメールのやりとりをのぞけば、距離の遠さも相まってなかなか会いに行くのもままならなかった娘たち。やんちゃ盛りの蒼太に困っている、と報告を受けたのは二、三年ほど前のメールだった。

 

 同年代の友人たちが時代に取り残される中、ハジメは制限を越えない限り読み返すことが出来る電子メールを好ましく思っていた。今のような状況なら、なおさらだ。

 

「――おい、じいさん、風邪引くぞ?」

 

 そうしていると、後ろから声をかけられた。さらに背後からのぞき込むような気配。

 

「な、何だねきみは!?」

「じいさんの家族か? ちゅーかおい、隠すこたぁねぇだろ?」

 

 見せろ、見せないでしばらく押し問答が続き、結局根負けしたハジメは男に待ち受けの家族を共に見る事になる。

 

「しっかしなるほどなあ、この三人がじいさんにとって大事なもんって訳だな」

 

 男はそんなことを言いながら、矯めつ眇めつ。

 思えば今回東京に来てからというもの、奇妙な巡り合わせばかりが続いている。その中でもこの男は極めつけかもしれない。時折ハンチング帽を動かし、ハジメの『大事なもの』を飽きもせず見つめ続ける男。

 

「――君にも、大切なものがあったのかい?」

「ん、なんだ? 俺様のも見せろって?」

 

 少し、いや、かなりクセのある人物のようだ。

 

「俺様の大切なもんはな、最初は音楽でよ、けど続けらんなくなっちまった」

「それは、才能――」

「おう、じいさん。俺様これでもギターにかけちゃ天才だったんだぞ、ホントだぞ!」

 

 では何故、と問おうとして、彼の右手に傷跡を見つける。よく見ると、その指の動きもどこかぎこちなさを感じるものだった。

 

「俺様の大事なもん、ちゅーかあれだ、夢ってやつだったんだけどよ、そいつはまあこの通りでよ」

 

 その後、彼の大事なものは変遷していったという。

 成り行きでできた仲間。時にはある女性に一目惚れし、ある時には新聞のニュースに載って時の人となり。

 嘘かまことか、真偽不明な武勇伝の数々。

 

「んで今はな、そんな俺様にきっかけをくれたヤツのことを広めてるっちゅーか、知って欲しいんだよ、アイツのこと」

「そ、そうか……?」

 

 なんというべきか、ハジメは圧倒されて疑問符を浮かべるしかなかった。

 

「俺様もよ、いろいろやってきたが、やっぱどっかソイツの影を見てるちゅーか、追いかけてんだよ。そんぐらいすげえヤツだった」

「…………」

「――結局、失ってはじめてわかんだよ、大事なもん、大事なヤツの大きさはな」

 

 男のまなざしはどこまでも穏やかではあったが、同時にひどく寂しそうでもあった。

 この破天荒な男でも、大切なものを無くしては人生に迷うのだ。それは、人間でなくなった自分にも当てはまるのだろうか。

 

「君のように、大切なもののために動ければいいのにな」

「じいさん、あんたもそうすりゃ良いだろうよ? あんたにゃ、そのあれだ、待ってる奴らがいんだろ?」

「――――」

「俺様ぁガキは嫌いだし所帯なんざ必要ねぇが、じいさんはそうじゃねぇだろ? それをおめぇ、簡単に手放そうとしてんじゃねぇよバカ」

「!」

 

 その見透かすような――若干馬鹿にされているような――セリフにハジメは振り返る。だが、

 

「居ない……?」

 

 男の姿はどこにもなく、ただ続く言葉だけはどこからともなく聞こえてきた。

 

 ――――知ってるかじいさん、“夢”ってのはな、“呪い”と同じだ。昔はそう思ってた。けどそれをどうにか乗り越えたら、“新しい夢”だってみつかんだよ。つってもあれだ、諦めたらやっぱ夢は呪いのまんまなんだよ。やりたいことがあるんならどんな形でもいい、必ずやり通せ……

 

 徐々に遠くなり、消えていく声は、男が遠ざかっているからだ、と気づいたハジメは、しばらく立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 ――――――人通りのない何処か。

 周囲に誰の目もないことを確認して、男は排水溝の()()から音もなく這いだした。

 もっとも、男の姿は先にハジメが見たものではない。柔軟性に富んだ灰色の肉体は、彼が人ならざるもの(オルフェノク)である、何よりの証拠であった。

 その輪郭がぶれて、男は雨に紛れるように人間の姿に戻り、――途端に体を揺すり始めた。

 

「ああ、痒い(かぃい)……背中痒い……畜生、やっぱなれねぇことはするんじゃねぇなぁ」

 

 その後も痒い痒いとぼやきながら、誰もいない路地を歩く男。

 忌々しそうに背中に腕を回す男の顔が、終始晴れやかな笑みを浮かべていることを指摘する人間は居なかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「お疲れ、三原君」

 

 警察署から出てきた三原を迎えたのは、里奈だった。

 ライオトルーパー、そしてシータに敗北を喫した三原は、しばらくしてやってきたパトカーを見て、この一件が事件として扱われることを知った。

 当事者のひとりとして事情を説明する事になり、こうして日を改めて事情聴取に応じたのだ。

 

「どうだった?」

「……やっぱり怪しまれたよ」

 

 オルフェノクやベルトの力、迂闊に話しては後々問題になるような情報は多い。それらに関わる話題は避け、黙秘して、何とか乗り切った、といった具合だ。

 

「三原君は、あの後……私たちが最初にシータに助けられた後に、シータとあったの?」

 

 正確には、誰も三原の代わりにオルフェノクにとどめを刺したライダーの姿を見たわけではない。ただ光弾の色が黄緑色だったことを里奈ははっきりと覚えており、『θ』の紋章が浮かび上がったのを関係者たちが目撃している。創才児童園で起きた最初のオルフェノクの襲撃を収めたのは、シータで間違いないだろう。

 

「うん。親御さんたちが抗議に来たの覚えてる?」

「ええ、私が口を出したときだよね?」

「あの後、悲鳴が聞こえて、駆けつけたらあの人たちがオルフェノクに襲われていたんだ」

 

 その後に起こったことの詳細を語る三原。

 奇妙なライダーが出現したこと、彼がオルフェノクを倒したと思いきや、直後に周囲の人間を虐殺しはじめ、それに激昂してデルタに変身したこと、そしてシータが突然苦しみだし、その隙にとどめを刺したこと……

 

「だから、デルタを?」

「もしまたあんなヤツが出てきたら、そんな風に思うと、いてもたってもいられなくて」

 

 その後は無言が続く。三原は傘を叩く雨音を聞きながら、なぜかそれが血が滴り落ちるようなイメージに思えてくる。それは果たして誰のものだろうか。

 

「これから、どうなっちゃうんだろう」

 

 里奈がこぼした言葉に、三原も今後の身の振り方に思いを馳せた。

 児童園は何とか経営し続けることになっている。主に三原や里奈がつれてきた身よりのない子供達の存在が問題だったからだ。中にはわずかひと月足らずの間に保護者が行方不明になった子供達もいる。少なくとも、里親が見つかるまでの間は創才児童園は続いていなければならない。

 児童園の責任者は、当事者とされる二人に()()を言い渡した。十年前、戦いの中で勝ち取った居場所を追われてしまったのだ。

 

「生活費は何とかバイトして稼ぐとして……」

 

 三原が前向きに今後について考える様子を見て、里奈は内心安堵していた。少なくとも、これまでデルタに呑まれた塾生たちと違い、三原の性格が豹変した様子はない。

 

 三原は優しいままだ。少なくとも、今は。

 

「――な、なに?」

 

 里奈の視線に気づいた三原が怪訝な様子を見せる。それが何処かおかしくて里奈は微笑んだ。

 

「何でもないっ」

「……?」

 

 三原は結局視線の意味はわからなかったが、何故か楽しそうな里奈を見て穏やかに笑い――

 

 

 その平穏を引き裂くように、悲鳴があたりに響きわたった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 二人が駆けつけると、オルフェノクが女性を襲い、今まさに触手で貫こうとしているところだった。

 デルタギアは里奈が持ってきていた。素早くドライバーを装着し、フォンを掲げる。

 

「やめろ! 変――――……っ」

 

 三原は音声コードを言い切ることが出来なかった。それは、オルフェノクが人質をとるかのように女性の首筋に刃を当てたから、だけではない。

 三原の脳裏には、シータに殴りかかる自分の姿がフラッシュバックしていた。紫電を纏わせて拳を振り抜き、吹き飛んだシータの姿は――直後に里奈の姿に変わった。

 

(嫌だ)

 

 その思いは、かつてのように戦いを忌避するものではない。

 

(嫌だっ)

 

 過去の再現は繰り返す。吹き飛ぶ体はやはり地面に打ち付けられる頃には別人の、三原に近しい人物の姿へと変わっていく。次第に相手がシータでいる時間は短くなり――ついに幻の自分自身は、真理を、啓太郎を殴り飛ばしていた。

 それがいずれ起こる未来だと、奇妙な確信を得ていた。

 

(嫌だっ!)

 

 フォンを持つ手がふるえる。戦わなくてはならないというのに、その踏ん切りがつかない。

 

「――三原君」

 

 未だ小刻みにふるえる右手を包み込むように、里奈が両手を重ねた。そのままフォンを握りしめた指を解くようにしてデルタフォンを取り上げると、

 

「三原君だけには、背負わせないから」

 

 覚悟を視線に乗せ、里奈は宣言した。いつの間にか、ドライバーは里奈が装着しており、彼女は三原がするように耳元にフォンを掲げる。

 

「変身!」

 ――Standing by

 ――――Complete

 

 デルタフォンがムーバーにセットされ、変身システムが起動する。青白い光の帯が里奈の全身を走り、一瞬でデルタの姿へと変化した。

 

「っ……!」

 

 三原は息をのんだ。ふと一度だけ、彼女がデルタに変身したことがあるのを思い出す。彼女もまた、資格者のひとりだったのだ。

 デルタは、隣に立つ三原に顔を向けると、かすかにうなずいた。後は任せろ、そう言わんばかりに。

 デルタムーバーを構えて液晶パネルを開くと、精密射撃モードに移ったそれで正確にオルフェノクの腕に光弾を当てる。刃を取り落としたオルフェノクは、すでに気絶していた女性を突き飛ばしデルタに立ち向かった。

 手にしていた刃は一振りではなく、もう片方の手に持っていた刃を振りかざす。里奈はひるまず、トリガーを引いた。

 

(三原君……)

 

 くずおれ、ひざを突く三原の気配を背後に、里奈は思う。

 三原は優しい男だ。

 ――その優しさに、いつの間にか甘えていた。優しいからこそ、誰よりも傷ついていたはずなのに。自分なら、その負担を肩代わりする事だって出来たはずなのに。

 

 みんなの危機に無我夢中で立ち向かったあのときとは違う。何故自分が、今まで代わりにデルタになるという選択肢が思いつかなかったのかを痛感する。

 やはり戦いは恐ろしい。

 何より、いつ悪魔(デルタ)に心を喰い尽くされるかと思うと、それが恐ろしくて仕方がない。三原も、こんな気持ちを抱えながら戦ってきたのだろうか。

 

「Fire!」

 ――Burst mode

 

 リロードを兼ねたモード変更のあとも、里奈は容赦しなかった。格闘戦に持ち込むには間合いが不利だ。だが銃撃戦なら、むしろ一方的に攻撃することが出来る。そのまま全弾を撃ち尽くす。

 ――決着に、必殺技すら必要なかった。限界を超えたダメージにオルフェノクは赤い炎を吹き出した。倒れ込んだオルフェノクはゆっくりと灰になっていく。

 

「…………」

 

 その様子を見て、三原はほっとしたような、だが何処か違和感があるような、奇妙な感覚を覚えた。その理由がわからず、困惑する。

 デルタは三原に向き直り、変身解除のためにフォンを引き抜く。

 

「――っ、危ない!!」

 

 三原がみたのはデルタに向かう緑色の光弾だった。その方向は、デルタの背後からの奇襲に他ならない。

 

「くっ……!」

 

 たたらを踏んだデルタが振り向く。予想通り、そこにいたのは、シータ。

 

 

 

 

 

 ――――その数、三体。




Open your eyes, for the next riders!

「戦え、三原!」

「さあ、反撃よ……!」

「ライオトルーパーとシータ、これらが別々の勢力のものだとしたら……?」

「俺だって力になるさ。だから気を落とすな」

「貴様等がシータの使い手だな?」


「「「変身…………」」」


「反逆者にその力、見せつけなさい」

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