衝撃の展開となった後半、いよいよこの章も折り返し(予定)です
――どこかの地下施設。
誰にもその存在を知られず、しかし水路を通じてどこからでも進入出来る場所。ロブスターオルフェノクが十年の月日をかけて完成させた、最高の隠れ家。
――王の遺体は、そこに安置されていた。
(必ず、あなたは生き返らせる……)
決戦の後、ロブスターオルフェノクは密かに
しかし、負わされた致命的なダメージは、王の意識を刈り取り、以来十年近く昏睡状態が続いている。ロブスターオルフェノクは、そんな王のために甲斐甲斐しく世話を焼き続けた。王が
肉体の崩壊を、溶液に漬けることで防ぎ。
無数に延びたチューブから糧を得て。
ロブスターオルフェノクの監視によって細やかなケアを受け続け。
意識がないだけで、王は確かに生きていた。――彼女の認識では。
「代替わりなんて、必要ないわ……あんなふざけた真似をする社長の言いなりになんてならない」
今のスマートブレインはおかしい。
一番の変化として、重役に
大企業としては正しい、徹底した能力主義。
――それはオルフェノクにとっての
恐ろしいことに、新しい社長は有能だった。関連企業を買い戻すと同時に発売されたスマートフォンは飛ぶように売れ、瞬く間に資金力を取り戻した。これを皮切りに、スマートブレインで秘匿されていた技術の一部を用いた商品が次々と発売された。そのプロジェクトを指導したのは社長をはじめとする経営陣だ。社長自ら発案したスマートフォンのほか、社員から持ち寄られたアイデアを採用された商品も多く、一部のオルフェノクはそれに生きがいを感じていたのも確からしい。
だがオルフェノクの本分は異形の姿、灰色の怪物である。人間狩りを止められる事はなかったが、度をすぎれば粛正された。少なくとも、ロブスターオルフェノクを中心として現王派――王はまだ死んでいないとし、旧体制のスマートブレイン同様、積極的に人間を襲う勢力――が結成されるほど、窮屈で息苦しいものとなったのだ。だが、事態はふたたび膠着状態に陥った。
新しい社長は、やはり優秀だった。自身は行方を眩ますことで現王派の暗殺を回避し、それでいて情報戦でこちらを上回る。数年にわたって買収工作をしているというのに、一向に敵勢力を切り崩せないのだ。勧誘に成功したほとんどの人材が、それこそ暴れるしか能の無いような者達だった。ババ抜きでジョーカーばかり引かされるような感覚だ。
ならば、と主要な経営陣の暗殺に乗り出したこともある。その末期は、現王派メンバーの一斉告発だ。やってもいない横領事件で責任を負わされ解雇処分、その後全員が行方を眩ませた。
あのときほど肝が冷えた事はない。もはや彼女たちが大きな行動をとるということは、現王派壊滅へののろしに他ならない。対抗手段が必要なのだ。
(ライオトルーパーの量産だけでは心許ないわ……やはり、ベルトが必要ね)
そろそろ前回の襲撃からひと月がたつ。ライオトルーパーの実戦投入も、決して悪い結果にはなっていない。何よりあそこには、
ロブスターオルフェノクは水路に顔を映した。変化したオルフェノクは、もともと影を通して会話ができる。人間を捨てて完全態となった彼女は、その範囲が拡張され、遠隔地への安全な指示が可能になっていた。
「
創才児童園、三度目の危機が間近に迫っていた。
◇ ◇ ◇
同じ頃、真理に呼び出された里奈と三原は、公園のベンチで待ち合わせていた。
「お待たせ、二人とも」
真理は二人を見つけ、話しかけた。大事な話があると聞かされてやってきた二人だが、何の話があるかまではまだ聞いていない。
「二人とも、創才児童園で助けてくれたライダーは覚えてる?」
「ええ、姿は見えなかったから、本当にライダーなのかは分からなかったけど」
「俺は、その後またやってきた奴をみた。緑色の、白い縁取りがあるラインが走ってた奴」
「――私がみたのと、同じだね」
巧も危ないところを助けられたらしい事をあかし、その名が「シータ」と言うらしいこと、スマートブレインが量産を前提に開発しているらしいこと。
琢磨から得られた情報を二人と共有する真理。
「――どう言うことかわからないけど、ライオトルーパーって言う昔現れた量産ライダーも暗躍してるって」
「……あの人、どうして今になって私たちに協力してるの?」
「それは……もう、戦いたくないからだって」
里奈が訝しげにしている。正直、真理もまだ信用できていない。
「巧が大丈夫だからって、あの人は人間だって」
だから真理が信じたのは巧の見立てだ。琢磨は信じられなくても、彼を信じる巧の顔は立てたい。
「――そっか」
里奈は真理の様子を見てこの場は引き下がった。納得していないのは真理の様子から分かる。だが里奈も巧の言うことなら信用できる。だからこそ、琢磨と共闘する事に一応納得する事にした。
「そうなると、まずいな。また新しいシータが現れるかも知れないし、それが味方とは限らないってことだろ?」
「そうね……」
三原の懸念はもっともだ。創才児童園で三原たちを助けたシータが、都合よく現れるとは限らない。むしろ、確率的にスマートブレインの勢力だと考えるのが妥当だ。
「俺は、次にヤツが現れたときに、どうすればいいんだ……?」
「三原君?」
二人の呼びかけにこたえず、三原は自分の思考に没頭する。
例えば、最初に狙撃でオルフェノクを倒したシータだって、そのねらいはデルタ――三原だったのかも知れない。あるいは、子供たちということも有り得る。
例えば、真理を助けたシータも何らかの目的からそうしたのかも知れない。巧を助けたのだってそうだ。
そんな疑念が湧くのは、自分だけだろうか?
(俺だけでも、気をつけておかないと……)
人間を虐殺するシータを見ているのは三原だけだ。そして、シータをしとめたのも三原だけなのだ。嫌な予感は拭えなかった。
「三原君? 大丈夫?」
「……あ、ああ。何でもないよ」
「ところで、なんだけど」
真理は二人に大牙を見ていないかと聞いてみた。
「あの人、また行方不明だったの!?」
「携帯もつながらなくて……」
「電池切れかな……?」
その多機能故、スマホはバッテリーの消費が激しい。とはいえ、スマートブレイン製のそれともなると「ずっとゲームしてても三日は保つ」とは大牙の弁である。
「筋金入りね」
「――あ」
周囲を見渡していた三原が、呆然と声を上げた。
「三原君?」
「あそこ……」
三原が指さす方向に、いつものシルクハットにジャケット姿の大牙が、ジャグリングを披露していた。
「今日はいつもより回ってるよ~、ほら、そのお手玉も」
「うわ、ちょっ……」
「小石まで投げてる……」
他にも空き缶、スマホに
やがて、ジャグリングも終えて一段落ついた頃を見計らい、真理が話しかける。
「ちょっと、大牙くん? 何してるの?」
「あ、みんな! 見る? それともやってみる?」
「やらないわよ……」
「相変わらずだね、こんなところで何をしてたの?」
「――俺にやれること、かな」
大牙は子供たちを相手にショーを演じ続けていた。それが自分にできることの一つだと信じて、子供たちが何に興味を持って、何に興奮するのか。
いずれ創才児童園の子供たちに披露するつもりで演出を練っていたのだ。
「……何もしないままだと、あいつらの、オルフェノクの思うつぼというか、負けっぱなしみたいでなんかいやだ」
そんな大牙の言葉にハッと顔を見合わせる三人。
――創才児童園の子供たちは、春先の出来事からまだ立ち直ったとは言えない。
オルフェノクの襲撃を夢に見る子供も少なくなく、暗い顔のままの子供、大人が近づくと時々硬直する子供。反応は様々だが、何より多いのが――灰色を極端に嫌う子供。
「また今度、手品を披露しに来ます。……今度は邪魔させないようにしないとだけど」
「ああ、そのときは是非」
三原と大牙が約束を交わす中、不意に里奈の携帯が着信を告げた。
「はい。――わかりました、三原君!」
切羽詰まった里奈の声だけで何があったか想像がつく。
三人は大牙に別れを告げると、それぞれのバイクにまたがり公園を後にした。
(……俺に出来ること、か)
◇ ◇ ◇
創才児童園に到着すると、六人のライオトルーパーがまさに子供たちに襲いかかろうとしているところだった。
「やめろ! 変身!」
――Standing by
――――Complete
即座にデルタギアを起動した三原が、手近な敵に拳をふるう。強烈な連撃に倒れ伏したライオトルーパーを庇うように、他の五人がアクセレイガンを振り回す。
「ぐっ……」
ナイフ一本分というと大したことはないように思うだろう。だが、そのわずかなリーチの差は近接戦において大きな差となった。すれ違いざまに何度も切りつけられるヒットアンドアウェイ、数の優位はそれだけ三原を追いつめる。
「Fire!」
――Burst Mode
デルタムーバーをブラスターモードにして至近距離で射撃する。接近していた三人をまとめて吹き飛ばした三原だったが、次のライオトルーパーの一手に舌を巻くこととなった。
六人の部隊を半分、三人ずつに分け、一方がふたたび接近戦に持ち込み、もう一方はアクセレイガンをガンモードに切り替えての援護射撃を始めたのだ。
結果、デルタは前衛・後衛の双方を一人で相手しなくてはならず、格闘で前衛を殴ればその穴をつくように狙撃され、隙を見て後衛を狙えばすかさず切りつけられる。
(このっ……)
次々と前衛・後衛を切り替えて弾数消費を抑え、決して味方に誤射することのない完璧な射撃といつでもフォローに入れるような立ち回り。恐ろしいまでに完璧な連携と確かな実力。
ここまで見事な部隊をこんな場所で遊ばせている意味はないだろう。三原は琢磨の予想が正しかったことを身をもって知る羽目になった。
「うわああっ!」
「三原君!?」
ついに弾き飛ばされた三原は、何とか意識を保っているものの、疲労とダメージの蓄積でふらついていた。
(次はどこからくる? 前か、それとも後ろ?)
疲労から満足に視界も得られず、そして闇雲に射撃を行うことも出来ず、警戒するしかない三原だったが、予想していた衝撃はいつまでもやってこなかった。ようやく眩んでいた視界が戻ってくると、シータがライオトルーパーを撃ち抜いて吹き飛ばした後だった。
「……!」
「あなたは……」
里奈が初めて目にするシータの姿に瞠目し、真理は直感的に彼が味方であると理解した。
『おまえたちは、ここで倒す! ――覚悟は良いな?』
――Exceed Charge
チャージスイッチを押してブレイガンにフォトンブラッドを供給する。技の発動を阻止しようとする後衛からの光弾は、変形して飛行形態となったバイクが割り込んで阻止し、そのまま機銃掃射で牽制する。
前衛の三人は、アクセレイガンを振るって拘束弾を放つより先に武器を弾き飛ばそうと試みる。
「――――!」
だが、シータの動きの方が早かった。ライオトルーパーの攻撃は幽鬼のように揺らめいたシータの姿に翻弄され、光刃は死神の鎌のように弧を描き、三体のライオトルーパーの命を刈り取った。
「――撤退だ。作戦は失敗、帰投する」
『な、待て!』
残ったライオトルーパーがどこかへ通信をつなぎ、その内容に慌てるシータ。
「――おまえは」
『っ!?』
その行く手を阻むのは、デルタだった。
「三原君!? どうしたの!」
「おまえは、どっちなんだ!」
『――――』
デルタの――三原の問いかけに逡巡するシータ。左腕のリストウォッチに手を伸ばし――
「――っ」
その一瞬の隙を、デルタムーバーが撃ち抜いた。光弾に弾かれたシータの右手を尻目にデルタが吶喊する。
『よせ! ヤツラを逃がすつもりか!?』
「黙れ! お前も、敵だ!」
「やめて、三原君!」
二人が三原を止めようと近づき羽交い締めにして引き剥がす。
「放せ、二人とも! 俺は……俺がみんなの敵を討たないといけないんだ!」
真理と里奈を振りほどき、デルタが右手を握りしめる。
『何のことだ、何を言っている!?』
「――――お前が」
たった一人のシータによって、多くの人々が犠牲になった。騒ぎにはならず、警察もやって来なかった――スマートブレインにもみ消されたのだろう――が故に、三原の他には誰もその真相を知る者はいない。
――だから三原だけが知っている。真昼の惨劇を。その犠牲者が、一歩間違えれば子供たちだったかも知れないということを。
「――――お前たちが、みんなを殺した!」
デルタの拳は、シータの鼻先を打ち抜いた。
――拳の中に紫電を煌めかせて。
Open your eyes, for the next riders!
「デルタの力が、三原君に……?」
「調べる必要があるわ。あの新しいギアを……」
「あんた誰!?」
「あなたこそ誰ですか!?」
「三原君だけには背負わせないから」
「変身!」
――Standing by
◇ ◇ ◇
先行公開・必殺技
グリムリーパー
シータブレイガン・ブレイガンモード時の必殺技。カイザスラッシュ(カイザブレイガンの必殺技)同様の拘束弾で相手の行動を制限した後に突進からの斬撃の他、周辺の人物の感覚、及びセンサー類を撹乱し、相手の認識をずらして斬りつけるパターンがある。
――時には慈悲を、時には恐怖を。しかして死神は平等に最期を与える。
ネーミング及び表現のモチーフは
*本作では技名は出さずに、技名から着想を得た代用表現を使っています。(今更)
例)ルシファーズハンマー→悪魔の鉄槌