転生したら兄が死亡フラグ過ぎてつらい   作:由月

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更新だぜ、ふー!! 誰もこんなに早く来るとは思わなかっただろうはっはっは! ……すみません、テンション上がり過ぎました。

さて、前回のコメント、お気に入り等々ありがとうございました。作者の言葉足らずの為に混乱させてしまい、申し訳ありませんでした。お優しいお言葉の数々、親切心でのご指摘を含みこの場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
それと前回のルート分岐は両方書きます。一応。詳しくは後書きにて。
コメント返信もしていなくて申し訳ない。多分、本編アップ優先した方がいいかな、と勝手に思いまして。

さて今回はバーボンさん視点で進みます。前回のバーボン視点(三人称)と続き、的な。
そして読む前の注意事項。
・流血表現&モブの死に対する表現が出ます。
・原作に含まれない捏造、事実あり。
・珍しいほろ苦テイスト。つまり、読む方によっては後味悪いかもです。
・ようやく出たか、黒の組織名物殺伐日常。

オッケー?




見える世界が全てなものか

「知っているか?そもそも、妖精って不吉な意味合いもあるという事を、さ」

「へぇ、そいつは知らなかったなぁ」

 

 バーボンの言葉にスコッチはわざとらしく肩を竦めた。こいつ、とバーボンは白けた目を向ける。

 

 そもそもの始まりはスコッチの「バラしちゃった、ごめん」とてへぺろと軽い調子で爆弾さながらの発言を落とされた事からだ。潜入捜査中の少ない息抜きも兼ねた情報交換の場だというのに、この旧友は何を考えているのか。バーボンは考えるだけでも頭が痛くなってきたが、起きてしまったのは仕方ない。今は挽回策を考える方が先決だ。

 

「……有名どころだと悪戯妖精とか、その辺なんですけれどね」

「ああ」

「あの子、組織でも結構異質なんですよ。調べれば調べる程、記録が少なくなっていく」

 

 バーボンの得意とする所は情報収集の技術だ。それ故に組織でも情報に関して、仕事がくるし、ちょっとした伝手も出来てきた。だが、あのジェネヴァという少年は得体が知れない。

 

 組織のトップであるあのお方、そしてNo.2であるラムよりかは不透明じゃないが、その出自も不明な上にあのジンに関わりがあるとされる人物だ。更に十三歳という異例の若さでのコードネーム持ちだ。その異質さたるや科学者であるシェリーと同等か、またはそれ以上か。

 

 組織の最年少の幹部。その肩書に添うような実力者なのか。それに、あのジンとはどういう関係性なのか。

 

「――まあ、気になると言えば気にはなるか」

 

 考えこむバーボンにスコッチは同意するように二度三度頷く。

 

「ええ、過去になればなる程あの子の記録はなくなる。出自なんて適当なものですよ」

「まぁ、こんな組織なんだし、ただの孤児という可能性もあるだろ」

「それはそうだが……。まあ兎も角、スコッチ」

「ん?」

 

 そこで言葉を切ったバーボンにスコッチは首を傾げた。

 

「あの子に近づく時は気をつけろ。――状況が不穏過ぎる」

 

「了解。……本人じゃなく、周りがねぇ」

「そう言う事です」

 

 

 警戒には警戒を重ねる。それがし過ぎる程度が丁度良い。じゃないとこの手から命はこぼれ落ちていく。それをバーボンは嫌と言うほど知っていた。

 

 まるで幽霊のような、そんな希望のなさを感じさせる少年だとジェネヴァを例えたくはなかったのだ。だから、言葉を誤魔化した。バーボンはやるせなさでグッと唇を噛みしめた。

 

 調べた手元の資料には、ジェネヴァになる前の少年の歩んできた過去の概要が載っていた。とはいえ、あらすじのようにざっくりしたもので、取りこぼしもあるのだろう。それでもここに書かれている事は事実だ。反吐が出る。

 

 硝煙の臭いが日常だったあの少年はこの先どんな未来を辿るのだろうか。

 

 分かりきった答えでも、割り切れないでいる。何年この仕事を続けても、この葛藤は消える事のないバーボンのジレンマだ。日本という平和を謳う国を守るためにと歯を食いしばる事しか出来ない無力感もまた同じだ。

 

 深入りし過ぎないように気をつけないとな、バーボンの微かな自嘲の笑みはスコッチの無言のド突きで消えた。

 

 

「馬鹿、何一人で背負っている気でいるんだ。仲間だろ?」

 

「!」

「あんま抱え過ぎんなよ。お前の悪い癖だぞ、ソレ」

 

 しかめっ面のスコッチはバーボンの眉間を人差し指で指し示す。指摘されて初めてバーボンは己の眉間の皺に気づいた。旧知の仲のスコッチの前で気が緩んだせいか。少し気恥ずかしくなりながらもバーボンはゴホンと咳を一つして空気を誤魔化す。

 

「まあ気をつけるよ」

「はは、まあ思い出すのは偶にでいいさ」

 

 お前の背中を守る奴が居るって事を。スコッチの言外の願いにバーボンは頷き一つで応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなやり取りが数日前。バーボンは出来れば今助けてくれないか、スコッチと今この場に居ない友に心の中で助けを求める。無駄なのは分かっているが、それでも悪あがきをするのが人間だ。

 

 

 

「お兄さん」

 

「うぉっ!? って君か、ジェネヴァ。何かありました?」

 

 後ろからの膝への衝撃に危うく体勢を崩すところだったバーボンが後ろを振り向けば、そこには先日話題に上がった少年が佇んでいた。その無表情の中にも悪戯を成功させた子どものような無邪気さが滲んだような気がした。

 

 それにしても、一切の気配がなかったのはバーボンとしては空恐ろしさを感じざるを得ない。そういう動揺を心の奥底に沈めて極めて平静を装ってバーボンが件の少年、ジェネヴァに用件を尋ねる。

 

 こてりとジェネヴァが小首を傾げ、

 

「……お兄さん、随分愉快な呼び名で俺を呼んでいるらしいね?」

「――呼び名?」

 

 微妙に凄味がある問いをする。バーボンはそんなジェネヴァに少し嫌な予感がした。

 

「……もしかして、妖精とかそこら辺の事かい?」

 

 嫌な予感をそのままにバーボンが答えれば、ジェネヴァは淡々と頷く。

 

 

 そしてこの冒頭の心の中のスコッチへの救援を求める独白に繋がる。いや、そもそもこの茶番染みたやりとりの原因が奴だったと、バーボンが気づきガックリと肩を落とした。

 

「違うんですよ、それ。――違うというか行き違いがあったと言うべきか……。まあ忘れて下さい」

 

 はぁあああ、とバーボンが肺の中の空気を吐き出しながら後悔の滲む弁解をする。後にも先にもこんな醜態はない。覚えてろ、スコッチと先日てへぺろと謝っていた友をバーボンは恨めしく思った。

 

「?……そう。まあもう言わないならそれでいいけど」

 

 そんなバーボンの内心の悔やみを知らないジェネヴァは深緑の瞳をきょとりと瞬きをした。珍しい、と無表情の中でも浮かんでいた。

 

 もしかしたら。バーボンの脳裏に閃きが一つ浮かんだ。

 

「――ありがとうございます。今度お詫びに奢りますね」

「え」

「どこが良いですか?イタリアンとか、フレンチとか。ああ、スコッチが和食に連れて行ったんだったら他がいいですよね?」

 

 にっこりと人の良い笑みと共にジェネヴァを誘えば、あの無表情が呆気にとられたように崩れた。

 

 それは刹那の乱れ。直ぐにいつもの無表情に戻る。だからこそ、目の前の少年が感情がある事を雄弁に教えてくれる。

 

「……行くなんて一言も言っていないんだけど」

「まあまあ、君に不快な思いもさせてしまった事ですし。少しは挽回させてください」

「――貸し一つにしておく、というのは」

「ははは、この業界に『貸し』にしておく事程怖いものはないよ」

 

 にこにことバーボンが笑顔で押し切れば、渋々と頷かれた。意外と感情豊かなのかもしれないな、なんてジェネヴァの印象を心の中で改める。

 

「……まあ、分かったよ」

「よかった。それで、何処が良いですか?」

 

 

 事が上手く運んだ事に少し気が緩んだのかもしれない。とバーボンは後に回顧する。

 

 笑顔のまま、ジェネヴァに答えを促せば、少し考えた後に口を開いた。

 

 

「場所か……。じゃあ――」

 

 

 ジェネヴァの口から出たその願いにバーボンはぽかんと先程のジェネヴァと同様に表情が崩れた。

 

 それにジェネヴァが心なしか満足そうに目を細めた。

 

 生意気だ、とバーボンは反射的に思うものの、組織の仕事の時のあの凍てついた無表情よりは遥かにマシな表情だった。

 

 

 まだ黒に染まりきってはいない、得意げな子どもみたいな表情の方が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果としてはあの少年が少し心配になってしまった。連絡先を簡単に入手出来てしまったのも、こんな組織のそれも荒事を担う人間なのに銃を持ち歩かないのも、バーボンは本来の立場を忘れお説教染みた小言を呈してしまったほどだ。

 

 バーボンは誰も居ない、廊下でため息を吐く。この後すぐに次の仕事に取りかからないといけない。仕事の合間の小休憩だ。今丁度昼時だが、簡易的な物しか摂れそうにない。スコッチにも手伝ってもらっても仕事が減らないのは如何なるものか。裏も表も両方忙しいのがいけないな、とバーボンは更にため息を重ねそうになった。おまけに今表の顔を一個増やしたから尚更か。“安室透”という探偵の顔を。

 

 とそこで、携帯がマナーモードで震えているのに気づいた。さて、着信先は、と見ればそこにはジンの名があってバーボンの憂鬱さが増した。組織の幹部の中でも、ボスの覚えがめでたいジンは何かと厄介な男だ。野生の勘かと問いたくなるほどに組織の敵を察知する能力が高い。おまけに組織の中で有能な部類だ。

 

 出ない訳にもいかないので、バーボンは通話ボタンを押す。

 

「はい」

『夕方からの仕事に変更点だ。――ライの野郎がそっちに出れなくなったから代わりの奴をよこす』

 

 要点だけを伝えて、じゃあなと電話を切りそうなジンにバーボンは待ったをかけた。

 

「ちょっと待ってください。その助っ人、とはどの方を?こちらの顔見知りですか」

『あ?どうだろうな。奴を知ってるかはこちらが知った事じゃないが。――ジェネヴァ。名だけは聞いているだろ?』

「え、ええ。コードネームを持った最年少の子ですよね」

『ああ。それなりに使える奴だ。好きに使え』

 

 それなりに使える、とはジンにしては珍しい評価だ。バーボンは内心驚きながらも少し複雑な気持ちもあった。まるで道具のような物言いだ、と。けれどジンの性格からしてみれば仕方ないか、と諦めバーボンは頷いた。

 

「分かりました。では、予定通りに」

『ああ』

 

 ピッと切れた電話、その黒くなった画面をバーボンは睨む。それも数瞬の事で、それを振り払うように頭を軽く振った。

 

 しっかりしろ、降谷零。己に言い聞かせ、次の手筈へと意識を向けた。まずはもう一人の仕事仲間のスコッチに連絡を入れる事から始めようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の街並みはいつも通りの平穏さだ。現時刻午後七時。ビルの並び建ち、それぞれが光を持ってまだ人々が起きて日常を消化している事をこちらへと教えてくれる。道路も車のヘッドライトが照らし、完全な暗闇に呑まれることはない。それが都会なのだと言えばそれまでの話だ。

 

 首都から離れ、隣の県の境界を越えた。少しばかり遠出の部類となる。車で二、三時間かかる距離と言えば分かるだろうか。

 

 ハンドルを握り、仕事へと向かう静かな空間の中、バーボンは少し物思いに耽っていた。

 

 さて、今回の仕事の話をしよう。仕事をしくじった別の組織の人間の仕事――尻拭いだ。しかもそれが面倒な事に相手側の警戒を強める結果で終わった仕事だ。なので、慎重に事を進めないといけない。組織の末端の一人がうっかりと、とある薬を暴力団関係者に奪われてしまったらしい。とある薬とは、なんでも毒薬の試作品の一つで人体からその成分が発見されない代物らしい。つまりは証拠の挙がらない、裏の筋から見れば夢のような薬だ。反吐が出る。しかも、まだ動物実験段階の代物だと言うのだから、理解に苦しむ。

 

 そんな物をなんで使おうと思ったのか、バーボンはその組織の人間に悪態を吐きたくなった。もっとも、しくじってしまった組織の末端の人間はもう既にこの世に居ないのだが。

 

 まだ名前のついていない、その試作品の回収が今回の任務だ。元々、この任務はバーボンの他にスコッチとライの三名によって行う筈だった。だが、別件でライの方に仕事が入ってしまった為人手が足らなくなった。スコッチと二人で何とかするしかないか、と話を詰めていたところにジンから人手の追加が告げられたのだ。

 

 これから追加人員であるジェネヴァをこれから迎えに行くところだった。現場付近の駅が集合場所となっている。

 

「確か五錠だっけ?そのヤバい薬の数」

「ええ。まったく、厄介な事をしてくれる」

「はは、まあな」

 

 助手席で今回集めた情報を流し読みしているスコッチが今回の肝の部分の確認をしてくる。バーボンはチラリと視線を投げかけ、頷く。舌打ちしそうなバーボンの苛立ちにスコッチは軽く笑って肯定した。

 

 正直、こんな危険な薬なんて燃やすか、回収して科捜研にでも解析を頼みたい代物だ。だが、誤魔化せるかどうかと言われると答えは腹立たしい事に否と言わざるを得ない。何故ならそこまで組織で信頼を勝ち得ていないからだ。まだ、信頼を得るべく組織に貢献する必要があった。

 

 焦りで全てを水泡に帰すほどバーボンとて愚かではない。

 

 なので、非常に不服ながらこの任務を組織の指示に従うしかない。まだ数はそんなに作られていないという情報が本当なのを祈るしかないのだ。それにこういうのは大元をどうにかしないと解決はしない。

 

 さて、そろそろか。指定された駅の駐車場には足早に移動する乗降客の姿や客待ちをするタクシーの姿が見えた。その内の一人が駅のロータリーの近くで佇んでいた。ジェネヴァは背にギターケースを背負い、黒のパーカーとジーンズという出で立ちだった。背のギターケースがその身体にしては大きく、何も事情を知らない者からすると、背伸びした子どもの装いのように見えるだろう。待ち合わせ故か、その少女めいた顔も晒されていて、少しばかり目立っていた。

 

 と、そこでこちらに気づいたようだ。ジェネヴァはバーボンの運転する車へと手を軽く振った。そしてパーカーのフードを目深に被ってしまう。どうやら人目を惹きつけていたのは、気づいていたようだ。

 

 あの子も色々と苦労が多そうだ、とバーボンはハンドルを回し、ジェネヴァの横に車をつける。スコッチも呆れ顔をしていた。

 

 ガチャリと車のドアを空け、ジェネヴァが後部座席に乗り込む。四人乗りの普通車――組織の所有車で仕事用の車だ。黒塗りの国産車は目立ちたくない任務の時などに使用する事があるのだ。組織のこの金払いの良さは謎だとバーボンの密かな疑問だった。

 

 滑らかに発進した車内で、スコッチは後ろを振り向き、ジェネヴァににこやかな笑みを向ける。

 

「よ、ジェネヴァ。今日は宜しくな」

「……ん。こちらこそ」

「すみませんね。こちらの都合で仕事を増やしてしまって」

「ううん。そういう時はお互い様でしょ。――で、今日は俺、狙撃手(スナイパー)をやればいいの?一応持ってきたけど」

 

 挨拶もそこそこにジェネヴァが本題を切り出す。背に背負っていた、ギターケースを膝の上に抱え直していた。

 

 バーボンはジェネヴァの言葉に頷く。

 

「ええ。合っていますよ。ライの抜けた穴、なので」

「俺が観測手(スポッター)を務めるよ、君一人だとちょっと難しい狙撃だから」

 

 バーボンの言葉にスコッチが付け足した。それにジェネヴァが頭を横に振る。

 

「いや、俺には要らないよ。大丈夫。――スコッチはバーボンの補佐について貰っていいかな。きっと連携も取れやすいだろうし」

「いや、それはッ。……今回は走行中の車への狙撃だ。こちらの車が誘導して追い詰めるから時速は恐らく80から100、いや追い詰められているから100kmオーバーとなるだろう。どうだい、それで君はその小さなスコープ越しで相手のタイヤを撃ち抜けるというのかい?」

 

 ジェネヴァの淡々とした言葉にスコッチが食い下がる。反射的に感情的になりそうなところをグッと堪え、感情論抜きの理屈を述べる。バーボンはそうしたスコッチの言葉を聞きながら、その場を任せる事にした。ここはスコッチに任せた方が利口だ。

 

 今回のジェネヴァの役割は追い詰めた標的の車の足を止めることだ。そのタイヤを撃ち抜き、走行不可能にするのが彼の役目。更に、相手の車のクラッシュする角度の計算も含めて、相手を生存させなくてはいけない高難易度なのだ。もし、タイミングを間違えば、車諸共相手は爆破炎上し、相手から欲しい情報も、試作品の薬の回収も不可能となる。それだと任務遂行としては不十分。プロ失格な上にジン辺りに消されかねない。

 

 そういう懸念込みのスコッチの説得にジェネヴァは表情一つ変えずに頷いた。

 

「ああ、出来るとも。何故なら、俺はそういう風に出来ているからね」

 

 それは頷きでも肯定の意味はなく、強い否定だった。彼が黒の組織最年少幹部、その抜擢理由なのかもしれない。そう確信を抱かせるのに十分な程に揺らぎない響きがそこには含まれていた。

 

 あまりにさらりと告げられたその言葉にスコッチは呆気にとられた。横で聞いているだけのバーボンも思わず耳を疑ったほどだった。

 

「へ、へぇー。随分自信満々ですね」

「そう?俺にはこれしかないからかな。……一応言っておくけど、俺は一人の方が調子出るっていうだけの話だからね?」

 

 引きつく口元を誤魔化しつつ、バーボンがジェネヴァに言えば、平素と変わらぬ声で返された。勘違いしないでよね、と少しばつの悪そうに後半に付け足されたその言葉はあまりに不器用だった。

 

 スコッチはふはっ、と息をふき出すように笑った。

 

「わかったわかった。お前さんの思うとおりにすればいいさ。一応、組織の秘蔵っ子な訳だし?お手並み拝見といきましょうかね」

「……一言余計だよ。期待には応えるけども」

 

 むすっとしたジェネヴァのぼやきをスコッチが笑いながら受け流し前を向くように姿勢を直す。

 

「――決まりました?」

「ああ」

 

 バーボンの確認の言葉にスコッチは頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぶぉおおおん、と車のエンジンの音が響く。時折、急カーブをする時のタイヤのブレーキ音も耳障りに主張していた。辺りは既に住宅地から、まばらな倉庫が立ち並ぶ工場地区の一部へと踏み入れていた。標的の車を執拗に追い回して既に時一時間ほど。標的の男は古巣に帰れない現状をさぞ悔しく思っている事だろう。何故なら、バーボンが事前に調べ上げ、標的の男がそちらへと近づこうとする度に近道を通り、先回りをしていたからだ。スコッチは携帯と手元の地図を見ながら現在の工事状況などを鑑みてのナビゲートをしていた。バーボンはどうせ組織の車だし、といつもよりも八割ほど乱暴に車を運転していたのも標的を追い詰める結果となったかもしれない。隣のスコッチのもの言いたげな視線も無視した。

 

 そろそろか、バーボンはとある地点が近い事を思う。成功してくれよ、ハンドルを握る手の力を強めた。

 

 車のスピードメーターは100kmを超えてた。

 

 

 川を越えて、現地点から数えておよそ700m――ヤードに直すと765ヤードほど。そのビルの屋上からジェネヴァが狙撃する手筈だった。ただし、川を挟んでいる上に、しかも夜。雲一つない星空だとしても、突風などの悪条件の重なりやすい最悪な仕事に違いなかった。

 

 けれど、当の本人がああも自信満々に言い切ったのだ。ならば、こちらに出来る事は信じる事だけだ。

 

 前を走る標的の車がぎゅおんと更に速度を上げた。バーボンは舌打ち一つ、アクセルを踏み込む。スコッチはマジで?とぎょっと目を見開いた。当然、ここで速度を落としたら怪しまれるし、とバーボンがニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 

 あと五秒で指定地点に標的の車が着く。ここで急ブレーキを掛けられる訳にはいかなかった。隣のスコッチはもうどうにでもなれと言わんばかりに体を後ろに預けていた。覚悟が宜しいようで。

 

 三、短い刹那のやり取りでもカウントダウンが進む。

 

 ニ、バーボンはシフトレバーを切り替える。

 

 一、ギキィと車が音をたてる。バーボンは減速とハンドルを切って速度を落とした。直後、パァンとタイヤがパンクする音とギュキィイと耳障りなブレーキ音とドンッという衝撃音が作戦成功を知らせてくれる。バーボンの車は傷一つない。車内はハンドルを切った時の遠心力でスコッチが頭を軽く打ったくらいだろうか。

 

「さ、いきましょうか」

「お前なぁ……。少しはしゃぎ過ぎだろ。普通に痛いわ……」

 

 ぶつけた個所を手で擦りながらぼやくスコッチにバーボンは素知らぬ顔をする。知りませんよ、そんなの、と。

 

 さて、と。標的の車は右前のタイヤがパンクした上にその横っ腹を倉庫にめり込ませていた。これでは到底走行は出来ないだろう。そして、オイル漏れもなく、炎上の心配はなさそうだ。期待値以上の仕上がりに、ジェネヴァの狙撃の腕は相当上なのだとバーボンの認識が改まった。あの子は、あの年に似合わぬ熟練の腕を持っているのだ、と。それこそ、裏社会の組織に相応しく。

 

 バーボンは懐から拳銃を取り出し、構える。そして標的の車に歩み寄る。後ろに控えるスコッチにも目配せをした。いつでも撃てるように、と。

 

 とそこでバンッと車のドアが開き、飛び出すように若い男が出てきた。彼が、今回の標的だ。

 

 相手の息つく暇もなく、バーボンは距離を詰め、その額に拳銃の銃口を突きつける。

 

 ヒィッと短い悲鳴を上げるその男に構う事なく、冷たい眼差しでバーボンが見下ろす。

 

「さあ、少しお話をしましょうか。それと、貴方が我々の組織から盗んだ物を返してもらいますよ」

「ッ、まさか……あんたらは」

 

 バーボンの我々、という言葉に男は更に顔を青ざめさせる。どうやら、こちらの正体に気づいたようだ。バーボンはにっこりと笑う事でそれに肯定してやる。ジ・エンドだという事を分かってもらう為に。

 

「分かった。こ、この薬は返す。だからだから見逃してくれよ、なぁ!」

 

 男は震える手で懐からピルケースを取り出しこちらに差し出してくる。声も哀れなほどに震え、こちらに縋るような懇願だった。バーボンは無言で男を見下ろす。年の頃は恐らく二十代前半。中肉中背で耳に開けられたピアスの多さや金に雑に染められた頭髪と着崩れた格好とチンピラのお手本のような男だった。

 

 今更命乞いをするならば最初から手を出さなければいいものを。バーボンは苛立ちを抱きながら、スコッチに視線を投げる。回収を、と。スコッチは頷き、男の手からピルケースを抜き取った。

 

 下ろされないバーボンの拳銃に男は ははっ、と乾いた笑みを浮べる。

 

「くそ、話が違うじゃねーか。誰だよこれが簡単な仕事なんて言ったのは。ちくしょうこうなったらッ」

 

 男の異常な様子にバーボンが視線を戻すと、男がまた懐から物を取り出した。

 

 それは小型のプラスチック爆弾だった。違法のソレは片手で掴める大きさでも、男とバーボンを巻き込んで心中出来るくらいの威力は持っている。しまった、とバーボンが男から一歩距離をとったその時。

 

 ドッと鮮血が舞った。バーボンが動いたことで射線に標的の男の頭が出たのだろうか。標的の男の額に風穴があいた。返り血はバーボンまでは届かず、ただ道路を赤黒く染めるのみだ。くたりと力の抜けたその身体に全てが終わった事を悟った。

 

 標的の男が爆弾を取り出してから僅か十秒にも満たない短い時間での出来事だった。命の価値、そういう倫理観を抜きにした評価でものを言えば、見事な判断だったと言わざるを得ない。少なくとも、バーボンにその判断を責める道理はない。判断が遅ければ恐らく、バーボンは死んでいた。

 

 これはスコッチの仕業ではない。ここから離れた、川を挟んで少しの距離に建つビルの屋上にて狙撃した人物。

 

 

 ジェネヴァ。

 

 

 子どもだと思っていた少年の卓越した技術の賜物だった。

 

 けれど、バーボンの胸中は苦い。多分、スコッチも同じはずだ。それは言葉では説明できない類の話だった。

 

 仕方なかった、それで済む話だったらどれだけ良かったか。ここには居ない、ライ辺りなら恐らく仕方なかったで済ます話だろうなとバーボンは苦い笑みを浮べる。ライが気に食わないのは多分こういう部分だったな、とも。

 

 

「……戻ろうか、バーボン。ジェネヴァを回収して、そんで解散してから酒でも飲もうか」

「――ああ。そうだな。今日は反省点も多いし、酒でも飲まないとやっていけないな」

 

 俺も付き合うぜ、というスコッチの言葉にバーボンは苦い笑みのまま、頷いた。スコッチは無言でわしゃわしゃとバーボンの頭を乱暴に掻き撫ぜた。

 

「ッ!?」

「次だ、バーボン。俺らの仕事はまだ終わっちゃいないだろ?次に生かせりゃいいんだよ」

 

 真っ直ぐなスコッチの視線に一片の嘘すらない。バーボンはようやく肩の力を抜いた。ああ、そうだなその通りだ。

 

「まずはジェネヴァにお礼を言わないといけませんね」

「真面目だねぇ、お前も」

 

 緩く気の抜けた疲れた笑みのバーボンにスコッチは肩を竦めた。帰りは、スコッチが運転する事になった。帰りは勿論、安全運転だ。どうせ急ぐこともない道中だ。一日の終わりにジェネヴァを巻き込んで(ねぎら)いの酒盛りをしてもいいかもしれない。未成年の彼にはオレンジジュースがいいだろうか。そんな取り留めもない事をバーボンは車中で今日の残りの時間へと思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




その苦さも含めてこの世界さ。


今回はバーボンさんの葛藤含め書けたらなァと思い、書きました。私のイメージではこんな感じです。公安潜入コンビ。
やるせない苦い思いがあるけど、でも、それでも信念の為に頑張る人。降谷さんはそういうイメージです。どうですかね?
で、そんな割り切れない心をスコッチさんが随時フォローする、みたいな。思考のドツボに入る、その前に。

補足
※科捜研……正式名称、科学捜査研究所。平たく言うと、刑事事件で指紋採取とかしている人たちである。サスペンスドラマでも有名だったりする。
※ピルケース……錠剤入れ。原作では哀ちゃんがアポトキシン4869の解毒薬やら風邪薬やら入れていたあのケースのことだ。
※観測手……劇場版でも解説があった、いわば狙撃手の相方。その時の風速やらなんやらを観測し、狙撃手に伝え、正確に狙撃が行えるようサポートする役職。狙撃手の横で双眼鏡を覗いていたりする。

※アポトキシン4869について……これは完全に私的見解なのですが、アポトキシンの犠牲者リストが原作の時に十数枚(数枚かもしれないけど)の資料として出てきました。なので、もしかしたら原作始まる二、三年前から毒薬としては試験的に使われてたんじゃね?と思った次第です。
組織のボスの望む“夢の薬”としては不完全だけど、毒薬としては使える→実験も含め使う、みたいな。
だったらなぁと思い、今回登場してもらいました。尚、まだ名前すら決まっていない設定です。そういうアバウトな所、あるよね。この組織と寛容的に受け止めてもらえると幸いです。
では、お目汚し失礼しました。





さて、前回のメモ書きに思わぬ反響があってびっくりした私です。
あれは両方書きますので、ご安心くださいませ。それと、規約違反の心配をして下さった皆様、お気遣いありがとうございました。あれはあくまで予定です。アンケートではなかったんですが、皆様のお声は参考にさせていただきますね。
それと、
①→② という順番でアップする予定です。そうすると不器用なジンニキの心情があら不思議、ハハッ、こやつめ☆と憎めない奴に仕上がると思うので。
ただ二十年分の原作を10~20話ぐらいにぎゅっぎゅするので、取り上げない事件なども多々あるかと思います。その時はこいつめ、と生暖かく見守ってくださると嬉しいです。

ではでは。

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