転生したら兄が死亡フラグ過ぎてつらい   作:由月

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お久しぶりです。やべーぐらいお待たせしてしまい申し訳ございません。今回は難産でした。没案だけで二万文字って中々ない。本編と同じってヤバい(やばい)。心なしか、文章の冴えも微妙な気がしますが、許してください。これから挽回しますので。
それと活動報告や感想欄での励ましありがとうございました。温かい言葉が心にしみました。圧倒的感謝!

今回はジェネヴァくん視点

さて今回の注意事項。
・アニメ第304話「揺れる警視庁 1200万人の人質」のネタバレ。
・ねつ造&ご都合主義
・原作キャラの救済要素
・這いよる不穏な空気
・なんちゃって推理。
・考えるな、感じろ。つまりフィーリング。
・SAN値チェックが地味にある。
・賛否両論どころか否が多い。
・多分書き直す


以上おっけー?ではどうぞ。


原作前(二年前)
意図しない救済に意義はあるか


 

 

 

 

 ぴ、ぴ、ぴと規則的に聞こえる機械的な音は果たして、なんだろうか。浮かぶのは心電図か、爆弾かなんて我ながらベタな想像だ。

 

 その合間にパチン、パチンという切断音も聞こえる。この音の感じからして針金とか、そういう類を切っていそうだ。

 

「……持てる者に持たざる者の気持ちが分かる筈がないか」

 

 幼い声だ。だがそれにしてはその声に温度がない。返ってきたのは確か、罵倒だったかそれとも焦りの声か。分からない、聞こえない。

 

「へぇ?――終わった、ね。安心するにはまだ早いんじゃない?」

 

 これは誰の声か。誰に向けた声なのか。少なくても、これは俺に向けられた言葉じゃない事は分かる。しかし、聞き覚えがあった筈の声だ。少年の、中性的で静かなこの声に。

 

「アンタは覚えておいた方がいいよ。――例え、見た目が変わらなくても、それが日々のルーチンワークなんだとしても」

 

 そこで言葉が切れる。少しの間が空いた。

 

「悪意はアンタの想像を超えて、変化していくのだから」

 

 ああ、どうして。

 

 

 

 どうして、なんて今更な問いに答えはない。

 

 夢に理性を問う方が可笑しいのだから。

 

 せめてこの幼い声の向けた先に居た誰かが今も生きていればいい。

 

 

 

※※

 

 

 

 

 人間の手の大きさは決まっている。腕が届く範囲だって定まっていて、出来る事だって限られている。それは()()()()()、覚えがあるであろう一つのジレンマだ。

 

 暗くなりがちな思考は、眠さと疲れのせいか。机の上で腕を枕に背を丸めて眠るから疲れが取れないのも納得だ。自業自得。でも眠い。

 

 うとうとと沈む意識は、額にこつんと当たる小さな衝撃に戻る。ん?そう言えばここは……。渋々と目を開けて、顔も腕の囲いから出す。

 

「どうしたの?随分お疲れじゃない」

 

 ぼんやりとしたこちらの反応に、この部屋の主のシェリーがクスリと微笑を浮かべた。……なんだ天国か。って違うここはシェリーの私室と化した研究室だ。何度もお邪魔して、その度に好きに過ごさせてもらっている。今となっては俺の絶好の息抜きの場所だった。

 

 疲れのあまり、僅かな休憩時間に無意識に忍び込んだようだった。我が事ながら大分引く。兄貴のことをとやかく言えへんで俺。

 

 こつんと額に当たったのは小さな箱だったようだ。手に取ってまじまじと見てみる。値札シールが貼っていないし、可愛らしいキャラクターものが印刷された包装紙は雑貨店で販売されている物だろう。中身は何だろうか。そっと振ってみればかさごそという振動でなるほどわからん。

 

「ふふっ」

「?何?」

 

 俺が検分している様子が可笑しかったのか、シェリーが吹き出す。ただし、笑い声は軽やかでささやかだ。その口元にいつものような皮肉のような無理はない。そんなシェリーの笑みは珍しい。思わず固まってしまう。

 

「だって、なんだか初めておもちゃを貰う猫みたいな様子で。可愛ら……んんッ、じゃなくて面白くて。――安心して。それ、つい先日姉と一緒に作ったクッキーだから」

「かわいいって。俺、これでも男なんだけど……。まあいいや、クッキーありがと」

 

 上機嫌なシェリーに浮かびかけた苛立ちもすぐに消えて、素直に礼を告げておく。なるほど。この可愛らしいチョイスは恐らくお姉さんのモノか。となると、コレと同じようなものが今ライの手元にあるかもしれないというある意味地獄絵図いやシュール?いやギャグシーンが繰り広げられているのか。写真とってぜひ宮野家アルバムに収めて頂きたい。ライはそこで地団駄でも踏んでおけ。え?ライへのヘイトが高い?まさかはは。

 

 でも、よかった。シェリーが楽しそうで。俺のちっぽけな努力も報われるっていうもんだ。

 

「それで?」

「ん?」

 

 ほっこりしていた俺は頬杖をついたシェリーの問いに反応が遅れる。それで、とは?

 

「――疲れの原因よ。また悪い夢でも見たのかしら?」

「え。いや、なんでもないよ。ただ、仕事が忙しいってだけの話で」

「……そうなの?」

 

 少しだけ憂いを含んだシェリーの確認に、最低限の言葉で答える。うん。()()()()()()()()。心配性のシェリーはそれだけでは納得しないようだ。うーん、客観的に見て十三歳の少年が過労死さながらの疲労っぷりをみせるのは良心が痛むのだろう。とはいえ、俺の抱える背景全部は話す訳にはいかないし。仕方ない。

 

「この時期は特別仕事が入る季節なんだ。――浮かれた空気っていうのは多少の仄暗い話を見えなくしてしまうからね。誰もが忙しいから他人にまで目がいかないっていうのも大きいし」

「そう……」

 

 このぼやかし誤魔化し作戦はダメなようだ。案の定シェリーさんが先ほどよりしょんぼりしてしまっている。俺の馬鹿野郎が!

 

 この時期、というのこのクリスマス商戦の頃のことだ。この都会を闊歩すれば、イルミネーションの一つや二つ目に入り、必然と腕組むリア充が視界に入る地獄の季節ですよ。なおホワイトクリスマスは響きと見た目はロマンチックだが、社会人だと降雪量に冷や冷やしてしまう世知辛さ。なんでかって?そりゃあ通勤手段に響くからですよ社畜さには涙が出てくるね。

 

「つまり、リア充は滅びろってことだよ」

「!? は?」

 

 やけくそ気味に言ったキャラ崩壊もいいところな発言はシェリーの意表をつく事に成功した。見ろよ、あのきょとんとしたお顔。……おれってほんとうにばか。ジェネヴァ君は絶対こんな事言わない。……というかあの子はほとんど喋らない無口で喋れば生意気なことしか言わない子だからなほんと闇。

 

「そんな訳だからしばらくはここに来れないから、何かあったらすぐに連絡して」

「……はぁ、心配性ね。まったく」

「そう?ちなみにワンコール入れるだけでいいから。――すぐに来てあげる」

 

 ため息を吐くシェリーに構わずに念押ししておく。気分はまるで家を一週間空ける母親だ。

 

「……猫なのか犬なのかどっちかにしてほしいところね」

「うん?」

 

 ぼそっとなにやらぼやくシェリーに首を傾げれば、晴れやかな笑みが返ってきた。

 

「いいえ。ま、善処するわ」

「それってつまり、NOってことだよね」

 

 ニュアンス的には、とシェリーに責めるように睨みつけてしまう。それにふふ、と笑い声が返ってくる。余裕の態度だ。

 

「努力はするんだからいいじゃない。それに簡単に事件に巻き込まれるほどトラブルメーカーじゃないわ。お生憎様ね」

 

 余裕の表情のシェリーに、俺の喉まで出かかった“それフラグ”という言葉は呑み込まれた。――この世界、下手に言葉にすると実現しそうなところあるしな。下手なことは言わない方がよろしい。

 

 なんにせよ、だ。

 

「そうだとしても、ちゃんと助けは呼んでよ。――間に合わない、なんて愚を犯すつもりなんて一つもないから」

「頼もしいのね。騎士(ナイト)さん」

「…………茶化さないでよ」

「ふふ」

 

 折角、人が真剣に決意したというのに。シェリーの軽やかな笑いに、ついむくれてしまう。更にくすくすと続くシェリーの笑いは外の寒さにも負けぬ、春の陽気のような温かさだった。

 

 

 脳裏に蘇るのは、つい先日呆れた兄貴の言葉だ。明美さんの監視の目を少し緩めるのと、シェリーとの交流を制限させないという提案はもう呆れられた。曰く、“馬鹿か?”と。恐怖で縛りつけているのにお前は何も分かっていない、と要約すればそんなお小言と共に凶悪な眼差しも添え物としてされた。真剣に要らない。――まあそんな兄貴の言い分を俺は“飴と鞭って言うでしょ”と慣れない嘲笑を含めて言い返した。俺の嘲笑()の完成度はライにて効果のほどは証明済みだ。美少年の笑みなのにこれ如何に。そんな俺の虚勢が見透かされたのか、否か。兄貴は鼻で嗤った。

 

 

 ――なら、使い処を間違えるなよ?

 

 

 そんな事、言われなくてもとっくに知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 あれから月日はさらに流れ、世間はお正月明けのどうのという話でニュースをにぎやかす。少しすれば成人式に関するニュースに話題を変えるのだろう。新たな年明け、というのは未来を思わせて人々の顔を少し明るくする。俺に明るいニュース?ねーよそんなもん。せいぜいがジンの兄貴からのお年玉で拳銃(チャカ)というブラックジョークが飛び出たくらいだ。なんだ?黒の組織では銃弾(なまりだま)がお年玉なのか?斬新すぎる……。

 

 今日も今日とて組織の楽しいお仕事の話だ。本日の予定はいつもの後ろ暗いところのある要人の警護である。後ろ暗いというか、所謂ヤのつく自由業といえば分かるだろうか。そのトップの警護なんだが、今日の深夜に急に決まった任務なので概要しか伝えられていない。なんでも裏切った組員に背後からグサッとナイフで一突き。どうにか一命は取り留めたものの、昨日の今日で誰から命を狙われるか分かったもんじゃない、と。それで裏社会で有名()な黒の組織でも要人警護成功率ナンバーワンである俺にまで話が回ってきたという顛末だ。え?別に俺の腕がこの組織でナンバーワンな訳じゃないし、話盛り過ぎで困る。

 

 とはいっても命令には逆らえない身の上だ。お仕事、と言われれば大抵のことは熟さないといけない。そうしないと生き残れないという世知辛い事情があるからな。涙が出そう。

 

 その警護対象者が入院しているのは、米花中央病院というらしい。米花町の中でも大きな病院で緊急搬送で受け入れたとな。ほうほう。すっごい行きたくない。だって米花町だぜ?名探偵(しゅじんこう)くんの居る嵐の中心地ですよ。原作前だって油断ならない死地に違いない。……何せ俺の所属が所属だ。世界を裏で牛耳る勢いのやべー反社会的勢力。そんなの地雷中の地雷でしょ。

 

 しかも相手の注文でその組長さんの孫娘に変装して他の護衛の組員の目も誤魔化さないといけない。設定としては心配で見舞いに来た孫娘、とな。へー……しんどい。

 

 時刻は既に午後の二時を超えている。俺はもうその孫娘に変装して組長の病室で一人静かに部屋にあったパイプ椅子に座っていた。流石に個室だから、少し室内は広めだ。室内は心電図と呼吸維持装置の音で規則正しい音で保たれていた。うーん。普通に暇だ。カーテンもこの経緯では開けられないし、外には厳つい護衛の人らがいる。その人たちに“お嬢”呼びされると俺の大事な精神的な何かがすり減るし……。

 

 それに、だ。俺はこの部屋に入って、少し違和感を覚えた。否、違和感というよりこれは……。項をビリビリと刺激する、何か。直感よりもさらに奥が囁く。命の危機を、その警報を。

 

 だからパイプ椅子に座りながら、不自然じゃない程度に室内を見渡していた訳だが特に不審物は見当たらない。そもそも入院したての病室だ。更に言うなら重傷者という注釈がつく。だからこの病室内は殺風景だ。治療の為のものしか置かれていない。……後はベッドの下、か?

 

 誰の目もないのを確認してからベッドの下を小型のペンライトで照らす。持っててよかった七つ道具。便利便利。そんな中、うっすらと積もる埃の中目立つ正方形の箱。……コレか。振動が伝わらないように、そっと細心の注意を払って箱を引っ張り出す。げ、着ていたワンピースの袖が汚れた。ま、いっか。気にするなんて俺の柄じゃないし。

 

 どうにか引っ張り出したその箱を持っていた七つ道具というかピッキングツールで開ける。ドライバーとかは常備しているのだ。

 

 そして、そこには爆弾が鎮座していた。耳をすませば、心電図とは違う間隔で電子音を刻んでいる。幸いにも爆発するまでまだ猶予はありそうだ。それに俺には爆弾を解体する心得がある。俺というかジェネヴァ君の経験が、というべきか。うへぇ、しかもこの爆弾水銀スイッチを起用していやがる。……確か原作では水銀レバーとか言われていたんだっけ?少し記憶に自信がない。

 

 この水銀が入った筒の玉が線に触れるとドカン、となる悪意の一品である。しかもよくよく見ると遠隔操作も可能そうな作りだ。……なるほど、気に入らない事があれば手元のスイッチでドカン、とな。怖い。

 

 しかし、爆弾か。原作ではよく劇場版でお馴染みの爆発だ。それは爆弾だったり、火事からのガス爆発だったりする訳だが……。よく爆発するアニメという印象がある。しかも作品によっては連続爆破事件なんてこともあったりして……。ん?まさかこれも連続爆破事件なんてことは……ないよね?はははそんなマンガじゃあるまいし……。

 

 ってここ少年誌の世界じゃねーか。自分の思考にノリツッコミをしておく。え?コレ俺が解体した後、他の場所に仕掛けていた爆弾がドカンとかなりませんよね?そんな事になった日には後味悪すぎて一生眠れなくなるレベルなんだが。トラウマ確定。

 

 まあ、確認する手段がない訳じゃないし、ここで出し惜しみをする意味はない。携帯に目的の人物への番号を手早く打ち込む。そして、声を少女のものから自分自身のものに戻して、と。

 

 コール音は二回ほどで相手に繋がる。

 

『――君か。ご用件は?』

 

 電話口の相手は少し(いぶか)しむ声だ。普段俺から電話なんてする訳がないから、そのリアクションも納得だ。用件は、と硬い声が先を急かす。こちらとしても優雅に世間話をする柄でもないのでサクッと本題に入る事にした。

 

「前に保留していた“貸し借り勘定”、まだ有効?」

『…………ええ。大丈夫ですが、何をやらせるつもりですか?』

 

 もったいぶらずに切り出した出だしは思いの(ほか)深刻に受け止められて、こちらとしては困惑してしまう。え、何そのシリアスボイス聞いたことないんだが。

 

「――バーボン?」

 

 思わず、電話口の相手の名を確認してしまう。

 

『なんですか』

 

 返ってきたのは変わらずの素っ気ない尖った声で、それがバーボンらしくないと思ってしまう。バーボンの演技力の高さは原作ではお馴染みだ。好敵手の彼が出てくるとそれも崩れるが、余程の事情がない限りは崩れることはないと言っていい。……これは踏み込むと地雷かな。

 

「いや、なんでもないよ。――やってほしい事は大した事ない確認作業だよ」

『確認作業、ですか』

 

 バーボンの声に皮肉めいた笑いが混じる。ん?

 

「そう。……警視庁あたりに爆弾の爆破予告、届いていない?あれば、その詳細を知りたいのだけど」

『ッ!? 何故、君がそれを……?! いや、それよりも何故僕にそれを聞くのですか』

 

 バーボンの声は驚愕と焦燥に揺れていた。動揺が問いの直截(ちょくせつ)さに現れている。その癖、その声には黒幕を問い詰めるかのような緊張に溢れていた。んん?

 

「……何故知っているか、と言われても……。俺の目の前に爆弾があるからだし。アンタに聞いたのは」

 

 そこで言葉を区切る。どう言えば、誤解が少ないのだろうか?という躊躇いだ。けれど、そう言えば誤魔化そうとすればするほど深読みされる世界でもあったよな、と原作を思い出したのでそのまま口にすることにした。

 

「アンタが腕利きの情報屋だって思っているからだよ」

 

 うん、嘘は言っていない。まあバーボンの警戒する気持ちも分かる。スコッチの一件が後を引いているんだろう。悪いな、完全な味方ムーブが出来なくて。

 

『探り屋も情報屋も然程変わりない、という事ですか。――いいでしょう。そういう事ならば協力を惜しみません。それでタイマーの猶予はありそうですか?』

 

 自嘲めいた笑いの後、驚く程あっさり了承がもらえた。電話口の向こうにもこの忙しない電子音は聞こえているらしい。猶予、って言われて俺は肩を竦める。

 

「なかったら、悠長に電話なんてしないさ」

『それもそうですね』

 

 軽口はさっくりと切られ、では少しお待ちください、と電話が切られた。――これは待っていればいいのだろうが、素直に待っていられる程俺はいい子じゃない。この病室内には仕事の護衛対象も呼吸維持装置を付けて、心電図をどうにか刻んでいる状況だ。つまりここでしくじれば、ここに居る人間は勿論、この首も物理的に飛ぶって訳だ。笑えない。

 

 いい加減床に座るのもこの見た目(おじょうさま)的に悪い気がする。一応、純和風お嬢様という見た目だものな。野郎の夢は壊してもいいが、姿をお借りしたご令嬢のイメージは壊してはいけない。これ大事。

 

 脳内に爆弾解体の手順を浮かべてみる。爆弾の出来は素人と玄人の中間といった印象だ。ただ、詰め込まれた悪意は百点満点というか。――これ造った奴は性格悪いだろうなぁと思ってしまう。言ったが最後、おまいう、とかツッコミがかかりそうだが。普通この重病人が集められている病棟に爆弾仕掛けるか?見た感じ爆発したら周囲十部屋は消し飛ぶ威力なんですけど。病人には優しくしろ。入院患者には子どもも老人も居るんだぞ。

 

 解体する為の器具をスカートのベルトから引き抜く。仕事だから女装も致し方ないけど、暗器とか便利道具とか仕込むの毎回苦労するんだよな。見た目を保つのに色々あるんですよほんと。女の子の見た目を維持するのって凄い労力なんだな(他人事)。早く背が伸びて大人にならないものか。そしたら組織も女装なんて言い出さないだろうに。

 

 と、そこでバーボンからの連絡を携帯の微振動が知らせる。ワンコールで出る。

 

『貴方の読み通り、もう一件の爆破予告が警視庁にあったようですね。幸い、そちらの方は対応可能な人物が対処しているそうですが……』

「そう。――で、なんか懸念事項でもあるの?」

 

 耳元で語られるのは不幸中の幸い、と喜んでもいい筈なのに電話口の向こうの声は硬い。こういう時は大抵トラブルがあったと見ていい。この場合、バーボンが分かりやすい、というより今の俺の神経が研ぎ澄まされているせいなんだけど。爆弾、という危険物ですっかり仕事スイッチが入ってしまっている。いや、別にいつもの仕事が杜撰な訳じゃないけどさ。

 

『――爆弾の中のセンサーの一つが。タイマーの他に犯人の手元のスイッチ一つで爆発するだろう、と。恐らく、君の方の爆弾もそうなっている。そうですね?』

 

 バーボンの強張った言葉に、ああと合点がいった。

 

「なるほど。つまり、こっちとあっち、両方同時に解除する必要がある。そういう訳か」

 

 なるほどなるほど。どっちか片方早く解除してしまうと、遅い方を爆発させちゃうぞ☆という事か。はは過激派じゃん。やっぱり性格が悪いなコレ設置した奴は。

 

『――ッ!! 軽く言いますが』

「軽くないよ。――なあバーボン」

 

 電話口でこの声が軽く聞こえたらしい、バーボンが低い声を出した。が、それを遮る。耳元の沈黙は話を聞いてくれるらしい。

 

 ――端的に言おう。

 

 

「どうせアンタの事だから、そっちの爆弾処理している奴と電話、繋いでいるんだろ?俺に代わってくれない?」

 

 

 

 俺は今、怒っている。

 

 

 

 

 

 

 

 シンプルにキレそう。

 

 と内心の怒りは爆弾解体の原動力にして、速やかに解体した。バーボンから変わった電話の向こうの相手は何やら警察関係者にしては口が悪いお兄さんだった。専門用語?とか意味分からない回路の話とか久々に頭をフル回転したせいで、頭が沸騰するかと思った。幸い、両方大体造りは一緒だったらしく、話はそこまでこじれなかった。あちらさんは観覧車に仕掛けられたせいか、水銀レバーはついていなかった。それぐらいの違いだ。

 

 爆弾解除し終えたら、即通話を切っておいた。原作の警察関係者も大体ヤバい。これ常識。切れ者刑事とか偶にいるので、悪の組織幹部としてはあまり関りたくない存在だ。

 

 それにしても観覧車に爆弾を仕掛けるとか今回の犯人はリア充撲滅委員会の会長かなにかか?そこはギリ許容できても、病院に爆弾を仕掛ける屑はアカンやろ。……しかも、観覧車の爆弾に爆破ギリギリでヒントをやるとか屑の見本市か?後出しは卑怯でしょ。まあ犯罪者の俺が言えた事じゃないけど。

 

 無差別に散る命の数を思えば俺が犯人を始末してもいいんだけど、それは流石にバーボンに止められてしまった。正論で諭す姿は流石警察って感じだ。おかげで俺の沸騰した頭もマシになった。

 

 で、頭の冷却も兼ねてこうしてお外を歩いている訳だ。

 

 先日の爆弾騒ぎから三日しか経っていないから、ニュースではその話題で持ちきりだ。年明け早々の犯罪にしては殺意が高いもんな。流石に天下の米花だって翌日ニュースを流して終わりという訳ではないよな。安心した。……でもまだ犯人は捕まっていないんだよな。

 

 考え事をしながら歩いていたからいつの間にか、駅前から近くのデパートの前まで来てしまった。確か、このデパートは去年の暮れに開店したばかりなんだよな。ニュースでおすすめ食レポとか言っていたっけ。

 

 取り留めもない思考をしていたら、目の前の人のジャケットのポケットからジッポライターが落ちた。イライラしている様子のその人は気づく様子もないから親切心から拾ってその人の肩をポンと叩く。

 

「あ?」

 

 うわがら悪。

 

 勢いよく振り向いたジッポライターの落とし主はしかめっ面でド低音のコンボをきめてくる。これ、普通の中学生だったらビビっているレベル。もしかしてお兄さん裏社会(どうぎょうしゃ)の人間か。

 

「落とし物。はい、コレ」

「ああ。……悪い。怖がらせたな、ボウズ」

 

 用件を簡潔に告げて落とし物を差し出せば、しかめっ面がばつの悪そうな顔に変わった。サングラスにあちこち跳ねる天パであろう黒髪、猫背気味に気だるげにしていても妙に様になっている。サングラスを外さなくても分かるイケメン具合ってヤバいな。

 

 素直に詫びる事が出来るなんて、出来た人間じゃないか。大人だな、見習うべき。

 

「いいって。――アンタの性分ってやつでしょ?ならいいさ」

「お前、いい奴だな」

 

 気にしないで、と告げた言葉はほっとしたような安堵で受け止められた。サングラスの天パさん(仮)は感心したように何度か頷く。――ところで、お兄さんのその声とっても聞き覚えがあるんだが……。具体的にはこの前の爆弾騒ぎの解体作業の最中に話した覚えがあるような……。

 

「そんなことはないよ。――じゃ、俺はこれで」

「まあ待て、って。――お前、()()()に聞き覚えは?」

 

 やべーことに気づいて三十六計逃げるに如かず、とくるりと向きを変える。が、それを肩を掴まれ阻止された。阻止した本人は、一気に剣呑な声色になる。それは疑心というより確信に満ちた行動だ。――つまり前回の俺の事がバレている。激やばなのでは。

 

「…………」

 

 あまりの事態に冷や汗が垂れる。今の俺の服装で顔を隠しているのはこのコートについているフードぐらいだ。……控えめに言っても詰んでいるのでは?今年の俺の運勢は大凶か?

 

 人の目があるからやりたくないけど、ここは仕方ないか。実力行使をするしか……。

 

 およそ三秒。思考に費やした時間で、覚悟を決めて拳を握りしめる。

 

 

 ――パァンッ!!

 

 

「ッ!!」

 

 空気を切り裂くような鋭い炸裂音に手首を掴まれる力が抜ける。だがそれに構っている余裕なんてない。振り切って、背後を振り返る。つい、反射で袖から掌に暗器を落としてしまったのはご愛敬だ。

 

 というかこの冷や汗って第六感の方かよ!? ささやか過ぎて分からんわ!

 

 きゃー、わーだの周りの悲鳴に逆に冷静になっていく。いやだって、これってさ。

 

 目の前に広がる紙吹雪。デパート前にある植木の前にあるいかにもなビックリ箱が設置してあってそこからおあつらえ向きにピエロが飛び出ている。アレが元凶か。

 

 要は子ども騙しもいいところな悪戯だったのだ。炸裂音が大きかったからビビっちゃったけれど。少し恥ずかしい。周囲のまばらに上がった悲鳴がなんだそんなものか、という安堵に変わっていって掃けていく。

 

 と、紙吹雪の中に紛れる紙片に気づく。なんだこれ。ちぎったA4用紙のような。爆発で粉々になったのかね。とりあえず、空中に舞うそれらを手早く回収する。幸いにも八、九ぐらい拾ったらそこそこカタチになったし。残りは多分、隣に居た柄の悪いサングラスのお兄さんが持っていることだろう。

 

「なぁ、アンタ」

「…………」

 

 サングラスのお兄さんは二つの紙片を握り締めて、尋常じゃない様子だ。サングラス越しでも目つきがヤバいのは何となく察せられる。……やっぱこの人堅気(かたぎ)じゃないのかな。

 

「――の野郎……ッ!!」

「…………大丈夫?」

「っ、あ、ああ……」

 

 呪詛でも吐き捨てるような唸り声にさり気なく心配するふりをしてその手元を覗き見る。

 

 お兄さんの手の力で皺になっているが辛うじて読める。そこにはこう書かれていた。

 

 

『――私はすべてを知る者。見通す者。さて、勇敢なる警察官よ。君に再戦を願おう。無粋な野次馬を呼べば君の目の前のデパートは吹き飛ぶぞ』

 

 うわぁ。これ原作お馴染みの展開じゃんか。え?俺ここに居るのまずくないか?

 

 ちなみに俺が集めた紙片はよく分からない数字の羅列だ。なんだこの暗号数学世界選手権でも開催しようってか。ふざけんな眠くなるだろ。

 

 内心ドン引きしていると頭にぽんと温もりが置かれる。目線をあげれば、サングラスのお兄さんが苦笑を浮かべていた。頭の上の温もりは彼の手のひららしい。ん?

 

「悪いな、ボウズ。用事が出来ちまった。さっきの話は忘れてくれよ」

「え?」

「手、な?」

 

 おてて?

 

 今の自分の体勢を思い返せば彼の手元をのぞき込む為に、その背中を掴んだ我が手。距離が近いのも減点対象だ。オワァ、事案だコレ。未成年だからセーフかもしれないけど俺的にはセウトだ。あかん。そりゃ苦笑も浮かべるわ。

 

 白目をむきながら、すぐさま手を離して距離をとる。両手を顔の近くまで上げて無力アピールも忘れない。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 罪悪感ましましの謝罪を言っておく。言葉にしておくのは大事だよな。

 

 俺の一連の不審者ムーブをきょとんと見守っていたお兄さんはそのまま俯いて肩を震わせる。お?

 

「ククッ、そんなに気にするなよ。――ガキが大人に頼るのなんて当たり前なんだからよ」

「は?」

「大丈夫だ。こんなふざけた事をしやがる奴はすぐにとっちめてやるからな。任せろ」

「は?」

 

 ん?お兄さんちょいとお待ちよ。もしかして俺がこの悪戯に怯えるいたいけな子どもに見えたのか?……いや、この儚げフェイスじゃその勘違いも仕方ないか。

 

 今更ながら自分の美少女顔を実感してしまい、しょっぱい気持ちになる。

 

 それでもって俺が拾った残りの紙片も流れるように回収された。いやいいけどさ。

 

「後はこの暗号か……。いや、それは歩きながらでいいか」

「いや、でもさ」

「あ?なんだよ」

 

 今にも敵陣地であるデパートに乗り込もうとするお兄さんに俺は待ったをかける。いや、爆弾がどうのって話だから時間勝負なのは分かる。けれど、これ一人で解決するのは厳しいような気がする。脳裏に巡るのは頭が痛くなる例の数字の羅列だ。A4用紙の四分の三は埋め尽くす暗号。あれの意味するところは――。けれど確証がない。

 

「チッ、言うことないならもう行くぜ。時間がねぇんだよ、こっちは」

 

 まごつく俺に付き合ってられない、と背を向けて歩き出してしまった。足が長いとそのコンパスも長いのか、早いし。

 

「おや?黒野くんじゃないですか。こんなところで何を?」

「バ……ッ!いや安室さん」

 

 手をこまねいている俺の肩を掴んだのは良く知る人物だった。金髪に褐色の肌に青い瞳のイケメン。奇遇ですね、なんて白々しく笑うその顔に思わずコードネームが口を出そうになった。危ない危ないここには推定一般人(?)の天パサングラスお兄さんがいるってのに。普通にダメだしピンチじゃん。

 

 いや、待てよ。

 

「……俺に話しかけるってことは、アンタ暇だね?」

「は?」

 

 言葉を失うバーボン否、安室さんに俺は頷き腕を引っ張る。暇って言ったよな暇だよなよし。小走りで不機嫌な天パの背中に追いつく。

 

「お兄さん」

「だからなんだよ、俺はこの売られた喧嘩を――」

 

 俺の掛け声に不機嫌顔で振り返った。が、不機嫌の勢いは途中で失速する。()()()ぽかんと間抜け面を晒すサングラスのお兄さんに一応紹介しておく。

 

「こちら、探偵の安室さん。超強力な助っ人だから、よろしく」

 

 断られるのは面倒だからもう勢いで言い切らせてもらう。畳みかけろ、と安室さんの脇腹を肘で小突く。

 

「こんにちは。はじめまして。探偵の安室 透です」

「あ、ああ……」

 

 にっこりと安室さんは人の良さそうな笑みを浮かべて、柔らかな挨拶をする。営業のお手本のようないい笑顔である。けれど、それを受け取る側は衝撃を呑みきれないようなぎこちない返事だ。……もしかしてお知り合いとか?いやでも世間そんな狭くないしまさかだろ。それともバーボンの顔面偏差値の高さに慄いているとか?心配しなくてもサングラスのお兄さんもイケメンだから大丈夫だよほんと嫌になるね。

 

「そう言えば、まだお兄さんの名前、聞いてないね?」

 

 正直呼びにくくて仕方ない。脳内でという注釈がつくけれど。

 

「……俺は松田。松田 陣平だ」

「そう。よろしく、お兄さん」

 

 衝撃から立ち直ったのか、サングラスのお兄さん改め松田さんは自己紹介してくれた。声が嫌々過ぎるが。こちらもよろしくと返せばため息を吐かれた。

 

「おい、それじゃ名前聞いた意味ないだろ」

「意外と細かいところを気にするんだね、お兄さん」

「ほっとけ」

「はいはい、二人とも。――本題に入りましょう」

 

 松田さんとの言葉のキャッチボールは安室審判のストップに終わらせられる。が、安室さんの声に思いっきり顔を顰めたのは松田さんだ。ん?

 

「げ。お前それ」

「何か?」

「イエナンデモ……」

 

 松田さんのしかめっ面は安室さんの笑顔の圧に消えた。やっぱりこの二人知り合いなんじゃ……。いや気のせいだなははは。

 

 本題、という言葉に松田さんは手に持っていた紙片をベンチの上に並べていく。幸いにもデパートの入り口の端にベンチが設置してあった。近くにある自販機からお茶を買っておく。喉渇いたし。

 

「……自由かよ」

「気にしないでください。彼、ああ見えてもまあまあな人材なので」

「はぁ?お前、何言って」

 

 松田さんのボヤキにドライに答えるのは安室さんだ。淡々とした返しに松田さんが喰ってかかる。

 

「脱線しちゃダメでしょ。――で、暗号並べ終わったんだ?」

「お前が言うな。――ああ。やはり数か所欠損があるのは痛いな」

 

 安室さんが口を開く前に二人に割って入れば、松田さんの呆れたツッコミが刺さる。まったくもってその通りで耳が痛いな。

 

 松田さんが指摘した“数か所ある欠損”とはちぎった紙片を合わせても埋まる事のない穴だ。普通に考えれば、あのふざけたビックリ箱に入っていた紙だし、悪戯程度とはいえ火薬を使ってあった仕掛けだ。むしろこれぐらいで済んでよかったとも言える。文章は読めるし、欠けているのは大量の数字の内の数個に過ぎない。

 

「……違和感がありますね」

「やっぱりあんたもそう思うか」

 

 安室さんの神妙な呟きにすぐに同意が重なる。まさかの同意先は松田さんだ。

 

「ええ、火薬で散り散りになった割に、紙に焦げた跡がないのが一つ。そして、紙片の大きさが統一感があり過ぎる。――ここまで揃えば、この暗号の書かれた紙片が人為的に千切られた、と考えるのが妥当でしょう」

「つまり、数字の欠けも犯人の意図するところって訳か」

 

 安室さんの指摘通り、ベンチに広げられた紙片は偶然と思うには作為的で無理がある。そして膨大と思える数字列の欠けが犯人の意図するところだとすると結構面倒臭い事態だ。松田さんもそう思い至ったのか、呟く声は苦いものが混じっている。

 

 数字の暗号で有名なのは、あのポケベルの暗号か。携帯電話のボタンのかな変換の奴に似ているが、目の前の数字列で変換しても意味不明だ。換字暗号で有名なシーザー暗号やらヴィジュネル暗号の応用も駄目だ。規則性はあるように見えるが、意味が分からない。否、よく見ると139.6……とか35.6……とかが散見される。もしかして、これ二つの暗号を使っているのか?例えば一つの暗号は場所を示し、もう一つは解除についてのヒントとか。そう考えると、文章の方はポケベルで変換可能っぽい、か?

 

 場所についての数字は、アレか。

 

「これ緯度と経度、みたいだね」

「「!」」

 

 思い付きを口にすれば、目の前の二人が閃きを得たように目を見開く。あーこれアニメだったら背後に雷鳴背負ってるよ絶対。ピシャーンてな。

 

「――なら、後は」

「「シーザー式暗号の応用!」」

 

 安室さんが意味深に呟いたのを松田さんが被せる。二人とも少年のように屈託のない様子だ。うわ、仲いいねお二人さん。そっかポケベルじゃだめか。ふーん。

 

 そのまま安室さんによる解説が始まる。が、ここで省略。

 

 数字の欠けは緯度経度の並びとシーザー式暗号の区切りだった。どうやら犯人からのヒントだったらしい。――というか、それが答えだとまずくないか?

 

「なぁ、これが本当だとさ」

「ええ」

 

 どうか否定してくれ、と祈りに近い気持ちで不安要素を言葉にする。穏やかな相槌は安室さんだ。

 

「爆弾、三か所ない?」

 

 

 暫しの沈黙。

 

 

 すん、と目の前の大人二人が揃って真顔になる。何その顔どういう気持ちなの?

 

 

「そうだな」

「ですね」

 

 だよねー、揃って頷かれた肯定に俺はあちゃーと天を仰ぎたくなった。

 

 しかも暗号解読して分かった爆発予告時間が後一時間ちょいって、なんなの。今日俺の命日かなにかか?そろそろ俺怒っていいかな。

 

「そうは言っても、爆弾解除のプロがここにいるから平気だろ。――お前らはもう帰っていいぞ。解散な解散」

 

 ここにいる、と自分の胸を叩いた松田さんはさらっと解散な、と立ち上がる。暗号の紙片は彼のジャケットのポケットにねじ込まれた。いやそれ一応証拠品だろ。

 

「は?ちょっと待ってください」

「安室サンもお疲れ様。――ここからは俺一人で充分だ」

 

 ぎょっと目を見開いた安室さんに松田さんは慇懃無礼な軽口で別れを告げる。少し間を空けて、告げられた松田さんの決意はその眼差しと同じように真摯だった。

 

 あまりの気迫に安室さんは言葉を失ってしまったようだ。

 

 一人で、って。あれか?あの犯人の脅迫文の“警察官”という指名ってもしかしなくてもこの人のことで、この人は律義に責任もしくは喧嘩を売られたと感じて、犯人の思惑に乗っちゃうという展開なのかコレ。

 

 

「いや駄目でしょ」

 

 

 この場を去ろうとした松田さんの背に思わずツッコミの手を入れてしまう。

 

「あ?」

 

 振り返った顔はイケメンがしちゃいけない部類の凶悪さがあった。やっぱ警官じゃなくてヤのつくご職業だってこの人。つい最近その職業の人に会ったばかりだけどそっくりだよこのドスの利いた声。

 

「アンタがどんな神業を持っていたとしても。――“絶対”なんてことはないし、防護服もないんじゃプロだなんて息巻くのもある意味無意味だと思わない?しくじったらおじゃんだもの。それなら手が多い方がいいだろ」

 

 幼稚園児に聞いても返ってくる答えは一緒だと思う。そんな単純で簡単な道理だ。

 

「はぁ?お前何言ってんだよ。手が多いもなにも。――そこの優男は百歩譲って手を貸せって言える。が、お前は駄目だ」

 

 こちらの言い分を松田さんは呆れたように、言い聞かせるように諭してくる。きっぱりと言い切るそれは大人と子どもの明確な線引きのように思えた。

 

「俺が子どもだから?」

「よく分かってんじゃねーか」

 

 確認の問いは大げさな頷きで返された。成程。

 

 安室さんも松田さんの言い分に成程と頷いていた。ただし、その成程は俺をハブる事への肯定だ。おい俺が中途半端で降りるわけがないだろ、目覚めが悪い。

 

「なぁ、アンタの最初の問いに答えようか?」

「は?」

「アンタの声に聞き覚えがあるか、って奴」

「は?」

 

 何言ってんだコイツっていう不信感を前面に押し出したような間抜け面に俺は笑って()あげる。まあこのゲス顔というか嘲笑はジェネヴァ君の鉄仮面で唯一生きる表情だから仕方ないね。

 

 

「あるよ。アンタの声に聞き覚え。――爆弾の解除方法、結構話せたでしょ?」

 

 

 駄目押しに、前回の爆弾騒ぎへの関わりを匂わせてやる。どうだ、これで分かるだろ?俺を巻き込んでも問題ないって。勿論、問題解決したらさっさと逃げるけど。

 

「……マジかよ」

「マジだとも。――安室さん、アンタもやるだろ?」

「ええ。ここまで乗り掛かった船です。今更下船しようだなんて言いませんよ」

「マジか……」

 

 マジか、と頭を抱える松田さんに俺は頷いてやる。ついでに安室さんに継続するか、問えば返ってきたのはにっこりした笑顔。ああ、最後まで居てくれるってか。心強いな。

 

 そんな俺らのやりとりをもう一度マジか、と松田さんがドン引きする。お?そんなドン引きする内容じゃなかった気がするが。

 

 

「じゃあここは三手に分かれますか」

「は?」

「うん。集合場所は犯人がいる場所でいいでしょ」

「ええ」

「え」

 

 さっさと役割分担を割り振る安室さんに頷いて集合場所も確認しておく。松田さんが戸惑っているのが如実に伝わっているが、時間的にも構っている余力がない。幸いにも彼はここから一番近い場所担当だ。俺?一番遠い場所ですけど?

 

「じゃ解散」

「ご武運を」

「フリーダム過ぎんだろおい」

 

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 俺の暗殺スキルでは当然、人混みをすり抜ける(すべ)と気配遮断スキルが極まっている。足の速さなんて言わずもがなだ。

 

 だから爆弾解除はなんにも問題ない。――問題は犯人の居場所だ。ここで犯人の脅迫文を思い返そう。

 

 

『――私はすべてを知る者。見通す者。さて、勇敢なる警察官よ。君に再戦を願おう。無粋な野次馬を呼べば君の目の前のデパートは吹き飛ぶぞ』

 

 

 私はすべてを知る者。見通す者。犯人の言葉だ。

 

 これは単純な言葉遊びだ。デパートに三か所仕掛けられた爆弾の監視が容易で、なおかつ挑発した警察官への監視も出来てしまう場所。

 

 流し目でデパートの監視カメラを確認する。あんまりまじまじ見たら犯人に気づかれてしまうからだ。

 

 ここまで言ってしまえば、分かるだろう。そう、犯人は監視カメラのその奥。警備員室にいる。このデパートは珍しく、警備員室があるそうだし。実際爆弾が仕掛けられているのはデパートの共用スペースだった。専門店とかレストランはまた管轄が違うのだろう。

 

 問題はどう動くべきか。爆弾を解除しながら、考える。

 

 不意に先日の爆弾騒ぎの時に覚えた不快感が蘇る。何故あんなに腹が立ったのか、なんて愚問だ。

 

 

 ――渇望する程焦がれて、けれど手が届かないモノがあんな奴に壊される。

 

 

 脳裏にあのシェリーの微笑みが蘇る。それが俺の預かり知らぬ所で害される可能性があるのなら、丁寧に潰す必要がある。――爆弾騒ぎだの銃撃戦とかいうスケールの大きいドンパチは組織だけでいい。俺が心労で死んじゃうだろ。

 

 そうこう考えるうちに爆弾の処理は完了した。わざわざ、爆弾を人目のつかない非常階段の踊り場に運んだ甲斐があるってものだ。これもセンサー関連を念入りに確認して遮断して無力化したからひとまずは安全だと思っていいだろう。

 

 ……ここで帰れればいいんだけどなぁ。このままバックレてもいい気がしてきた。安室さんと松田さんでなんとかなるって。過剰戦力でしょ。いや、ダメか駄目だよな。

 

「不安の芽は摘んどかないと、ね」

 

 問題は間に合えばいいんだけど。安室さんは多分そういう想定で動いているのだろうし、間に合うかどうかは五分五分だ。

 

 

 ――危険分子に危険分子をぶつけるような愚かさはあの人には無縁だ。

 

 

 この非常階段から行ける、裏道を通れば間に合うだろうか。……走れば大丈夫だな。伊達に組織で裏道やら抜け道を駆使して神出鬼没を演じていない。

 

 つまり、通気口(うらみち)は俺にとっては慣れたものって訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 通気口の入り口からどうにか天井裏を匍匐前進で進んでいく。辺りは配線や埃が目立つ他は何もない薄暗く狭い隙間だ。埃は後で払えばいいか、なんて思考を飛ばしながら、目的地に近づいていく。警備員室はデパート一階の端にある。駐車整理もしないといけない関係上だろう。お、ここか。

 

 下の明かりが漏れているところを見つけ、ここが通気口が繋がっている場所かと当たりをつける。外すのは問題ないが、下の様子をまずは(うかが)うべきだ。

 

 ここは警備員室の真上らしい。沢山あるモニターとその前に置かれた机と椅子。つか、机の上がごちゃごちゃと片付けが出来ていないにも程がある。と、それよりも犯人の様子だ。

 

「――もう()せ」

「うるさいうるさい!! てめーが悪いんだ!四年前の爆破事件も、この前の奴だってッ」

 

 もう始まっている。松田さんが冷静に対応するほど、犯人が激昂するという悪循環が出来上がっている。

 

 犯人は警備員の格好をして、部屋の真ん中に陣取っていた。その手には諦め悪く、起爆スイッチが握られている。松田さんと安室さんは警備員室入り口で膠着状態に入ってしまったようだ。

 

 ――起爆スイッチなんて無意味、なのになんで制圧しないのだろう。二人の実力ならこの犯人瞬殺だろうに。

 

 俺のそんな疑問はすぐに消えた。

 

「そんな事をして何もならねーだろうが。お前の相棒だってもう自供して罪を償うって言っているんだぞ」

「ッそんな事よりも、あいつをすぐに解放しろッ!!」

「チッ」

 

 まさに聞く耳を持たない犯人の様子に松田さんが鋭く舌打ちし、足を一歩踏み出す。

 

「動くなッ!一歩でも動いてみろ!ここで首を斬って死んだっていいんだぞ」

 

 自分の首にナイフを突きつけて喚く犯人。松田さんの顔が盛大に顰められる。成程、自決してやるぞっていうアピールでこの膠着状態なのか。安室さんも松田さんの前だからなのか、機を窺っている様子だ。

 

 室内の犯人と松田さんの距離は五メートル程。ふーふーと荒い息を繰り返す犯人の興奮状態を見るに、やりかねない話だ。まあ、変に刺激して万が一があったら大変だしな。

 

 仕方ないなぁ。

 

 こっそり、この目の前の枠を外す。手持ちで使えそうな奴を取り出し、それを犯人の頭上に落とした。

 

 

 がこんっ!

 

 

 見事、お茶の入ったペットボトルが犯人の頭にヒットする。やったぜ。

 

 すかさず松田さんが犯人を取り押さえる。ナイフを持った腕を肘固めで固定し、犯人を地面にすぐに沈める。肘固めからの足払いの流れがあまりに自然だ。隙のない犯人への拘束は流石だ。痛そう。

 

 安室さんは涼しい顔で弾き飛ばされたナイフをハンカチで拾って、回収していた。

 

「離せ!」

 

 まだ芋虫みたいに足掻いて、抵抗する犯人のガッツは凄い。お前マジ?空気が読めないにも程があるだろ。見ろよ、あの松田さんの殺気。この人、冷静に見せかけて実はブチギレてんぞ。怖い。

 

 かつり。喚く犯人の目の前に安室さんが立つ。上からじゃ表情はよく分からないな。

 

「おや?お気楽な方だ。――自分が被害者になる可能性を除外するとは、随分自信があるとみえる」

 

 安室さん、否この声色はバーボンのものだ。穏やかなのに、どこか仄暗さを感じさせる。多分表情はにこにこしている事だろう。彼の前にいる人間は内臓を撫で上げられる薄寒さを感じるはずだ。

 

「は?どういう……」

組織(大海)を知らない貴方(かえる)は可哀想ですね。――せいぜい、(井戸)の中の束の間の平穏に感謝していてくださいね」

「お、おい……」

 

 バーボンが只者じゃないと気づいたのだろう。犯人である男は縋るようにバーボンを仰ぎ見る。ここまであからさまにされたら、どんな愚鈍な人間だって気づく筈だ。

 

 

「貴方はどんな死に方をするのでしょうね」

 

 

 楽しみですね、なんて平然と(うそぶ)くバーボンを見上げる犯人の男は果たしてどんな顔をしていたのか。がくり、と力を抜かして抵抗をやめた犯人を松田さんがなんとも言えない顔で立ち上がらせる。

 

「お前な……。まあいい。今回は正直、助かった」

「いえいえ、この程度なんてことありませんよ」

「じゃ、またな。俺はコイツを連行しねーといけないからな。――アイツにもよろしく伝えてくれよ」

「分かりました」

 

 松田さんが犯人の男を連れて出ていった。扉が閉まる。

 

 静寂が室内を満たす前に、安室さんが上を見上げる。

 

「そろそろ、降りてきては?」

「ん。……本物の警備員さんは無事かな」

 

 下へ、と促す安室さんはもうバーボンの顔をしていた。穏やかで、どこか冷酷な一面を持つ組織の人間。その顔に。

 

 俺の懸念を聞いたバーボンは瞬きを一つした。なにその意外そうな顔。

 

「本物の警備員は無事ですよ。ここに来る前に解放しました」

「ふぅん?」

「さ。長居は無用ですし、移動しましょう」

「了解」

 

 お茶のペットボトルを回収し、部屋を出るバーボンの背を追いかける。

 

 にしても、俺にとっては今回の件は正直なんのことなんだかさっぱりだ。ここまでの経緯(いきさつ)というか、経過がさっぱりなんだよな。興味は正直薄いんだけど。

 

 

 

 

※※

 

 

 

 

 あの後、バーボンが向かった先はデパートの近くの小さな公園だ。もう日が暮れようという時間だ。辺りは夕暮れでオレンジに染まる。

 

 幸い、俺とバーボンの他に人影が見当たらない。気配もしないから多少物騒な話をしても大丈夫だろう。

 

 道すがら、ぽつりぽつりと語られたこれまでの経緯。俺と別行動になってから明らかになったそれらはあほらしいものだった。すべては四年前に遡る。二つのマンションに仕掛けられた爆弾事件。爆破を未然に防いでみせた二人の警官。その一人が松田さんだという。そして逮捕に至らなかった犯人が次に企んだのが前回の爆弾事件。あの観覧車と病院に仕掛けられた事件だ。今度こそは、と意気込んでいた所に俺の横やりもあって不発に終わってしまった。そしてその事件の犯人は二人組の男で片方は松田さんが逮捕していたという。つまりデパートで捕まった犯人は逆恨みと八つ当たりという最悪なコンボでこんな理不尽な事件を起こしたのだ。なんという阿保らしさ。もう少し命のありがたみを味わって生きろ?

 

「それにしても意外でした。最後を僕に譲って頂けるなんて」

「それはそうでしょ。俺、仕事以外は穏健派だし」

 

 公園に設置されたベンチに腰掛ける。バーボンも隣に倣うように座り、ぽつりと呟く。それに何を今更、と頷いてやる。ああ、ペットボトルのお茶も飲んでおこう。

 

 バーボンがやらなかったら、最後の脅しは俺がやっていただろう。テロリストとはいえ、未遂犯だ。きっと数年後には出てくる。何食わぬ顔で、名前を変えて、履歴も誤魔化して、社会に溶け込んだに違いない。だから釘を刺す必要があった。反省もしていない愚かさに、だ。松田さんが居たから少し面倒だが、口を塞げないこともない。バーボンはこういう俺の不穏さを指して、言っているのだ。

 

 よく我慢出来ましたね、と。

 

「……穏健派、ですか」

「俺はね、バーボン。これでも命の重みを考えてたりもするんだよ」

「…………」

 

 バーボンの沈黙が、その視線の鋭さが続きを促す。それに軽く頷きを返した。

 

 ああ、分かってる。今更誤魔化したりはしないさ、と。

 

「俺は、出来れば表側の奴らの平穏がそのままであればいいって。不相応にも願ってるんだ。――俺が、その一因にならなければいい」

 

 そうだ。俺は、出来ればテロリストなんかごめんだし。人殺しだってお断りしたい。悪党なら、相手がくそ野郎だからこそどうにか罪悪感を噛み殺す事が出来るに過ぎない。

 

「……一考しておきましょう」

「なんだかんだ、アンタ律儀な奴だよね」

「その台詞、そっくりそのまま君に返すよ」

 

 バーボンの呆れた声に俺は肩を竦める。俺が律義な訳ないでしょ、と。

 

 

「そう言えば、ずっと疑問だったのですが……。ジェネヴァ、彼といつの間に知り合ったのですか?」

「は?松田さん?今日初対面の筈だけど?」

「そうですか……」

 

 バーボンの疑問に素直に答えれば、腑に落ちないという感じに考えこまれてしまった。え?怖いんだが。

 

 お茶のペットボトルが飲み終わったので、キャップを閉める。

 

「何かあったの?」

「……彼は学生時代の知人なのですが、先程メールで不思議な事をきかれまして」

「ふーん?」

 

 相槌を打ちながら空になったペットボトルを公園に設置してあるかご型のごみ箱に投げようと振りかぶる。距離は十メートル、余裕だろう。

 

「曰く、四年前の爆破事件に関わっていないか」

 

 かこん、とペットボトルが縁に当たって跳ね返る。

 

 は?よねんまえ?

 

 ぎょっとしてバーボンの顔を見る。

 至って真剣な顔だった。冗談なんか一かけらもありはしない。

 

「…………」

「まあ、彼には人違いと言っておきましたが。――もし本人なら“変化した悪意の忠告、ありがとう”と伝えてくれと言っていましたよ」

 

 バーボンの声は穏やかだった。おそらく表情も穏やかなのだろう。視界に自分の靴をおさめてぼんやりと思う。冷や汗が止まらない。

 

「……知らないね」

「そうですか」

 

 バーボンはこちらの否定を想定内と頷いた。では、これから仕事があるので、とあっさりと去っていった。

 

 まざまざと蘇るいつか見た夢の内容。

 

 足元が崩れる感覚、というのはきっとこういうのを言うのだろうな。我ながら実感するのが遅すぎる。

 

 のろのろと入り損ねたペットボトルを拾い、ちゃんとごみ箱に捨てる。

 

 ついでに手をにぎにぎと開閉させる。指は思い通り動いた。少しだけ歪に皮が厚いところがある、未成熟な手のひらだ。武器を握りなれていた、手のひらだ。

 

 

 思い出せる限りの、前の俺とは似つかない手だった。

 

 違和感の除けぬ、そんな他人の手だった。

 

 

 

 

 




補足事項
シーザー式暗号……
カエサル暗号というのが正式な名前。紀元前50~60年にローマで作られたとされる。
この暗号は、全ての文字を同じだけ「あいうえお順」「いろは順」「アルファベット順」に後ろ又は前にずらすという暗号。この応用がヴィジュネル暗号になる。詳しくはぐーぐる先生に教わってね☆

四年前の爆破事件……原作七年前に起きた事件。ここでも救済された人がいた。けれど、それは今作主人公の想定外の話。語られぬ過去、閉ざされた記憶。 生産性のない、陰鬱な過去に秘められた可能性に気づいてしまった貴方はSAN値チェックのお時間です。
勿論、ジェネヴァ君は失敗。 
追記:なお、四年前のジェネヴァくんは善意で助けたわけではありません。海外から帰国したら、住んでいるマンションが爆弾騒ぎで爆発されたら、取り調べも面倒な上に荷物吹っ飛ぶじゃん、なら助けよっか。ぐらいの気持ちです。主人公であるジェネヴァくんはこの善意のなさも気づいてのSANチェック。


あとがき
ちなみに
今回のバーボンさん視点は完全にギャグにしか見えなくて没にしておきます。最初に肩ポンした彼は全力疾走した後ですし、松田さんとジェネヴァ君がしゃべるたびにヒヤヒヤしていました。
おかしいな?疑心暗鬼がどうのこうの、というシリアス()な話だったのにな。
追記:バーボンさんが珍しく(?)、組織の存在を匂わせたのは、ジェネヴァ君への牽制も込めてです。やらなきゃもっと面倒になると察した。流石にそれはまずいな、と穏便()に済ませました。
松田さんやら萩原さん視点も考えたんですが、それは番外編でやった方が面白いので先送りします。
追記2:原作前の年数区切りは時間軸把握の為です。二年、一年前はそんなに数は多くないので心配(?)しないでください。たぶん、原作軸入っても、稀に更新するでしょうし。

ではでは。

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