転生したら兄が死亡フラグ過ぎてつらい   作:由月

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更新! 一回、一話丸々没にしました。面白くないな、と判断したので。時には思い切りが必要だってばっちゃが言ってたんだ……。

さて、前回のコメント、誤字報告ありがとうございました。素敵なアイディアだったので、採用してしまいました。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。

今回はジェネヴァ君視点です。ジンの兄貴とのやりとりと、ライ、世良ちゃんです。
読む前の注意点。
・多少の暴力(モブに)
・キャラ崩壊注意(今更)

OK?
1/7 指摘があったので少し修正。主人公の一人称に対する内容なので、文章の内容に変更点はありません。……こんな感じでどうですかね?


交わらない視点だってあるさ

 

 

 

 シェリーとちょっぴり仲良くなれたのは素直に嬉しいと思う。いやだってジェネヴァ君にとって初めての同年代の友達だぜ?……これ以上俺の意外とぼっちな現状について考えるのは()そう。普通に泣けてくるから。

 

 それは兎も角。手作りクッキーをシェリーと一緒に食べ、ほのぼのとした癒しの時間を終えて帰宅した。自宅に着いた時間はお昼時、十二時ちょっと過ぎだ。それで自宅の玄関のドアを開けた俺は、玄関に俺以外の靴――大人の革靴を見つけて気分が急降下した。

 

 俺の自宅を知っているのは兄貴一択なので、必然と部屋の中にいる人物も特定できる。というか選択肢が一つしかない。つらい。

 

 今日俺休みなんですけど、と肩を落としつつ、リビングのドアを開けた。そこにはやっぱり自分と同じ銀色の頭が見えて、短い休日だったな、と俺は気持ちを諦めモードに変更する。

 

 リビングに置かれた二人掛けのソファにジンはどっかりと腰を据え、少し低い四角いテーブルの上に乗っている皿をジッと見ていた。その様子は傍から見て、軽くホラーである。何せあの人を殺しそうな鋭い眼光で射抜くように睨んでいるのだ。

 

 テーブルの上に皿が乗っているのは俺が部屋を出る前に置いたからだ。ちなみに手作りクッキーの余りを帰ってから食べよう、ときちんとラップをかけて置いておいた。だけど、そんな気に食わない部分でもあるのだろうか。シェリーといい、兄貴といいそんな反応とは。俺的には可愛い猫とヒヨコさんという夢のコラボを再現したつもりなんだけど。

 

 いつまでも怖い兄貴を眺めている訳にはいかないので、俺は勇気を振り絞って声をかける事にする。

 

「……ただいま。兄さん、どうしたの?」

 

 誰も聞いていない時は“兄さん”呼びをしても怒られないのでそう呼ばせてもらっている。こちらの方が呼び慣れているような気がするからだ。

 

 ギロッと視線だけでジンはこちらを見た。その視線の鋭さにヒヤッとする方の胸の動悸がするが、俺はそれを(こら)える。

 

「お前、これは……」

「美味しいよ?」

 

 これはねえよ、という兄貴のドン引きの声に俺はサラリとお勧めしておく。というかこの人もうちょい美味しい物を食べてストレス軽減した方が良いと思うんだ。カリカリし過ぎなんだよ。

 

 俺の勧めの言葉に更にジンの顔が嫌そうに歪んだ。失礼な。……いやでも意外と甘味が嫌いとか食べ物の嗜好の違いで嫌なのか?どうなんだろ。

 

「一つ食べてみれば?なんなら持っていっても良いし。……作り過ぎちゃったから」

「……チッ」

 

 クッキーは結構量が作れるからなぁ。と言っても、二、三人前ぐらいしか作っていないけど。俺はソファの前のテーブルまで歩み寄り、お皿にかかっているラップを外す。それからジンの前にお皿を移動させた。さあ、どうぞ、と。

 

 それをジンは舌打ち一つして、クッキーを一つ手に取った。その指につままれたヒヨコのクッキーが不似合い過ぎてシュールな光景だ。おかしいな、シェリーの時はあんなに違和感なかったのに。

 

 俺はそのままじゃあ口の中がぱさつくな、と思い付き冷蔵庫から飲み物を取り出した。そして硝子のコップに淹れてジンの目の前にことりと静かに置いた。ちなみにクッキーにあわせて、アイスティーをチョイスしておいた。

 

「それで、何か俺に用事でも?」

「……ああ。仕事で近くに来たついでに、な。次の仕事の話もあるからな」

 

 ぱきり、と可愛い猫のクッキーの頭を食べたジンが淡々と説明を始める。……どうでもいいけど、兄貴それ五個目なんだけど気に入ったんか、と俺は心の中のツッコミを喉の奥にしまっておく。危ない、またうっかり口を滑らせるところだった。

 

「――いつもの護衛の仕事だが、気をつけてやらねえといけない面倒な仕事だ」

 

 不機嫌そうなジンの声は淡々と説明する。兄貴のこの不機嫌そうな様子ってもしかしてデフォルトなのかな、と俺は何気なく思い至った。

 

 次の仕事の概要は、組織のパトロンの護衛。三カ月前にその人の元に脅迫状が届いたそうだ。警察に届けるのも躊躇われるけど、恨まれる理由には事欠かないので何もしないのは不安。それ故に組織を頼ってきたらしい。……組織に頼る方がリスクが高いような気がする、と思ったが空気を読んで黙っておいた。

 

 三カ月前に組織の下っ端の人間を秘書として雇わせ、護衛させているらしい。それで、今度その人の誕生日で毎年恒例の誕生日パーティを別荘で開くので、もっと頼りになる人物を派遣して欲しいと要望があったそうだ。出来れば、威圧感のない人物が良いと。……度胸があるなぁ、そのパトロンと俺は逆に感心する。いやそれだけ組織に金を積んでいるんだろうな、きっと。

 

 それで威圧感がない人物、という事で俺に白羽の矢が立った。設定としては俺はそのパトロンの古い友人の孫で、古い友人の代理で参加、と。既にそれで話は通してあるし、招待状も用意してある、とな。ほうほう、まあ通せなくはないのか?

 

 それでその誕生日パーティが明日なので、俺は明日の朝早くからその別荘に向かわなくてはいけない、と。

 

 女装しなくて良いのは有難いので俺は特に文句ない。朝が早いのも頑張ればいいので不都合はないな。

 

「それから、その別荘というのが結構山奥でな。別荘の近くまでバスは出ているそうだが、一日に三本という辺鄙(へんぴ)な場所だ」

 

 そういう交通の便が悪いのが面倒だ、とジンは話を締めくくった。――山奥の別荘とか俺にはフラグにしか聞こえない訳だが、気のせいだよな?と自分を心の中で励ます。

 

 時間やその秘書の人について等の詳しい話をしてから、ジンはソファから立ち上がった。次の仕事があるらしい。

 

「じゃあな。――まあ、食べれなくはなかったな」

 

 ぽん、と帰り際俺の頭の上に手を置いて、褒めているか分からない言葉をぼそりと言い置いて行った。俺は驚きのあまり、言葉を失くしてその背を呆然と見送るしかなかった。

 

 残されたお皿にはクッキーは少ししか残っていなかったので、多分褒めたのだろう。俺はポジティブにその言葉を捉えることにした。一人前は軽く食べたんじゃないか、この分だと。

 

 そう言えば、とその時に気づいた。

 

「今日、兄さん煙草吸っていなかったな……」

 

 今日どころか、この前来た時もそうだった。あのヘビースモーカーが。今更自分の健康の事を気にしだしたのか。うーん、分からん。きまぐれか、多分。

 

 兄貴のきまぐれは今に始まった事じゃないので、俺はそう思う事にした。じゃないと、あの微妙な優しさが怖くて今日の夜とか寝れないわ。優しくされて怖いとか斬新だな、とやけくそ気味に考えを放棄した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼は外食にしようと俺は財布と携帯を持って外に繰り出す事にした。久々の休日だし、家の中に籠るのは少し味気ないと思ったのもある。

 

 服装はこの前の黒のパーカーとジーンズだ。パーカーのフードを被っていれば人目をあまり惹かないと学んだ訳だ。いや多少は目立つけど、素顔よりかはマシという話だ。

 

 前にここでバーボンとばったり会ったんだよなぁと俺は少し懐かしい気持ちになりつつ、人通りのある大通りを歩いていた。今日は平日、お昼時とはいえ、休日の時よりは人波が少ない。

 

「おいコラ待てぇーッ!! それボクの財布だぞ!返せ!!」

 

 後ろから人々の騒めきと、騒めきを切り裂くような怒鳴り声が聞こえた。スリだ、とも聞こえたので俺は振り返る。なんか聞き覚えのある声だな、とも思いながら。

 

 振り向けば、人々の間を掻きわけながら逃げる男とそれから離れて追いかける人が見えた。追いかけている方は遠くて姿が人波に隠れてしまっている。周りの人はザワッと騒ぐものの、捕まえようという剛の者はいないらしい。

 

 しかたないな、と俺は素早くしゃがみ、逃げる男の足元をすくう様に蹴りを繰り出す。地面を滑るように放たれた蹴りは男の足首にヒットし、男が無様に顔から地面に突っ伏した。その転んだ際に男の手から財布が空中に放られたので俺はすかさずキャッチする。

 

 その間僅か五秒に満たない刹那のやり取りだったので、小悪党の男にしてみれば何がなんやら、という気分だろう。

 

「おっ、サンキュー!こっちに投げてくれ」

 

 追いかけていた持ち主が手を上に挙げて、主張する。俺は言われるままに挙がる手に向かって投げる。よし、上手くキャッチしたな。

 

「テメエッ!! 何しやがる!?」

 

 ガッと肩を掴まれ、俺の身体が後ろに引かれる。地面と仲良くしていた小悪党の男が復活したらしい。

 

 殴られる気配がしたので、俺はそのままその男の無防備な腹に軽く肘鉄を入れる。ジェネヴァ君の本気でやったら、多分内臓に多少のダメージが入るからだ。手加減って大事だよな。

 

「グハッ」

 

 その衝撃で体勢を前屈みに崩す男の無防備となった顎にすぐさま俺はアッパーカットをくれてやる。ガチンッと男の歯が鳴った。後ろに倒れて頭を打ったら危ないので、素早くその男の襟首を捕まえ阻止してやった。ぐえっと聞こえたが、締まっていないので無事だろう。口の痛みで悶絶する男から俺は手を離した。アッパーカットの時に舌でも噛んだか、と思ったが手加減しての一撃だったので大丈夫だろと自分の中で結論付けた。

 

 そこで漸く俺は男の方に向いた。無表情で冷たく一瞥してやれば、その男は悲鳴を上げて逃げ出した。根性ないな、と呆れてしまった。

 

 たた、と駆け寄る足音が俺の背後から聞こえた。今、財布を盗られた被害者が辿り着いたらしい。逃がした事に文句を言われる覚悟を決め、俺はそちらへと向き直った。

 

 そこにはキラキラと瞳を輝かせる、ボーイッシュな少女がいた。一見すると、少年に間違えられそうな男勝りな格好の人物に俺にはとても見覚えがあった。

 

「すっごいな、君ッ!! なぁなぁ、君も格闘術習っているのか?ボクと一緒だな!」

 

 ギュッと俺の片手を両手で掴まれ、ぎょっと目をむく。人懐っこい笑みでにこにことしながら興奮したようにまくし立てられ俺はたじろいだ。

 

 なんでこの人、ここにいるの?と俺は目を白黒しながら疑問に思う。

 

 癖のついたショートカットの黒髪、ライに似た目元はニパッと真逆の明るい笑みがよく似合う。その緑の瞳も、キラキラと輝きその意思の強さを教えてくれる。笑った時に覗く八重歯がチャームポイントだ。

 

 世良真純。ライ――赤井秀一の実の妹で、ボーイッシュな見た目を裏切らぬおてんばさんだ。原作では、行方不明となった兄、赤井秀一を探す為にこっちに引っ越してきたんだよな。確か。

 

 これまずい展開だな、と俺は心の中で舌打ちした。嫌な予感もするので、多分当たっている。けれど出来れば穏便に事を済ませたいと思う。

 

「……別に、凄くないよ。それより、君の方は怪我とか大丈夫?」

「ああ、大丈夫さ。ちょっと隙をつかれてすられただけで怪我はないよ。そんな事より、ボクは君の方が気になるよ!」

 

 俺の関わるな、という無言の訴えもなんのその、気にせずにぐいぐい来る世良のコミュ力の高さは流石だ。やめろ、握った手をぶんぶん上下に振るのはやめるんだ。

 

 この光景をライに見られたら俺は割と死を覚悟せねばならない。ライからしてみれば、俺も組織の人間だし、妹に近づかれて心穏やかじゃない筈だ。

 

「俺はその辺に居る不良その一ぐらいの男だから。……関わらない方がいいよ」

「男!? へぇー。君みたいな美人、中々見ないのになぁ」

 

 そこ驚くのかよ、と俺は舌打ちしたい気分になった。おお、と素直に驚く世良の顔に悪気は一切ない。はぁ、とどうでもいい気持ちになって、ため息を吐いた。早く帰ろう、もうお昼は家にあるやつでいいや。

 

 どっちでもいいけど、ここに留まるのは良くないか。俺は周りの視線がチクチクと刺さる現状に腹を括ることにした。まあ、あんな大立ち回りをしたら目立つよな。

 

「……どっか店に入ろう、話はそこで聞くからさ」

「え、やった!」

「お気楽でいいね、君」

「ボクは前向きさが美点の一つだからね!」

「……そう」

 

 俺の諦めた声に万歳と喜ぶ世良に俺は複雑な気持ちになった。コイツ、と少し皮肉を言えば、胸を反らされ得意げに返された。ポジティブだな、この人と俺は短い時間で悟った。

 

 

 

 近くの喫茶店に入って話を聞くと、どうやら今日は彼女の通う中学の創立記念日で休みらしい。それでちょっと遠出をしてここに遊びに来たそうだ。……理由は別にありそうな話し方だったが、俺は深く聞かないでおく。多分、兄を探しにとかそんな理由なんだろう。原作ではあまり実家に顔を出せていなそうな描写だったし、昔一度だけチラッとライ時代の姿を見かけた事があるとも言っていたし。

 

 喫茶店は街中の小さな店で中学生でも気兼ねなく入れそうな柔らかな印象だった。植物を適度に飾り、店内の壁紙もクリーム色という明るい配色のせいかと俺は分析する。店内は平日のせいか、少し空いていた。

 

「君、名前なんていうんだ?ちなみにボクの名前は世良真純っていうんだ。よろしくな」

 

 四人掛けテーブルに向かい合わせで座り、それぞれ飲み物を頼んで十分ほど話してから世良はそう切り出した。どうやらいつまでも俺が名前を言わないので痺れをきらしたらしい。

 

 どうするかな、と考えながら俺は一応頷いておく。いや、仲良くなっちゃ駄目だろ。

 

「……そう。俺は黒野でいいよ。多分もう会う事もないだろうし」

「冷たい事言うなよぉ~」

 

 俺の淡々とした塩対応な言葉に世良がくたりとテーブルに突っ伏して嘆く。その大振りなリアクションに新鮮な気持ちになりながら、首を横に振った。

 

「俺はそういうツマラナイ奴なのさ。それに、女の子がこうやって知らない男と行動しちゃ駄目だろう?」

 

 俺の小言めいた言葉に世良の目が丸くなる。なんだ、その予想外な事を言われた的な顔は。俺は当然な事を注意したまでなんだが。

 

「あれ?ボクの性別まで言ったっけ……?」

 

 なんだ、その事か。世良の呆然とした呟きに俺は納得した。まあパッと見じゃあ分かりにくいが、骨格とか注意してみれば分かる上に俺には原作知識という反則技がある。

 

 ここは要らない事は言わない方がいいだろう。俺はそう判断した。

 

「言われてないけど、分かるよ。――あ、そろそろ俺用事があるから」

「えっ、ちょっ!?」

 

 それじゃ、と俺は伝票を手に取って席を立った。勿論、頼んだ飲み物はきちんと飲んだ上で、だ。元々、飲み物一杯分の時間だけ話を聞こうと決めていたのだ。

 

 慌てて立ち上がろうとする世良を放っておいて俺はサクッと会計を済ませ喫茶店を後にした。すまんね、ここは奢るから許してなと心の中で彼女に謝っておく。

 

 彼女は組織の人間に関わるべき人間ではない。真っ当な表側の人間である。流石の俺でもそれぐらいの配慮はしてあるさ。

 

 喫茶店から出て、人混みに紛れれば追いつかれることはないだろう。一応、ちょっと路地裏に入り、遠回りをして帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 路地裏に入って少し歩くと、目の前に誰かが立ちふさがった。誰か、じゃなくそいつは知り合いの姿をしていた。俺は目の前に立つ人物を現実として認めたくなかった。ねえこれ夢オチとか素晴らしい展開してくれないかな、と。

 

「一週間ぶりか。……少し話そうじゃないか」

 

 黒のニット帽がトレードマークの男、ライがゆるりと歩いてくる。あ、これさっきの世良とのやり取り見ていたパターンですわ、と俺はライの目の鋭さに悟る。少しまずい展開だなぁと思っていたけど、やっぱり俺の勘は当たってたか。

 

「いいよ。特に話せるものもないだろうけど」

 

 俺、死んだなと久々の死亡フラグに内心泣きたい気持ちになりつつ、頷いた。俺の承諾の言葉にライは意外そうに目を細める。

 

「お腹空いたから、何か食べよ」

「ほぉ、余裕だな」

 

 うるせー、余裕なんかあるもんか、俺はライの言葉に心の中で毒づきながら近くにラーメン屋を見つけ、アレでいいやと暖簾をくぐる。ライのもの言いたげな視線も無視だ無視。

 

 年季の入ったラーメン屋であったものの、店内は意外と綺麗だった。そこそこ客も入っていたが幸いにも店の奥のカウンター席の隅の方が空いていた。

 

 ライの隣に座る、というのが結構心臓に悪い(恐怖の方の悪さだ)がどうにでもなれという俺のやけっぱちな気持ちで乗り切ることにした。

 

 俺は醤油ラーメンを注文した。ライの方も諦めたようで、塩ラーメンを注文していた。しかし、この男の暑苦しい見た目でラーメンとかつらいものがあるな、とどうでもいい事を思った。黒の長髪、ニット帽、黒いコートの三連コンボだ。お分かり頂けるだろうか。せめてどれか一つでもいいから外すと印象も違うと言うのに。

 

 注文したラーメンが届き、食べ始まって漸く沈黙が破れた。店の喧騒で少しの会話如き聞かれないのに気づいたらしい。そうだよ、物騒な事を言わなければ誰も気にしないさ、と俺は内心同意しておく。

 

「それで?」

「――何が?」

「あの子に何もしていないだろうな」

 

 あの子、か。やはりライと言えど中学生の妹が心配らしい。俺はライの問いに頷く。

 

「何もしていないよ。ただ、スリの犯人を捕まえて財布を取り返してあげただけ。……喫茶店に入ったのは、あの子の興奮状態が落ち着くのを待っただけの話」

 

 もしもあの時アディオス!! と俺が脱兎の如く逃げたら、追いかけられて世良に捕まる可能性もあった。それなら少し落ち着いてから不意打ちで逃げればいい、と思っただけの事だ。

 

 俺の答えにライはふぅと安堵の息を少し吐いた。苦労するね、お兄さん。

 

「なら、いいのだが」

「あの子ってライの身内でしょ。それならもう関わらないから安心して」

「……流石にバレるか。しかし、意外だな。あのスリの犯人といい、あの子の事といい。君は随分と穏便な手段をとるんだな」

 

 アレを見られていたか。俺は少し決まりの悪い気持ちになった。ライの心底意外そうな声が余計にその気持ちに拍車をかける。というかアレで穏便とか基準が物騒だな。

 

「まあ、穏便に済むんならそれに越したことはないでしょ。物騒な事は仕事だけで充分だよ」

「ほぉ?」

「俺は自分の領域を越えない事にしているんだ」

 

 俺の抽象的な話にライが視線で先を促す。……ラーメンを啜るの結構違和感あるな、この人とどうでもいい事に呆れる。

 

 促されたので渋々、俺は付け足した。

 

「あるだろ。表側、裏側って。そういう領域や付随する線引きも。せめて、それを越えないようにするのが良心って言うものでしょう?まあ、俺なんかが言うべき事じゃないんだけど」

 

 善人、悪人。それできっかり二分(にぶん)出来る世界じゃないって言うのは流石に知っている。それでも裏の人間が手をつけちゃいけない領域が存在すると俺は思うんだ。全てを言葉に出来るとか傲慢な事は言わない。俺が表側の人間を守れるとかも戯言でも言えやしない。そんな俺でも自分で決めたケジメくらいは守れると思いたいのだ。

 

 何が言いたいかって?つまりは組織の人間である俺が表側の人間を巻き込まないようにしたいな、というだけの話だ。

 

「……惜しいな」

 

 ぼそり、とライが呟く。俺はその言葉の真意を問うように視線を向けた。

 

「いや、何。独り言だ。君が気にする必要のない、どうでもいい事さ」

 

 言葉を微妙に濁し、ライはまた黙々とラーメンを啜る。

 

 どうやら聞きたい事は終わったらしい。やったぜ、俺死なないですんだ、とホッとして食事を再開させる。

 

「そう言えば、この前明美さんに会ったんだけど」

 

「ごほっ」

 

 俺はついこの前を思い出して、話す。不意打ちの話題にライがむせた。ああ、ごめんと俺は備え付けのペーパーナプキンを取って差し出す。素直に受け取ったライは口を拭いた。 ライの眉間の皺が増えているが、俺は構わず続ける。

 

「いい人そうで安心したよ。――幸せそうだったし」

「……お前は俺の親か。まったく、子どもがそんな事を気にするんじゃない」

「素直じゃないね、お兄さん。いいじゃないか、幸せそうだねご両人と冷やかすぐらい」

「おやじか」

 

 ライのツッコミに俺は気にする事なくラーメンを啜る。もう少しで食べ終わりそうだ。ツッコミの際にライに軽く頭を小突かれたが、痛みはないくらいの優しいものだ。

 

 

 帰り際、世良の事を他に漏らさないでくれないか、と頼むライに俺は当然だろと返した。俺はそこまで外道じゃないよ。

 

 ライと別れ、俺はやっとこの忙しない休日の残りをゆっくり過ごす事が出来た。

 

 明日の仕事への微かな不安に似た予感に目を逸らしながら。

 




フラグ<……呼んだ?
ジェネヴァ「呼んでいないです……」
ちなみにじっちゃんの名にかけて、の方の名探偵だと山奥の別荘なんてガチな死亡フラグが出来上がります。
それに比べると安全な方なので、安心してジェネヴァ君は巻き込まれると良いよ。


さて次回は赤井さん視点はやめておきます。一応、この人も色々と思惑があるのですが、今回は書かない方が面白いので。すみません。

次回予告「殺意の一致事件(前編)」(嘘です
いつも通りジェネヴァ君がくっそー、と巻き込まれるだけです。
ではでは。


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