純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第51話 帰る者、帰らぬ者

 宙陸両用戦艦エドワード・リー。先代クジャン公と共に数多くの戦いで勇名を馳せた伝説の艦だ。その名称は南部連合最大にしてアメリカ随一の英雄たるロバート・E・リー将軍に由来する。

 先代クジャン公が没した後はクジャン家の管理するコロニーで埃を被っていたのだが、戦力増強のため元イオク親衛隊のモーリス一尉が引っ張り出してきたのだ。

 これほどの高性能艦が死蔵されてきた理由は、この艦を相続したイオクの意思による。

 

「私はまだまだ未熟。ラスタル様の下で修行中の身の上だ。私がこの艦に乗り込むのは、いずれ私がラスタル様の横に並んでも恥ずかしくないだけの真の貴族となった時だ。それまでこの艦は封印するものとする!」

 

 残念ながらイオク・クジャンは彼の未来図通りに成長することは叶わなかった。

 数々の失敗を挽回する機会を得ることなく、イオク・クジャンはラスタルの横に並んだら恥ずかしい貴族のまま戦死した。

 しかし彼の死によって檻に入れられていた獅子は戦場へ解き放たれたのである。

 奇しくも旧アメリカ合衆国の大地で行われているギャラルホルン史上最大の内戦(シビル・ウォー)に、南北戦争(シビル・ウォー)最高の名将の名に因んだ戦艦が駆け付けたことには、戦場にいる誰もが運命的なものを感じずにはいられなかった。アリアンロッド側が旗艦としている陸上戦艦トラベラーのネーミングが、リー将軍の愛馬の名からとられていることがそれをより際立たせる。

 宇宙から地表へ着陸したエドワード・リーはホバー移動で敵陸上戦艦隊の背後に回り込み、挨拶代わりの主砲斉射を喰らわせた。

 

「おのれぇ! ボードウィンの洟垂れ小僧め。このような秘密兵器を隠し持っていたとはなんと羨ましい!」

 

「カスター二佐! あれは先代クジャン公の旗艦として名をはせた宙陸両用戦艦ですぞ! 噂によれば先代クジャン公はあの戦艦にのって自軍の三倍の敵を倒したとか……」

 

「ええぃ! 狼狽えるな! 宙陸両用がなんだ!? あんなものは単なる貴族の道楽が生んだハリボテだ!」

 

「し、しかし……」

 

「しかしもかかしもあるか! 大体ハーフビーク級の十倍の値段だと? 笑わせるな! だったら同じ金で五隻のハーフビーク級と五隻の陸上戦艦を生産したほうが余程効率的ではないか!」

 

 猪武者であってもカスター二佐は士官学校を卒業し、非貴族階級出身者でありながら三十代で二佐にまで上り詰めた俊英である。一発でエドワード・リー級が量産化されなかった理由を看破していた。

 カスター二佐はこの新戦力に激昂しながらも、慌てず対応をしてみせる。

 だが上手くはいかなかった。モーリスを始めとする元クジャン家閥の勢いが、カスター二佐の指揮能力を凌駕してしまったからである。

 

「亡きイオク様のため! 今のガエリオ様のため! 忠勇なるクジャン家家臣団よ! 我等イオク様親衛隊に続け!」

 

「我等には先代クジャン公と、この地の英傑の威光がある! エルネスト・エリオンなど何するものか!」

 

 大気圏からの奇襲で度肝を抜かれた上に戦艦エドワード・リーは背後をとった。

 更に言えば主力であるMS隊は敵陣深くへ誘い込まれており、旗艦を守るMS隊は僅か。止めとばかりにカスター二佐は攻勢に秀でた将であって守勢には弱い。これでは上手くいくほうがおかしいというものだろう。

 そんな自軍の状況を察したエルネストは深く息を吐きだす。これまでと違う本当の疲労感の滲んだ吐息だった。

 

「まんまとしてやられたな」

 

 ガエリオは乃木一佐やブリュネ三佐にノーアトゥーン要塞死守を命じた一方で、新たに自分に忠誠を誓った元イオク親衛隊には別の命令を出していた。

 即ち宇宙散らばるクジャン家閥を迎合し、予備兵力として有事に備えろ、と。

 元々カリスマ性だけはずば抜けていたイオクである。その仇討ちのためであれば、クジャン家閥の者たちは協力を惜しまないだろうという打算がガエリオにはあった。もっとも埃を被っていた戦艦エドワード・リーまで引っ張り出してくるのは予想外ではあったが。

 

「最初からこれを狙っていたってわけかい? わざと俺達に前軍を破らせることで旗艦とMS隊を分断して、防備の薄くなった本丸を狙う……。よくもまあ他家の派閥に命を預けられるもんだ」

 

「勝算はあった。近衛隊エクェストリスは地球外縁軌道統制統合艦隊と対立している。宇宙と地上での連携作戦は難しいと踏んでいた」

 

「俺は空からの強襲、そっちは宇宙からの強襲。アイディア自体は似ていたが発想のスケールで……いや、高さで負けたか。完敗だな」

 

 エルネストは自嘲すると即座にオープンチャンネルを開く。

 

『近衛隊長官エルネスト・エリオン一佐だ。全軍に命じる、ずらかるぞ。これ以上は無駄に出血するだけだ』

 

 この戦いにあたってエルネストは停戦を求めたSAU大統領の要求を、マクギリスに確認をとることすらなく無視するなどの強硬的なことをしている。

 なんの成果もあげることも出来ず撤退したとあれば、エルネストの経歴に傷をつけることになるだろう。

 エルネストには『エリオン』の名があるので流石に粛清ということにはならないだろうが、下手すれば長官職を解任され左遷ということも有り得る。

 そういった己の面子や進退など一切考慮せず、勝ち目がなくなったから退くという最善手を選んだエルネストはやはりラスタルの血縁者であることを思わせるものだった。

 

『馬鹿が! 逃がすと思うか!』

 

『ここで貴様を討ち取りマクギリスから片翼を引っこ抜いてやる!』

 

 アリアンロッドのレギンレイズが発砲するが、エルネストは先程までの余裕を取り戻していた。勝つ気を捨てて逃げる気になったからだろう。

 

『逃げてみせるさ』

 

 エルネストは煙幕つきのナノミラーチャフを起爆させた。

 鉄華団が得意の奇襲戦法に多用したナノミラーチャフは、レーザー通信や光学探知を使用不能にさせるチャフである。

 自軍にも少なからぬ影響を与えてしまうことからギャラルホルンでは欠陥兵器として扱われ、使用する正規軍はまずいない。ギャラルホルンというより海賊に近いエルネストならではの手といえた。

 

『ボードウィン卿』

 

 指揮をとっていたトラベラーより通信が入った。

 色々不味い局面で指揮をしていたせいか、モニターに映るフックスベルガー三佐は三日分のカロリーを使い果たしてしまったかのようにやつれている。

 

『敵軍は撤退しております。追撃をかけられますか?』

 

「お前の意見はどうなんだ?」

 

『小官は深追いすべきではないと愚考します』

 

「ほう。その心は?」

 

『我々の目的はデトロイトへ行き、エリオン公の遺書の原文を手に入れることです。敵軍の撃滅ではありません。そもそもこうやって敵軍と交戦していることが予定になかったことなのです。近衛隊が撤退したのであれば、余計な下心は出さずに本来の目的に立ち返るべきでしょう。

 更に申し上げるなら敵軍は秩序をもって後退しており、統率を失っていません。下手に追い詰めれば窮鼠となった敵がこちらの喉元を食い破らんとも限らないかと』

 

「三佐の意見は分かった。全軍に伝達しろ。宙陸両用戦艦エドワード・リーと合流し、マグワイア基地へ退却すると」

 

『了解であります』

 

「君もご苦労だった。艦に戻り次第、指揮権を引き継ぐ」

 

 どっと疲れが押し寄せてくる。このままベッドで泥のように眠りたいが、全軍の司令官であるガエリオの仕事はMSから降りてからが本番である。

 今の自分の労働環境を労基の人間が聞いたら、激怒の余り血管が破裂してしまうだろう。

 こうして多くの帰らぬ犠牲者を出して、マグワイア基地の戦いは終わった。

 

 


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