純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第44話 女神の頬を殴りつけて

 エドモントンの戦いはギャラルホルンにとっては過去百年で最大のスキャンダルだった。

 阿頼耶識システムを始めとした機械化技術を声高に否定してきたギャラルホルンが、自らそれを破ったことが白日の下に晒されたのだから当然だろう。はっきり言ってイズナリオ・ファリドがアーブラウの議員と癒着していたことより、世論へ与えたショックは遥かに大きかった。

 これは全てきたるべき革命を成功させるためにマクギリスが仕組んだ謀略だったわけだが、その狙いは大きく二つあった。

 一つは養父イズナリオ・ファリドを完全にギャラルホルン中枢から追い出すことである。

 イズナリオ・ファリドという男は倫理的に許されざる方法で幼児性愛の欲望を満たすなど、善良とは決して言えない男だ。しかし優れた能力というものは必ずしも健全な心に宿るわけではない。歪んだ性癖をもちながら優れた業績を残した偉人など、歴史書を開けば師団規模で見つけることができるだろう。

 薄汚い孤児(オルフェン)であったマクギリスを己の後継者として仕立てあげたのは、無論その容姿を気に入ったことも一因であるが、彼の底知れぬ天稟を見抜いたからである。またカルタ・イシューの後見人となり、養子であるマクギリスをアルミリア・ボードウィンと婚約させることにより、彼はセブンスターズ七議席中三議席をも手中にしてみせた。軍事的才覚はラスタル・エリオンには及ばなかったが、政治闘争の場ではイズナリオはラスタルをも凌駕していたといっても過言ではないだろう。

 アンリ・フリュウ議員との癒着。それだけではイズナリオを権力の座から追い落すには足りなかった。それくらいならイズナリオは持ち前の政治力で有耶無耶にすることが出来ただろう。しかし癒着に加えてグレイズ・アインの責任まで押し付けられたことがイズナリオの致命傷となった。

 これによりイズナリオは再起の目を完全に失ったのである。

 またグレイズ・アインの搭乗者(或いは同化していた)アイン・ダルトンは死後軍籍を剥奪され、彼の誇りと名誉は悪鬼の汚名によって永遠に消えぬ穢れを纏うこととなった。

 そして二つ目の狙いは阿頼耶識システムの実地テストである。

 鉄華団の少年兵などが施術によって埋め込まれた阿頼耶識システムは、厄祭戦時代のものを中途半端に再現したにすぎない劣化品だ。三回の施術を受け半身不随のハンディキャップを背負った三日月・オーガスでやっと本来の阿頼耶識の力を発揮できる有様である。

 アグニカ・カイエルの継承者としてガンダム・バエルに搭乗するためにも、マクギリスは厄祭戦時代の完全な阿頼耶識を取り戻す必要があった。

 結果的にマクギリスは二つの狙いを完全に成功させたといっていいだろう。

 グレイズ・アインがエドモントンでの戦いで収集したデータ。それがなければガンダム・バエルと適合する阿頼耶識システムの完成は有り得なかった。

 しかしマクギリス配下の開発チームはなにもガンダム・バエルにだけ目を向けていたわけではない。

 エドモントンでの戦いは開発チームに多くのデータを与えはしたが、同時に不満を覚えさせた。原因は自分たちが最強と信じて送り出したグレイズ・アインが、ガンダム・バルバトスによって打ち砕かれてしまったからである。

 革命の乙女に率いられた英雄バルバトスが、悪鬼たるグレイズ・アインを打倒するというのはマクギリスの計画通りだったわけだが、それはマクギリスの都合であって開発チームのプライドとはなんら関係がない。彼等にとっては三百年前の骨董品に、自分たちの作り上げた傑作が敗北したという事実だけが重要だった。

 ガンダムよりも強いMSを。それが開発チームのスローガンとなり、彼等はグレイズ・アインの後継となるMSを開発した。

 それがグレイズ・ツヴァイ。厄祭戦後としては初めてのツインリアクターシステムの導入に成功した試作MSである。

 

「――――へっ。見た目じゃなくても中身のパイロットも化物ってことかよ」

 

 そんな背景事情をシノン・ハスコックは知る由もない。実際に相対する人間にとって重要なのは、グレイズ・ツヴァイとそれを操る者がとんでもなく強いということだった。それ以外に考える余裕などありはしない。

 ツインリアクターシステムの導入にあたり技術的問題からグレイズ・ツヴァイは大型だったグレイズ・アインに勝る重量がある。しかしそれを加味してもグレイズ・ツヴァイの出力は最新鋭試作MSの名に違わぬものだった。

 双子姉妹は狂笑しながら曲芸染みた機動によってこちらの射撃を掻い潜っていく。グレイズ・ツヴァイの狼牙棒がこちらを威圧するように太陽光を反射した。あんなものをグレイズ・ツヴァイのパワーで思い切り叩きつけられなどしたら、ナノラミネートアーマーで覆われたMSだろうと一撃でペシャンコだろう。

 

『ハスコック! ありゃ近づかれたら不味いぞ、距離をとれ!』

 

「言われねえでも見りゃ分かる!」

 

 グレイズ・ツヴァイの狼牙棒には返り血のように真新しいオイルがこびり付いている。

 きっとグレイズ・ツヴァイの恐ろしさを知らない味方機が迂闊に接近を許してしまい、あれの餌食となったのだろう。

 

『ちょこまかとウザったいのよ。だけど搾りカスみたいな射撃じゃ』

 

『ナノラミネートアーマーはびくともしないわ。情けないガンダム』

 

 挑発のつもりなのか態々スピーカーを使ってグレイズ・ツヴァイの少女達が言ってくる。

 癪だが彼女達の言うことは尤もだ。いくらマシンガンを遠くからチマチマ当てていてもMSを倒すことはできない。

 

「短小は物足りないってか。だったら思いっきりぶち込んでやるよ! でっかいモンをな!!」

 

『っ! 危険ですハスコック二尉! あれは敵の挑発です! 我々を怒らせて接近させるのが狙いなんです! 近づいては』

 

「心配すんなよ。忘れたのか? 流星号の真骨頂をよぉ!」

 

 なるほど確かに普通のMSの携帯火力ではナノラミネートアーマー相手に厳しいだろう。

 けれどガンダム・フラウロスは例外だ。フラウロスはMSとしては最強クラスの遠距離火力を備えたMS。ダインスレイヴの特殊弾頭は政治的理由から使えないのでスーパーギャラクシーキャノンは無理だが、ギャラクシーキャノンは問題なくぶちかませる。そしてギャラクシーキャノンは中距離ならばナノラミネートアーマーだって傷つけられる破壊力があるのだ。

 フラウロス・レオパルドゥスを四足歩行形態に変形。グレイズ・ツヴァイへ照準し、シノンは引き金を引いた。

 

「ギャラクシーキャノン、発射ぁぁぁぁぁぁぁあああッ!!」

 

 野獣めいた叫びと同時に吐き出されたレールキャノンの弾頭は照準通りの場所へと飛び着弾した。既にグレイズ・ツヴァイのいなくなっていた地面へと。

 

「なに?」

 

『遅いわね、遅い遅い。そんなんで私達が殺せるわけないでしょ』

 

『砲の向いてる方向で狙いがどこかくらい分かるのよ、遅漏さん』

 

『ナチュラルに出鱈目なことを』

 

 ブラウンが毒づく。

 銃口を向けた方向から射線軸を見抜き、発射寸前でそこからずれることによって弾丸を回避する。

 言うは易しだが、行うは難し。そんなことが普通に実行できるのであれば、銃によって死ぬ人間の数は半減しただろう。

 グレイズ・ツヴァイを操るパイロットの凄まじい動体視力と阿頼耶識の反応速度。二つが組み合わさって初めてできる絶技だった。

 

「一発で駄目なら連射ならどうだ!」

 

 名付けてギャラクシーガトリングキャノンと叫びながらフラウロスはレールキャノンを連射する。

 別にガトリングでもなんでもなかったが、狙いも正確なレールキャノンの連射は並みのパイロットなら抵抗を諦め神に祈るほどの驚異だった。

 だがグレイズ・ツヴァイはまるで競うように変態的機動でレールキャノンを悉く避けていく。

 不味い。レールキャノンは破壊力のために余り弾数が多くない。このままでは先に弾切れしてしまう。

 

『ハスコック! まっすぐばかりじゃなくてカーブやフォークはねえのか!? なんならスライダーでもいいぞ』

 

「できるか! これは野球じゃねえし俺はエスパーじゃねえ…………いや、まてよ」

 

『何か思いついたんですか、ハスコック二尉』

 

「おうよ。カーブやフォークは無理だが」

 

 ギャラクシーキャノンを照準して放つ直前、グレイズ・ツヴァイが回避した方向へ大雑把に射線変更した上でトリガーを引く。

 狙い通りだ。フラウロスの弾頭はグレイズ・ツヴァイの足元の地面を吹き飛ばした。

 

弾丸(ボール)をバウンドさせることはできるんだよ」

 

 敵の躱す座標を予測してそこへ狙い撃つなんて芸当は、それこそ本物の悪魔かエスパーでなければ不可能だ。

 しかし躱すであろう位置を大雑把に予想して、そのあたりの地面を狙うくらいならばエスパーでなくても出来る。

 無論足元を吹っ飛ばしただけでMSは倒せないが、体勢さえ崩してしまえれば続く第二射で確実に敵を仕留めることも可能だ。

 

『やりましたね二尉。これで』

 

「っ! 油断すんなジョニィ! きてるぞ!」

 

『え?』

 

 フラウロスは間に合わない。

 ギャラクシーキャノンによる破壊で滅茶苦茶になった地面を飛び跳ねるようにして移動しながら、柳葉刀を持った方のグレイズ・ツヴァイがジョンソンのレギンレイズに接近してくる。ジョニィ・ジョンソン三尉の命は数瞬後に終わることを運命づけられた。

 そんな運命の女神を殴りつけるようにブラウン二尉のレギンレイズが割って入った。

 


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